くっちゃね村のねむり姫さんのレビュー
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白の闇
ジョゼ・サラマーゴ, 雨沢泰 / 河出文庫
単なるミステリーでありません。次第に哲学的様相を帯びてきます
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序盤は、まさにパンデミック。突然蔓延した失明という病気。当局は感染者を隔離するという政策に出ます。でも隔離先は療養所ではなく、収容所。このあたりは、コロナというよりも、かつてのハンセン病を思わせます…。その中に一人だけ失明していない眼科医の妻が、目が見えることを隠して夫と一緒に隔離されます。この設定がミソでした。彼女は、見たくもないものを見続けることになるわけです。
最初のうちは、それなりに秩序を持って収容所の中で皆が生活しようと努力するわけです。その中の状況も大変興味深く描かれていきますが、感染が拡大し、収容人員が増えていくに従って、力で収容所内を支配する輩が出てきます。きっとそうなるだろうなぁ、と想像はつきますよね。そんな男達が食料を人質に、女を差し出せと要求する。ふ~む。食欲は当然としても、性欲も衰えることはないのか?と妙なところに感心して読んでいたのはここまで。
そのうち、眼科医の妻以外、世の中全ての人が失明してしまいます。ここからが本当の物語の始まりだったのかもしません。当然、全てがストップしてしまいます。食料も届かない収容所から人々が娑婆に出てくるわけですが、そこはまさにアナーキー状態。しかし、力が支配しているわけではありません。暴力で支配しようにも、全ての人の目が見えないのですからね。どこに何があるか、誰がいるか、それさえも把握できない。そして、食べ物以外のものは、所有するという感覚さえもなくなります。しかも誰も生産活動をしない世界。昼も夜もなく、ただただ食べ物を探し求めて、街を彷徨い、ぶらつく人々。さぁて、どう物語を締めくくる?興味が尽きず、ページをめくる手が早くなります。
勿論、目が見えなくなるというのは、作者の比喩です。ラストの翻訳者雨沢泰氏のあとがきによれば、作者サラマーゴは、「人間が理性の使用法を見失ったとき、互いに持つべき尊重の念を失ったとき、なにが起こるかを見たいのだ。それはこの世界が実際に味わっている悲劇なのだ」と言っていたそうです。
原題を直訳すると、「見えないことの試み」とのこと。つまりそういうことなのですね。物語の展開としては、想像していたとおり、突然見えなくなった目が、また突然見えるようになります。ま、目出度し目出度しとなるわけですが、しかし考えてみれば、ここからどうやって、元の世界のような秩序ある状態を構築していくかが、一番の問題なのですよね。
また、私はまったく知りませんでしたが、この小説は2008年にフェルナンド・メイレレス監督によって映画化されていたとのこと。主演としてジュリアン・ムーアが医者の妻を演じ、最初に失明した男とその妻を、伊勢谷友介と木村佳乃が演じていたそうな。映画作品としては今一つだったようですが、ちょっと見てみたい気がします。 続きを読む投稿日:2023.03.04
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ウツボカズラの甘い息
柚月裕子 / 幻冬舎文庫
うっかりしていると、ウツボカズラに吸い込まれるかもしれないね
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人間の果てなき欲望とちょっとした心の隙間に、スルリと悪魔は入り込むのかもしれません。
物語の展開としては、二つの場面が交互に描かれていきます。一つは高村文絵が怪しげな事業に巻き込まれていく場面。…そしてもう一つは、鎌倉で起こった殺人事件を追いかける刑事達の奮闘ぶりの場面。
文絵の方は、おいおい大丈夫かよ、そんなことに加担してと、誰でも思うでしょう。また、刑事達の捜査方法は、なるほどそういう風にやっていくんだね。と納得したりします。
ミステリーですから、あまり詳しくは書けませんけれど、文絵の病気?から、ひょっとするとそうなのかと思わせておいて、最後4分の3くらい読み進めてきたときに、真犯人が浮上します。もしあのベテラン刑事がいなかったら、冤罪になっていたかもしれませんね。さぁてどうなる?どうする?と、興味が尽きず、最後まで楽しませてもらいました。気になる記述もあって、それは、「不審死を事故や自殺で片付けようとするのは、日本の警察の悪弊らしい。」というもの。沢山の案件を抱えているからなのでしょうが、そうではないと信じたいものです。
一方、私個人としては、奥さんの金銭行動や心情に、ほとんど気がつかなかった夫にも責任があり、それでいて彼には哀れみと同情を禁じ得ないかなぁ。
物語のラスト、オーストラリアのホテルのシーンは、あの名作「太陽がいっぱい」を想起させました。
それから、松井玲奈さんが本の最後に解説を書かれていますが、これがまた興味深いものでした。まず、女性目線で読まれていること。容姿へのコンプレックスに対する考え方は、やはり男とは違います。またエッシャーのだまし絵になぞらえているのも面白いですね。これにはなるほどと思いました。そして、やはり彼女は女優目線で読んでいました。もし映画化されるならば、中川刑事役をやってみたいそうな。ちょっと顔立ちが優しすぎる気がしますが、演じてみたい理由が、男性社会の中で認められたいと思う強さが魅力的とのこと。その他にも、色々考えさせる記述があって、この解説を読んでから再読すると、色々と違ったものが見えてくる気がします。 続きを読む投稿日:2023.03.04
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この世の喜びよ
井戸川射子 / 講談社
不思議な文体にラストまで誘われてしまいました
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芥川賞を授賞した表題作のみのレビューです。
小説の書き方って色々ありますよね。「私は」といった感じで、主人公として読者を導くもの。あるいは、俯瞰的な描写で、「〇〇は」で読者を導くもの。そのスタイ…ルは様々でありますが、この小説は「あなたは」で始まったにもかかわらず、俯瞰的な視線というわけでもありませんし、う~ン、なんと称すれば良いか、正直わかりません。こんな雰囲気の小説に出会ったのは初めてのような気がします。この「あなた」と呼びかける視線が、途中からそのニュアンスが変わったような気がするのも興味深いものです。文藝春秋に掲載されていた選評においても、そのあたりを指摘している方もいらっしゃいました。
タイトルだけ読むと、日常のささいな事の中にこそ、生きている喜びがあるのを表現した作品のように思いますけれど、ま、そうなのでしょうが、ストーリーそのものには惹かれませんでしたが、文体にやられてしまった感がありました。 続きを読む投稿日:2023.03.04
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荒地の家族
佐藤厚志 / 新潮社
街がいくら立派に復興しても、人の思いは、いつまでも後を引く
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もう一つの芥川賞「この世の喜びよ」と違い正統派?の小説でありました。
あの震災を扱った物語は数多くあると思いますが、過去に起こったことではなく、この小説は今起こっていることを描いています。受賞者…インタビューの中で印象的だったのは、「生きていることへの違和感」という言葉です。コレは多分、あの大戦後に生き残った人々にも共通することなのかもしれません。
街が復興しても元通りになるわけではありません。ましてや、人の思いはこれからもずっと引きずるモノなのでしょう。主人公は、グルグルグルグル同じ所を回っているような感じだし、幼馴染みの明夫は、俺は運が悪いんだ割り切って、自ら終止符を打ったのでしょうか?復興しても、心は荒地のままなんですね。
私は震災後に彼の地を訪れたことはありませんが、テレビ等で見る巨大な防波堤を、「海から人を守っているのではなく、人から海を守っているように見える」という表現は、衝撃的でありました。
どこか閉塞感が漂う物語ですが、最後の「早く飯食え」の言葉に少し救われる気がします。どんなときでも腹は減るんだね。
未曾有の震災について、我々にできることは何でしょうか。私にできることは、ただ忘れないことだけかな?私自身は、あの朝ドラ「あまちゃん」が再放送された際に全話録画し、今でも毎日1話ずつ繰り返し夜中に見ています。もう何回見たでしょうか。これくらいしかできないかなぁ。 続きを読む投稿日:2023.04.03
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ツタよ、ツタ
大島真寿美 / 小学館文庫
真実を元に書かれたノンフィクション風フィクションでした
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冒頭から、どこか普通の小説ではなく、詳細な調査に基づいたルポルタージュ風に書かれています。それが次第に物語調になるのですが、そこが作品として功を奏していた気がします。勿論、本の最後に掲載された「本書…のプロフィール」欄には「本作は、実在の人物をモチーフにしたフィクションです。」と改めて断り書きがありました。幻の作家本人の心情については作者の想像なのでしょうが、第三者的視線で語られているような書きぶりにより、その状況がよくわかった気がします。
物語は琉球王の東京転居から始まりました。その後のツタの数奇な運命は、弁舌尽くしがたきと、言ったところです。と同時に、とても興味深いものでありました。そしてペンネームを使っての投稿が、別の自分になる方法だったというのも、何となくわかります。また、沖縄出身と言うだけで差別を受けていたというのも驚きでした。そして、その書いた小説に対する批判。よくあることかもしれませんが、詳細な内容も知らずに、ただ雰囲気のみで中傷する輩は、今でもいますよね。全体を通して、どこか救いようのない話に見えますけど、親友キヨ子との合奏の場面は、ホッとするシーンでした。双方がピアノもヴァイオリンが弾けて、ましてや、大人になってから、ずっと触っていないかったにも関わらず合奏できると言うことは、かなり基礎がしっかりしていたのでしょう。
それから、トートーメーに関してですが、いくら沖縄の話を知らないと言っても、子供達や孫達までそのお守りを拒否する心持ちというのは、ちょっと理解しがたい気がしました。
結局、彼女は最後の最後にツタ自身に戻れたのでしょうか?それとも、ずっと千紗子を演じていたのでしょうか?「ツタよ、ツタ」というタイトルは、作者大島満寿実の呼びかけなのでしょうが、私には、本当の自分を生きることができなかった、ツタの自身への呼びかけのような気もするのです。 続きを読む投稿日:2023.05.08
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幻想郵便局
堀川アサコ / 講談社文庫
最初は、作者の構築した世界になかなか入り込めなかったのですが
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これも一つのファンタジーだと思うのですが、この分野はまず、作者が想像の中で構築した世界に我々読者がうまく入り込むこと、つまり物語にのめり込むカギとなります。
それ点からいうと、最初のうちは何が何…だかわからず、少々戸惑いました。話としては最初から面白いことは面白いのですけどね。そのうち、あ~なるほど、こういう世界が描かれているんだとわかってきましたよ。
作者のあとがきの冒頭、「心霊スポットで働いていたことがあります。」この一言で一層わかり合えた気がします。ヒトは死んでも消えていない、いや消えてたまるか、この思いがモチベーションだったんでしょう。なかなか含蓄ある話ではありました。それに、捜し物が得意だという主人公の設定も面白いですよね。友達に一人いると便利だろうなぁ。あと幽霊も飯を食うのでしょうか? 続きを読む投稿日:2023.05.08