meatmanさんのレビュー
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72
このユーザーのレビュー
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星を継ぐもの
ジェイムズ・P・ホーガン, 池央耿 / 東京創元社
アンリアル科学を超リアルに表現
6
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(あらすじ)
人類の生活圏は月へと拡充され、他の太陽系惑星の開拓も始まりつつある近未来。月…で宇宙服を着た1人の死体が発見された。
放射性炭素年代測定法の結果、なんとその死体は5万年前の人間であることが判明する。
原始時代の人間がなぜ月に!?しかも宇宙服まで装着して!!
チャーリーと名づけられたその死体の謎の解明と、遠い過去の真実を紐解く調査プロジェクトが始動する。
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まさにハードSFの金字塔と呼べる作品です。
物語の大半がチャーリーの謎の解明に向けたデータ収集、解析、議論で構成されており、最終的に導き出される真実を除き、目を見張るような展開はほとんど見られません。
しかし、その真実の解明に至る科学的アプローチが非常にリアリスティックに描かれている点が、この物語の大変面白い所。
各々の見解に対する論理的・科学的な根拠が常に求められ、突然それまでの解釈と矛盾するデータが取得され、そのせいで進展といえば3歩進んで2歩下がるような具合で、時に地味で退屈な議論が長々と繰り広げられる。こう言った、なかなか思うように事が運ばない困難さも含め、現実世界の探索調査や研究開発の様子がものすごく生々しく描写されている作品だと感じました。
最終的に導き出される結果に期待を膨らませる事もさることながら、そこに至る泥臭いプロセスも楽しむ事が出来れば、大変読みがいのある物語です。じわりじわりと真相に迫っていくさまに、いつしか我々読者の興味が引き込まれていくことでしょう。
なお、連作の第一巻に相当する本作ですが、本作のみでも十分に満足する完結を迎えられます。 続きを読む投稿日:2015.03.25
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新装版 虚無への供物(下)
中井英夫 / 講談社文庫
虚無感脱却への執念と、まさかの真相
1
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(あらすじ)
宝石商として栄えた氷沼家には、先祖代々より、人生を全うできない死の呪いがかけ…られているといった言い伝えがあった。
1955年のとある晩、氷沼家の末裔、氷沼藍司は、窓の外に不自然に佇むアイヌ装束の男を見かける。そして、まるでそれを何かの暗示とでもしたかのように、氷沼家一族の連続怪死事件が始まる。
氷沼家と親しい友人達、光田亜利夫、奈々村久生、藤木田誠、牟礼田俊夫、そして氷沼藍司の5人は、氷沼家の呪いに託けた連続怪死事件の真相を暴き、今なお続く怪死事件に終止符を打つべく、推理を繰り広げる。
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シュールな物語は、下巻で更に拍車がかかります。
架空と思われていた人物が突然現れたり、反対に架空の殺人事件に対して真剣に推理を行ったり、まるで突っ込みのいないコメディでも読んでいるかの如く、滅茶苦茶な物語が大真面目に展開されていきます。
しかし、それら支離滅裂な出来事や考察は終盤ですべて理論的破綻なく収束し、最終的に一つの結論に至ります。
その結論を読んだとき、すべての出来事に対する合理性を理解すると同時に、上巻のレビューで述べた、物語のテーマである『虚無への供物』 ― 無意味な事象に“人間性”という意味を与えること ― に対する一貫性があった事に気づかされる事でしょう。冒頭から結論までを思い起こすと、作中の登場人物一人一人が、あらゆる事象に対して意義を求める人間臭さに溢れていました。
そして、この物語の面白い所は、結論のもう一歩先に、事件、推理、手がかり、動機、物語全ての根源たる真相が語られている点にあります。
無意味な死、無意味な事件、無意味な推理...。虚しい時代の虚しい物語。
その真犯人は私達読者であるという真相が。 続きを読む投稿日:2014.12.28
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新装版 虚無への供物(上)
中井英夫 / 講談社文庫
推理小説界のシュルレアリスム
4
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(あらすじ)
宝石商として栄えた氷沼家には、先祖代々より、人生を全うできない死の呪いがかけ…られているといった言い伝えがあった。
1955年のとある晩、氷沼家の末裔、氷沼藍司は、窓の外に不自然に佇むアイヌ装束の男を見かける。そして、まるでそれが何かの暗示であるかのように、氷沼家一族の連続怪死事件が始まる。
氷沼家と親しい友人達、光田亜利夫、奈々村久生、藤木田誠、牟礼田俊夫、そして氷沼藍司の5人は、氷沼家の呪いに託けた連続怪死事件の真相を暴き、今なお続く怪死事件に終止符を打つべく、推理を繰り広げる。
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推理小説界のシュルレアリスムとでも呼ぶべきでしょうか。
推理小説の体を様しながら、推理は疎か、事件そのものに捉えどころがなく、物語の大半が、読んでいて“虚無感”に付きまとわれる作品でした。
上巻では、捉えどころのない事件と、捉えどころのない推理が繰り広げられていきます。読んでいて飽きる事はないのですが、釈然としない気分に苛まれ続けることでしょう。
しかしながら、この「虚無的な事象」に対し「虚無的な解釈」を加えてく登場人物5人の姿に、人間としての性を感じました。
思えば、宗教、風習、マナー、現代科学等々、私達の文明/文化的発展は、類まれない人類の想像力によってもたらされてきました。仮え根拠がなかったり、虚構であったとしても、無意味、無秩序な事柄に対し、大それた理由や意義を与える事、あるいは、与えようとする事はとても人間的な行為です。
それと同じ様に、「虚無的な死(事件)」に対し、先祖代々の曰くや地理に纏わる暗示なといった「虚無的な解釈(推理)」を付加しようとする登場人物たちの行為が、人間の性を感じた所以です。さらに、作中で牟礼田俊夫も言っていた事ですが、こういった行為は事件その物にも人間性をもたらし、「無意味な死」から犠牲者を解放する供養にも値します。これがまさに『虚無への供物』なのかもしれません。虚無に虚無を重ね、有意義な事とする。まるでマイナス同士の掛け算の様です。
こうして、捉えどころない推理小説は、犠牲者の供養という人間ドラマ的な結末へと形を変え、無事幕を閉じる。
……かと思いきや、浮世離れした推理が実は合っていたと思われるような事実が、最後の最後に発覚します。
混迷を極めるナンセンス推理劇の様相が、再び鎌首をもたげた所で、上巻は終わります。 続きを読む投稿日:2014.12.28
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エジプト十字架事件
エラリー・クイーン, 石川年 / グーテンベルク21
たった一つの証拠を見逃してはいけない
1
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(あらすじ)
…ウェストバージニア州の田舎町、アロヨで殺人事件が発生する。
被害者の小学校校長、アルドルー・ヴァンは、交差点の標識に首を切断された状態で、磔となって発見された。その姿はまさに“T”の形を暗示し、さらに彼の家のドアに赤く書かれた“T”の文字が、やはり死体を使った謎のメッセージを残した殺人であることを物語っていた。
この事件に興味を持ったエラリー・クイーンだが、判明した手がかりは、事件発生時にヴェリャ・クロサックなる男が失踪した事、この磔がT字型のエジプト十字架に酷似している事など、些細な事のみで、ほとんど全ての真相は闇の中へと消える。
その半年後、再び同様の磔死体が、ニューヨーク、ロングアイランドで発見される。
エラリーは再びこの常軌を逸した事件へと挑む事となる。
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犯行現場の入念な捜査の描写から浮かび上がる事実や証拠は確かなものであり、また、アリバイや動機から考察可能な被疑者は数人挙げられるのですが、いつまでたってもそれらがどうも一つの結論にまとまりません。
ほとんど矛盾なく、正しいと思われるエラリーの推理も、実際はそれすら犯人にとっては予定調和であり、すべて思うままに謎解きをさせられていくといった具合です。
クイーン作品おなじみの「読者への挑戦」もあります。
物語の全篇を通し、犯人の特定が可能な証拠は、僅か一点のみに限られると言っても過言ではありません。
その一点に気づくことができれば、今まで闇に潜んでた数多くの謎が、一気に白昼の下に晒される事でしょう。 続きを読む投稿日:2014.11.27
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新装版 相対論のABC たった二つの原理ですべてがわかる
福島肇 / ブルーバックス
時空の歪みをカンタン理解!
5
かの有名な、アインシュタインによる「相対性理論」の解説本。高校の先生が、分かり易く説明してくれます。
前半は主に特殊相対性理論(移動物体と時間の遅れ)の説明がメインで、後半は、一般相対性理論(重力と時…間の遅れ/光の歪み)や量子論(粒と波の同一性)、そして核兵器開発の話へと展開され、転じて科学エッセイといった作り。
走る物の中で遅れる時間。タイムワープ。重力による光の歪み・・・。
SFファンタジーのような世界が、たかだか中学生の数学の知識で、現実となって現れてきます。
堅苦しい専門書とは異なり、難しい数式や予備知識も一切必要なく、学生時代に数学や理科がチンプンカンプンだった方でも本当に大丈夫。
ちょっとした雑学を身につける感覚で、少し不思議な時空の歪みの話が楽しめるはず。
科学だって、歴史や文学、哲学みたいに話半分で知るのは面白いです。
科学エッセイ的なパートも、科学従事に対するつまらないキレイごとで終わるかと思いきや、最後にはなかなか的を得たことも書かれていると感じました。 続きを読む投稿日:2014.11.27
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双頭の悪魔
有栖川有栖 / 創元推理文庫
論理的な本格ミステリー
2
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(あらすじ)
推理小説研究会に所属する大学生 有馬麻里亜は、一人旅の途中に知った芸術家達が共同生活を送りながら、俗世と離れ自由な創作活動に専念する木更村の生活に惚れ込み、数か月の滞在を決意する。
同じく推理小説研究会の有栖川有栖らメンバーも、心配した麻里亜の父親に娘を連れ戻す事を依頼され、木更村に向かう。しかしながら、木更村への侵入に苦戦しているうちに、有栖らの滞在する夏森村と木更村とをつなぐ唯一の橋が台風によって落ちてしまう。
そして、陸の孤島と化した木更村と、川を隔てた夏森村の両方で事件は起こる。
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少人数のクローズドサークルを舞台とした古典派ミステリーと、警察などの介入も可能な社会派ミステリーの両方が味わえる作品。とは言え、携帯電話などは普及していない90年代初頭の設定なので、後者の舞台も若干古典派よりです。
奇を衒った仕掛けなどは一切なく、論理性が追求された正統派推理小説です。その論理性への自信は、3回の“読者への挑戦”からも垣間見えます。
マーカーや書き込み、付箋つけたりなど、まるで文献調査をするかの如く本腰を入れた読み方をしても、最後に開示される解答には納得感が得られるかと思います。小説の読み方としては、あまりにも疲れてしまうのでおすすめはできませんが(笑)
もちろん、普通の小説のように物語として読んでも面白いですし、当然私もそのように読みました。物語進行が少し遅い印象を受けますが、ラスト50ページあたりからの展開には目を見張るものがあります。
各々の事件の事象にのみ固執せず、物語全体を俯瞰して考える事がカギです。その事に最初から目を見張れるのは、読者である私達のみです。
それが見えたとき、この本のタイトルの真意が分かります。 続きを読む投稿日:2014.10.19