喫茶おじさん
原田ひ香(著)
/小学館
作品情報
人生もコーヒーも、苦いけれどうまい。
松尾純一郎、バツイチ、57歳。大手ゼネコンを早期退職し、現在無職。妻子はあるが、大学二年生の娘・亜里砂が暮らすアパートへ妻の亜希子が移り住んで約半年、現在は別居中だ。再就職のあてはないし、これといった趣味もない。ふらりと入った喫茶店で、コーヒーとタマゴサンドを味わい、せっかくだからもう一軒と歩きながら思いついた。趣味は「喫茶店、それも純喫茶巡り」にしよう。東銀座、新橋、学芸大学、アメ横、渋谷、池袋、京都──「おいしいなあ」「この味、この味」コーヒーとその店の看板の味を楽しみながら各地を巡る純一郎だが、苦い過去を抱えていた。妻の反対を押し切り、退職金を使って始めた喫茶店を半年で潰していたのだ。仕事、老後、家族関係・・・・・・。たくさんの問題を抱えながら、今日も純一郎は純喫茶を訪ねる。
『三千円の使いかた』で大ブレイクの著者が描く、グルメ×老後×働き方!
もっとみる
商品情報
以下の製品には非対応です
この作品のレビュー
平均 3.4 (90件のレビュー)
-
『あなたって本当に何もわかってないのね』
あなたは、そんな風に言われたことはないでしょうか?
この世を生きていく中では、他人の人生と自分の人生を比べてしまうことはよくあると思います。自分だって一…生懸命に頑張っているはずがどうも上手くいかない、自分はついていない、そんな風に思うことも多々あると思います。
また、思いやりの気持ちから色々と言ってあげたことが却って反発を招き裏目に出る…そういったこともあると思います。他人の心の中が見えない以上これもなかなか難しいものだと思います。
そうです。他者との関わりなしには生きていけない毎日を送る私たちだからこそ、そこにはその関係性を維持する中に悩みが生じてしまう。それが私たちの人生なのだと思います。
さてここに、身近な人から『あなたって本当に何もわかってないのね』という言葉を投げかけられた主人公を描く物語があります。そんな言葉に戸惑いを覚える主人公が描かれるこの作品。そんな戸惑いの中に『喫茶店』で過ごす時間に安らぎを見出す主人公を見るこの作品。そしてそれは、”人生はままならないが、コーヒーは今日もうまい”とコーヒーカップを手にする主人公を描く物語です。
『このブレンドに使われているのはアラビカ種の豆ですか』、『豆の状態はニュークロップ』、『焙煎は浅煎り…いや、中煎りかな』と矢継ぎ早に『初老のマスター』に話しかけるのは『カウンターでブレンドコーヒーをすす』る松尾純一郎。『コーヒー、大好きなんですよね。自分でもよく淹れるんですよ…』と続ける松尾を『「店長、ちょっと」と店の女の子が呼』びます。やむなく話を止め、勘定を払って外に出た松尾ですが、トイレを借りたくなって再び店のドアを少し開けたところ、店内から女性店員の声が聞こえます。『…店長、よく、あんな知ったかぶり客の相手してられますよね』、『店長が優しいからつけ上がるんですよ』。それを聞いて『純一郎はそっとドアを閉め』ました。『男の人生というのは、理想的な喫茶店を探す旅ではないか』と思う五十七歳の松尾は『有楽町線にするか。銀座方面にも月島にも行けるし』と『勢いで電車に乗』ります。そして、『自分の顔が真っ暗な窓に映っている』のを見て、『車内のどんな人よりも、よりどころのない顔をしていると思』います。『お父さんって、本当に何もわかってない』と『昨夜、数ヶ月ぶりに一緒にコーヒーを飲んだ娘の亜里砂に言われた』松尾。『大学二年生、あと、二ヶ月とちょっとで三年生になる』という娘との会話を思い出す松尾は、就職活動の話を穏やかにしていた中に、『いつの間にか、雲行きがあやしくな』り、『お父さんって、本当に何もわかってない』と言われ、『まるで意味がわからな』いという思いの中にいます。そして、銀座一丁目の駅で降りた松尾は『さあ、どこに行くかな』と、『あてどもなく歩き出』した時、『前からテレビや雑誌で取り上げられている』『緑地に白で「SANDWICH」と抜かれているひさし』の店にたどり着きます。『初めての店は少しドキドキする』という中、店に入り、『壁際の一人がけの席に案内され』た松尾は、『ブレンド、アメリカン、カフェ・オ・レ、ミルクティーなど』のドリンクと、『タマゴサンド、ハムサンド…』という『名物のサンドイッチ』がメニューに並んでいるのを見ます。そして、『ブレンドとタマゴサンドを』と注文した松尾の元に『お待たせしました』と『サンドイッチとコーヒーが運ばれてき』ました。『食パン一斤をまるまる使ったサンドイッチ。一つが一斤を半分に切った大きさで、たっぷりタマゴのペーストが挟まり、それが二つ皿に並んでいる』という目の前の品を見てその大きさに『うわ』と『小さな声』を漏らした松尾。『パンの端をちぎって、ペーストをのせ、オープンサンド形式で食べ』はじめた松尾は、『うまいなあ』とその味に素直に感動します。そして、『カップはブルーアンドホワイトの大きめの磁器』という『ブレンドコーヒーを一口すする』と、『さっぱりめの少し酸味のある味が口に広がる』感覚に『さすがだなあ、とまた心の中でつぶや』きます。『喫茶店巡りというのはいい趣味ではないか、とふと思』う松尾は、『これから、趣味は「喫茶店、それも純喫茶巡り」にしよう。決めた。今決めた』と考えます。そんな中に『お父さんって、本当に何もわかってない』と娘に言われたことを再び思い出す松尾。そんな松尾が都内各所の喫茶店を巡る中に自身の生き方を見直すきっかけを見つけていく物語が描かれていきます。
“2023年10月12日に刊行された原田ひ香さんの最新作であるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、2023年7月に瀬尾まいこさん「私たちの世代は」、8月に寺地はるなさん「私たちに翼はいらない」、そして先月にも青山美智子さん「リカバリー・カバヒコ」…と、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということを積極的に行ってきました。そんな中に、絶品の”食”の描写で読者の食欲を刺激してくださる原田ひ香さんの新作が出ることを知り、食べたい気持ちが抑えられなくなった私は発売日早々にこの作品を手にしました。
そんなこの作品は、”松尾純一郎、バツイチ、57歳。大手ゼネコンを早期退職し、現在無職。妻子はあるが、大学二年生の娘・亜里砂が暮らすアパートへ妻の亜希子が移り住んで約半年、現在は別居中…仕事、老後、家族関係…。たくさんの問題を抱えながら、今日も純一郎は純喫茶を訪ねる”と内容紹介にうたわれています。原田ひ香さんというと代表作でシリーズ化もされている「ランチ酒」の他、前作の「古本食堂」でも”食”を全編にわたって取り上げられるなど、”食”を小説に織り込んでいく手腕に定評のある方です。そんな原田さんがこの作品で描かれるのは、お店を『喫茶店』に絞った上で、そんなお店で提供されている飲み物と食事の風景です。この作品では恐らくモデルとなる店はそれぞれある一方で、店名は記さないという「ランチ酒」シリーズと同じ方法をとっているのも特徴のひとつです。
では、そんな”食”の描写をご紹介しましょう。この作品では都内の駅の名前が各章に記されます。そんな中から〈四月 午後五時の東京駅〉で『百貨店の中に』ある『京都が本店の老舗喫茶店』を訪れる場面をご紹介しましょう。『窓際のカウンター席に案内された』松尾はメニューを開きふとこんなことを思い出します。
『確か、この店は池波正太郎のエッセイの中にも出てくるんだよな。サンドウィッチを抱えて列車に乗り込む、と』。
これで、このお店があの有名店のことを指していることがわかります。(ご存知でない方は、”東京駅 喫茶店 池波正太郎”で検索してみましょう!) 松尾はメニューの中から『「ビーフカツサンド」に目をひかれ』ます。
『少し高いけれど、これも池波先生が食べた味だ。やってみるか』、『ビーフカツサンドと…ブレンドコーヒーで』
オーダーした松尾の前に注文した品が運ばれてきます。そして、コーヒーを一口飲む松尾。
『いそいそと、コーヒーを一口。香ばしいコーヒーにまったりとしたクリーム、そして、ほのかな甘み』、『なるほど。京都の旦那衆が好むのはこの味なのか。確かに、飲みやすくておいしいし、癖になるのがわかる』。
納得感を得ながらコーヒーを飲む松尾は、『とはいえ、主役はやっぱり、ビーフカツサンドだ』と”食”に向かいます。
『厚みがあるビーフカツは中心が赤い。四切れのサンドウィッチが並ぶ上に、厚みのある、一口大のベーコンがのっている。まずはそれを口に入れる』。
写真があるわけでもイラストが添えられているわけでもない中に、文字の表現だけで読者の食欲を刺激する原田さん。
『うわっ。何これ、おいしい。すごくちゃんと燻製されている。これだけでビールも飲めそうだ』。
…といった松尾の心の声でその美味しさを視覚を通じて読者の味覚に直接訴えます。これはたまりません。
『肉が柔らかく、意外とソースがあっさりめ。これがまた、ちょうどよい。濃かったら、ビールにはよくても、コーヒーとは喧嘩したかもしれないし、これなら肉の旨味が感じられる』という中
『ああ、おいしいなあ』。
そんな風にしみじみ思う松尾の心の声には読者もメロメロになってしまいます。これは東京駅に行くしかない。某百貨店のあの喫茶店に行くしかない!そんな風に思わせる素晴らしい”食”の場面だと思いました。この作品では、『新橋』、『学芸大学』、そして『谷中』と章ごとに都内のさまざまな場所へ赴く松尾の姿が描かれていきます。そんな松尾の足取りは原田さんご自身が取材されたはずの行程でもあり、”食”で魅せる物語を生み出される原田さんの地道な”食”を巡られる日々を感じました。「ランチ酒」と同じ形式で、リアル世界に実在する店を店名を出さないで描写していくというこの作品。”食”のガイドブックとしても利用したくなるそんな作品だと思いました。
さて、そんなこの作品は松尾純一郎という五十七歳の男性が一貫して主人公を務めます。彼の心の内がさまざまに吐露されていくこの作品。松尾という人物についてまとめておきましょう。
● 松尾純一郎について
・五十七歳
・社内不倫のすえ、三十の時に離婚、前妻・登美子
・妻・亜希子は、一人暮らしをしている大学生の娘・亜里砂の元へ、別居中
・大手ゼネコンを希望退職し、五千万円の退職金を元手に、妻と娘の反対を押し切って喫茶店を始めるも半年で閉店に追い込まれる
・周囲の人たちから『何もわかってないのね』と言われるが、その意味をはかりかねている
おおよそのイメージがお分かりいただけたでしょうか?『社内不倫のすえ、三十の時に離婚』という経験が一般的とは思いませんが、他はそれなりに似たような人生を送られている方はいらっしゃりそうです。この作品にはそんな松尾が、”仕事、老後、家族関係…。たくさんの問題を抱えながら、今日も純一郎は純喫茶を訪ねる”という様子が描かれていきます。
主人公となる五十七歳の松尾は『退職したい、そして、喫茶店を始めたい』という『突拍子もない願い』を妻に伝えるも『絶対に許さない』と反対されます。それを押し切るように大手ゼネコンを早期退職し、退職金を元手に喫茶店を開くも半年をもたずに店じまいに追い込まれてしまった松尾。退職金の多くを失い、妻や娘の信頼も失ってしまい困惑の日々を送る松尾。しかし、そんな松尾は親しくする人たちからこんな風につぶやかれます。
・『お父さんって、本当に何もわかってない』
・『あなたは相変わらず、何もわかっていない人なんですねえ』
・『お前は本当に、何もわかってないんだなあ』
松尾のことをマイナス感情で見る人たちではなく、あくまで松尾に寄り添い、支えてくれる側、松尾の味方とも言える人たちからの言葉に松尾は困惑していきます。人間というものは何年生きてもなかなか自分自身を冷静に見ることができない生き物だと思います。他人のアラは見えてもまさか自分が他人から何かを指摘されるようには考えないのだと思います。この作品の主人公である松尾も自ら良かれと思ってとった行動が、良かれと思ってあれこれ考える事ごとがことごとく裏目に出てばかりという日々を送っています。そんな中に、『何もわかっていない』という言葉はある意味一番辛辣だとさえ言えます。しかもそんな言葉を発した面々はその言葉の真意を語ってくれるわけでもありません。この作品では、そんな困惑の先に松尾がそれでも歩いていく他ない人生が描かれていきます。
『これだ、ここから始まるのだ』。
『これでいいのだ』。
そんな言葉へ向かって、行きつ戻りつ、自身の人生の解を探して彷徨う松尾。見ようによってはコミカルにさえ感じる松尾の姿は、おそらく何のことはない、私たちの誰もが、そう、”老い”という誰もが避けられないゴールへ向かって試行錯誤の日々を送る私たちの自身の姿なのかもしれません。
『俺、そんなに悪い父親でも、夫でもないと思うんだけどなあ』。
大手ゼネコンを早期退職したものの、退職金のほとんどを注ぎ込んだ喫茶店事業に失敗した主人公の松尾。この作品では、そんな松尾が『何もわかっていない』と周囲から言われる中に困惑の日々を送る姿が描かれていました。原田さんらしい”食”の描写に魅せられるこの作品。『喫茶店』にこだわる”食”の描写にも魅せられるこの作品。
ままならない人生の中で、それでも前に向かって生きていく他ない、そんな人の思いをそこに見た、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2023.10.14
楽しんだ。
これは、読む「孤独のグルメ」だ。
「何もわかっていない」の部分が五郎さんの「腹が、減った」にリンクしている。
早期退職した、冴えないおじさん主人公(外見はまあまあらしい)。
あまり深く物事…を考えず、上記の台詞を吐かれ、そのあと喫茶店で至福の時間を過ごす。
歳の割にたくさん食べるのも五郎っぽい。
その喫茶店も孤独のグルメと同様に実在の店のようで、読みながら検索してしまった。
そんな意味でも楽しめる小説だ。
抜けているけどいい人、おじさんにサチアレ。続きを読む投稿日:2024.04.11
新刊自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
※新刊自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新号を含め、既刊の号は含まれません。ご契約はページ右の「新刊自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される「増刊号」「特別号」等も、自動購入の対象に含まれますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると新刊自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約・新刊自動購入設定」より、随時解約可能です続巻自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
- ・優待ポイントが2倍になるおトクなキャンペーン実施中!
※続巻自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新巻を含め、既刊の巻は含まれません。ご契約はページ右の「続巻自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される特別号等も自動購入の対象に含まれる場合がありますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると続巻自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約自動購入設定」より、随時解約可能ですReader Store BOOK GIFT とは
ご家族、ご友人などに電子書籍をギフトとしてプレゼントすることができる機能です。
贈りたい本を「プレゼントする」のボタンからご購入頂き、お受け取り用のリンクをメールなどでお知らせするだけでOK!
ぜひお誕生日のお祝いや、おすすめしたい本をプレゼントしてみてください。※ギフトのお受け取り期限はご購入後6ヶ月となります。お受け取りされないまま期限を過ぎた場合、お受け取りや払い戻しはできませんのでご注意ください。
※お受け取りになる方がすでに同じ本をお持ちの場合でも払い戻しはできません。
※ギフトのお受け取りにはサインアップ(無料)が必要です。
※ご自身の本棚の本を贈ることはできません。
※ポイント、クーポンの利用はできません。クーポンコード登録
Reader Storeをご利用のお客様へ
ご利用ありがとうございます!
エラー(エラーコード: )
ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。