ポレポレとうさんさんのレビュー
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ロスジェネの逆襲
池井戸潤 / ダイヤモンド社
爽快感の漂う一冊
23
「俺たちバブル入行組」の主人公が活躍する爽快な企業小説で、IT企業の買収劇を巡る経営者の悲喜こもごもが描かれている。
[あらすじ]
東京中央銀行で不正を暴いた半沢直樹。その後、行内の政治的決着で…出向させられたのが東京セントラル証券。銀行の系列子会社である東京セントラル証券の業績は鳴かず飛ばずで、銀行からの出向者が能力も無いのにプロパー社員を押さえ込んでいるという会社だった。
そこにIT企業として急成長している電脳雑技集団という会社の社長から、ライバルの東京スパイラルを買収したいという相談が入る。企業買収のアドバイザー契約を結び成功することによって巨額の手数料が入ることになるが、契約後早々に親会社の東京中央銀行からの横槍が入り、買収策を提示する前に親会社にアドバイザーの座を取られてしまう。
東京セントラル証券内部からの情報リークによって理不尽な扱いを受けることになった半沢は、プロパー社員でロストジェネレーション時代入社の森山とともに巻き返しを図る。企業買収と銀行内部の力関係、IT企業同士の思惑が複雑に絡む中、東京セントラル証券が周囲を驚かせる秘策を次々と打ち出して行く。
本のタイトルを見たときに「ロスジェネって何だろう?」という疑問が真っ先に浮かんだ。表紙絵の雰囲気も含めて一瞬SF的な物語かと早合点してしまったが、「ロスジェネ=ロストジェネレーション=就職氷河期時代」と知り、その時代に就職活動を行った会社員が中心となった小説だと知った。
ロストジェネレーションは「失われた世代」と訳されることが多いようだが、もともとは第一次大戦後の1920年代にパリに滞在していた作家のヘミングウェイに対して、アメリカの作家ガートルード・スタインが投げかけた台詞に由来しているらしい。
スタインは「You are all a lost generation.(あなたたちは皆、失われた世代なんだ)」と投げかけ、酒や享楽に溺れる「自堕落な世代」を意味したことばとして使われていた。戦争によって価値観が覆り目指すものを失っていた時代の言葉を借りて、バブル崩壊後の日本経済が低迷している中で就職をした世代に当てはめた言葉だそうだ。
思い返せば「新人類」という呼び名をされていた世代や、「バブル入社」と呼ばれる世代があるなど、とかく年代別に区分けしたがる傾向が日本にはあるのではないだろうか。「俺が若い頃は」と言う言葉を使うようになると年を取った証拠だと言われるが、それも世代別に呼び名をつけて分類したがる文化にもつながっているのかもしれない。
今回読んだ池井戸潤さんの「ロスジェネの逆襲」にも、就職氷河期に自らIT企業を立ち上げた青年実業家が二人登場するが、どちらも「世の中は当てにならない。頼りになるのは自分だ」という姿勢で経営し、それがもとで大切な助言者を排除するという方向に進んでいってしまう。
企業買収を巡って企業同士の駆け引きが絶妙に描かれており、また買収のコンサルティングを巡る銀行内部の暗部なども描かれているが、それを打ち破って活躍する主人公の活躍が読んでいて爽快感を与えてくれる。言いたいことを言って、自分の信念に沿って突き進む主人公。
自分は決してこうは出来ないだろうなと思いながらも、こういう気持ちは常に心の真ん中に持っていなければいけないなと気づかされた一冊だった。
池井戸潤さんの作品に共通している「正義を貫く爽快感」と、「人は善と悪の両面を持っている」という人物描写がこの作品でも絶妙に描かれていて、あっというまに読みきってしまうぐらいの魅力あふれる一冊だった。 続きを読む投稿日:2013.11.30
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博士の愛した数式
小川洋子 / 新潮文庫
哀しくて、切なくて、それでも心温まる一冊
6
小川洋子さんの代表作品の一つ。映画化もされた有名な物語ですので、読んだ方も多いのではないでしょうか。
【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「ぼくの記憶は80分しかもたない」博士の背広の袖…には、そう書かれた古びたメモが留められていたー記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦。博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。
小川洋子さんの小説には、なんらかの障がいを持った人物が主人公として登場することがありますが、この物語も交通事故によって高次脳機能障害になったと思われる数学者が主人公として登場します。
年老いた義姉が有する屋敷の離れに一人で住む彼は、記憶が80分しかもたないため身の回りの世話をするための家政婦が通っています。しかし、どの家政婦も長続きせず、義姉に次々と交代させられてしまいます。
新しい家政婦として通うようになった「私」は、博士の数学に関する素晴らしい知識と愛すべき人柄に接していくうちに、息子とともに博士の”友だち”として心を通わせるようになります。
静かで、穏やかで、少し哀しくて、でも心が温まるという結末が待っていますが、そこに至るまでの過程が丁寧に描写されていて、本を閉じたときに思わずため息が出てしまいました。
名作はやはり読んだほうが良い。単純なことながら、あらためてそう思いました。皆さんもぜひ。 続きを読む投稿日:2013.12.06
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天地明察 上
冲方丁 / 角川文庫
壮大で感動的な物語
2
日本で初めて日本独自の暦を作り上げた人物の物語です。
〔上巻〕
徳川四代将軍家綱の治世にある「プロジェクト」が立ちあがる。それは日本独自の暦を作り上げること。当時使われていた暦・宣明暦は正確さを…失い暦にずれが生じ始めていた。改暦の実行者として選ばれたのは渋川春海。碁打ちの名門に生まれた春海は己の境遇に飽き算術に生き甲斐を見出していた。彼と「天」との壮絶な勝負が今、幕開く。
〔下巻〕
「この国の老いた暦を斬ってくれぬか」。会津藩藩主にして将軍家綱の後見人、保科正之から春海に告げられた重き言葉。武家と公家、士と農、そして天と地を強靱な絆で結ぶこの改暦事業は、文治国家として日本が変革を遂げる象徴でもあった。改暦の「総大将」に任じられた春海だが、ここから想像を絶する苦闘の道が始まることになる。
(「BOOK」データベースからの抜粋)
この物語の主人公は江戸時代前期を生きた渋川 春海。囲碁棋士であり、後に天文暦学者、神道家として生涯を捧げた人物で、実在の人物を題材として書かれた「暦」を巡る壮大な物語です。
江戸時代の算術はどのようなものなのか、人々はどのように算術に関わっていたのかなど、
序盤では算術と碁に関する当時の様子が分かりやすく描かれています。そして、北極星を観測するための1年以上に渡る観測派遣を通じて、今まで使われてきた暦のズレが明らかになってきます。この辺りは星を見ることの好きな私にとっては非常に興味深い内容でした。
さらに暦を替えることが当時はどれだけ世の中に影響を与えるのか、幕府と朝廷との関わりや公家の考え方はどうなのかなど、読んでいてハラハラするような展開も待ち構えています。
物語の題名にもなっている「明察」とは、はっきりと真相や事態を見抜くことという意味。
算術で問題に正解した時に書かれていた言葉でもあるようです。地を測り天の星を測って暦の正しい運行を導き出すことの難しさが、最後は「明察」という形で返ってくるのかどうか。
最後まで息を抜けない展開が待っています。
何かに一生を捧げることの素晴らしさと尊さが書かれたこの一冊。お勧めです! 続きを読む投稿日:2013.11.30
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限界集落株式会社
黒野伸一 / 小学館
元気が出る!夢がある!
1
夢を追うことが何となく難しくなってきた現代。都会で成功しながらも、骨休みのために祖父の居た山間の集落に戻ってきたビジネスエリートの優。限界集落と呼ばれる農村の人々と接しながら、斬新な農業ビジネスのア…イデアで過疎化した農村を再生していく物語。爽快感が素晴らしいんです。
■限界集落をビジネスアイデアで再生していく物語
ご紹介するのは黒野伸一さんが書かれた「限界集落株式会社」という一冊。過疎化が進み限界集落となった農村を、ビジネス手法で再生していくという爽快な物語です。
物語の舞台は東京から車で3~4時間離れた、山あいの小さな農村。「限界集落」と呼ばれる過疎化した村は、優の祖父が農業を営んでいた土地でもありました。
仕事で成功した優は、そのために家庭を顧みることが無く離婚したばかり。そんな疲れを癒すために祖父の残してくれた家で骨休みをするためしばらく滞在しますが、滞在中に村人達の温かさに触れてビジネスでの農村再生に取り組みます。
物語は東京からBMWに乗って農村にやってきた優の様子から始まり、農村に住む人々のノンビリとしながらも不便な生活を描いています。物語の冒頭としては農村の雰囲気と同じくノンビリと進んでいく感じを受けました。
ところが、過疎化を何とかしたいと優が動き出したところから物語は一転してスピード感を増してきます。農業営利団体の設立や農作物直売の道を模索し始めるなど、冒頭のノンビリとした雰囲気からいろいろな出来事がめまぐるしく展開へと移行していきます。
新たな取り組みに次ぐ取り組みで、今まで何の希望も無かった農村の人々が徐々に活気を得てくるにつれて、読者もワクワクしながら先へ先へとページをめくっていくことになります。
多少の問題や苦難は登場するものの、それさえもグイグイと乗り越えていく優や農村の人々の姿は、読みながらも、読み終わってからも、心の中に清々しい爽快感を残してくれました素敵な一冊です。
限界集落とは、過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者になってしまった集落のこと。日本の農業問題も含めて様々な問題がこの物語の中で語られていますが、それを乗り越えていく主人公達の姿には元気と勇気をもらいました。
登場人物のキャラクターや人間関係も丁寧に書かれていて、登場人物に対する感情移入も素直に行える一冊でした。
元気が出ない現代だからこそ読みたい一冊ですし、日本が置かれている現状や問題が分かりやすく書かれている一冊ですので、大人だけではなく次代を担う中高生にもぜひ読んで欲しい一冊です。 続きを読む投稿日:2013.11.30
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コミック版 夜行観覧車
木村まるみ, 湊かなえ, TBSテレビ, ドリマックス・テレビジョン, 奥寺佐渡子, 清水友佳子 / Jourすてきな主婦たち
家族のあり方を教えてくれる一冊
1
[あらすじ]
海辺の街から坂を上ったところにある高級住宅街のひばりヶ丘。
その中でも大きな家に住む医師の家庭で起きた家庭内殺人事件。
医師の父親に美しく優しい母親、
長男は大学の医学部に進み、妹と弟は…地元の名門私立に通うという、
絵に描いたようなエリート一家にいったい何が起きたのか?
癇癪を起こして暴れる娘を持つ向かいの家族、
海外赴任をしている息子夫婦から距離を置かれる昔からの住人、
そして事件当事者として好奇の目で見られてしまう子どもたち。
それぞれの家族からのそれぞれの視点によって、
事件の動機と真相が徐々に明らかになってくる。
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この物語は家庭内殺人事件というセンセーショナルな事件が発端となりながらも、
血なまぐさい描写も無く事件自体は淡々と描かれ通り過ぎていきます。
逆に近隣家族のすさんだ家庭内の様子や友人関係のことなど、
事件周辺で関わっている人々の生活や心の葛藤などが読者の目を惹きます。
エリート一家で起こった家庭内殺人事件を縦軸として、
向かいの家に住む主婦、夫、娘の視点、
昔から高級住宅街に住んでいる老婦人の視点、
事件当事者となった子ども達の視点から徐々に色々なことが分かってきます。
事件の真相はどうだったのかということもさることながら、
日常の中に潜む怖さや善悪のあいまいな境目など、
人の心の中に棲む正義と悪とが徐々に表に現れては消えていきます。
湊さかえさんの作品では「告白」など人の内面を綴った傑作が多数ありますが、
今回の作品でも様々な人の視点から見ることによって、
物事の本質はひとつではないんだということをひしひしと感じました。
お金や物に恵まれていることが幸せではないんだということを感じながらも、
そんな言い古された言葉では表しきれない本当の幸せを考えさせられる。
そんな作品でありながらも、
読後にはホッとするような安心感が胸に漂う一冊でした。
湊かなえさんの作品を手に取ると一気に読み進めてしまいますが、
今回もそんな素晴らしい作品でした。 続きを読む投稿日:2013.12.16
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植物図鑑
有川浩 / 角川書店単行本
野草がメインのラブストーリー
0
「図書館戦争」シリーズで有名な有川浩さんの「植物図鑑」という一冊。相変わらずのラブストーリー上手な有川さんの物語ですが、今回はさらに野草にまつわる知識がふんだんに盛り込まれた内容なんです。
【あら…すじ】
会社員のさやかは飲み会が終わって帰ったある日、マンション前の植込みに一人の男性が倒れているの見つける。行き倒れになっていたのはイツキという名前の彼。
「お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか?咬みません。躾のできたよい子です」行き倒れのイツキを取りあえず保護したさやかは、彼が作る料理のおいしさと野草に関する知識の深さに心を掴まれていく。時々一緒に出かける道草は美味しいやら驚くやらの連続。
そうして二人の心は徐々に近づいて楽しい日々が続いて行くが。。。
物語の世界にしかない文字どおり物語のような展開なのですが、登場人物二人の爽やかさと純情さがちょっとこそばゆいぐらい素敵です。こういう恋愛があったら良いだろうなと思いつつも、絶対無いだろうなという感覚も持ってしまいますが、それもまた小説の楽しみ方のひとつですよね。
ストーリーもさることながら物語の縦軸となっている野草の話はすごい。野草のことや野草の食べ方を知るためだけに読んでも良いぐらいだと思います。どれもこれもいつも見かける草花なのに、料理が出来上がったシーンを読むと思わず「今度作ってみようかな?」と思ってしまうぐらいです。巻末には物語の中に出て来た野草料理のレシピもありますので、野草の名前と姿形に自信があるものが採れたら試してみようかと考えています。
ストーリーを追うよりも一話一話の雰囲気と内容を楽しむ。そういう読み方がこの物語には合うのではないかと思いますし、野草にご興味がある方にもお薦めです。 続きを読む投稿日:2013.11.30