ドキュメント 通貨失政 戦後最悪のインフレはなぜ起きたか
西野智彦(著)
/岩波書店
この作品のレビュー
平均 4.0 (2件のレビュー)
-
このレビューはネタバレを含みます
本書の著者は「ドキュメント日銀漂流」という本も出版されている「西野智彦氏」です。
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この方の前作の「ドキュメント日銀漂流」は、日本銀行の1995年の「松下総裁」から、2022年の「黒田総裁」までを扱っていましたが、今回の「ドキュメント通貨失政」は、1971年~1974年の「佐々木直」総裁時代を取り上げています。
この期間は、言わずと知れた「高度成長」真っただ中の、日本の黄金時代です。その中で中東戦争が起こり「石油危機」が招来します。
その転換期であったこの時の、政治と日銀の動きの舞台裏を、本書は実に迫真に迫る内容で描いています。
すでに当時から50年以上たっていますから、当時の関係者は鬼籍に入っている方も多いのです。
それを著者は、書き残した文書や著書、また財務省や日銀の史談録や、回顧録などを活用して、1971年に起きた日本経済の大混乱の様子を再現しました。
1971年の日本の当時の、総理大臣は佐藤栄作、アメリカ大統領はニクソンです。
そのリチャード・ニクソン大統領が、1971年8月に突然「ドルと金の交換停止」というテレビ・ラジオ演説を行いました。
その持つ意味が、日本ではわからずに右往左往します。
当時のアメリカでは、ベトナム戦争の巨額の出費もあり、恒常的な財政赤字に悩まされており、対外債務に対する金保有量の減少に耐えられなくなったのです。
当時の国家間の為替相場は、金で裏打ちされた固定相場でしたから、海外に流出したドルは、金と「交換の要請があれば応えなければならなかったのです。
当時の日本は、現在とは違って、経常黒字が続いているとはいえ、それは69年70年の2年間でしかなく、固定相場からの円の切り上げは、断固として阻止すると、政治も日銀も考えていたようです。
その時に起きていたのは、外為市場での、固定相場を維持するための、日銀の、大幅な円売りドル買いの動きです。
そこで、市場を閉鎖するかどうかで、関係者が動揺した結果、「待ち」で、そのまま市場を開き続けることになるドタバタの顛末が書かれているのです。
日本では、政府の政治家も、日本銀行も、円高は日本経済の危機につながると思っていたようです。
8月16日の「ニクソン声明」から、8月28日の「フロート移行」までに、日銀が行なった為替介入の総額は46億ドル。当時としては巨額の介入です。
日銀がその損失を被ることとなりました。
当然国会でも追及されます。しかし、当時の日銀は1㌦360円を堅持するということで、銀行や企業を引っ張っていましたから、為替差損を民間に押し付けることはできなかったと言っています。
そうなると、1971年夏に、市場を開け続けたことが、歴史的失策だったというのが、その後の日銀内での定説となっていると書いています。
この時代の金融政策は、日銀の専管事項ではありません。現在とは違って、政策金利は「公定歩合」という手段で決められていました。
「公定歩合」は、日銀によって検討され、大蔵省との調整を経て、正副総裁と理事による役員集会(通称マル卓)で、事実上決定されていました。
その後、日銀は0.5%の公定歩合の引き下げを断行します。「低金利の時代」の始まりです。
これにより、いわゆる「過剰流動性」の萌芽が生まれたと本書は指摘しています。
足元の経済力と照らし合わせた時に、どの程度の円ドル相場が適切なのかを判断する材料は、大蔵省も日銀も持っていなかったと書いています。
1㌦308円が不当な円高水準なのかはわからなかったのです。
日本全国に悲観論が広がる中で、日本の貿易黒字は増加の一途をたどり続けていました。
新平価を維持するための当局の円売り・ドル買い介入の結果、外貨準備高も上昇する中で、欧米の視線も厳しくなり、円の「再切り上げ論」が頭をもたげます。
こうした中で、内需拡大で黒字減らしを進めるために、一層の金利低下を図るべきだという意見が出てきます。
円切り上げの阻止という圧力の下で、追加利下げに向けた流れが加速していったとされています。
国内需要を増やすことにより、輸入を増やし、貿易黒字の削減をははかる「拡大均衡戦略」だったとされています。
日本が大幅な貿易黒字を積み上げる中、欧米の「円切り上げ」の圧力が強まってきます。
それを阻止しようと、黒字減らしのために「公定歩合」を下げる道に進みます。内需を拡大して、貿易黒字を吸収しようとしたのです。
そういう内部の動きを、本書は詳細に追いかけているのです。
1972年、田中内閣が誕生します。
中国との歴史的な「国交正常化交渉」を成立させた田中総理は、帰国時の記者会見で「円の再切り上げには、中小企業はとても対応できぬというのが現状であり、国内政策を行うべき」と発言します。
これは、「通貨高による輸出抑制」ではなく、「景気を刺激して輸入拡大」を図る戦略です。
この時の政治の世界では、「貿易黒字を解消するには経済基盤の拡大しかない」という考えから、「適度なインフレ」を起こそうと、財政のアクセルを踏み込んだとしています。
そして「日本列島改造ブーム」を背景に、土地の買い漁りが全国で広がり、実体経済が必要とする以上のカネが市中に存在する「過剰流動性」状態が、ついに出来上がったとしています。
日本の貿易黒字の拡大に対する、アメリカからの猛烈な圧力の下で、何としても「円切り上げ」を避けたかった日本政府は、景気を吹かすことによって国内需要を増やし、それによって輸入を拡大する。
そうすれば、貿易黒字が減少して、アメリカからの圧力もなくなるという考えだったのです。
しかしその結果が、その後起きた「狂乱物価」だったとは、何とも救いがありません。
貿易黒字が増大する中で、アメリカからは「円の再切り上げ」の圧力が強まります。
その中で、政治の世界では田中総理が「円の再切り上げは避ける」という方針を堅持します。
物価が高騰し始める中で、日銀は公定歩合を上げることを模索しますが、「円の再切り上げ」を阻止したい方針は、田中総理・大蔵省ともに同じでした。
この当時の日銀は、大蔵省の監督下にあったのです。
日銀側からは、何回か利上げをしようとしたのですが、補正予算を組んでいる時や、総選挙前はとんでもないとか、政府側が受け入れなかったと書いています。
利上げの検討が始まってから、半年近くの時間が経過して、やっと0.5%の利上げが実施され、その後物価の上昇の対策として、次々と0.5%、1%と利上げが続きますが、すでに遅かったのです。
物価の高騰が止まりません。
そんな矢先に、中東戦争がはじまり、オイルショックが襲来します。
狂乱物価となります。1974年2月の消費者物価指数は、26.3%上昇。狂乱物価は止まらず、1年以上にわたって2桁インフレが続きます。
本書は次のように指摘しています。
「円の切り上げを恐れるあまり、政府・日銀は、通貨膨張を見過ごし、引き締めのタイミングを誤まった挙句、日本経済をインフレと不況が併存する未曽有のスタグフレーションへと導いたのである」
この時代に小生は、リアルタイムに経験していましたが、この当時に政治と金融の世界でこのような動きがあったなんて、まったく知りませんでした。
その経過を、著者は、多くの資料から、まるでドキュメントのように再構成しているのです。
本書を読んでの驚きの一つは、この時代の狂乱物価の原因は、中東戦争によるオイルショックによるものではないということでした。
オイルショックは、狂乱物価の引き金にはなったのかもしれませんが、遠因は、ニクソン・ショック以来の為替管理政策の失敗にあるとしています。
そして、それ原因として「円切り上げ忌避」の空気がまん延していたことが挙げられているのです。
もう一つの驚きは、日銀が金利を上げようとしても、国会が開いているときはダメ、選挙がおわるまではダメと、政治からの制約で、思うように対応できなかったことです。
なるほど、その後の日銀が「独立性」を、絶えず希求していた理由にはこの経験があったからなのかと納得する思いを持ちました。
本書を読んで、「通貨政策」と「金融政策」は、普段は見えないし感じないものですが、実に経済に大きな影響をもたらすものかを理解できたような気がしました。
本書は興味深いですよ。ぜひ読むことをおすすめします。投稿日:2023.04.03
1970年代初頭のニクソンショックからスミソニアン体制を経て変動相場制となるまでの日銀の動きから見た金融政策。
日銀の独立が十分に担保されていなかった当時、政府、大蔵省の顔色を伺いながらの政策(公定…歩合)決定や通貨が切り上がることへの本能的抵抗感から、通貨・金利両政策が後手に回ったことにより列島改造論からオイルショックに至る狂乱物価を抑えられず、スタグフレーションを発生させるに至った経緯が発言録等により明らかにされる。
諸外国の的を射た(ているようにみえる)適時の対応に比べ、我が国の特殊事情に勘案したり当局の内部事情に足を取られ、対応が遅れたり小出しになるというのはバブル崩壊時もそうだったし、我が国の宿痾のようにも思われる。
遡れば日華事変もそうだった。
1ドル=360円から308円に切り上がったことは知っていたが、その後、今に至る変動相場制がいわば暫定措置として実施されたものとは気づかなかった。
特定郵便局の政治力を背景に利下げに貯金金利を同調させない郵政省の動きを見ると、郵政民営化には一定の理があったと思わされる。続きを読む投稿日:2023.05.11
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