KENTさんのレビュー
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コミック版 夜行観覧車
木村まるみ, 湊かなえ, TBSテレビ, ドリマックス・テレビジョン, 奥寺佐渡子, 清水友佳子 / Jourすてきな主婦たち
上流家庭の病巣をえぐる
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海が見下ろせる高級住宅地・ひばりが丘に住む『遠藤家』、『高橋家』、『小島家』それぞれの家族が抱える悩みを描いたお話。彼等が抱える葛藤は、家庭内暴力、再婚と子育て、孤独な老人環境、果ては殺人事件に発展…してゆく。
湊かなえの本を読むのは、『告白』、『白ゆき姫殺人事件』に続いて三作目であるが、その文体が全て告白文調である。三作全てが告白文調だったのは偶然だと思うが、告白文調以外の小説も一度読んでみたいものだ。逆に言うと、もう告白文調の文体はごちそうさまと言いたい。
さて『告白』、『白ゆき姫殺人事件』は映画化されたが、本作は今のところTVドラマ止まりである。まあ舞台が限定されているし、家庭内の葛藤をテーマという繊細かつ身近なお話なので、一発ものの映画よりジワジワ続く連続ドラマのほうが似合っていることも確かであろう。
また本作は家庭内で起きた殺人事件を扱っているものの、ミステリーという訳ではないようだ。特に画期的な謎解きやどんでん返しがあるわけでもなく、ラストも当たり前の平坦な結末で閉じられ、感動的なエンディングも訪れなかった。
さらには親のことを「あんた」呼ばわりする不愉快な娘や、自分勝手な母親たちばかりでうんざり感が募るばかり。そしてなぜか男たちは全員が弱々しく存在感が希薄である。
作者は本作を、現代が抱える「家庭の病巣」を提示したヒューマン小説だと言いたいのだろうか。だがテーマが古過ぎるし全体的なストーリー構成が単調で、尻切れトンボのような雑な創り込みであることも否めない。
そしてタイトルの『夜行観覧車』とはいったい何を意味するのであろうか。ラストで小島さと子が息子に次のように話しかける。これがヒントなのだろう。
「長年暮らしてきたところでも、一周まわって降りたときには、同じ景色が少し変わって見えるんじゃないかしら」
だがこのメタファーでは、余りにも説得力に乏しい気がする。どうも苦し紛れに無理矢理こじつけたような気がしないでもない。もしかすると、このような曖昧なタイトルの付け方は、作者自らが本作に自信を持てなかった証なのかもしれない。 続きを読む投稿日:2016.09.08
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九月の恋と出会うまで
松尾由美 / 双葉文庫
コーヒーの香りを楽しみながら読む小説
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志織は入居したばかりのマンションで、不思議な現象に遭遇する。なんと隣室に住んでいるが、ほとんど話したことのない平野という男性の声が、エアコンの穴から聞こえてきたのだった。それも一年後の未来から話して…いると言うのである。
はじめは信じられない志織だったが、翌日から先一週間分の新聞見出しを言い当てられ、未来からの声だということを信じざるを得なかった。それで「現在の平野を尾行する」と言う奇妙な未来の平野の依頼を受けてしまうのである。
登場人物が不動産屋、大家とマンションの住人4人しか登場しない。階下に住んでいる倉さんや祖父江さんとは、少し話をするのだが、それだけでほとんどいてもいなくてもよい存在だ。面白いのだがどちらかと言えば、ストーリーよりもアイデア優先の小説と言い切って良いかもしれない。
タイムトラベルロマンスにややミステリアスな展開も含んでいて、梶尾真治の作品と似たような味がするのだが、過去改変の影響について、いま一歩深みにはまり切っていないところが物足りない。また序盤はやや読み辛いものの、中盤からは一気に読み抜けるところは好感が持てるものの、シラノの正体はすぐ分かってしまったし、その種明かしも単調過ぎるような気がする。
まあワインにフレンチやイタリアンではなく、香り良いコーヒーを飲みながら、とりあえず美味しいパンケーキを食べたいと言う方には、ぴったりの作品かもしれない。
続きを読む投稿日:2016.08.24
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水の時計
初野晴 / 角川文庫
摩訶不思議なファンタジックミステリー
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第22回横溝正史ミステリ大賞を受賞した初野晴のデビュー作である。さて本作では第一章が語られる前に、序章と言うべきなのか・・・いきなりオスカー・ワイルドの『幸福の王子』という童話の要約が記載されている…のだ。それはさらに要約すると次のようになる。
ある町の中に、金箔に覆われ、両目は蒼いサファイア、剣の柄にルビイをあしらった王子の像が立っていました。王子の像は足元で休んでいたツバメに、町の困っている人々に、自分の体の一部分を次々に運んでゆくように懇願します。
ツバメは南の国へ旅立つ日を延ばして、王子の頼みを聞いてあげることにします。そして王子の像が灰色に成り果てるまで、町の人々に少しずつ金箔やサファイアなどを運ぶのでした。
読み始めたときは、一体何の比喩なのだろうかと考えていたのだが、この王子とツバメの童話こそ、本作のメインテーマだったのである。本作では王子の代わりに、葉月という脳死と診断された少女が登場し、ツバメの役は暴走族のアタマである高村昴が演じることになる。
奇妙なことに葉月は、脳死と宣言されていながらも、月明かりの漂う夜に限り、特殊な装置を使って会話することが出来るのだ。そして彼女は高村に、自分の内臓などを移植を必要としている人々に運んでくれと哀願するのである。
それにしても、何とも言えない摩訶不思議な雰囲気と、おどろおどろしさが漂うファンタジックな寓話ミステリーだ。ラストは、童話のツバメと違って、なんとなく光明を見いだせるところに救いを感じた。まさに横溝正史ミステリ大賞に相応しい作品と言えるだろう。
続きを読む投稿日:2016.08.24
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下町ロケット
池井戸潤 / 小学館文庫
中小企業の逆襲だ
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第145回直木賞受賞作品である。主人公の佃航平は、ロケット実験に失敗し、研究者の道を諦め家業の町工場『佃製作所』を継ぎ製品開発で業績を伸ばしていた。そんなある日、商売敵の大手メーカー・ナカシマ工業か…ら、理不尽な特許侵害で訴えられ、そのお蔭で主要取引先を失ってしまう。顧問弁護士は特許に弱く、ナカシマ工業の優秀な弁護団には全く歯が立たず、裁判中もオロオロするばかりだった。
裁判が長引きそうになり、中小企業である佃製作所の体力は削がれ資金繰りに窮してくる。そこでメインバンクの白水銀行に追加融資の相談に行くのだが、当然の如くに良い返事を貰えない。それどころか無駄な研究開発費を削減しろと迫られてしまうのだった。仕方なく別の金融機関へ行くのだが、どこもメインバンクが渋るのではと、なかなか相手にしてくれない。
全く打つ手がない、佃製作所創業以来の最大のピンチである。このまま倒産してしまうのだろうか。だがそのとき救世主が現れるのである。別れた妻が紹介してくれた神谷弁護士である。彼は優秀で特許関係にも強く、やり方の汚いナカシマ工業にも反感を持っていたのだ。そしてさらに佃製作所の持っている特許申請の甘さを指摘し、他社に侵略されないような申請方法を伝授しガチガチに武装した追加申請を行わせる。なんとこれが、後に国産ロケットを開発する巨大企業・帝国重工が申請しようとしていた特許に先行したため、佃製作所に優位に働くことになるのである。
元銀行マンだった著者の小説には必ず銀行が登場する。あの倍返しの『半沢直樹』も著者の原作であり、銀行の内幕、非情さ、強きを助け弱きをくじく体質、などなど銀行マンのいやらしさを書いたら彼の右に出るものはないであろう。本作でも前半はそのいやらしさに塗りたくられていたのだが、後半になってからは、巨大企業・帝国重工との技術的なやりとりが中心になってくる。そのあたりの技術的描写については、文科系と思われる著者が良くここまで調べ上げたものだと感心してしまった。
文庫本で480頁の長編小説であり、銀行、大企業に対する批判が中心的なテーマかもしれないが、佃製作所内の従業員の反乱や主人公の家庭崩壊などミクロな部分にもスポットを当てた幅広い人間ドラマとも言えよう。だから読み始める止まらず、ことに終盤はノンストップで一気読みしてしまうだろう。
本作はまさに男のドラマである。大企業は安定していて生涯賃金も高いが、上司への服従と部下の管理と出世競争ばかりで夢がない。逆に中小企業は不安定で賃金は低いが、仕事が充実していて楽しいし人間関係も豊かである。そのどちらを選ぶかは、男がはじめて遭遇する重大決断なのではないだろうか。
この物語は、世知辛い現代の世の中で、ひたすら現実だけを追う人たちと、夢と誠実さを失わずに走り続けている人たちの戦いの記録である。そして諦めずに前向きに生きてゆけば夢は実現し、最後は必ず報われるという、現代版のお伽話なのかもしれない。
続きを読む投稿日:2016.08.24