アメリカへようこそ
マシュー・ベイカー(著者)
,田内志文(訳者)
/角川書店単行本
作品情報
「幽霊語」を生み出す辞書編纂者の正義、儀式で絶命することが名誉な一家の恥さらしな叔父、社会に辟易しデジタルデータになる決意をした息子と母親の葛藤、幸せな日々を送る男の封印された終身刑の記憶、生物園の男と逢瀬を重ねる女、女王陛下と揶揄された少女の絶望と幸福の告白、空っぽの肉体をもつ新生児が生まれはじめた世界の恐るべき魂の争奪戦、合衆国から独立したテキサスの町「アメリカ」の群像悲喜劇、逆回転する世界に生まれた僕の四次元的物語――現代アメリカの暗部と矛盾、恐れと欲望、親密さと優しさ。奇想天外な世界の住人たちのリアルな情動に息を呑む、驚異的作品集。【目次】売り言葉儀 式変 転終身刑楽園の凶日女王陛下の告白スポンサー幸せな大家族出 現魂の争奪戦ツアーアメリカへようこそ逆回転訳者あとがき
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商品情報
- シリーズ
- アメリカへようこそ
- 出版社
- KADOKAWA
- 掲載誌・レーベル
- 角川書店単行本
- 書籍発売日
- 2023.03.08
- Reader Store発売日
- 2023.03.08
- ファイルサイズ
- 1.9MB
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この作品のレビュー
平均 4.5 (3件のレビュー)
-
13編の短編集なのだが、どれひとつとして読みやすい作品はなく、なかなかに読み終えるのに苦労した。つまらないから読むのに苦労したとかではなく、文章のクセが強くて苦労した。例えば、あとがきにも挙げられてい…る「ツアー」という短編は、ザ・マスターと呼ばれる伝説の娼婦とトラック運転手のカヴェを中心に描かれる物語。マスターは全国でギグを行い、そのチケットは超高額で抽選倍率も相当なものである。最終的にカヴェはマスターのギグを体験するのだが、その最中の描写は実際の快楽の度合いを表す表現として、カヴェの過去の記憶が延々と句点なしで数ページも続く。延々と数ページ。その合間に現実のマスターが語る哲学的な言葉が数行挟み込まれ、直接的な行為の描写も描かれる。もう、読んでいるこちらもカヴェといっしょにぶっ飛んでるような気分になる。いつまで続くんだ!と正直つらかったくらい。でも、全てを読み終えるとなんかもうちょっとだけ読みたい。ホントもうちょっとだけ。そんなクセが強く中毒性があるということは分かった、少し非現実性を混ぜた現実的な物語の数々でした。アメリカの社会や制度、生活などに詳しい方や興味を持っている方が読むと、ここに書かれている皮肉や問題や理想などを強く読み取って楽しめるのかもしれないなと思った。以下は楽しめた(?)作品を簡単に紹介しておきます。
「儀式」
70歳になる時に自らの死を決める儀式を行う世界。ガソリンを浴びて火をつける、薬物を飲む、飛び降り、餓死、拳銃を使うなど。その中で、最後まで生を全うしようとする人物がいる。周りからは奇異の目で見られ、恥とされる世界。人口が増えすぎたために行われる儀式がここでは描かれるのだが、現実への警鐘か?
「終身刑」
犯罪者は再犯率が高く刑務所に収容しても効果が見込めない。そのため、収監することを止め、代わりに記憶を消して日常に戻すようにした世界。刑の重さにより記憶消去の年数が変わる。この物語の主人公は41年間の記憶を消された男で、妻も子供もいる。全くの別人になってしまった生活を送りながら、過去の自分を知りたくなる。まるで人権を無視したような刑務所での環境よりも幸福をもたらすのか?
「スポンサー」
公私共に全てのものやことにスポンサーが付く世界。学校も企業も家も車もホワイトハウスも。結婚式にもスポンサーが大きく関わり、この物語では急遽冠スポンサーが倒産してしまったために式のスポンサー探しをする困難さが描かれる。格差を誰の目にも分かりやすく描いたこの世界は、全く安らかに過ごせない。
「魂の争奪戦」
生まれてくる赤ちゃんが空っぽである状況が全世界で起こる。魂がない。色々と調べるうちに出生率と死亡率に相関関係があるのではないかと考えられる。人口が増えすぎたために魂が制限されているのではないか?何とか人の子供が無事生まれることができるようにと、安楽死させるものと妊婦とを集めた施設を作り調整を試みる。出産の代わりに安楽死させることで、無事に成功させられるように。最初の数人は成功するが、確実ではなく失敗もしてしまう。その失敗の後、凄惨な事件が起きる。
「アメリカへようこそ」
合衆国内のあるひとつの街が独立する。その国名はアメリカ。合衆国と隣接する街。国境に検問所がないため旅行者は自由に入ることができ、初の移民を迎える。小さな国々とのサミットを開催し、マリファナの所持は合法、図書館には豊富な発禁本がある。独立に反対していた人物が兵士を率いて押し寄せた際にアメリカ大統領が負傷する。合衆国にはかつてのアメリカの精神はすでになく、平等や革新はいまやアメリカの精神になっている。そして、反対していた人物も国とは人のことだと認識してアメリカ人として過ごしていく。
著者には他に長編が2作あるらしいのだが、翻訳されたら懲りずに読んでみたい。続きを読む投稿日:2023.06.28
現代とアメリカ
「アメリカにようこそ」という書籍のタイトルは、この短編集に収められた一つの作品の邦題だけど、この短編集全体もよく表していると思う。
私自身はアメリカに何年か住んだことがあるけど、そこ…で感じた、表面上は温かみがあるように見えるけど実は人工的で書き割りのような社会の雰囲気をこの本を読んで改めて追体験したような気がする。
一部を除いてどの短編も、今より少し未来のアメリカを舞台にしていると考えるのが自然だろう。そして生と死が全体を通しての大きなテーマになっている。でもそれは単純な生と死ではなく、デジタル空間での生、皆に祝福される死、生と死の境目、死から生への逆再生のような様々なひねりが加わる。そこに物質主義的なエッセンスが加わることで現代のアメリカとの地続き感が強まる。全ての短編が生と死を扱う訳ではないけど、それ以外のテーマも移民やアメリカ的価値観そのものだったりする。
全ての短編に共通するのは違和感と抑制された解決。少し読み進めて「あれ、これってどういうこと?」とページを戻すことも多々あった。全てがわからないところも多い(と思う)。それが快感になっていくところも魅力。
翻訳者の後書にあるように文章は翻訳された日本語でも敢えて長くとめどなく流れていくところがあり、最初はとっつきにくさを感じる。描写した名詞をどんどん繋げていく手法はこの作家の得意とするところなんだろう。読み進むにつれて文体に慣れていくところもあって、中盤以降の作品の方が印象深くなっていくところもあるかも。
特に印象に残ったのは、以下の短編でした。
儀式
変転
終身刑
幸せな大家族
魂の争奪戦
ツアー
アメリカへようこそ
続きを読む投稿日:2023.05.06
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