これからの時代を生き抜くための 文化人類学入門
奥野克巳(著)
/辰巳出版
作品情報
「人新世」というかつてない時代を生きるには、《文化人類学》という羅針盤が必要だ。ボルネオ島の狩猟採集民「プナン」と行動をともにしてきた人類学者による、“あたりまえ”を今一度考え直す文化人類学講義、開講!!【内容】本書は、ボルネオ島の狩猟採集民「プナン」との日々を描いたエッセイ『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』が話題となった人類学者・奥野克巳による、私たちの社会の“あたりまえ”を考え直す文化人類学の入門書になります。シェアリング、多様性、ジェンダー、LGBTQ、マルチスピーシーズ・・・といったホットワードを文化人類学の視点で取り上げ、《人新世》と呼ばれる現代を生き抜くためのヒントを、文化人類を通して学んでいく一冊です。【構成】◆第1章 文化人類学とは何か地球規模の時間で人類を考える/「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」/ここではないどこかへ――外の世界を知り、己を知るための学問/異文化への関心と旅の時代――文化人類学はいかにして誕生したのか/現地調査と系図法の発明/人類学者マリノフスキとインディ・ジョーンズの知られざる出会い/フィールドワークによって描かれた『西太平洋の遠洋航海者』/藪の中のシェイクスピア/「自分に近いものはよく見えるが、遠く離れたものはよく見えない」/結婚と離婚を繰り返すプナン/多種多様な家族のあり方/近親相姦の禁止が「家族」と「社会」を作った!?/人間生活の現実を描く/人間の生そのものと会話する◆第2章 性とは何か自然としての性、文化としての性/さまざまな生き物たちの多様な性/正直者とこそこそする者の生存戦略/子殺しをするラングール/ボノボの全方位セックスは「子殺し」回避のため?/霊長類における発情徴候の有無/なぜ、ヒトには発情徴候はないのか?/生物進化の産物としてのホモセクシュアル/精液を体内に注入し男になるサンビア社会/複数の父親がいるベネズエラのバリ社会/セックスでは子どもはできないと考える人々/「性肯定社会」と「性否定社会」/「性の楽園」ミクロネシア/性を忌避するグシイ社会/女性の性器変工の是非/男性の性器変工に見る民主的快楽/死者と交わる儀礼的セックス/五つもジェンダーがあるブギス社会/近未来のセックス――宇宙でセックスすることは可能か?◆第3章 経済と共同体贈与と交換から人間の生き方を考える/狩猟採集民プナンの暮らしから/ランプの下で神話を聞く/歩く小屋の神話の謎/富を生み出すフンコロガシの神話/惜しみなく与えるマレーグマの神話/プナンの気前のよさはどこから来るのか/気前のよさと所有欲との葛藤/「ありがとう」という言葉を持たないプナンの人たち/プナンは平等であることに執拗にこだわる/喜びや悲しみもみんなで分かち合う/所有することの是非/気前のよいビッグマンがプナンのリーダー/ものを常に循環させる「贈与」/キエリテンの神話が語るリーダーの資質/糞便の美学/「ない」ことをめぐって/「贈与の霊」の精神が生み出すプナン流アナキズム/循環型社会の未来を考えてみよう◆第4章 宗教とは何か人間が人間であるために欠かせない「宗教」/なぜ卒業式をしなければいけないのか/挨拶という儀礼的行為/時間はどのように経験されるのか/時間は本来、区切りのない連続体だった/儀礼によって私たちは人生を生きる/時間の感覚に乏しいプナン/文化人類学の理論「通過儀礼」/東ウガンダの農耕民ギスの苛酷な成人儀礼/ボルネオ島先住民ブラワンは二度死体処理をする/バリ島民は海で泳がない/人間が人間であるためには/無礼講のコミュニタスが日常を活性化する/ヨーロッパ人の関心を掻き立てたシャーマニズム/脱魂と憑霊のシャーマニズム/世界各地に存在するシャーマニズム/シャーマニズムの弾圧と再評価/現代の都市住民のためのネオシャーマニズム/自閉症の少年を癒すシャーマニズム/二つの世界が往還するアニミズムの世界観/人とカムイと熊が一体となるアイヌのアニミズム/知られざる呪術の世界を分類してみる/邪術師は誰だ!?――邪術告発の事件/妖術は不幸を説明する/現代にも息づく呪術の世界/別の仕方で世界に気づく術ほか
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この作品のレビュー
平均 3.9 (11件のレビュー)
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社会学と社会人類学はかなりオーバーラップするところがあって、その違いってなんなんだろうと思い、手に取った。
どちらも常識の関節外しではあるんだけど、人類学分野はあまりにも遠回りというか、社会の前提とい…うより、文字通り人類のそもそもを問う学問という感じがして気が遠くなる。
どこにでも順応出来て冒険が楽しい人にとってはたまらないんだろうけど。
逆カルチャーショックを得るまでの過程があまりにも長いと私は思ってしまった。
P.130
インドネシアの民族・プナンは日ごろ、居住地やキャンプから少しだけ離れた森の中の「糞場」で、人目につかないようにして用を足します。州政府が、衛生政策として作ったトイレには目もくれません。それらは、吹き矢やライフル銃だけでなく、木材伐採キャンプから拾ってきた廃材や洗濯ものなどの物置になっています。
プナンは、糞場を通り過ぎる時、これは、昨日食べ過ぎた誰某のものであるとか、腹を下している誰某のものであると意見を述べ合うことがあります。
そのようにして、居住空間の近くにまき散らされた糞便は、他の狩猟キャンプメンバーの目にさらされ、品評の対象となるのです。糞便のにおいや色つやは、メンバーの食と健康の指標なのです。
ところである時、プナンの父子を町に連れていき、一緒にホテルに泊まったことがありました。部屋には、水洗式のトイレとシャワーが一体化したレストルームがついていました。
十五歳の少年は最初、レストルームの扉を開けっぱなしにして小用を足しました。その後、トイレを流さないで出てきました。私が扉を閉めてするように言うと、しばらくすると不機嫌な顔でレストルームから出てきました。
その後、父親と二人きりになり、息子のトイレの利用の仕方に話が及んだ時、彼は、他の誰かがすでに使った、狭く薄暗い密閉された空間で用を足すのを、好ましく思っていないという趣旨のことを話しました。確かにプナンのやり方から見れば、場所はどこにでもあるのに、みなが同じ閉鎖空間で用を足すというのは理解しがたいのではないかと、私は感じました。定住地でもトイレ利用がなかなか進まないことにも、同時に納得がいきました。
糞便処理に関しては、赤ん坊に対するそれが印象深いです。赤ん坊は、固形物を口にするようになると、糞便をするようになります。オムツ・オシメのたぐいなどはありません。赤ん坊が便を垂れ流すと、母親が猟犬のうち狩猟のうまくない犬(通称アホ犬)を呼び寄せます。イヌに赤子の肛門をなめさせて綺麗にするのです。イヌが赤ん坊の肛門をぺろぺろなめると、赤ん坊は気持ちがいいのとこそばゆいのとで、きゃっきゃっと騒いで喜びます。
P.136
プナンの親子と町に出かけたときのことです。町には大きな道が三本平行に走っていました。私は彼らに「その真ん中の道筋のちょうど真ん中あたりにホテルがあるから、どこかに出かけて帰ろうとする場合には、そのことを思い出してほしい」と教えました。
すると、大人たちは「その説明ではいったいどこにホテルがあるのかさっぱりわからない」と言うのです。そのうち一人は、「川はどこに流れていて、どっちが上流でどっちが下流なのか」と聞き返してきました。それで、私たちはまず、町の端に流れている川の岸に行って、そのことを確かめました。プナンには、上空から眺めて位置取りをする地図の想像力は備わっていなかったのです。
ここで見たように、なじみの薄い土地に長期間とどまって、参与しながら観察を行う文化人類学者は、「ある」べきものがないという、逆立ちした不思議な経験をします。そのことは、自称や現象をその根源まで立ち返って考えてみることの手がかりとなります。
P.159
私たち現代の日本人は、学生も社会人も常に時間に追われています。しかし、狩猟採集民は時間に追われるということはまずありません。
しばしば勘違いされやすいのですが、人類は狩猟採集を行っている時期、常に食べ物の不足に怯え、あくせくと森に分け入り、獲物を探していたと思われるかもしれません。そして、農耕や牧畜が始まり、食べ物をストックするようになって、飢えに苦しむ心配はなくなったという「進化」的な歴史認識を持っているのではないでしょうか。
マーシャル・サーリンズというアメリカの人類学者が明らかにしたことですが、実は狩猟採集民が狩りや採集を行うのは、非常にごくわずかで、それ以外の時間は休んだり、ゆったりと過ごします。ところが、農耕や牧畜になると四六時中、作物や家畜の世話をしなければならなくなり、むしろ忙しいのです。
P.200
アフリカのアザンデの人々は、暑い日中、穀物小屋の下でよく休憩をしています。穀物小屋は、長年のうちに柱をシロアリに食われて崩れることがしばしばあります。小屋がシロアリのせいで崩れるということは、アザンデの人たちもよく知っていることです。それにもかかわらず、人が休憩している時に穀物小屋が崩れて、下敷きになりケガをしたり、場合によっては死んだりすることがあったなら、それは妖術のせいだとアザンデの人々は言うのです。
「シロアリに食われて小屋が倒れた」という説明は「どのようにして小屋が倒れたのか」の説明になっています。英語で言うならば、「How」です。しかし、その説明では、なぜ、自分たちが休憩している日この時間、この場所で小屋が倒れたのかは説明されていません。アザンデの人たちが、「妖術によって小屋が倒れた」と言うのは、どうして倒れたのかではなく、「なぜこの時、この瞬間に倒れたのか」、英語で言うならば「Why」に対する回答ということになります。
合理的・科学的な説明に慣れた私たちは、なぜ小屋が倒れたのかと聞かれれば、それは「How」、つまりどのようにして倒れたのかと聞かれたと思い、シロアリに食われたからだと説明するでしょう。なぜ、この瞬間に起きたのかと問われれば、「それはたまたまだ。偶然だよ」と言う他ありません。
しかし、アザンデの人たちはそれを偶然とは考えません。この災いがちょうどある人物が休んでいる瞬間に起きたのは妖術のせいなのだ、と説明するのです。そのようにして納得します。こう考えると、アザンデの人々の説明もまた非常に理に適っている、合理的な説明であると言えるでしょう。
このようなことは、例えば、病気の告知などについても言えるでしょう。がんになり余命宣告を受けた時、人は「なぜ俺が」「なぜ私が」と問うでしょう。しかし、医師が説明するのは、病気がどのように発生し、進行しているのかということばかりです。なぜこの時、この瞬間に自分ががんになったのか、他でもない自分なのかという問いには答えていません。
科学的な指向だけを合理的で真実だと考えてきた私たちは、アザンデの人々が妖術をつうじて説明する「もうひとつの合理性」を忘れかけているのではないでしょうか。続きを読む投稿日:2023.06.08
このレビューはネタバレを含みます
性、経済、宗教などがテーマ。プナンはシェアの理念が根づいているからありがとうの言葉はない。というのが興味深かった。ピダハンを思い出す。
レビューの続きを読む
第4章の宗教ではバルネオ島先住民の複葬が出てくる。白骨化するま…で死体を安置する。
埋葬の仕方によって死の受け入れ方が変わってくるだろうとより世界の葬儀について知りたいと思った。
続きを読む投稿日:2024.02.16
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