教育の力
苫野一徳(著)
/講談社現代新書
作品情報
「ゆとり」か「詰め込み」かなど、教育を巡る議論には様々な対立と齟齬が渦巻いています。こうした混乱を越え、どうすれば<よい>教育を作ることができるのか。<よい>教育のためにはどのような学校がいいのか? そのための教師の資質とは? 本書は、義務教育を中心に、どのような教育が本当に<よい>と言えるのか、それはどのようにすれば実現できるのかを原理的に解明し、その上で、その実現への筋道を具体的に示してゆきます。(講談社現代新書)
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商品情報
- シリーズ
- 教育の力
- 著者
- 苫野一徳
- 出版社
- 講談社
- 掲載誌・レーベル
- 講談社現代新書
- 書籍発売日
- 2014.03.20
- Reader Store発売日
- 2014.11.28
- ファイルサイズ
- 1MB
- ページ数
- 256ページ
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この作品のレビュー
平均 3.9 (48件のレビュー)
-
人間がもとめる「自由」というものをぐっと深く考えた末に得られる社会の根本原理から立ちあげた教育論でした。そもそも教育はどうして必要なのか。それは各人の自由を担保するためなのだと著者は論じます。
古代…、農業の勃興によって蓄財が生まれたのち、人々はそれを奪い合うようになります。そのような争い、戦争は、「生きたいように生きたい」という種類の「自由」によって起きている、と二百数十年前の哲学者たちは見抜きました。つまり「自由」への欲望が、争いを生んでいるのだ、と。そこで考えられたのが公教育でした。ヘーゲルのよると、「自由」でありたければ、お互いの「自由」を認めあわなければならない。これを「自由の相互承認」といいますが、公教育によって「自由の相互承認」をできる人々を育て上げようとしたのが、公教育のもともとのはじめなのだというところに、その目的は行き着くのでした。要するに、現代の「自由」というものは、やりたい放題わがまま放題することではなく、自分の「自由」のためには他者の「自由」を認める必要があるという自覚のはっきりある「自由」なのだと定義されていました。そういった現代的な自由、そして争いを回避する自由のために教育があるのだというのが教育の根本原理なのでした。
しかしながら、日本では明治期に公教育がスタートするなかでこの根本原理の上から「自由の相互承認」がきちんと目指されたことはありませんでした。富国強兵、つまり国家のための教育からはじまり、戦後になっても労働にかなう人物を作り上げるための教育という面が強かった。ただ、労働のための教育という考え方は、子どもが大人になって自由を得るためにはまず労働できることだとなります。社会のための教育か、子どものための教育か、という論争は尽きないそうですが、こうして考えていくと、そのどちらにも当てはまることであることがわかっていきます。教育は、個人の「自由」のためそして「自由の相互承認」の感度をあげるためであり、他方、「自由の相互承認」によって、社会を豊かかつ平和にしていくためである、と。
これらは序論のところで述べられているものです。まだ一般福祉についてや、平等と競争についての考察があるのですが、こうして序論のところだけでもしっかり押さえておくだけで教育に対する視点がかなりクリアになるのです。そのクリアになった視点のまま読み続けることで、この先展開され積み上がっていく著者の教育論の妥当性がよりわかるようになります。
現代は知識基盤社会と呼ばれ、生涯ずっと学び続けなければいけないような社会になりました。ここを踏まえて、著者は、これからの教育を「学びの個別化」「学びの協同化」「学びのプロジェクト化」の三つに分けて解説し、その融合による教育を説いていきます。「学びの個別化」は、それぞれの性格や性質にあわせて学習を進めていこう、というもの。「学びの協同化」は、わからないところを教え合うなど、学び合える学習の有り方。「学びのプロジェクト化」は、洋服を作るだとか宇宙の成り立ちを知るだとか、ひとつの目標のためにみんなで力を合わせながら、いわば学び方を学ぶような体裁で自主的かつ自律的に行う学習の有り方。このなかでは、100年以上前にアメリカでデューイが提唱した「新教育」の見直しがありました。幾度と批判を受けながら、それでもなお良いところの多い「新教育」を、ICT技術のある現代でこそ考え直す。そういった考え方で、さまざまな「新教育」由来の教育方法を紹介していました。
また、人間関係の流動化をはかるために校舎の建築様式・デザインを考える必要性も述べられています。ここのところで、短いながらも解説されていた「群生秩序」というものが、子どもの頃から嫌悪していたマインドでした。「この、くそったれ!」と言いたくなるくらいに、です。
「群生秩序」は、狭く閉じた世界での窮屈な人間関係のなかで生まれる秩序だと言えると思います。善悪の判断が恣意的で、その場のノリや空気で決まるものです。「弱いくせに賢いからあんたは悪だ」というように。ここでは「同質性」が深くかかわっている。「同質性」を予定調和できないものは悪、というようなマインドは、残念ながらどこにでもあるし、それこそ蔓延しているでしょう。現代においてミルフィーユ状に何層もの階層があって棲み分けがなされていて、そのひとつひとつの層に「同質性」が求められる。「同質性」を作り上げている基盤には、「不安」や不安を元とした「強迫観念」があると思います。「不安」を抱えるなんてことはしょうがないことなのですけれども、その不安の解消の仕方をどうするかなんです。「同質性」で「不安」解消するのは不健全。でもどうしたらいいかわからない、モデルがない、というマインドがそこにはあります。
この「同質性」をうまく回避するやり方をも、これからの教育では子どもたち自らが考えていけるようになればいいです。そして、そのあたりも視野に入れた教育の改革を、著者たち教育学者の理論をもとにしたりなどして、この先30年くらいのスパンで、少しずつじっくりと進められていくのでしょう。よりよく学べて、心の安定のケアもなされる教育が少しずつ実現の方向へと歩んでいっています。未来を生きる人たちがより豊かな生を生きられるようになるためには、現代にある障壁や苦悩というネガティブなものが問題提起となって役立つのです。そう考えていくと、社会や人生にいろいろなことが起こっても、ちょっとポジティブにいられると思いませんか。
本書は2014年発行のもので、さらに著者は僕よりも年下でしたが、ものごとを人の欲望や関心にまで遡って考えるところなど、今の僕の考え方に近いところがあり、びっくりしました。なんだか、いきなり言い当てられたみたいに。
丁寧な言葉で論理を解きほぐしながら進んでいく内容ですし、読み易いタイプの論説本でした。おもしろかったです。続きを読む投稿日:2022.03.05
世の教育に携わる人は必読だと思った。これからの公教育の目指すものは学びの個別化と、自ら学ぶ力だと言ってる。
苫野一徳
1980年生まれ。熊本大学准教授。博士(教育学)。関西学院高等部、早稲田大学教育…学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。早稲田大学教育・総合科学学術院助手、日本学術振興会特別研究員などを経て現職。専攻は、哲学・教育学。
自身の著書『子どもの頃から哲学者』において、17歳から8年続いた躁鬱病(双極性障害)を哲学によって克服したことを告白している。続きを読む投稿日:2024.05.14
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