デザインとビジネス 創造性を仕事に活かすためのブックガイド
岩嵜博論(著)
/日本経済新聞出版
作品情報
◆『発想する会社!』『誰のためのデザイン?』『考えなしの行動?』『アイデアのつくり方』『デザイン・ドリブン・イノベーション』『レトリックと人生』『デザインスプリント』『101デザインメソッド』『ハイ・コンセプト』『クリエイティブ・マインドセット』『自分の仕事をつくる』など、「デザイン×ビジネス」に関する名著30冊を紹介するブックガイド。
◆ストラテジックデザイン、ビジネスデザインを専門として研究・教育活動に従事しながら、ビジネスデザイナーとしての実務を行っている、ビジネス×デザインのハイブリッドバックグラウンドである著者が解説します。
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商品情報
- 著者
- 岩嵜博論
- 出版社
- 日経BP
- 掲載誌・レーベル
- 日本経済新聞出版
- 書籍発売日
- 2023.08.29
- Reader Store発売日
- 2023.08.29
- ファイルサイズ
- 15.2MB
- ページ数
- 380ページ
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デザインとビジネス 創造性を仕事に活かすためのブックガイド
デザインは、ビジネスが直面する先行きが不透明で複雑な状況に対応できる方法論であるということです。ビジネスを取り巻く環境が不確実になっている…中、その状況に向き合い、新しい事業機会を見つけ、行動しながら実現していくデザインの方法論が注目されているのです。
世界でデザインがビジネスに活用されている背景には、造形領域に留まらない拡張したデザインの姿があります。
なぜビジネスに創造性が求められるようになってきているのでしょうか?
その1 つは、社会や市場が成熟化していることです
2つ目に挙げられるのは、社会がより複雑になってきているということです。
3つ目の背景は、働き方です。人々は働くことに、これまで以上に意義を期待するようになっています。
この本では、デザインの方法論を大きく、デザインの行動、ワークスタイル、組織文化というパートに分け、関連する30の書籍を紹介しながら、そこで提唱されているコンセプトを紹介していきます。
筋トレから学べるのは、それでも継続した人には着実に筋肉がつくということです。多少の困難はありますが、創造性は決して才能がある一部の人のものではありません。老若男女どんな人でもトレーニングによって筋肉がつくように、どんな方でも今からトレーニングを始めれば創造性を身につけることができるのです。
再現性と組織力によって、恒常的に創造性を発揮できることは、ビジネスの大きな助けになります。これまで創造性は再現性とも組織力とも遠いものと思われていました。特定の才能がある人が属人的に発揮する能力だと考えられてきたからです。
1章 拡張するデザインのコンセプト
狭義のデザインとは、専門的な分野における造形を中心にしたデザインの領域です。私が所属する大学においても、グラフィックデザインや工業デザイン、建築デザイン、ファッションデザインといった専門的な分野の牧育と研究が行なわれています。これまでも、そしてこれからも重要なデザインの領域です。各分野ごとに、デザインの知と実践を探めていく役割を担います。
これに加えて広義のデザインとは、造形だけではなく構想領域への拡服です。構想の方向性を探索するためにリサーチをしたり、リサーチに基づいてコンセプトを策定し、どのような世界を実現すべきかのビジョンを描きます。
デサイン研究者のリチャI ド・ブキャナンは、デザイン領域の拡張を4つで説明しています。
ブキャナンはデザインが、グラフイックデザインに代表されるシンボルとビジユアルコミュニケーションのデザインから、工業デザインに代表される物のデザイン、サ—ビスデザインに代表される体験とサービスのデザイン、そして統合的なデザインの考え方としてシステムや環境のデザインに展開していくという考え方を示しました。
大切なのは、デザインの概念がより広い領域に拡張しているということです。狭義のデザインと広義のデザインは分断しているのではなく、同じデザインという概念でつながっています。造形的な側面と構想的な側面の2つの役割で、デザインを捉えることに大きな可能性が生まれているのです。
デザインの考え方を端的に表したものに、ダミアン・ニューマンが提示したデザインスクイグルという図があります。
この図は、左から右に向かってデザインのプロセスを示したものです。ご覧になるとわかるように、途中まで非常に混沌とした中にあることが伝わってきます。デザインとは、こうした混沌としたカオスな状況の中から1つの解を統合的に導くことなのです
ビジネスは混沌とした状況をなるべく避けようとします。そのため、プロセスの初期のタイミングで、もっとシンプルにものごとを考える傾向があります。逆に言うと、複雑な要素を切り捨ててしまう傾向があるのです。
しかし、ビジネスを取り卷く環境そのものが、複雑で不確実になっている今、複雑な状況を取り除いてしまっては、本質的な解を濾くことが難しくなってしまいます。一方で、デザインはこうした複雑な状況に耐えられる方法論なのです。デザインスクイグルの図はそれを端的に示しています。
世界でデザインの方法論が注目されている背景も、この複雑さに向き合える方法論であるという点です。ビジネスだけではなく、社会課題や行政, 政策を取り巻く環境も同様に、複雑で不確実になっています。ビジネスに加えてこれらの領域においても、デザインがこうした複雑さに向き合える方法論として注目されているのです。
デザイン思考の定義は様々ですが、一般的な考え方としては、デザインの方法論をデザインの専門家だけではなく、多様な領域の人々でも扱えるようにしたと捉えることができます。
一方で、デザイン思考に対する批判もあります。その多くは課題の本質的な解に結びつかない、あるいはイノベーティブなアイデアが出ないといったものです。これらはデザイン思考の功績のコインの裏と表にあたります。つまり、デザイン思考はデザインの方法論を広く.一般に普及させた一方で、デザインが本来持つ知の深さと比べると、表阴的なところに留まっているという課題です。
また、デザイン思考が、単なるプロセスだと理解されてしまった点も問題です。デザインは通り一辺倒のプロセスではなく、行動や思想を伴ったものとして理解され、実行されるべきです。
サービスデザインは、デザイン思考が形作ったユ—ザー起点でデザインするヒュ—マンセンタードデザインの流れを継承しました。その上で、ユ—ザーの体験のステップを時系列でデザインする方法論を應立しました。近い概念としてUXデザインなども生まれ今やアプリなどのデジタルのサ—ビスや事業をつくる上では欠かすことができないデザイン方法論として認識されています。
デザインの拡張領域はものやサービスに留まりません。デザインの方法論を活用したビジョンや未来シナリオづくりに注目が集まっています。
このことを象徴的に体現しているのが、スペキュラティブデザインというデザイン領域です。スペキュラティブデザインは、イギリスのRCAに在籍していたアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーによって提唱されました。スペキュラティブデザインは、先を見通した未来の世界のあり方を示すデザインです
スペキュラティブデザインの重要な要素は批判性です。それまで当たり前だと思われていた常識的なものの見方に批判を加えることで、こんな世界もあってもいいのてはないかということを示し、議論が起こることを意図するデザインなのです。
スペキラティブデザインが示したデザインの拡張は、未来の世界の姿を批判的に描くことで、未来のあり方に対して大きな問いを投げかけるものです。批判と問いというのはデザインの本質的な役割であり、スペキュラティブデザインは、その役割を抽出して、デザインの領域を未来ビジョンに拡張していったと言えます。
行政におけるデザイン活用の進展は「デザインラダ—(デザインのはしご)」という概念でも示されます。デザインラダーとは、デザインの活動がはしごの下から一歩一歩上がっていき、最終的に戦略性が高い領域にまで、デザインが活用されるようになってきたということを表します。
イギリスのデザインカウンシルによって、公共セクターのデザインラダーが発表されています。こちらは、1 .個別の課題ごとにデザインを活用する。2.行政組織に新しい能力としてデザインが定着する。3.政策の立案と実行にテサインが活用されるの3つの段階が提唱されています。
この本ではデザインの行動として、「共感・エンパシ—」「統合・シンセンス」「試行・プロトタイプ」という3 つの要素を説明します。
デザインは一方通行の行動ではなく、行ったり来たりを繰り返すものです。英語ではイテレーションとも呼ばれます。スパイラルアップと表現されることもあります。多様な行動を積み重ねて、段々と高い次元に上がっていくというイメージを示しています。
デザインを組織的に導入する最終的なかたちはデザインの組織文化をつくることです。組織文化とは、組織の中で共有される行動様式や価値観です。デザインの組織文化とは、自発的に考え、仲間とともにあるべき世界を実現していくことです。ワークスタイルとして組織の中に定義されたものが繰り返し実践されることで、組織文化の土台がつくられます。
従来のビジネスは、計画や分業によって成果を出していたため、合理的な判断や分析的な思考が重視されました。一方、デザインは計画的というよりは状況に応じて適応的にものごとを進め、分業だけに留まるのではなく、全体と部分を往復する方法論です。
デザインの方法論を、企業や組織に導入する時の土台になるのはデザインの組織文化です。その上にデザインのワークスタイル、そしてその結果生まれるデザインの行動があります。これらの要素は、相互に関係しています。デザインの行動が自発的に繰り返されることで、ワークスタイルとして組織に定着します。その結果、長い時間をかけてデザインの組織文化が育まれていきます。
2章 共感・エンパシー
デザインの行動の1 つ目は共感・エンパシーです。「人間中心デザイン」「ヒューマンセンタ
—ドデザイン」というコンセプトにも現れているように、デザインの世界では人間を理解する、人に共感するということを大切にします
エンパシーには、単に人の気持ちがわかるということを超えて、あたかもその人になったかのようにその人のことを理解するという意味があります。その人が自分に乗り移るという感覚で説明されることもあります。
工業化がもたらしたのは、大資本による大規模な生産設備と大県生産です。作り手は、高度な分業によって、効率的に画一的な製品をたくさんつくるかたちになりました。結果として作り手と使い手の距離は遠くなり、作り手が使い手に想いを馳せることは少なくなってしまったのです。
工業化時代の顧客は、大多数の誰かというマスターゲツトだったのです。大きな顧客の群れを見つけられれば、顧客の気持ちに詳細に寄り添わなくてもものが売れた時代が続きました。
しかし、情報化の時代において、こうしたモデルは時代遅れになりつつあります。
こうした背景の中で、デザインの人に共感する力が、社会に貢献できるタイミングが訪れています。デザインは、人を深く理解し、そこを立脚点に考え行勒する方法論なのです。
ヒューマンセンタードという考え方は、人間には一人ひとりの価値観があり、生活があり、人生がある。それを前提にした価値をデザインするという考え方です。
この考え方は工業化の時代において、造形表現を中心に工業製品の価値をつくっていた時代のデザインとは異なるものです。広義のデザインの議論において、ヒューマンセンタードのアプローチが再び見直されているのはこうした背景によるものです。
ヒューマンセンタードデザインに大きな影響を与えた人類学においても、マルチスピーシーズ人類学といって、人間以外の動物や非生命的なものまでも含めて多様な存在との関係性の中で、人間や社会のあり方を記述・考察するという領域の議論が盛んになっています。多様な存在との関係の中で、人間の役割とは何か、どのような協調ができるのかが、サステナビリティ時代のヒューマンセンタードデザインの新たな展開です。
デザインで言及されるエンパシーは、人の気持ちになるほどその人のことを理解するという文脈で用いられます。まさに人間中心・ヒューマンセンタードなアプローチの入口としての共感・エンパシーなのです
デザインにおけるエンパシーは、単に他人のことを知ろうということに带まりません。他者との関係性を通じて、自分も変化するという実践が含まれています。他者のことを深く理解しながら、自分の中にある他者を見る目、さらには社会を見る目をアップデートしていくのです。
ブレイディは、シンパシーは単なる感情であるのに対して、エンパシーは想像する力であり能力であると紹介しています。この話を読んで、デザインにおけるエンパシーの議論とも通ずるところがあると感じました。
共靂・エンパシーは、多様な人の立場になることができるという点で、複眼思考を育てるために必要不可欠の力です。こんな人もいるのだなと思う程度のシンパシーではなくて、あたかもその人の気持ちになってしまうようなエンパシーの感觉があるからこそ、多様な人の立場に立って考えることができるようになります。
デザインにおいて、こうした共感やエンパシーを得ることを目的に、人や文脈を理解するために用いられるのが、定性的な調査のアプローチです。定性的な調査とは、フィ—ルドワ—クや観察、インタビューといった手法です。定性調査によって、人を人として理解し、寄り添うことで共感, エンパシーを獲得します。
何のためにそこまで行動するのでしょうか? それは対象に対して、共感・エンパシーを得て、自分自身を変えていくためなのです。受動的な方法ではなかなか自分を変えることは難しいのです。能動的な方法だからこそ、そこには主体としての自分の存在が問われます。自分は何者なのか? を常に更新し続けることが、自身の視点を養うことにつながります。
滞在型のフィールドワークは、旅のような感覚で実施することもできます。皆さん休みの日に旅行に行くと、いろいろなものが新鮮に見えて、現地の人と話をしたりして、インスピレーションを受けますよね。それと同様のことを滞在型リサーチとして、ビジネスの現埸でも行うことができます。
よく視察という名目で先進地域を見に行くことがあるかもしれません。大切なのは見て帰ってくるのではなく、その場で見たものを解釈し定着させるということです。私が行っていた滞在型フィールドワークでは見るだけではなく、見たことを解釈する時間を設けていました。
3章 統合・シンセンス
シンセシスという言葉は、新しいコンセプトを考える時に、それまであった概念や、あるいは新たにインプットされた概念をつなぎ合わせて考えるという意味です。新しいコンセプトは、要素と要素の新しい関係性によって生まれます。この関係性こそが創造性の最大のポイントだということです。統合・シンセシスの対義語は、分析・アナリシスです。
20世紀のビジネスはサイエンスのマネジメントであり、分析だけでよかったかもしれません。
21世紀のビジネスにおいては、創造性もマネジメントの対象にする必要があります。そのために、この統合・シンセシスというコンセプトを、どのように組織の中に取り込むかが重要になるのです。
世の中でロジカルシンキングと甘われている考え方の本質は、分析的な思考方法です。デザインの世界では、こうした分析的な思考方法に加えて、もう一つ重要な思考方法を活用します。それが統合的思考方法です。分析的な思考方法とは日本語が示すように要素を分けて考えるということです。それに対して統合的思考方法というのは要素を統合・結合させるという考え方です
分析的な方法論を使えば、いくつかの選択肢の中から論理的に最も効果が高いものを選ぶことができます。一方で、分析的な方法論の弱点は、選択肢そのものを一から生み出すことができないということです。創造的な方法論はこの弱点を補うものです。選択肢そのものを生み出すアプローチなのです。
分析的思考が選択肢を選ぶための方法論だとすると、統合的思考は選択肢をつくるための方法論です。まだ誰も気づいていない、新しい選択肢をつくるためには、分析的な方法論に加えて統合的な方法論の活用が必要不可欠なのです。
分析的な方法論だけではなくて、統合的な方法输も方法論として明文化されているということです。
分析的な方法論が明文化されるのはわかるのですが、創造的で統合的な方法論までここまで明文化され授業として構成されていることに驚きました。分析的な方法論は日本にいた時にも使っていましたし、関連する書籍がたくさんあるということも認識していました。一方で統合的な方法論が日本で書籍のような形になっていることはほとんどありませんでした。統合的で創造的な方法論は、属人的なものとしてブラックボックスの中に閉じ込められたままだったのです。
私はよく、混ぜるな危険と言っています。分析的な方法論が必要な時に統合的な方法論を使うと、焦点を絞り込まなければならない時に逆に拡散してしまい、議論が収束しません。一方で、統合的な方法論が必要な時に分析的な方法論を使うと、可能性が不必要に絞られてしまいイノベーションの機会が失われてしまうのです。
不確実な市場環境下において、未来に向けた打ち手を探るために役に立つのが、兆しという考え方です。
兆しは決して、既存のフレームワークの中にわかりやすく存在するものではありません。むしろその枠の外に点在的に弱く存在するものなのです。
ここで重要なのは、どのようにこの兆しを先行的に探索すればいいのかということです。デザインの知が教えてくれるのは、兆しの先行的な探索は、現場におけるフィールドワークによって得ることができるということです。
成熟社会においてこうした意味的価値がより重要になります。機能的価値から意味的価値への変化を端的に示している例がレコードの復活です。2010年代以降、レコード市場は復活の兆しを見せ、毎年その販売数と販売金額を増加させています。
デザインが得意とするのは、まさにこの意味的価値の創出です。デザイン研究者のクラウス・クリッペンドルフは、意味という言葉をタイトルにつけた『意味論的転回—デザインの新しい基礎理論』において、デザインとは物に意味を与えることだと定義しています。人はものそのものではなく、そこから生まれる意味に基づいて理解や行動をすると考え、デザインが持つものに意味を与える役割に注目したのです。
意味に注目したデザインの考え方としてロベルト・ベルガンティの『デザイン・ドリブン・イノベーション』も紹介します。ベルガンティはこの中で、意味のイノべ—ションという概念を提唱しています。イノベーションはテクノロジーやマーケティングだけで起こるのではなく、新しい意味を創出する意味のイノベーションとしても成立するのだという考え方です。
コンセプトの定義は様々ですが、共通しているのは抽象度が高い言語という点です。抽象度が高いというのは、1 つの言語が複数のことを説明できるということです。抽象の反対は具象です。具象というのは、特定のことを説明するための言葉となります。具象の言葉は1つのことを説明することはできますが、多様な対象に広がりを持つ宮葉にはなりません。コンセプトの最大のメリットは、1つの言葉を発明すると、その言葉が広がりを持って様々なところに展開するということなのです。
メタファーを使うことで、これまでの既存の概念に紐づけて新しいものごとの認識を生み出すことができます。
ペタン・ランゲージは、建築・都市デザインのためのツールとして生まれた独立した複数のコンセプトが全体を構成するという考え方です。コンセプトを組み替えることで、いろいろなかたちの全体像を柔軟に構成することができます。
ビジュアルと言っても多様な形があります。1つのかたちは、ダイヤグラムと言われるものごとの関係性を図で表すもの。もう1つはスケッチと言われる人物の絵や、その場で起こっている状況を簡単な絵で示すというものです。
ビジネスにおいて一番よく知られてるダイヤグラムの1 つは、2 恤4 象限マップです。恤を上下左右に2 つずつ取って4 つの象限に分け、それぞれの象眼の内容を.紀述するという図の一種です。言葉だけではなく、図にすることによって、その説明力は格段にあがります。
スケッチで最近よく用いられるのは、ストーリーボードと呼ばれるユーザーの体験を4コマ漫画のような表現で描くものです。このスケッチも写実的なスケッチを書く必要はなく、どんな人物がいて、どのようなことが起こって、どのような気持ちになっているのかを簡潔に表現します。
4章 施行・プロトタイプ
成果物の完成度を優先すると、結果として失敗した時のリスクが大きくなってしまいます。早く失敗し、学ぶことのメリットは、うまく行かなかった時のリスクを減らす効果があるのです。新しいことはなかなか最初からうまく行きません。何度か试仃錯誤を繰り返すことで、ようやく道が見えるものです。そんな状況では、時間をかけて大きく失敗してしまうことは不向きなのです。
デザインにおける試行・プロトタイプが教えてくれるのは、失敗も含めて試行錯誤を繰り返すことで、最終的により確度が高いものを生み出すことができるという考え方です。決まった成功法則が見えない不確実な時代においては、最初から成功を卩指すのではなく、航行錯證を重ねた方がより大きな成果に結びつくのです。
日本では時々「無謬性」という言葉を聞くことがあります。無謬性とは間違うことが許されない組織風土ということです。失敗の日を制定したフィンランドと対照的です。フィンランドの学生が懸念したように、無謬性が前提となった組織では、失敗に対する許容座がなく、新しいこと、の挑陇ができにくくなってしまいます。フィンランドから学べることは、 デザインキントレ論同様に、組織の文化も意識して変革していく必要があるということなのです。
日本の社会を覆う課題の1 つである正解主義について触れたいと思います。正解主義とは、ものごとには必ず正解と不正解があり、正解は一つしかないという考え方です。正解から外れたものは不正解であり、失敗であると考えられがちです。
試行・プロトタイプの考え方が示唆するのは、目の前の状況が変わっても、その場その場に応じて適応的に行動することによって、適切な道を進むことができるという行動原理です。特にものごとの初期の段階においては、まさに試行錯誤するように多様な方向性を試してみる。
そして、その試行錯誤から学び、次のステツプに進むという考え方が必耍になります。最初から完成度にこだわりすぎると、この最初の一歩を大胆に踏み出しにくくなるのです。
正解追求型と適応型の対比は、予測と適応という対になる概念で説明されることもあります。予測とはこうなるに違いないと想定し、 その想定を目安に肖動することです。予測に基づいて計画し、計画を最初から最後までその通りに遂行するという考え方です。
それに対して、適応とは計画は緻密に行わず、 周囲の状況や環境を見ながら、その埸の状況に合わせて行動し、行動の結果から生じたフィ—ドバツクをもとに次の行動に移るという考え方です。予測型のアプローチとは異なり、適応型のアプローチには明確な終わりがありません。常に状況に合わせた行動と、フィードバックに応じた次の行動がループして繰り返されるのです。
ビジネスの価値が、ものからサービスやソフトウェアに移行するに従って、その考え方を少しずつ変えていく必要があります。サービスやソフトウェアは、ものやハードウェアと違って、どこかで完成するということがなく、常に形を変えて進化していくものだからです。
海外のデザイン・ファームと仕事をしていた時に、日本の企業はサービスには終わりがないということを知るべきだと言われて、なるほどと思いました。サービスにはここで完成というものがないため、常につくり続けます。そのため、この試行・プロトタイプがずっと続きます。常に試行して、時にはうまくいき、時には失敗しながらサービスを新しいものに永続的に更新していく必要があるのです。
る「スプリント」という概念も同様に、ソフトウェアの文脈で生まれた試行的な概念です。スプリントとは短距離走のことです。まさに、 短距離走のように、短い時間で、最初から最後までプロセスを進めてみるという考え方です。
デザイ/ リ比界こま、この行ったり来たりを説明するイテレーションという概念があります。イテレーションを辞書で調べると反復という翻訳が出てくると思います。そこから転じてデザインでは前に進んだり戻ったりしながら検討を深めることを指す時に用いられます。
適応型のアプローチでは、試行のユニットを小さく分け、少しずつつくりながら前に進むという方法が用いられます。試行によってはうまくいったり、いかなかったりします。うまくいかなかった場合は、少し前の段階に戻り、別のルートを試行することになります。このような進め方をイテラティなプロセスといいます。
人類学者のクロード・レヴィ=ストロースは、このような手元にある有り合わせのものでつくることを「ブリコラージュ」という概念で説明しました。これはレヴィ=ストロースの長年のフィールドワークの中で見つけた人間と道具との関係性の1つの形です。
レヴィ=ストロースのこうした発想は、西洋近代文明に対する批判的な眼荒しから生まれました。レヴィ=ストロースがブリコラ—ジュと対比的に捉えるのはエンジニアリングです。エンジニアリングは全体設計がまずあって、その全休像を満たす機能を組み合わせながらものごとをつくります。
一方ブリコラージュは、全体像はなく、即興的に手元の材料と対話しなカらものことを形にするというアプローチです。レヴィ=ストロースが示したのは、西洋近代的な方法が先進的で、ブリコラージュの舞台となった非西洋社会が劣っている訳ではないということです。どちらの知のあり方も同等に現在に通用するものとして捉えることができます。
レヴィ=ストロースは、ブリコラージュに代表される知のあり力を、科学的な知に対して「野生の思考」と位置づけました。デザインにおけるプロトタイプはまさにこの「野生の思考」を最大活用したものです。
試行・プロトタイプにおいて、もう1つ大切なのは、デザインの行為をより広い領域に開いていく、オープンにしていくということです。デザインを専門家だけで行うのではなく、デザインの使い手や、デザインを提供する時に関わる人々を巻き込みながら行っていくという考え方です。
コ・テザインとは、「ともに」という意味を表す接頭辞の「コ」をデザインにつけたものです。すなわち、多様なステークホルダー関係者とともにデザインすることを表した概念です。
その結果、いろいろなメリットが生まれます。第1に、全ての関係者が当事者になるということです。第2 に、その結果人々に活力が生まれ、自立的で自発的な社会が実現します。
人々が開かれたデザインの力を使うことによって、その人に必・要なものが、その人自身によ
って生み出されるようになります。難しい課題は周りの人々と協調しながら乗り越えていきます。自発的な営みを周囲と協調しながら行うことで、自分たちが必要とする未来を自ら作り出すことができるのです。
複数の道があった時、それらを分析的に評価をして、どちらか選ぶという時代は過去のものになりつつあります。1つの背景は、一歩先に何が起こるかわからない不確実な環境の中では、現在の最適解は必ずしも未来の最適解ではない可能性があるということです。もう1 つの背景は、以前にも増して何かを実行するということのハードルが低くなっていることです。
5章 新しいワークスタイルを確立する
デザインの行動として、共感・エンパシー、統合・シンセシス、試行・プロトタイプを詳しく見てきました。次に行うべきなのは、こうした行動が標準的な祖織の振る蚱いとして仃えるような環境を整備することです。これがワークスタイルを公式化すると言っている背景です。
この章では、ワークスタイルの要素として、方法諦の明文化、プロジェクト化、多様なチーム、創造のための場所という項目で紹介していきます。いずれも、デザインの万法論を公式のワークスタイルとして定着させるために必要な要素です。
ペプシコの事例から学べるのは、ワークスタイルを公式化するということの重要性です。変革は勝手に起こるものでも、一人の個人によって成し遂げられるものでもありません。ペブシコの事例のように、リーダーが戦略性を持って着手し、組纖を挙げて取り組む必要があるのです。組織的な変革を実現した企業は、大きな成果を得ることができます。
ペプシコの事例は、デザイン部門を新しいかたちに変革し、戦略などの上流.丄程も含めた企業活動のあらゆる領域に関わってもらうというものでした。デザインのワークスタイルの導入は、デザイン部門に留まるものではありません。IT部門にデザインを導入し、組織全体のDXを推進することもできますし、経営企画や新規小業開発部門にデザインを導人し、ヒューマンセンタードアプロ ーチで新しい小業を創出することもできます。
6章 デザインの組織文化をつくる
デザインの組織文化が持つ特徴とはどういったものなのでしょうか?
まず最初に挙げられるのは、自発性です。組織のメンバーがそれぞれ自発的にものごとを考え、自分がやるべきことは何なのかを理解し、行動に移すことができるということです。指示を待つだけの人も、他人のせいにする人も少ないというのか
理想的なかたちです。この先にあるのが、自発的に考え行動する人同士が、お互いに損k寧し協調し合う組織の姿です。
2番目の特徴は、前向きでポジティブであるということです。この本でも触れて来たように、デザインは複雑な状況に向き合える方法論です。複雑で不確実な状況を目の前にして、その複雑さを全体的に捉え、その中から新しい可能性をポジティブに見出すことができるのがデザインです。
3番目の特徴は、未来がこんな世界だったらいいなというビジョンを大切にし、それを共有できるということです。広義のデザインは、それまでの造形力に加えて、新しい世界を構想する力によって構成されます。構想というのは、これまでにはない誰も見たことがない世界を想像し、かたちにするということです。
意思決定態度は、与えられた選択肢を分析的な方法で評価し意思決定するのに対して、デザイン態度は未来に向けて新しい選択肢を創出する態度とされました。
デザインの態度・マインドセットはこれまでのビジネスのものとは異なります。デザインに特徴的なマインドセットを組織に取り入れることによって、デザインの組織文化を情勢することができます。
デザイン研究者エツィオ・マンズィーニは、今まで通りのやり方に基づく「慣習モード」の時代から、常に自分で動き、新しいやり方を生み出す「デザインモ—ド」の時代に移っていると捉えました。
社会哲学者のイヴァン・イリイチは、こうした世界のあり方を「コンヴィヴィアル」という表現で示しました。イリイチは、学校や病院などの近代的な制度が人間の自立性や生さるカを骨抜きにしてしまったと批判します。こうした近代の弊害を乗り越え、人々が再び自立的な個人となることを意図して「コンヴィヴィアル」という概念を提唱しました。
大切なことは本を読んだり、情報を見ることだけではなく、そこから次の一歩を皆さん独自の形で踏み出してみるということです。デザインの学びは、既存の固定観念を批判的に捉え、楽しくポジティブに、自分たちがいいと思う未来を自分たちの手でつくれるということを教えてくれます。
ぜひ、この本をきっかけに、新しい世界への第一歩を進んでほしいと思います。続きを読む投稿日:2023.09.27
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