クラフト★ビア★マンさんのレビュー
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人工知能は人間を超えるか
松尾豊 / 角川EPUB選書
人工知能が変えるもの、変えないもの
41
「人工知能=AI」という言葉を知ったのは、ドラゴンクエスト4の戦闘システムだった。「ガンガンいこうぜ」「いのちだいじに」という、あれだ。
「ディープラーニング」という言葉をちらほら聞いたことがあった…ので、ちゃんと理解したくて衝動買い。
小難しい本で挫折してしまう懸念は杞憂に終わり、難解なイメージのある「人工知能」「ビックデータ」「ディープラーニング」を平易な言葉で、簡単な例を挟みながら丁寧に説明していく。人工知能の知識がほとんどない人でも十分理解でき、新しい知の世界が広がること請け合い。個人的に今年1番のヒット本になりそう。
「ターミネーター」「マトリックス」などのSF映画では定番の、人間よりも人工知能が賢くなり、人間が支配される世界観。人工知能が自身よりも能力の高い人工知能を生み出せるようになる「シンギュラリティ」は2050年にくるという予測があるが、本書はそれが極めて難しいことを論理的に示してくれる。
Googleが行っている画像認識技術に用いられている「ディープラーニング」の仕組みも、何が革新的なのか、なぜGoogleでないとできないのか精緻な説明があり納得できる。「ディープラーニング」の図に出てくる、多層構造で、具体的な情報の抽象化を繰り返し、重要な「特徴量」の精度を高めていく仕組みは、クリストファー・ノーランの「インセプション」の夢の階層構造を思わせ、SFファンとしては胸が高鳴った。
反面、人工知能でできないことも示され、機械が「重要なこと」と「重要でないこと」を認識できず、途方もない無駄の処理をすることで動きが止まってしまう「フレーム問題」は非常に興味深い。このあたりは人工知能だけでなく認知科学の世界でも出てくる話で、佐々木正人氏の「アフォーダンス――新しい認知の理論」を合わせて読むと理解が深まる(Reader Storeでの取り扱いあり)。
言語学者であり構造主義の大家でもあるソシュールが提唱したシニフィエ(概念、意味されるもの)とシニフィアン(名前、意味するもの)の考え方がないと解決できない「シンボルグラウンディング問題」も面白い。人は、「馬」と「縞模様」を知っていれば初めてでも「シマウマ」が理解できるのに対し、シニフィエの扱えない機械では「シマウマ」という別の情報として新たにインプットしないと認識できない、という。シニフィエを機械が扱うことができるようにする試みも進んできているようで面白い。
人間の仕事を機会が奪うのでは?といった不安は現実に来る領域もあるが、そうでない領域もあるといった今後の未来の具体的な例も提示され、これからの世界の変わり方を読みながら想像するのも楽しい。また、人工知能の開発が1950年代から始まっており、今のブームは第3次ブームであること、そのブームの再燃の背景にはインターネットがもたらしたビックデータの蓄積があることなど、様々な視点から人工知能についての理解を深められる本。とにかく、これだけ複雑な内容を中高生くらいでも読める内容にまとめ上げている著者の実力に感服。
お勧めです。 続きを読む投稿日:2015.07.21
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僕だけがいない街(1)
三部けい / ヤングエース
上質なミステリー+タイムリープ
27
リバイバルという、タイムリープ特殊能力を持った主人公が犯罪や事故を毎回回避していく話・・・と思いきやそうではない。
荒木飛呂彦の元アシスタントとのことで、ジョジョ4部のにおいがするモチーフ。
リバイバ…ル能力は「バイツァ・ダスト」を思い起こさせる。
この作品はその能力はあくまで一部であって、子供の誘拐や殺人事件というリアリティのある内容を中心として、
大人や子供の思いが深く交錯する上質なミステリーでもある。
なので、ジョジョだと荒木飛呂彦節が強すぎて苦手、という人でも楽しめると思う。
(もちろん、ジョジョ好き、特に4部好きには大おすすめです。)
特に、子供時代に戻ってからの心理描写は、誰が見ても共感できる、作者の思い入れのある体験をもとにかかれていることが伝わってきて、
その空気感だけでも読むに値するクオリティだと思う。
リバイバル中の「違和感」を探すときの緊張感は、ページを何度も行き来して一緒になって探してしまう。
ほっこりする描写の後に、ズドンと落とされる描写も秀逸でぐっときます。
3巻まで読んだけど、早く続きが読みたいです。
続きを読む投稿日:2014.03.05
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火星の人
アンディ・ウィアー, 小野田和子 / ハヤカワ文庫SF
読了後にぽっかり心に穴が
22
読了後、主人公マーク・ワトニーとの時間が終わってしまってぽっかり心に穴が空いてしまった感じ。
「火星に一人取り残される」という、言葉では言い尽くせない人類初の絶望的な状況を前に、皮肉の利いた軽口と、理…性的&実践的な知恵で生き延び続ける彼に魅了されてしまった。
そして彼と同じくらい優秀で行動力があり、手段を選ばないNASAの職員たちに心踊らされた。
餓死、窒息死、爆死、凍死、宇宙を永遠にさまよう・・という恐ろしすぎる状況を前に、巧みな知恵で逆境を乗り越えていくさまは、ワトニー個人の強さもさることながら、人類の知恵のすばらしさを感じざるをえなかった。終盤は手に汗握りすぎて、小説の中の人々と同じようにガッツボーズしそうになった。
ひとついうとすると、あんまり宇宙や科学に詳しくない人間には、用語が難しくて(難しい、というより何を指しているかよくわからない)、何が起きているか理解しにくいところがあった(googleで検索してもそれっぽいものが出てこないことも多い)ので、解説が欲しかったとは思う。というか、これは是非映画化して、映像で見たいと感じた。
ワトニー役は、「ゼロ・グラビティ」でかっこよく軽口をたたいていたジョージ・クルーニーがよいかな・・(ちょっと年代が合わないか)。
めちゃ面白かった。
普段SF小説読まない人でも十分楽しめる、ジャンルを問わない本質的な面白さがある本です。
【追記】
リドリー・スコット × マッド・デイモンで2016年2月映画化きまってたんですね!!絶対見る! 続きを読む投稿日:2015.05.25
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マチネの終わりに(文庫版)
平野啓一郎 / コルク
人生はわからないことばかり
21
おすすめに表示されるまま試し読みをして、吸い込まれるようにそのまま購入していた。「マチネ」の意味などわからないまま。
恋愛小説とあるが、トレンディドラマの様な恋愛描写ばかりの単純なエンタメではなく、…芸術に見入られた人が直面する残酷な才能の差、身もだえするような嫉妬、戦争と震災という人知を越えた暴力、自由意思と運命を巡る理不尽なままならなさ、といった人生そのものがその下地に濃密にあり、まさに(渡辺淳一的なエロティックな意味ではない)大人の恋愛小説。
とりわけ主人公のギタリスト蒔野の演奏の描写は、文字でこれほど音楽に心捕まれる瞬間を描ききれるものかと作者の力量に、それこそ嫉妬しそうになる。
書誌説明だけ読むと、大人の許されない恋、凡庸な不倫でも描いたように思えるが、この本は人の魂を揺さぶる怨念のような、これぞ文学、と思える迫力がある。
出会えてよかった。 続きを読む投稿日:2016.04.14
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獣の奏者 I闘蛇編
上橋菜穂子 / 講談社文庫
あらゆる人に読んでもらいたい王道の物語
20
無駄がない、正面から書かれたまさに王道の物語。
ストーリー、文脈の蓄積によって初めて伝わる「ものがたり」の力をまざまざと思い知らされた本当の名作。
あっという間に4冊読み切ってしまった。
私自身、一…癖ある物語が好きだったりして(村上龍の「半島に出よ」とか大好き)、王道の小説ってあまり読んで来なかったのだけれど、
この上橋菜穂子さんの文章は、無駄がなく、文学的な表現に耽溺することなく、かといって物足りなさもなく、あらゆる文章表現のお手本にしたいくらい。
表現力はいわずもがな、この作家の凄いところは、いや、全部がすごい。
「闘蛇」「王獣」という架空の獣の生態と、「真王(ヨジエ)」「大公(アルハン)」の政治の世界を巧みに組み合わせる構成力、
子供の視点と親の視点、種族の視点を多角的に描ききる人間そのものに対する深い洞察、
何よりも主人公エリンをはじめとした苦難に立ち向かう人々の苦悩と、ぎりぎりで譲れないところで発揮される人間としての強さ、
親、子、師弟、友人の間に芽生えるとても深い愛情と責任感。
自分ではいかんともしがたい状況に置かれ、理性で考えれば先に暗い結果しか想定できなくても、
それでも自分の胸の底にある確信を信じて突き進む勇気。
「人は、自分たちがなにをしていて、それがどんな結果を招くのか知るべきだと思う。どんな知識も、隠されるべきではないと思う。
人という生き物が愚かで・・・どうしようもなく愚かで、知識を得たときに、それを誤った道に使ってしまうとしても、それでも」
という一節が深く心に残った。
この本には、自由ということは何なのか、生きるとはなんなのか、知るということ、知ることへの渇望が描かれている。
児童文学のように扱われることがあるようだが、児童文学ではなく、子供にも読んでもらって様々なことを感じてもらいたい本。
特に後半2冊は30代以上でないとわからない視点が多いように思う。
あらゆる人に読んでもらいたい名作です。 続きを読む投稿日:2014.12.01
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ガダラの豚 I
中島らも / 集英社文庫
題材は重たい。なのにスカッとした中島らもらしいエンタメ小説
19
つい最近、村上春樹が地下鉄サリン事件を取材したドキュメンタリー「約束された場所で」を読みました(残念ながら電子化されてない)。
オウム真理教信者がどういう経緯で入信し、地下鉄サリン事件をどうとらえてい…るか、ということが非常によくわかる良著で、入信に至る経緯を見ていると、理由は様々であるものの、私から見ると「いわゆる普通の人」という感じから少し逸脱していて、どこか空虚な人生を送っているように読めました。
本作も、奥さんが空虚がゆえに新興宗教にはまっていっていく描写はまさにそれで、どう考えてもオウム真理教をモチーフにしているのだろう(紙書籍の発表年度を見てもそう思える)、マインドコントロールの手段も同じだった。
このあたりの描写は、読んでいて空恐ろしくシャレにならないのですが、中島らもが描く、圧倒的に現実離れしていているのにどこかにいそうな主人公のおかげで、小説全体は気軽に読める物語として、きちんとエンターテイメントしています。
ちょっとやそっとの問題は、もっと大きな問題を抱えているから笑い飛ばせる、みたいな変に生きる力に満ち溢れている人物造形は中島らもの得意分野だなぁと。
こんな人物が、「約束された場所で」に出てきた人たちにも身近にいたら、あんな悲劇は起こらなかったのに。
なんてことも思ってしまった。
第2部はまさかのアフリカ編で、こちらもぜんぜん違う面白さ。おすすめです 続きを読む投稿日:2014.04.14