ABAKAHEMPさんのレビュー
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このユーザーのレビュー
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紙の動物園
ケン・リュウ, 古沢嘉通 / 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
形容しがたい複雑な味わいと魅力を持った15篇の短編集
7
三種の異なる糸が撚り合わされてるよう。
通底に流れるのはノスタルジックで寓話的な愛の物語で、例えば「人々はいっしょに年を取らなくなった - いっしょに成長しようとしなくなった。結婚している夫婦はおたが…いの誓いを変えた。もはやふたりをわかつのは死ではなく、退屈だった」と永遠に続く人生を送る夫婦を描写してみせる。
時に展開されるハードSFの片鱗、例えば哲学者サールの"AIは幻想で、思考も幻想だ"とする謎の問いかけに煙に巻かれ、どこか懐かしみを覚える東洋の文化的背景に支えられ、読者は過去と未来を往還する。 続きを読む投稿日:2015.11.21
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妖怪学の祖 井上圓了
菊地章太 / 角川選書
妖怪が「モノ」ではなく「コト」として感じられた時代の話
6
明治の時代に、狐憑きやコックリさんなんてのはタワゴトだと証明したくて、全国の怪現象を収集したために、後世の人から「妖怪学の祖」と奉られることになった男の生涯。
京極夏彦による小説の主人公「京極堂」と…の比較が分かりやすく、「この世に不思議などない」という点では共通だが、打倒否定されるべき前近代の迷信とまでは考えていない。
現在では妖怪というと、すでに「モノ」化した一個のキャラクターと考えるが、明治の頃には、それぞれの地方で形を変えて存在している「コト」としての怪異現象だった。
この点は重要で、それだけ不思議さと異様さが生々しく感じられたのだろう。
柳田も妖怪研究を行なっているけど、彼の書いたものは物悲しくて文学的すぎて、現代人には井上の方が私情もなくかえって都合が良かったのかもしれない。 続きを読む投稿日:2014.10.23
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スタンフォード大学で一番人気の経済学入門 ミクロ編
ティモシー・テイラー, 池上彰, 高橋璃子 / かんき出版
すべてのトレードオフを考慮に入れようとする姿勢を学ぶ
6
これから経済学を学ぼうとする人たちだけでなく、ごく一部に過ぎないグループや個人にスポットを当てた毎日の経済ニュースに一喜一憂し、顔の見えない統計上の人びとにも想像を広げるセンスを欠いた人たちにとっても…、貴重な気づきを与えてくれる本。
学問としての難しさよりも、その舵取りの慎重さや繊細さに思いが至る。
通底しているのは、
「ものごとにはトレードオフがある」こと、
「誰かを助けようとすれば、別の誰かが傷つく」こと、
「何かを選ぶことは、何かを捨てること」だという考えで、
「あらゆるものを完璧に満たす社会はない」のだから、より不断の判断や調整が求められていることがよくわかる。
「経済学は、貧しい人びとの敵ではありません。自由市場を絶対視して、あらゆる介入を否定するものでもありません。
どのような介入が望ましいかについては、経済学者のあいだでもさまざまな意見があります。しかし、意見の対立を超えて共通しているのは、あらゆる政策について、すべてのトレードオフを考慮に入れようとする姿勢です」
取り上げられるトピックは豊富な事例に富み、対立する論点を手際よく整理し、政策にかかるあらゆるコストを明示する。
セーフティネットの必要性の議論では、貧困対策につきまとう葛藤に触れ、求められるのは「入りにくく抜けだしにくい」ハンモックのようなネットではなく、空中ブランコのような「落下を広く受け止めてくれるけれど、すぐに跳ね上がれるような弾力性のある」安全ネットであると指摘している箇所が印象に残った。
レビュー時点(2015年4月)のニュースを見てると、フランスで見習い従業員に支払われる給料を国が1年間肩代わりすることを決定したという。
これまで見習いの数は年々減少していたが、中小の経営者は「タダなら雇う」と、増加に転じる見込みらしい。
直接の賃金対策ではなく、労働者の教育訓練に投資するというやり方は、悪影響の少ない支援のあり方ではないか?
本書を読みながらこれまでより深くニュースが理解できるようになった気がする。 続きを読む投稿日:2015.04.23
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ジェフ・ベゾス 果てなき野望 アマゾンを創った無敵の奇才経営者
ブラッド・ストーン, 井口耕二, 滑川海彦 / 日経BP
やまない反発と魅力の理由がわかる良書
6
ジョブズ本と同じ訳者なのでついつい両者を比較してしまう。
どちらもまぬけの増殖を警戒し、ワークライフバランスなんてどこ吹く風で社員を馬車馬のごとく働かせる。
部下には高い要求をぶつけ、気に入らないと辺…りかまわずどなり散らすが、ジョブズとは違い後を引かず、しばらくするとばか笑いをして体をよじらせる。
どちらも先見の明にすぐれ未来を見通す力を持つが、優れた人材を確保することにかけてはベゾスの方がより積極的。
ジョブズが極限までそぎ落としたシンプルさを志向するのに対し、ベゾスは過剰とも思えるほどの無限の品揃えを志向する。
二人とも傲岸不遜で、ジョブズはAppleの理念と合わなければ使わなくて結構という考えだが、ベゾスはすべてのユーザーはAmazonを利用するべきだと考えている。
アップルとの一番の違いは、革命的な製品を発売して儲けるのではなく、「買い物についてお客が判断する時、その判断を助けることで儲け」ていること。
読者によるレビューやリコメンド機能、アフェリエイトなどのプログラムが早い段階で実装された結果、ライバルに優位な立場を築くことに成功している。
会社の命運を左右するピークは、アップルが新製品の発表だとするとアマゾンはホリデーシーズンで、毎回が混乱とともに切り抜けその度に一回り大きくなる。
転機となったのは、ドットコム・バルブの崩壊で、アマゾンも一転して窮地に追い込まれるが、それまでの「早くでかくなる」という成長一辺倒から、利益や効率を求め無駄を排除する経営方針の変更に成功する。
アマゾンが、本業のオンラインショップ事業とはかけ離れた、CIAにクラウドシステムを提供するようなウェブサービスをどのように始めたのかがわかって興味深い。
オライリーからアマゾンを利用するサードパーティや開発者に向けて販売データを提供できるようにすべきだと助言を受けたのもそうだが、もともとは自社の硬直化したサーバーシステムの改革の一環として、外から使いやすいように自由にアクセスできるようにするべきだという発想が出発点となっている。
彼のパーソナリティ形成過程も面白い。
顧客重視の名のもとに一切の治外法権を要求するコチコチのリバタニアン。
秘密主義者で永遠の宇宙少年。
エネルギッシュで外向的だが、冷酷で共感能力に欠ける典型的なサイコパス。
先の先まで読むチェスプレイヤー。
「無限拡大」がモットーであるベゾスは、普段は楽しく話せるのだが、ひとたびナッターにスイッチが入ると「オレの人生を無駄遣いするとはどういう了見だ?」と叱るので、いつもビクビクと隠れて過ごす社員もいるらしい。
摩擦が多くぶつかり合う文化に慣れることができず、退職する社員も多い。
アマゾンの成功の秘密やベゾスの経営手腕の一端を知ろうと本書をとった読者には、後半からますますこの会社は偉大なのか単なるブラックなのか判然としなくなってくる。
何もベゾスが変質したわけではなく、当初からの経営理念から驚くほど変わっていない。
会社が大きくなれば身の丈に合った振る舞いを期待されるがそうしないし、初期には交渉相手の業界出身の社員がいたので他社とも敬意をもった連携ができていたが、次第にジェフボットと呼ばれるクローン的な社員が増殖したために、社内外でありとあらゆる混乱を引き起こす。 続きを読む投稿日:2014.05.05
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モサド・ファイル イスラエル最強スパイ列伝
マイケル バー=ゾウハー, ニシム ミシャル, 上野 元美 / 単行本
2013年度のインテリジェンス関係の必読本
5
読み終えるのが惜しかったし、今後も折りに触れて再読するだろうなと思わせる本。
一人始末するのに、30人近くが現地入りしたりする。国籍も多彩で、旅行者の格好で現れ、捕まりそうになると各大使館に駆け込む。…現地では、弁舌巧みに説得したり、賄賂を贈るかと思えば、誘惑し、静かに引き金を引く。
決して忘れないのは、受けた仕打ちだけでなく、不運にも捕まってしまった仲間に対しても。決して捨て駒にはしない。
工作員もそれぞれ頭の回転が速く、機転が利き、とにかく献身的なのだ。
ただ注意深く読めば、その歴史においてモサドの活動が変質していることがわかるし、いまインテリジェンスの世界で占める地位も不変ではないことがわかる。
勝ち逃げを決して許さず、一度でもお尋ね者のリストに加えられれば、モサドの手から逃れることはできないとテロリストに思わせることで、敵を動揺させ、危機を未然に防ぐ狙いもあってか、最強神話を自ら作り上げている。 続きを読む投稿日:2013.12.12
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突変
森岡浩之 / 徳間文庫
本当に"解説不要の傑作"か?
5
300ページほど読んだとこでふと、貴志の『新世界より』であればもうとっくに小説の世界観にどっぷりはまって、ページをめくる手がもどかしくなるほどだったのに、こんなに淡々としたペースで大丈夫かと思ったが、…心配が的中したようだ。
700ページを超えるボリュームを読んだのに、見事なほど何も残らない。
やたら管轄や権限がどうだとか、余計な話が長過ぎる。
極めつきは、巨大チェンジリングの説明の場面で、「ここは彼にまかせた」と話を振っているのに、「小学校の時にウサギを飼ってた」とかつまらない兄妹喧嘩が続くのだ。
唯一面白かったのは、"突変"発生時のスーパーで臨時休業を告げる店長に対して客たちが放つクレームで、
「どうせなら、十点限りじゃなくて、好きなだけ持っていかせてよ」
「これは移災なんでしょ。あたしら、裏返ったんでしょうっ!」
これは笑った。
このテーマで一番面白くなりそうのは、笑い飯の漫才のように、「人間の体と鶏の頭の境目」ならぬ「突然変移領域」、滝があり溝渠があり異形の生物がうごめく「生態系不連続線」だろうに、著者はこの部分に盛り上がりを持ってきていない。 続きを読む投稿日:2014.10.31