【感想】太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで(上)

イアン・トール, 村上和久・訳 / 文藝春秋
(7件のレビュー)

総合評価:

平均 4.7
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  • アメリカの学習曲線が急激に上昇する前の180日間

    「日本が戦争に勝っていた180日間」は、アメリカの学習曲線が急激に上昇する前の180日間でもある。

    「日本が戦争に勝っていた180日間」は、裏を返せばアメリカがその急激な学習曲線の一番下にいた期間といえる。
    開戦時、すでに5年も前から中国大陸を舞台に実戦を積んでいた日本海軍は、パイロットの練度は高く、編隊は統率が取れ、魚雷の投下は精度が高いの対し、米海軍は戦時下でのすべての海上活動に不慣れで、潜水艦の探知に正確性を欠き、航行中の燃料補給にとまどい、あげくは「天然の魚に魚雷を使いすぎる」と身内からこぼされるほど練度が低かった。
    実戦経験の乏しさはトップも同様で、参謀組織はにわか仕立てで統率がとれていなかった。

    しかし彼らは戦闘意欲が旺盛で、実戦を貴重な糧として、何がまずかったかを議論しあう。
    対して日本は、一部のトップは的確に相手の攻撃の意味を読み取るのだが、危機感を仲間同志で議論し共有しあわない。

    真珠湾攻撃からミッドウェイ海戦までの間の過程が、細かいところまで丹念に描かれる。
    真珠湾直後のウィーキ島救出をめぐる米首脳部の混乱や、前任者の解任という混乱にもかかわらず、ニミッツがわざわざ時間をかけ、大陸を列車で横断して太平洋艦隊司令長官に着任するまでの過程、これまで見過ごされてきたマーシャル諸島への奇襲攻撃の意義など、興味の尽きないエピソードに溢れている。
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    投稿日:2016.05.13

  • 禍福はあざなえる縄のごとし。そして、奢れる平家は久しからず・・・。

    帯には日本が戦争に勝っていた180日間と有るが、ウォールストリート・ジャーナルの紹介文は我々が負け犬だったときだそうだ。日米戦争を両海軍からの視点で書いた三部作の1作目は真珠湾からミッドウェイまで、上巻は負け続けた米海軍がマーシャル諸島で初めて一矢を報いるところで終わる。

    アルフレッド・マハン。本人にその気が有ったかどうかは知らないが地政学のシーパワー理論の創始者になっている。マハンは歴史家で海洋戦略の大家であった。その思想は大艦巨砲主義と集中の鉄則、そして一度の決定的な海戦による敵艦隊の殲滅で有る。米海軍も日本海軍もマハンの信奉者であったのだが真珠湾攻撃により主力戦艦部隊を失った米海軍はやむなく空母機動部隊が太平洋艦隊の主力となる。

    日本海軍がマハンに傾倒した理由はよく分かる。あまりにも成功した日露戦争でバルチック艦隊を破った日本海海戦がこのマハンの教義にぴったり当てはまるからだ。しかしポーツマス条約では賠償金は無く、樺太の併合も半分だけと知った国民は激怒する。日本政府が借金をして戦争をしており資金的には戦争継続能力は無かった事は知らされてなかったのだ。新聞に煽られた国民は戦争継続を支持しており、この空気は第二次大戦まで続く。軍部の独走とばかりは言えなさそうだ。一方のアメリカは流入の続く日本移民に対し反日感情が増していた。カルフォルニアで拡がる日本移民差別にも拘らず海軍の増強に反対する態度はローズヴェルト大統領をいらだたせた。そして開戦前夜太平洋艦隊は皮肉にもマハンの教義に従い、真珠湾に二列にきちんと並んで停泊していた。

    連合艦隊司令長官山本五十六は軍縮交渉で海軍の代表をしばしば務めた事も有り、ハーヴァード留学中はアメリカを見て回りその経済基盤と軍事的潜在力に敬意を抱いていた。彼はかつてこう言っている。「デトロイトの自動車工場とテキサスの油田を見ただけでも、日本の国力で、アメリカ相手の戦争も、建艦競争も、やり抜けるものではない。」山本は軍縮条約を支持しナチス・ドイツとの同盟放棄と和平を政府に訴え続けていた。太平洋の戦争はマハン流の決戦ではなく消耗戦になることを見越していたのだ。日本の勝機について近衛から直に聞かれた彼はこう答えている。「やれといわれれば、最初の六ヶ月か一年はアメリカさんを相手に大暴れしてみせますが、二年、三年となると、どうなるかまったく自信は持てません。」

    真珠湾攻撃は大艦巨砲主義の決戦思想から外れる所から生まれた。戦術的には奇襲を成功させる事と浅い湾内で使える魚雷の開発が鍵になっていた。山本は攻撃前の宣戦布告に拘っており攻撃前に文書を国務省に渡すとの確約を得ていたのだが、ワシントンの大使館が暗号解読に手間取り宣戦布告が無いままの奇襲攻撃となったと言う資料が残っている。

    真珠湾奇襲についてはアメリカ側もいくつかの兆候は掴んでいたらしい。ただこの後もしばしば現れるように艦隊発見の報告は玉石混淆で正確な情報とは言えず、何よりアメリカは日本海軍をなめていた。奇襲攻撃そのものは史上最大の成果を上げたと言っていいだろう。海軍は1999名の戦死者と710名の負傷者をだし、戦艦8隻を含む約30万tの艦船が戦闘不能になった。188機の航空機がほとんど地上で撃破された。しかし日本軍は修理工場をたたき忘れ戦艦6隻は修理され戦列に復帰することになる。そして450万バレルの燃料はそのまま残った。また空母エンタープライズは帰投中で攻撃を避ける事ができた。

    アメリカと同じくイギリスも日本軍をなめていた。すぐに撃退できると考えたチャーチルはアメリカを対独戦に引き込めると喜んだのもつかの間マレー半島から引き上げることになる。イギリスの最新鋭の旗艦プリンス・オブ・ウェールズが完全な戦闘態勢で航行中に日本の航空機部隊に沈められたことはマハンの教義を書き換え戦艦の役割は決戦ではなく陸上攻撃用の艦砲射撃と空母を守るためのハリネズミとなる。チャーチルはアメリカ議会を籠絡し先ずドイツをたたく方針を確認させる。一方アメリカの合衆国艦隊司令長官キングは太平洋の最終防衛戦をハワイとオーストラリアにおく。ミッドウエイからハワイと本土の海上交通路の防衛はそれにつぐ優先事項だった。ワシントンではまだ認められてなかったがフィリピン、マレー半島と東インドの陥落、太平洋に残る米英欄の連合艦隊の崩壊とアメリカのアジア艦隊の全滅までキングは受け入れていた。ヨーロッパ優先の方針の元でアメリカーブリティッシューダッチーオーストラリア連合軍は発足しイギリスの指揮下に入ることになる。この試みは後に国連の多国籍軍に発展するのだがこの時は機能しなかった。それでも日独伊が同盟と言いながらバラバラだったのに対し戦時生産での意思統一は果たした。
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    投稿日:2016.05.18

  • 太平洋戦争序盤をアメリカ側から描く

    第二次世界大戦は、世界の主要なパワー同士が長期にわたって総力戦をくりひろげた最後だった。もうこんな形の戦争が起こることはまずないだろう(核兵器のあるかぎり総力戦になると瞬間で決着がつくかと)。わが国がわずか2世代前にアメリカと総力戦をしていたかと思えば、なんだか気が遠くなる。じつに悲惨な戦争だが、歴史の教訓という観点では興味深い。

    この上巻は、簡単な米海軍史からはじめて、真珠湾攻撃、それへの米英同盟の対応、そしてハルゼーによるマーシャル諸島攻撃までを扱う。多くの文献から個別具体のエピソードを引用しつつ、大局的な著述もバランス良く配して読みやすい。

    上巻のポイントのひとつは真珠湾攻撃を受けたアメリカの周章狼狽ぶりと緊張感。米本土まで日本軍の攻撃に怯え、果てはミシシッピ川が防衛戦などという噂まで流れたりした。太平洋艦隊司令官に任命されてハワイに赴任するニミッツも、東海岸から西海岸までの旅(休息のため鉄道だったというあたりになお余裕があるが)は安全のため偽名でのものだった。

    その他、連合艦隊が真珠湾の燃油タンクを攻撃しなかったことや、ハルゼーのマーシャル諸島攻撃が戦略的成果は少なくても米軍に格好の実戦経験をもたらしたことなど、読んで「ふーん」と唸るポイント多数。
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    投稿日:2017.08.21

ブクログレビュー

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  • dh4

    dh4

    五十六のジレンマ、ニミッツの薫陶、チャーチルの決算、開戦直後のリーダー達、そしてこの苦難の時を過ごした市井の人々の姿がありありと描かれています。

    投稿日:2022.05.06

  • まずは1000冊

    まずは1000冊

    メモ
    真珠湾攻撃時の各国体制

    日本
    東條英機首相
    山本五十六連合艦隊司令長官
    南雲中将 真珠湾攻撃指揮官

    アメリカ
    フランクリン・ローズヴェルト大統領
    フランク・ノックス海軍長官
    ハロルド・R・ベティ・スターク海軍大将
    ヘンリー・スティムソン陸軍長官
    コーデル・ハル国務長官
    ジョージ・C・マーシャル陸軍参謀総長

    ダグラス・マッカーサー極東軍司令官(フィリピン)
    リチャード・サザーランド参謀長

    キンメル太平洋艦隊司令長官(ハワイ)
    →真珠湾攻撃後解任。
    チェスター・ニミッツ提督着任

    アーネスト・J・キング大西洋艦隊司令長官(ニューポート)
    →真珠湾攻撃後、合衆国艦隊司令官
    →翌年3月スターク大将を追いやり海軍作戦部長兼務
    →アメリカ史上最大の権限を持つ提督へ

    イギリス
    ウィンストン・チャーチル首相
    サー・エドワード・グレイ外相

    トム・フィリップス提督
    →Z部隊:戦艦プリンスオブウェールズ、巡洋戦艦レパルス
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    投稿日:2018.06.13

  • tsune105

    tsune105

    真珠湾攻撃前夜からミッドウェイ海戦までの「戦艦至上主義の思想背景」、「指導者層としての昭和天皇」、「血なまぐさい現場単位」など、日米両者の立場を偏りないバランスで、著述されている。

    1つの海戦だけ描く戦記物と異なり、強国アメリカを窮地に追い込んでいたというノンフィクションの本作は、新鮮で素晴らしい。

    欠点は、翻訳が非常に悪い。
    印象あるのは、戦闘機の事実上の名称ではなく、日本メーカー名+型式というのは、本当に分かりづらい。
    また、スラングのある会話も分かりづらい。理解不能であった。

    名著と断定できるのは、原書が素晴らしいため、アメリカの危機(対策)管理から、逆転に転じる史実を述べ、説得材料が豊富である。
    安っぽい「こうすれば日本は勝てた!」というエセシュミレーション小説への反論材料となろう。
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    投稿日:2016.10.13

  • DJ Charlie

    DJ Charlie

    本作は所謂<太平洋戦争>、第二次大戦の日米両国海軍の戦いに光を当てた3部作の第1部である。米国のサンフランシスコ在住であるという史家による作品だ。

    本作では、日本側の“中心的人物”として山本提督を、米国側の中心的人物としてニミッツ提督を選んでいるが…主に米国側に関しては、他にニミッツの上役だったキング提督や、その他の人物に関する描写も厚い。そして、当時の米国指導者のルーズベルト大統領や、英国のチャーチル首相に関する挿話も多く取り上げている…

    本作は、公文書や先行研究、色々な人達の回顧録や証言、従軍記者が綴ったモノなど、相当に幅広い史料を意識しながら、「一連の流れ」として日米両海軍の戦いを雄弁に語る力作だ。「得るところ」が多い作品だ…
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    投稿日:2016.03.21

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