力丸さんのレビュー
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洞窟オジさん
加村一馬 / 小学館
人間社会から逃れた43年、そしてその後
7
BSでドラマとして放送されるまで、この著者、加村さんの存在について知らなかった。
概略は「書籍説明」で触れられているとおりだが、過剰な描写はなく、淡々と語るような文章が続いている。43年間、過酷な生活…だったにちがいなかろうが、むしろユーモラスな物語に読めてしまう。ウサギやイノシシの捕まえ方、フキノトウはむしろ大きいものの方が旨いなど、サバイバル生活に感心するだけではなく、ヘビとカエルが同じ穴で冬眠していたとか、30過ぎてからの童貞喪失とか、電車の中で読んでいて笑いを堪えるのに困った。
ただ、親の虐待やシロが死んでしまったとき、また自殺しようとして富士の樹海を歩き回ったときなど、読み進むのが辛くなるような箇所もある。シロは家出した加村さんの後を1日遅れで追いかけてきた犬だ。ドラマでは発熱して寝込んだ加村さんの額の手拭いを水にひたして取り換えるシーンがあり、過剰な演出だと思ったのだが、この本によると事実らしい。本当に信頼していた相棒がいなくなってしまった喪失感はいかばかりだろうか。
10章までは加村さんが「発見」された直後の2004年に刊行されたものだ。
加筆された11章以降では「書籍説明」にあるように、真剣に向き合ってくれる人と出会ったことで加村さんは人間的な喜びを感じられるようになり、人のために生きることができるようになったことが記されている。
暖かい気持ちになれる一冊だ。 続きを読む投稿日:2015.11.02
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イザベラ・バードの旅 『日本奥地紀行』を読む
宮本常一 / 講談社学術文庫
イザベラ・バードの目を借りて明治初期の日本を知る
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イザベラ・バードの「日本奥地紀行」 http://ebookstore.sony.jp/item/BT000012692700100101/
を読み解いた講義録。
私が十分知っていたはずの明治時代初期…の日本は、英国人イザベラ・バードの目を通すことにより、私の知識と異なった様相を示してくる。
美しい庭のある宿やお人よしの日本人の姿だけではなく、皮膚病に罹患している者が多い、眼病や盲人が多い、どこに行っても蚤に悩まされているとか。当時の日本人にとっては当たり前のことだから、わざわざ書き記したものは少ない。外国人から見た日本の様子を読むことにより、比較されてわかりやすくなるのだろう。
宮本常一は当然のことながらその目的で「日本奥地紀行」を読んだのだろうが、さずがに私のような素人とは異なり、私が以前「日本奥地紀行」を読んだときに若干の違和感を持ちながらも読み飛ばしていた箇所も、本書での指摘によって明らかになった。
日本人の外見についてイザベラ・バードは「黄色い皮膚、馬のような固い髪、弱弱しい瞼、細長い眼、尻下がりの眉毛、平べったい鼻」と書いており、その通りだなぁと思うのだが、さらには「凹んだ胸」との記述には疑問を持っていた。宮本常一によれば、日本人が背中を丸めている姿を表しているのだろうという。なるほど、肩をすぼめて歩いていれば凹んだ胸に見えるのだろう。
「日本奥地紀行」ではアイヌに関する記載が非常に多く、これにも戸惑いを覚えたものだが、宮本常一によれば英国人がアイヌを西洋からユーラシア大陸を移動して北海道にたどり着いた人種であると考えていたためであるという。
これで吉村昭が「黒船」で詳しく記述したイギリス人によるアイヌ人人骨盗掘事件を思い出した。西洋人の異常なほどのアイヌに対する興味はそこから来ていたのかと、合点がいった。
宮本常一はイザベラ・バードに敬意を払いつつ、それでも冗長なところは切り離し、重要と思われる箇所を初心者にもわかりやすく細かく分析・解説してくれる。
「日本奥地紀行」の解説から脱線したように思われる箇所もまた面白い。「日本奥地紀行」を読んだ人も未読の人も、ぜひ読んでみてほしい。 続きを読む投稿日:2015.11.22
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日本会議の研究
菅野完 / SPA!BOOKS新書
警鐘
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2009年の夏、広島市内にポスターが貼ってあった。8月6日の講演会を告知するもので、講演者は元航空幕僚長の田母神俊雄だった。日本も核武装をすべきという文言が書いてあったように記憶しているが、主催団体名…は日本会議広島と記載されていた。
「日本会議」という団体についてネットで検索してみたが、右派系団体であるということ以外、よくわからなかった。
翌年、「平和と安全を求める被爆者たちの会」という被爆者団体ができたという報道があったとき、被爆者の高齢化が進む今、なぜ新しい被爆者団体が旗揚げするのだろうかと調べてみると、連絡先は日本会議広島と同一だった。この団体の代表や事務局長代理という人物は被爆二世となっていた。広島に被爆二世は非常に多数いて、ごく普通の存在である。代表たちの親など、この団体に直接の被爆者もいるのかもしれないが、いささか疑問に思うと同時に、地方に根を張ろうとしているとしている日本会議の存在に不気味さを覚えた。
現在、この日本会議が安倍政権のそこかしこに姿を表している。
本書は1960年代の「生長の家」の青年学生部隊が日本会議の母体であることを解明したものである。左派系の学生運動が全盛となりつつある頃、長崎大学では後の日本会議事務総長、椛島有三が「長崎大学学生協議会」を結成し、これを抑え込んだという。その後に椛島有三たちは右翼系の「全国学生自治体連絡協議会」を発足させ、「全学連」に対抗していった。やがて「日本青年協議会」へと発展させ、また学生組織には「反憲法学生委員会全国連合」(「反憲学連」)のような、団体を抱えることとなる。教科書問題や慰安婦問題など個別課題の大衆団体を組織したり、デモや署名活動などの地道な活動を行ったりする手法は、かつての左翼系学生運動の手法から学んだものである。
本書はこのような「日本会議」の過去を探り、1万人を超える集会への動員力の正体、組織力の実態など、興味深い内容を解き明かしている。また、安倍政権は憲法改正を かつてのような9条の突破ではなく、「緊急事態条項」から始めようとしているが、これは日本会議の方針を反映したものとなっていることなどの解説もある。日本会議は「緊急事態条項」「家族保護条項」「憲法9条改正」の順序で憲法の改正を狙っているのだという。
本書は今まで人口に膾炙されることの少なかった日本会議の生い立ちや正体を克明に調べ上げた労作である。今後望むのは、生長の家が1980年代半ばに政治活動から手を引き、椛島らが1997年に日本会議を設立するまで、そして現在に至る資金源はどこであったのかを暴くことである。政治活動には資金が必要だ。事務所を借り、事務機器を揃え、ビラやポスターを印刷して広報活動を行い、請願のために動き回り、そしてその間の自分たちの生活費も必要となる。
その資金は誰が出したのか。非常に困難な取材となるだろうが、それこそが日本会議の根本を知ることとなると思う。
取材しながらも本書に書ききれなかった内容とともに、最終章で示した彼らにとってのカリスマ以外の存在を暴く続編を期待する。 続きを読む投稿日:2016.06.26
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東京ローズ
ドウス昌代 / 文春文庫
アメリカと日本の間で
1
広島の平和大橋・西平和大橋の高欄をデザインしたイサム・ノグチ。彼に興味を持っていた私は「イサム・ノグチ 宿命の越境者」でドウス昌代の著作に初めて出会った。そして「ブリエアの解放者たち」などの一連の著作…も続けて読んだ。アメリカ人の夫を持つドウス昌代はアメリカと日本の間で生きた人たちのノンフィクションを書くのをライフワークとしているようだが寡作である。今のところ電子化された書籍は残念ながらこの処女作「東京ローズ」しかない。
私の伯母は大正年間に同郷の夫に嫁ぐためにハワイに渡って5人の子供を産み、20年余り前に88歳で亡くなっている。私はこの伯母とは一度も会う機会がなかったが、どのような生活を送っていたのか、何を考えていたのか知りたいと、ドウス昌代の著作をあさった次第である。
「東京ローズ」は、アメリカで生まれ育った日系アメリカ人二世アイバ・戸栗・ダキノが母国アメリカから国家反逆罪で投獄され、市民権をはく奪された裁判を克明に記した労作である。
病気の叔母の見舞いに来日している間に日米開戦となり、そのまま日本に留まらざるをえなかったアイバは、本当は日本での生活が嫌いだった。自身をアメリカ人としか考えられず、特高から日本国籍の取得を強要されても拒否し続けていたが、アメリカ兵向けの厭戦プロパガンダラジオ放送に加わらざるをえなくなった。やむを得ずアナウンサーの仕事はしたものの、実際にはプロパガンダになるような内容の放送を行わなかった。
ラジオ・トウキョウには他に何人も女性アナウンサーがいて、「今ごろあなたの恋人は母国で浮気をしているわよ」などと兵士をナーバスにする目的で放送をしたが、逆にそのセクシーな声と語り口でGIに人気を博したという。それが「東京ローズ」と呼ばれる女性だった。本書の主人公アイバの声は本来ラジオアナウンサーになれるようなものではなく、単に流暢なアメリカ流の英語が話せるから抜擢されたのであって、米兵たちの言う「東京ローズ」とは別人であることは明らかだったという。
ところが自身がなにげなく「東京ローズ」と呼ばれるアナウンサーであるとしてしまったために、証拠も不十分なまま反逆者として裁判にかけられ、嘘の証言をもとに有罪とされ、投獄されてしまう。取材していた新聞記者の大半は無実であると思っていたし、陪審員も当初は12人中10人が無実としていたにもかかわらず、人種的偏見と当時のアメリカ政府の方針から強引に有罪とされてしまったものである。
ドウス昌代本人もあとがきで書いている通り、処女作だけに文章の硬さが感じられるものの、緻密な取材をもとに書かれた労作である。第二次大戦直後、冷戦初期のアメリカがどのような国であったか、アメリカに住む人々がどのように日本との戦争をとらえていたか、この書によって垣間見ることができる。
第二次大戦中は私の伯母や伯父にとってどんな日々だったのか。アメリカ国籍の従兄弟たちに聞いてみたいという思いはあるものの、まだ実現できていない。 続きを読む投稿日:2015.10.13
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コンクリート崩壊
溝渕利明 / PHP新書
コンクリートの性状について知るには良い書だが
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コンクリートとは、いかなる材料であるかということをわかりやすく説明してある。コンクリートを専門にしている人間には当たり前であるが、素人には知られていないこと、たとえば圧縮に強く引張に弱いという性質や、…鉄筋と熱膨張係数がほぼ等しいといった物理的性質を記述することにより、理解を助けている。中性化や塩害、アルカリシリカ反応など、基本的なコンクリートの劣化システムについても記載があるなど、本書はコンクリートの維持管理上の問題点を網羅したように見える。コンクリート単体では長寿命たりえるが、鉄筋との出会いによって短命になってしまったというのも専門家以外にもわかりやすい、良い表現だと思う。
しかし、本書は冗長に思える箇所も多い。たとえば現在のコンクリートと古代コンクリートは組成が異なるのだから、紙数を多く費やす意味はほとんどない。
落橋の例として挙げている韓国の聖水大橋は鋼トラス橋、インドネシアのクタイ・カルタヌガラ橋も鋼吊り橋、ミシシッピ橋も鋼トラス橋、新潟の朱鷺メッセ連絡橋も鋼橋である。しかも、いずれも設計や施工のミスが指摘されている橋だ。コンクリートの劣化や維持管理とは少々趣の異なる話である。
民主党政権により土木事業の予算が削られ、維持管理費もおろそかにされたという指摘も、土木建設業に携わってる業界の人間としては怨嗟の声を上げたくなることだ。ただし、小泉政権の時から公共事業費が大幅に削減されているということは一言も触れられていない。大学の「土木工学科」が不人気学科になって「環境」とか「都市工学科」に名前を変えていったのはこの頃からである。
また、必要なことを書いていない。現場経験を重ねるにつれてわかることだが、コンクリートの劣化損傷原因の第一は施工にある。最も多いのが、鉄筋のかぶり不足。設計上は30mmあるはずのコンクリートのかぶりが数mmしかないという床版はざらにある。打ち継ぎ目の施工が悪いコンクリートには隙間が生じて水が漏れ、PC鋼材を防護するはずのグラウトがシースに充てんされていない。中空床版橋では円筒型枠が浮き上がって床版厚が薄くなっていたり、円筒型枠の下に空洞が生じていたり。
ポンプによる圧送のための加水については少し触れてあるが、こうした施工段階における問題点はほとんど指摘がない。
土木に従事している者にとって、自らの痛みを伴うことであるが、こうしたことも明らかにすべきである。
もっともらしく「コンクリートの寿命は50年」などと触れ回っている人がいるが、適切に施工されたコンクリートは本来もっと寿命が長い。コンクリートの専門書には「50年」と書いてあるものなど全くない。
2007年に国土交通省は「長寿命化修繕計画策定事業費補助制度要綱」を発表し、都道府県は5年、市町村は7年の間に点検調査を行い、長寿命化計画を策定すれば補助金を得ることができることとなっている。逆にこの計画を行っていない橋には補修の補助金が下りてこないので、各自治体は大急ぎで点検調査を行っている。5年毎の点検も義務付けられた。
こうした基本的な情報も記載がない。
コンクリートの調査・点検・補修設計のできる人間が極めて少ないのは事実であり、育成が必要であることには賛成だが、「コンクリートドクター」に関する論も粗雑なところが残念。重箱の隅をつつくようだが、コンクリート診断士の更新は本書では3年毎と書いてあるが、4年毎である。 続きを読む投稿日:2015.06.10
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イザベラ・バードの日本紀行(上)
イザベラ・バード, 時岡敬子 / 講談社学術文庫
源日本を読む
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明治維新の歴史は教科書や小説で誰でも知っている。
坂本龍馬や新選組、大久保利通に西郷隆盛、司馬遼太郎ファンなら吉田松陰、高杉晋作や大村益次郎。マイナーなところでは私の生まれ故郷、周防の赤禰武人について…も童門冬二が小説を書いているほどで、きりがないほどだ。
しかし、等身大の日本はどのような国だったのだろうか、どのような人が住んでいたのだろうかと考えたときに、私は時代劇の舞台以上の連想が出てこなかった。私は明治初期の日本の裸の姿を知らない。
そうしたときに、最もわかりやすいのが異文化の人間が書いた旅行記を読むことだ。イザベラ・バードの書いている日本は、私が知っていたはずの日本とは異なっていた。入れ墨裸体の男たちが動き回り、子煩悩の親たちの姿が浮かび上がる。どこに行ってもノミに悩まされ、汚れた姿の庶民がいる一方で、美しい着物姿の娘たちに驚嘆する。どれが本当の日本なのだろうか。おそらくすべて当時の日本なのだろう。夢中で読んでしまった。
ただし同じような記述が何度も出てくるので少々飽きてくる。さらにアイヌについての記述がずいぶん多くて戸惑ってしまう。
そういう人には、さらにReader Storeで刊行されている宮本常一の「イザベラ・バードの旅 『日本奥地紀行』を読む」をお勧めする。
http://ebookstore.sony.jp/item/LT000019144000355452/ 続きを読む投稿日:2015.11.22