崩紫サロメさんのレビュー
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文語訳 新約聖書 詩篇付
鈴木範久 / 岩波文庫
日本語のゆたかさを感じる、初の電子版文語訳!
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本書は、キリスト教について知りたい人よりも、日本語の美しさや奥深さを感じたい人に薦めたい。
何故なら、キリスト教や聖書の内容について理解したいなら、
格調高くはないが、わかりやすく原典に忠実な新共同…訳がメジャーであるし、
そのスタディー版ならイラストや用語解説も豊富で初心者にやさしいし、
引照付きは研究者にも使いやすい。
他にもいろいろな訳が出ており、わかりやすさ・正確さにおいては文語訳よりも優れたものが多い。
だが、文語訳の良さはそこではないだろう。
これは、明治から大正にかけて、日本で初めて訳された聖書である。
西洋の文明をいかに取り入れるか。
日本にはない概念をどのように日本語にしていくか。
解説にあるとおり、翻訳の際、様々な問題にぶつかった。
欧米人の宣教師たちは、訳に「わかりやすさ」を求めた。
しかし、日本人の翻訳者たちは聖典に相応しい荘厳さ、つまり漢文的な格調を求めた。
どうすればそれを両立することができるか?
その一つが「漢字+ふりがな」の秀逸な使い方だ。
「審判」に「さばき」、「汚穢」に「けがれ」、「復活」に「よみがえり」、
「患難」に「なやみ」など、耳で聞けばわかりやすく、目で見れば適度な格調がある。
戦後、日本では漢字のルビの使い方に随分制限をかけてしまったが、
この頃の柔軟さと語彙の豊かさには、改めて感心する。
他の言語では表現不可能な重層性が、この訳にはある。
日本語の面白さ、漢字の面白さを感じる。
ただ、日本聖書協会から、文庫サイズで同じ訳・内容(新訳+詩篇)のものが出ている。
ステンドグラス風のおしゃれな装丁でハードカバーだが、辞書のような薄く上質な紙なので厚さが半分くらいで、岩波版とそんなに値段は変わらない。
文語訳に限らず、日本聖書協会は四季折々(?)いろいろなデザインのオシャレ聖書を出しているので、見た目・軽さ重視ならば、そちらがいいかもしれない。
だが、岩波版は電子版があり、日本聖書協会版は電子版がない。
そして今のところ、電子版文語訳は岩波版のみだ。
当たり前だが、電子版は世界最薄・最軽量の日本聖書協会の聖書よりもさらに軽い。
そして、自分の好みに合わせて文字を拡大することもできる。
SonyReaderT3(赤)の落ち着いた雰囲気が、文語訳聖書とマッチする気がする。
よって、電子版文語訳ならソニーで岩波版一択ということになる(←!?)
ただ、キリスト教徒が礼拝で使うには、この電子版は少し不便かもしれない。
何故なら、礼拝などでは聖書の指定箇所をすぐに開かねばならないので、
そういう場合は紙でめくるか、iOS/Androidの聖書アプリを使った方が絶対早い。
この電子書籍は「マタイ伝福音書」などの「書」単位のジャンプはできるが、それよりも細かい単位である「章」や「節」で指定できない、いわゆる普通の電子書籍であるからだ。
各書冒頭にジャンプして、そこからタップしてめくっていたら
その間に聖書拝読の時間は終わってしまうだろう。よって教会では使えない(苦笑)
SonyReaderT3が礼拝に持ち込んでも違和感のないデザインであるだけに、ちょっと残念。
まあ、うちの教会は新共同訳使用なんで関係ないが(笑)
だが、そうではなく、文学的に読んでいくには
電子版文語訳というのは問題ない。
むしろやたらジャンプせず、腰を据えて読むに値する訳だ。
冒頭の系図はさっと流して(笑)、「イエス・キリストの誕生は左のごとし。」
以降の、格調高くもわかりやすい日本語を楽しんでほしい。
他の訳が気になるのであれば、Google Play(App Store)で「聖書」で検索するといろいろなアプリがあるので、それと見比べながら読むのもありだと思う。
YouVersionというところのアプリは多言語対応、口語訳収録で使いやすい。
他の訳と比べることで、文語訳の深さを感じる人も多いだろう。
一つ残念なのは、岩波版は紙版も電子版も「新字旧かな」で表記していること。
できれば、漢字も当時のまま(旧字)だとよかったと思う。
(日本聖書協会の方は旧字旧かな)
比べると残念ではあるのだが、電子書籍として読んでいて、違和感はないし、読みやすい。
これだけ文学的に優れたものが電子書籍のラインナップに加わったことを、
素直に喜び、☆5とする。
続きを読む投稿日:2015.02.24
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詩経・楚辞 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典
牧角悦子 / 角川ソフィア文庫
面白いが故に、もう少しページ数が欲しかった!
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詩経も楚辞も中国の古代歌謡である。恋愛や別れを歌った素朴なものが多い。ゆえに、万葉集に擬える日本人もいる。
ただ、中国では長らく、儒教的な人倫の規範として読まれてきた。
それは、本来の作り手の意図とは…大きく離れたものであるが、二千年近くそう読まれてきた歴史というのも、無視するわけにはいかないだろう。
ビギナーズクラシックスの限られた紙面でそれをどれだけ整理し、魅力を伝えることができるか?
詩経に関して言えば、想像以上で、感心した。
基本的に古代の歌謡として読みながらも、「古典の歴史はその読みの歴史」と語り、後世の人がどのように読んできたのかを、わかりやすい言葉で説明している。
また、近代人は、詩経の中でも「国風」と呼ばれる素朴な感情を表した歌謡を好んで読むが、実は詩経の真骨頂は王朝の歴史、一族の栄華を宣揚する「大雅」や「頌」にあるという。
いや、そうなんですけど。。。
そのあたりは割とかったるくないか?
と思ってあまりきちんと読んだことがなかったわけだが、
うん、ちょっと面白いかも?
と興味を持った。幸い(?)こうしたパートは短いので、かったるいと思う人にも問題ないだろう。
詩経については、簡潔にして、ポイントを押さえていてよかった。
ただ、問題は楚辞だ。
内容に問題があるわけではない。
楚という地域について、二十世紀後半の発掘成果なども踏まえ、とても勉強になる解説がなされている。
が、とにかく量が少ない。
詩経の半分くらいである。
楚辞の代表的なものといえば、著者も言っている通り、「離騒」、「九歌」、「天問」であろう。「天問」が丸ごとカットされていることは二百歩くらい譲って許すとしても、物語的な性格の濃厚な「離騒」、ちょっと省略しすぎではないか?
主人公(屈原とされる)の生い立ちに始まり、幻想的な天界への飛翔を経て、地上に戻り、孤独と憤怒の中で…まあ、とにかく長い長い歌。
「現実世界で自己を全うできない主人公の、神々の世界への飛翔をストーリーとして持ちながらも、むしろその成就ではなく、その過程で繰り返される苦悩の表白こそが、この長編物語の中心であったのです」
まことにその通り。だからこそ、もう少しその「過程」の部分を紹介して欲しかったと思う。
それから、本書で「離騒編最後の部分」と紹介されている部分の後に、本来、「乱に曰く」というまとめ部分があり、そこで衝撃的な結末が描かれているのだが、その部分を載せなかった理由を知りたい。
本当に面白い詩経・楚辞本だっただけに、あと20ページ(紙換算)くらいは欲しかった。勿論、楚辞の方に(笑) 続きを読む投稿日:2015.03.14
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ドストエフスキー人物事典
中村健之介 / 講談社学術文庫
最強☆変人カタログ!
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タイトルも堅いし、講談社学術文庫だし、値段も高いし敬遠されそうな予感のする本だが、
すごく面白いので、語ってみたい。おつきあいください(笑)
ドストエフスキーの魅力って何だろう?
哲学的・宗教的なと…ころにそれを見出す人もいる。
それはもちろんあるのだろうが、初読で夜も眠れないくらいの勢いで読んでしまうのは、
ストーリーが面白いからで、登場人物が魅力的だから、ではないだろうか?
小説とは本来そういうものだろう。
しかも、ストーリーがわかってもなお読み返したくなる。
何故ならドストエフスキーの作品に登場する妙な人々に魅了されてしまうからだ。
その人たちにもう一度会いたい、だから再読する。
そういう中で哲学的な深みが見えてくる読者もいる。
もし人物が魅力的でなければ、そうはならないだろう。
本書は、そういう妙な人達を網羅した、変人カタログのような本である(笑)
紙の本で数センチある分厚い文庫本で、デビュー作『貧しい人達』から遺作『カラマーゾフの兄弟』まで
すべての作品のあらすじ紹介、人物紹介からなる。
執筆順になっているのもポイントである。
何故なら、ドストエフスキーはどうしても書きたい人物像があるようで、
それがいろいろな作品の中で試行錯誤を繰り返すように何度も登場するからである。
だから、年代順に見るとああ、あの人物が進化してああなったのか、とわかって楽しい。
タイトルとは裏腹に、小説のように前から読んでいくタイプの本なので、電子リーダーとも相性がいい。
しかし、こうして見て見ると・・・改めて・・・奇人変人しかいないな。
・自分は社会の異物だと感じている
・友達は0人か1人
・自意識過剰
・夢想家
・世のため人のために何かしたいと思う
・が、できないので実際はひきこもり
・時々異様なハイテンションになる
・しゃべり出したら止まりません
・どうしようもないマゾ
・そんな自分に酔ってます
・・・本当、まあ、なんだかなあ・・・(笑)
でも、一番強いのはやっぱり上に書いた「異物感」ではないかと思う。自分は何か人と違う。
世界の中で浮き上がっている気がする。人とうまくつきあえない。
これが、ドストエフスキー作品に登場する人々の多くが抱えている問題である。
劣等感の場合も、優越感の場合も、孤独感の場合もいろいろある。
どうにかして人と関わりたいが、うまくいかない、「奇行」になってしまう。
場合によってはそれが「犯罪」になってしまう。
まあ、それはそれぞれの話の解説に任せるとして・・・。
とにかくこの本を読むと、いかにドストエフスキーの作品が「人間」を中心に回っているかを感じる。
ストーリーや思想よりも、まず人間ありき、だ。
私はもとは紙の初版を買ったのだが、こんな帯がついていた。
「読む前に、読むときに、読んでから」
つまり、いつでもオッケー(笑)
読んでない作品も本書で知ったりしたのだが、
あらすじと人物紹介だけで爆笑してしまった。
著者がすごいのかドストエフスキーがすごいのか(笑)
とにかく、最高の変人カタログ。
そして、最高のドストエフスキー入門書。
続きを読む投稿日:2015.04.22
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南国少年パプワくん1巻
柴田亜美 / 月刊少年ガンガン
シリアスとギャグの絶妙な配合!
13
幼い頃、紙版がばらばらになるほど愛読したマンガであるが、
改めて電子版で読んでみて、作品の構成力に感心した。
7巻、という長さである。決して長い方ではないだろう。
しかし、そこで語られるストーリーは…壮大だ。
主人公のシンタローはわけあってパプワ島なる南の島に漂着してしまう。
そこで何だかやたら強いパプワ少年と、ブサ可愛い犬のチャッピーと出会い、
「今日からお前も友達だ!」と言われ、島で召使いとして暮らす(友達とは一体・笑)
島に住む奇怪な生物(敢えてナマモノと読ませるところに作者のセンスを感じる)
に振り回されるギャグパートと入り交じる形で、
シンタローが所属していた「ガンマ団」の刺客との戦いが展開する。
まあ、こいつらも愛すべきバカなのだが(笑)
組織の秘密、父や叔父・弟にまつわる秘密、そして、パプワ島の秘密・・・
かなり複雑で壮大な話なのだが、単行本7巻という長さが絶妙なのだろうか、
殆どダレるところがない。
シンタロー(青年)、パプワ(子ども)、そして中盤から華麗に活躍するおじさんたち。
結構、読む年齢によって感情移入するところが変わってきて何度も楽しめる重層性があるなあ、と再び感心。
まあ、私は最初からおじさんたちに夢中だったのだが(笑)
特に4巻表紙左の美麗なおじさま(43)に(笑)
今回再読してシンタローの
「俺は知らなかったんだ 歳をくうほど人は弱くなるなんて!
泣きてえことばかりだなんて知らなかったんだ!!!」
という言葉に対するパプワの答えが何かぐっと来た。
前は、美麗なおじさまに夢中で(笑)そこはあまり印象に残っていなかったのだが、
それは私が歳をとって泣きたくなることをたくさん経験したからだろうか。
ドSなギャグ満載なんだが、根本的なところですべての人物やナマモノへの愛を感じる。
ギャグ漫画というのはそうでないと、何だか笑えない。
そういう意味で、この物語は素晴らしいギャグ漫画で、涙無しには読めないシリアス漫画である。
決して長くない物語の中に、魅力的な人物とストーリーが凝縮されていて、
何度も読み返し、空白やその後をどれだけ想像してわくわくしたことか。
続編にあたるPAPUWAという作品が本作品の4年後という設定で出ていて、
楽しく読んだのだが、やはり本編7冊の凝縮されたエネルギーは忘れられないものとして残っている。
続きを読む投稿日:2015.04.26
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世界史の極意
佐藤優 / NHK出版
理論の虜にならず、歴史を読み解く
12
佐藤さんが世界史?と少々胡散臭く思った(失礼!)のだが、あとがきを読んで納得した。(私はあとがきから読むタイプだ)
「キリスト教神学には、歴史神学という分野がある。一般の歴史では、実証性が基本になる…。
歴史神学でも実証性を無視するわけではないが、さらにその奥にある歴史を突き動かす原動力の探求をする。
この歴史神学の方法を用いて「世界史の極意」をつかむことができないかと考えた。」
そもそも、「一般の歴史」(=歴史学)では実証性が必要になるわけだから、
「世界史」などというものはアカデミックな話としては論じにくい。
ウォーラーステインの「世界システム論」が高校の「世界史」の授業でも扱われるようになったが、
やはり「歴史学」とは異なる視点から斬り込んでいるところに力と魅力があるのだろう。
そういう意味で、本書は「歴史学」とは違う立場であることを明言しているところに、
興味と好感を持った。
さらに、歴史神学そのものでもない。
佐藤氏が同志社大学神学部の藤代泰三氏から学んだことを応用し、
実際に佐藤氏の波瀾万丈の人生の中で学んだことと重ね、
まさに佐藤氏にしか描けない「世界史の極意」であると思う。
本書の鍵となる概念は「アナロジー」(類比)だ。
「歴史は繰り返す」と言うが、反復しているのかをどうかを洞察することが必要だと氏は言う。
そのためには知識と論理が必要なのだと。
取り上げられているテーマは
「資本主義と帝国主義」「ナショナリズム」「キリスト教とイスラム」
歴史を、また現代社会を考える上で外せないものばかりだろう。
これらの説明は分かりやすく、「歴史学」の側の人間にも学ぶところが多いと思う。
ナショナリズム論の三巨人、アンダーソン、ゲルナー、スミスの論についての説明は
分かりやすく、自分が人に説明するときにも参考になると思った。
(本人も認める通り、かなり乱暴ではあるが)
だが、私にとって、一番面白いと思ったのは、やはり、
「佐藤優が世界史の極意をつかむまで」の過程だ。
本書は、というか佐藤氏の他の本でもそうだが、
あらゆる体験や出会いを次につなげていこうという姿勢がある。
恩師である藤代先生のことをこのように語る。
「私たちが理論の虜にならず、他人の気持ちになって考えることと、
他人の体験を追体験することを重視し、アナロジカルに歴史を読み解く習慣が付いたのは
藤代先生の影響によるところが大きい」
客観性・実証性を重んじる歴史学の立場からは、
「それは歴史学ではない」と言いたくなるが、
歴史学ではない歴史があっていいのではないかとも思った。
意外に(予想通り?)心温まる本であった。
続きを読む投稿日:2015.04.13
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さよならソルシエ(1)
穂積 / 月刊flowers
作者がソルシエ!(笑)
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炎の画家、と呼ばれたゴッホとその弟・テオを題材とした2巻完結の漫画。
こういうのは、別に予備知識なく読んでも面白いものなのだが、これについてはウィキペディアでも何でもいいんで、ゴッホ兄弟について、予備…知識を仕込んでおいてから読むことを強くお薦めする。
そして、何より1巻だけでやめないこと!
何故かというと、この話のゴッホ兄(2巻表紙)は、一般に知られる狂気の画家とは全然違う。
天才的な画才を持ちながら、それ以外は至極平凡。
それに対して画才以外のあらゆるものを持っている感じの弟テオ(1巻表紙)は激しい嫉妬を感じながらも兄を全力でサポートする。
うーん???
悪くはないけど勿体なくないか?割とよくある話ではないか?
というか、何で非凡な人の人生をわざわざ平凡な方向へ?
もしかしてテオを主役として引き立てるため???
うーん???史実と違う以前にそれは作品として成功しているのか???
…と思っていたのは1巻のことだったが。
2巻後半で怒濤の展開が!
何故作者が、兄を敢えて平凡な方向にしていたのかが明らかになるのだ!
これは、想定外の展開だった。
有名な自ら耳を切り落としたネタとか、どこでどんな風に出てくるんだろう、
ゴーギャンとの関係はどう描かれるんだろう、つか、ゴーギャンまだ?とそわそわしながら待っていたら、
こんな形で持ってくるかー!?
…という面白さがあるので、一般的なゴッホ兄弟像を持っている方が良いと思ったのだ。
もちろん、ストーリーとして自然かというとちょっと強引だ。
だが、手品が手品であるとわかっても、それがあまりに鮮やかであると、
魔法にかけられたような不思議な満足感がある。
そして、このタイトルに納得する。
さよならソルシエ(魔法使い)
テオをソルシエとして描いた作者。
私からすれば作者がソルシエだ(笑)
これからも、不思議な魔法をかけ続けてほしい。
続きを読む投稿日:2014.11.13