ABAKAHEMPさんのレビュー
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検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?
小野寺拓也, 田野大輔 / 岩波ブックレット
「象徴と結果の論法」で検証
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ナチズムは「国家社会主義」と訳されることが多いが、「国民社会主義」と訳した方が実体に近いと主張。
なぜならヒトラーにとって、国家は民族に仕える道具でしかなかったこと、そして社会主義者イコール国民主義…者で、それこそが真のナショナリストだと捉えていたことを理由としてあげる。
この指摘は確かにそうなんだけど、ヒトラーの権力がいかに特殊で規格外だったかを十分に説明していないように思う。
ヒトラーは紛れもない独裁者だったが、通常考えられるような暴君ではなかった。
自身への信奉を集めるため涙ぐましい努力をしたわけでも、強制的に人気を掻き集める粉飾されたカリスマでもなかった。
しかもヒトラーの言動や、する事なす事すべてが絶対で、鏡や手本とされたわけでもない。
部下の前で横柄な尊大さを見せたかと思えば、心気症患者のような不安定さもさらけ出す。
極端な菜食主義者だが、会食に同席する参加者に肉料理が供されるのを禁ずるわけでもない。
延々と野菜ダイエットの有効性を説いても、側近たちすべてが菜食主義者になることはついぞなかった。
気まぐれで怠惰で優柔不断。
ドラッグ患者でさまざまな病気を抱え弱々しいが、演説になると一転して力強く変貌する。
ヒトラー政権の実態は究極の忖度体制。
ヒトラーから細かい目標は下りて来ない。
あるのはただ漠然とした遠い構想のみ。
それを部下たちはヒトラーの望むことや意図を汲んで自律的に動いていた。
総統の意を汲み総統のために働く。
ヒトラーは確かに権威者として絶対的だったが、それぞれの決定でイニシアチブを持っていたのは彼ではなく部下たちで、単に追認する形がとられた。
このように、上からの指令や命令を待たず、個々人がいかようにも主導権を発揮することができたからこそ、残忍なまでに効率的な実行がなされたので、ヒトラーの権力の特殊ぶりがよくわかる。
ヒトラーにいちいち裁断を仰ぎ決定を待っていたら、この能率性は達成されなかった。
とことん優柔不断でぐずぐずと先延ばしし、しまいには約束を反古にしてどこかへ行ってしまう。
リーダーシップの観点から言えば、これほど当てにならないトップもない。
だから権力の内部では、中心でいるようでいて、実は遊離し弾かれた存在になっていた。
スターリンならこんな無秩序は許さないし、中央でとことん統制する。
ヒトラーは逆で閣議も開かないから、政府中枢で相互の調整も計られない。
なぜならヒトラーにとっては、プロパガンダと動員こそがすべてで、それ以外は無意味だったから。
党だろうと国家だろうと、すべての組織は彼にとって何の意味も持っていない。
ヒトラー体制の恐ろしさはここにある。
組織のトップが、自らの生命線たる官僚合理性を突き崩しているのに、さまざまな政策が他国の比でないほど、大規模かつ徹底していて、実に合理的に実現されていたことの恐ろしさ。
ここに言及がない点で、本書の目論みはすべて失敗しているように感じる。
本書は、「30年くらいナチスを研究してるけどナチスの政策で肯定できるとこないっすよ」という自身のツイートが炎上したことに対する逆恨みから書かれているので、本人は寄せられた厖大な批判に対する公式のアンサーのつもりでも、そもそもナチスを賛美している連中が本書を手にとるか甚だ疑問。
ナチスが行なった良かったとされる政策と、それが本当に評価しうるものなのか、その妥当性を検証すると語っているが、「ナチ・プロパガンダの術中にはまるな」、「政策のほとんどは借り物に過ぎないぞ」、「政権下で景気が回復したのもたまたまその局面にあったから」、「少子化対策や禁酒・禁煙運動やがん撲滅への動きも、結局すべては戦争に勝つことが目的」で、「つまりは戦争によって問題を解決し、戦争によって問題を解決不能にした」のであり、「最後には高邁な理想やイデオロギーは敗戦でなし崩しになり何も残らなかった」と結論づけている。
これらの政策にヒトラーの意思がどの程度関与して、どこまでが部下たちによって肉付けされたのか、なぜほとんどの政策が借り物なのに、他国よりかなり徹底して実施できたのか、まるで明らかになっていない。
ダナハーが語る「象徴と結果の論法」にそっくりで、まず象徴としての「悪の権化であるヒトラーに率いられたナチス」と「戦争とホロコーストを引き起こしたナチスの悪行」があり、そのようなナチスの振る舞いは必ず負の結果を伴うはずだ、すべての政策がもたらす結果には、問題が付随してしかるべきだという見解に貫かれていて、ナチスの権力構造を正確に腑分けした議論が展開されていない。 続きを読む投稿日:2024.02.14
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誰が勇者を殺したか【電子特別版】
駄犬, toi8 / 角川スニーカー文庫
手段を選ばず、泥臭い戦い方
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魔王を葬ったのにその帰路で命を失った勇者。
その勇者を顕彰するため、様々な関係者に聞き取りを行なう語り手。
聞き手は誰なのか、そして勇者の本当の正体は?
勇者が旅立ちの際、王女に「必ず魔王を倒し…ます。けど僕は戻りません」と告げた真意は?
次々と切り替わる視点。
徐々に明かされる真実。
鍵を握るのは預言者の存在。
勇者を見出し、勇者がいまどこにいるかを知る唯一の人間。
魔王を倒すために旅に出る英雄譚は数多いが、本書はこのお馴染みの設定を換骨奪胎し、独自のアレンジを加えている。
「正邪と言う概念は、見る立ち位置」で変わるのだ。
魔物側にとっての魔王なら、人間側の魔王こそ預言者に他ならない。
魔物と人間の戦いが信奉する神の代理戦争だとしたら、王族の果たす役割は何か?
本書では王妃の一族を預言者としているところが面白い。
なぜ預言者は勇者を正確に見出せるのか、それは見つかるまで何度も繰り返していたから。
誰が勇者なのか預言者にもわからない。
魔王を倒すことができる人間が見つかるまで、途方もない歳月を繰り返しているだけだった。
奇跡でも天啓でもなく、そこにあるのは泥臭いほどの力技。
そして最後に辿りつく「誰が勇者を殺したのか」の本当の答え。 続きを読む投稿日:2024.02.10
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熟睡者
クリスティアン・ベネディクト, ミンナ・トゥーンベリエル, 鈴木ファストアーベント理恵 / サンマーク出版
睡眠は24時間労働
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歳のせいなのか、睡眠の波が崩れて、岸辺に打ち上げられやすくなった。
前だったら、すぐに海に引き戻してくれるはずの波も来ないので、打ち上げられたまま、覚醒してしまう。
適当にこんなイメージ持ってたけ…ど、ほんとにあるんだな。
"睡眠の波"ならぬ"脳の波"か。
「睡眠紡錘波が多いほど、私たちは外部からの情報に反応しなくなり、妨げられずにまとまった睡眠をとれる」
すぐに目を覚ましてしまう人は、この波の出現が少なく、睡眠の質も低いとな。
しかもこの睡眠紡錘波、運動を制御する大脳皮質で出ているらしく、アスリートにとって重要なその日の覚えた活動が、この波によってしっかりと定着するのだ。
運動能力の発達と切っても切れない大切な睡眠。
そう言えば大谷翔平選手も、睡眠時間は基本10時間で、最低でも8時間はとるようにしていると公言している。
アインシュタインもロングスリーパーで一晩で10時間眠り、かつ昼寝もたっぷりしていたという。
睡眠の最も優れた点は、無料ということにつきる。
しかも眠れば眠るほど、高いパフォーマンスという形で1000倍になって返ってくるのだから、睡眠を削るなんていかに愚行かよくわかる。
毎晩無料でこんなとんでもない効果が手に入るのにもったいないと思っていても、十分に恩恵を受けていない人は多い。
著者は睡眠に関して一言、「使う鍬は錆びない」と断言する。
逆に言えば、「使われない鍬は錆びる」わけで、毎日の睡眠の質が、いかに多方面に影響を及ぼしているか語られる。
印象に残った部分を拾い出すと次の通り。
1)睡眠は「1日仕事」だということ。
質のよい睡眠を手に入れる準備は、朝、目を覚ました瞬間から始まっている。
自らの体内時計が正しいペースで刻むように生活を整える。
午前中は屋外でしっかりと太陽の光を浴び運動し、夜は部屋を暗くし運動を控える。
食事は、「朝は皇帝のように、昼は王子のように、夜は貧者のように食べよ」が基本。
消化器系は夜の間、休息を必要としているのだが、ボリュームのある夕食は避けたいし、夜食など論外だ。
昼夜のコントラストを意識し、光の量、運動量、食事のパターンに大きな差をつける。
つまり睡眠とは、丸一日、24時間の行動の産物なのだ。
2)たった一晩十分に睡眠をとらなかっただけでも、相当なダメージがあること。
時計タンパク質の生産と私たちの24時間のリズムとの間にずれが生じることで様々な病気のリスクを高める。
しかも脳内にその日に溜まったゴミは、寝て排出される。覚醒時に生じるコストは、睡眠で精算しているのだから、一日でもこの清掃プロセスが働かないとゴミが除去されず、脳の老化は早まり、認知症の発症リスクを高める。
一晩の睡眠不足が、神経細胞とグリア細胞の損傷リスクを高める可能性があることを示唆され、その影響は頭部を強打した状態に近いとも。
さらに次の日に必要な空きスペースも作られないわけだから、学習にも支障が出る。
3)大昔、「睡眠学習器」という枕が売っていたが、実は効果があった。
睡眠中は、運動能力が強化されるだけでなく、新しく学習したことの記憶の定着が行なわれる時間でもある。
実験で、就寝中に外国語の単語を繰り返し流していたところ、翌朝のテストで正答率が上がったらしい。
ただし睡眠学習が可能なのは復習だけで、新しい単語を睡眠中に聞いても効果はない。
4)寝室は暗くし、絶対に明かりをつけてはならない。
暗さと静けさは、就寝の時間を告げる大事な信号だ。
夜の光は脳内のメラトニン分泌を妨げ、抗酸化プロセスが機能しなくなる。
ただしブルーライトを過剰に恐れる必要はない。
日中に十分に長く太陽の光の下に入れば、その影響を軽減できるからだ。
このことからも真の問題は、デジタル機器ではなく、太陽の光の不足だとわかる。
光の感知は当然ながら目で行なわれ、ここのマスタークロックで揮われるタクトのもと体内時計が調整される。
そのため加齢による白内障は要注意なのだ。
就寝前には暖房を弱め、体に体温を下げる時間だとわからせよう。 続きを読む投稿日:2024.02.10
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ヒトは生成AIとセックスできるか―人工知能とロボットの性愛未来学―
ケイト・デヴリン, 池田尽 / 新潮社
セックスロボットと私たちの未来
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ぶっちゃけ相当つまらない。
あの新潮社で、この手の海外の科学ノンフィクションは珍しいので期待したが、なんのことはない。
担当者は何に魅かれて翻訳出版を決断したのだろう?
なかなか主題も始まら…ず、延々と前段階の概説が続く。
お決まりのアシモフの「ロボット三原則」から始まり、「教師あり学習」と「教師なし学習」の違いは何かとか、云々。
知ってるよという話のオンパレード。
半分過ぎた辺りから本題の議論になるのだが、自身の信奉するラディカルフェミニストの視点に落とし込むため、AIやテクノロジーが今後どのように性や生命倫理を変容させていくかがよく見えてこない。
著者自身はそれでも、多様なセックス産業に寛容な立場のようだが、ポルノは性的妄想を具現化した行為で、セックスドールや日本の一部のアニメなどは性を過剰にモノ化していて、性的暴行やレイプの増加など現実に悪影響を与えているといった、お馴染みの偏狭なフェミ議論が展開される。
「スマホなどの音声アシスタントが人間の女性の声をデフォルトとしているのは、シリコンバレーが男どもに支配されているからだ」
「テクノロジーはもっと平等で、多様性を許容するようなものでなければならない」
ごもっとも、だけど、そんな話が読みたいわけじゃないんだよ。
少し前に出たジェニー・クリーマンの『セックスロボットと人造肉』の方がよっぽど面白かった。
こちらにもアビス・クリエーションズのリアルドールが紹介されている。
映画『エクス・マキナ』を下敷きに語られる「AIに性別は必要か?」というテーマ。
「性行為による繁殖など行う必要のないロボットに、わざわざ性的な感情を与える必要などない」ではないか。
それでもなぜ女性の身体をし、性欲を持たせる必要があるのか?
この問いに対し、人間でさえほとんどのセックスは繁殖とは無関係で、快楽のため、社会的交流のために行なわれているのだから、繁殖とは無関係な性感情をロボットも持つべきだ。
じゃないと人間との真の意味での知的交流など生まれないはずだ。
その意味で、「セクシャリティの要素は必要不可欠なダイナミクスのひとつ」だ、と。
「もし情感豊かなロボットをつくりたいのであれば、ロボットも快感を覚えるべきではないか」、いや人間の身の回りを世話するのだから、「痛みを感じるようなロボットを開発し、感情移入できるようにした方がいいのではないか」。
将来的には、人間とロボットの間のレイプも議論されるとまで語られる。
しかし著者は、未来に開発されるだろうセックスロボットが、必ずしも人を模したものにならないだろうとも語っている。
いまはそのような女性の人体を模したものがデザインされているが、単なるスキューモーフィズムに過ぎず、おそらくは介護に使われるケアロボットなどに性的な機能が付加される形になるのではと想像している。
かわいらしい華奢なセックスドールの延長線上ではなく、人を抱え運び世話する逞しい無骨なロボットのその先だと。
人体ではなく全く別の独自のデザインというなら、昔の春画に出てくるタコのような触手動物のような姿かもしれないし、そもそも脳に電極など埋め込むヘッドギアを被れば、実体などなくとも、触れられてる感覚は得られるだろうに。 続きを読む投稿日:2024.02.05
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家を建てる前に知っておきたい地盤のすべて
山口喜廣 / 幻冬舎メディアコンサルティング
ますます重視される地盤の問題
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今回の能登半島地震を経るまでもなく、「液状化」の意味が分からない人は少なくなってきた。
ただ「不同沈下」とは何か、ましてや「4号特例の縮小」の意味するところを理解している人は多くないのではないか。
…
年報によると住宅に関する相談件数は近年急増している。
2007年を基準とすれば実に3倍以上である。
これは2000年以降、施工会社らに最低10年間は瑕疵の発生しない家造りが義務づけられるようになったことによる、購入者の権利意識の高まりの裏返しでもあるのだが、同時に頻発する自然災害とりわけ地震に対する不安の増大も大きい。
しかし著者は、「地盤の問題は天災ではなくほとんどは人災だ」と断言する。
建てる前にきちんとした地盤調査を行ない、適切な対策を施していれば、ほとんどのトラブルは防ぐことができるし、それができないのは調査不足、判断ミス、対策不良などによるものだ、と。
著者の会社は地盤調査を専門に行っているのだが、過去に実際に担当した建物で地盤トラブルがあった顛末を紹介している。
周囲が広域沈下地帯で地盤に問題があることわかっていたので、建築前に入念な地盤改良(鋼管杭打ち)を行なったはずなのに、地盤が沈下して訴えを起こされる。
ただ、地盤は下がったが、適切な工事だったため建物は沈下せず(逆に浮き上がった)、自身は訴訟対象から外されていることなどが綴られている。
これを読んで複雑な気持になった。
地盤の問題は確かに人災の側面もあるのかもしれないが、個別に対応すればなんとかなる問題ではなく、区域もしくは地域全体の問題ではないのだろうか。
中越地震による液状化で多大な被害を受けた、新潟県の柏崎市にある山本団地では、住民がまとまって会を結成し、団地全体の液状化対策の工事を実施して再建を果している。
本書が、これから新築を建てようと検討している人向けに書かれているので仕方がないのかもしれないが、あまりに焦点が限定され過ぎているような気がしならなかった。
確かに傾かなかったから(自身の会社的には)OKなのかもしれないが、生活者はそこで到底暮らせないだろう。
それにしても本書を読んで驚かされたのが、こんなに地盤改良法に種類があるのかということ。
地盤改良工法は紹介されているだけでも16種類もあり、前半はなんとなく見聞きしたものだったが、後半になればなるほどその違いが微妙すぎて判然としなくなるほど。
基本的には、軟弱地盤の深さによって工法が決まり、浅ければセメント、深ければ杭打ちとなるのだが、後者がこれまた複雑に分かれ、地質に腐食土が含まれればコレとか、重機の搬出がしにくい場所ならコレ、排出される残土処理の問題(費用は自己負担)ならコレなど、実に細かい。
ただしどの工法も「水平力については考慮せず」など但し書きのついたものも多く、液状化のおそれのある地盤でも大丈夫と太鼓判を押した工法はないのではないか。
それに紹介されている想定事例が水平な地盤がほとんどで、傾斜地や川・海に面したケースまで詳述されてない。
今回、石川県の内灘町で起きた液状化は、地盤が横方向に3メートル前後ずれ動く、大規模な「側方流動」に起因しているとされ、これなど個別にどう足掻いてもなす術がない証左だろう。 続きを読む投稿日:2024.01.25
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われら闇より天を見る
クリス・ウィタカー, 鈴木恵 / 早川書房
終わりがあるからまた始まりもある
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始まりがあれば、必ず終わりがある。
永遠に続くものなど決してない。
だけど、終わりがあるからまた始まりもあるのだ。
「人は終わりから始めるのさ」というハルの言葉の真意をそう汲み取った。
読…んでいる途中で到底、読書どころではなくなり、最後まで読み通せないだろうなと半ば諦めていたが、隙間に少しずつ進め、とうとう読了することができた。
著者はインタビューで、ダッチェスの物語の執筆がセルフセラピーの一環だったと語っている。
つまり「人生が辛くなった時は文章を書く」というトレーニングによって、自身のトラウマを克服していたのだ。
正直なところ、あまり世評ほどの面白さは感じられなかったが、それでも読んでいる間は物語に引き込まれ、一時でも現実を忘れさせる効果を与えてくれたのだと考えると、不思議な力だなと思えた。 続きを読む投稿日:2024.01.20