夜に星を放つ
窪美澄(著)
/文春e-book
作品情報
かけがえのない人間関係を失い傷ついた者たちが、再び誰かと心を通わせることができるのかを問いかける短編集。
コロナ禍のさなか、婚活アプリで出会った恋人との関係、30歳を前に早世した双子の妹の彼氏との交流を通して、人が人と別れることの哀しみを描く「真夜中のアボカド」。学校でいじめを受けている女子中学生と亡くなった母親の幽霊との奇妙な同居生活を描く「真珠星スピカ」、父の再婚相手との微妙な溝を埋められない小学生の寄る辺なさを描く「星の随に」など、人の心の揺らぎが輝きを放つ五編。
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商品情報
- シリーズ
- 夜に星を放つ
- 著者
- 窪美澄
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春e-book
- 書籍発売日
- 2022.05.24
- Reader Store発売日
- 2022.05.24
- ファイルサイズ
- 1.2MB
- ページ数
- 224ページ
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この作品のレビュー
平均 3.6 (448件のレビュー)
-
あなたは、”もう何も失いたくない”と感じるような心の痛みを経験したことがあるでしょうか?
人は生きていく中で自分の生きる支え、希望のように感じている存在が誰かしらいると思います。いやそんなことはない…、自分は自分ひとりの力で生きている、そんな風に言える人は恐らくそんな存在に気づいていないだけだと思います。そして、失って初めて、その存在の大きさに気づく、その人にとって本当に大切な人とはそんなものなのだと思います。
しかし、この世は極めて不条理です。平穏な日常を送っていたはずが、
『私はどれだけ、親しい人を、近しい人を失えばいいんだろう。その不運に思わず躓きそうになる』。
そんな負の連鎖にいつ何時見舞われるか、それは誰にも分かりません。そして、人はそんな悲劇に見舞われても、悲劇の中に絡め取られても、それでも歩いていく他ない運命にあります。そんな時、それでも前を向く人を支えてくれるのも人です。新たな人との関わりの中で顔を上げて前を向く、そして一歩を踏み出していく、人はその繰り返しの中で強くなっていくのかもしれません。
ここに、そんなかけがえのない存在を失ったその先を生きていく人たちの姿を描いた作品があります。『私、弓ちゃんの分まで生きるからね。結婚もするし、子どもも産む』。そんな言葉の中に主人公たちが前を向く瞬間を見るこの作品。そんな人たちを見下ろすように『あれが双子座の星だよ。あの星は弓ちゃんと私』と輝く夜空の星たちを見るこの作品。そしてそれは、そんな主人公たちが『何があっても、どんなことが起こっても生きていかなくちゃ』と、それでも前を向く瞬間を見る物語です。
『アボカドの種から芽が出るかな』と『コロナの自粛期間』に『朝食で食べたアボカドの種をゴミ箱に捨てようとして』『ふとそんなことを思った』のは主人公の綾。そして、『スマホで、アボカドの種の発芽方法を調べ』『迷わず水耕栽培を選んだ』綾。そんな綾は『仕事の合間、仕事が終わったとき』、『麻生さんからのメッセージがないか』『日に何度も確認し』ます。『婚活アプリで恋人を探し始めて半年』、『去年の冬にやっとマッチングして、やりとりを始めて』、『コロナの自粛期間』前に『二度ほど食事をした』という『私より二歳上、三十四歳の麻生』。しかし、『フリーでプログラマーをしている』という麻生の忙しさがよく理解できないままに自粛期間となり会うことも無くなってしまいます。そして、自粛期間が明け、『初めて麻生さんの家に行った』綾の『隣に座ったまま何もしてこない』麻生を見て、『この人は本当に女の人に慣れていない』と思う綾。やがて、『アボカドの底が割れ、白い根のようなものが見えてきた』という夏休みにはそんな麻生と『泊まりがけで海に行』くようにもなりました。そんな海で線香花火をしている時、綾は『私、双子なの』『一卵性双生児。私がお姉ちゃん』と話すと『驚いた顔で』綾を見る麻生。そんな麻生に『二年前に突然亡くなったの』と続けた綾は『ほかの人には重いよね。ごめんね』と謝ります。そして、麻生が『手をぎゅっと握ってくれた』ことを『それだけでうれしかった』と思う綾。一方で『脳内出血で死んだ』双子の妹・弓のことを『あれから三年が経ったけれど』『ぜんぜん整理ができていない』と振り返る綾は、弓と同棲していた村瀬のことを思います。『その部屋にまだ住んでいる』という村瀬。場面は変わり、そんな村瀬から久しぶりに連絡を受けた綾は『今月の命日には、ごはんでも食べない?』と誘われ、再会します。『弓ちゃんのこと、まだ?』と問う綾に『そんな、すぐには忘れられないよ』と返す村瀬。そんな村瀬に『来月、また月命日に会わない?』と綾は再会を誘うのでした。そして、『デートとも、友人との飲み会とも違う、弔いの会』を始めた二人ですが、綾はふと、『村瀬君のこと、とらないでね』と弓に生前言われたことを思い出します。一方で、麻生から連絡が来なくなったことを心配する綾。そんなある日、『週末の電車のなかで』『赤ちゃんの泣く声』を聞いた綾はそちらの方に視線をやります。そうしたところ、そこには麻生と『隣には泣きやまない赤ちゃんを抱っこした髪の長い女の人』の姿がありました。『赤ちゃんの声は止まらない。心臓に針を刺されたみたいに痛かった』というその瞬間。そして、電車を降りた二人を追いかける綾。そした、改札の前に着いた時、『麻生さん!』『どういうことですか⁉︎』と思わず大きな声で話しかけた綾。そんな綾は…と展開していく最初の短編〈真夜中のアボガド〉。なんとも切ない物語の中にアボガドの成長がいい味で絡んでくる好編でした。
2022年7月、第167回直木賞に選ばれたこの作品。五つの短編から構成される短編集です。それぞれの短編間に繋がりはありませんが、書名の「夜に星を放つ」という言葉にある通り、各短編の中には星座や星の名前が登場することで、雰囲気感が揃えられた短編集というまとまりを持っています。では、そんな五つの短編の内容をご紹介しましょう。
・〈真夜中のアボガド〉: 『婚活アプリで恋人を探し』、『私より二歳上、三十四歳の麻生さん』と付き合い出した主人公の綾。そんな綾には二年前に亡くなった双子の妹・弓がいました。そんな弓と同棲していた村瀬と弓の月命日に会うようになった綾。一方で、ある日『赤ちゃんを抱っこした髪の長い女の人』と一緒にいる麻生を目撃した綾は後をつけます。
・〈銀紙色のアンタレス〉: 『僕は夏が好きだ』という主人公の真は、高校の夏休みに入り『海辺にあるばあちゃんの家』へと一人赴きます。早速、海に飛び込み『自由だああああ』『この場所が最高だ』と満喫する真。そんな時『同じマンションに住む幼なじみ』の朝日が『ここに来たい』とメールしてきます。一方で『小さな赤ちゃんを抱っこした女の人』と出会った真は…。
・〈真珠星スピカ〉: 『朝、起きて一階に下り』、『テーブルに座っていた』母親を見る主人公の みちる。しかし、母親は二カ月前に交通事故で亡くなっていました。『死んだ母さんが私の前に現れるようになっ』たという今。そんな母親は みちるの家事を見守ってくれますが、家の外には出られないようです。そんな みちるは、学校でいじめに遭い、保健室登校を続けていました。
・〈湿りの海〉: 『希里子の浮気から始まった離婚調停』の結果『いってきまちゅ』と言葉を残して三歳の希穂と希里子は家を出てアリゾナへと旅立ちました。一人になった沢渡は、会社の後輩の園部に飲み会をセットされ宮田という女性と知り合います。一方で、マンションの隣室に『シングルマザー。小さな子どもと二人暮らし』という船場が越してきて一緒に海に出かけることに…。
・〈星の隨に〉: 『小学四年生になった春に生まれた弟』の海のことが気になる主人公の想。『新しいお母さん』の渚のことを『母さん』となかなか呼べない想は、カフェを経営する父親との四人暮らし。どうして両親が離婚したのか知らない想は、『本当の母さんが決めた』中学受験に向けて塾へと通います。そんな塾への途中に『母さんが住んでいる』マンションが見えるのでした。
舞台も主人公の境遇もバラバラに展開する五つの物語の中で、私が最も印象深く感じたのが三編目の〈真珠星スピカ〉でした。そんな短編は、『朝、起きて一階に下りていくと、母さんがダイニングテーブルに座っていた』と何気ない日常が描写される中に始まったかと思うと、いきなり『母さんの口元は動いているが声は聞こえない』と違和感のある描写がなされます。そして、『幽霊、というか、亡くなった人は話すことができないのだ、ということがわかったのは、死んだ母さんが私の前に現れるようになってからだ』という、まさかのファンタジー世界が描かれていきます。一編目、二編目と全くそんなそぶりのない展開の中でのいきなりの『幽霊の母さんがそばにいる』という物語には間違いなく驚愕させられます。そんな母親の霊が、料理など家事をする みちるを温かく見守っていく様子が描かれていきます。母親の突然の死の後にも健気に父親と二人暮らしの日々を送る主人公の みちるが描かれる物語は、霊が登場するとはいえ、なんともほんわかした内容とも言えます。しかし、そんな みちるの家の外の日常が描かれ出すと物語は一気に緊張感を帯びます。中学生になり、『生まれ育った』町へと戻ってきた みちるは『いじめの標的』になっていました。『いじめをする生徒は蛇みたいなものだ。日陰にいる蛇が、こいつならいじめてもいい、という小動物を狙っている』とまさしくその標的になってしまった みちるは『保健室登校』の日々を送ります。そんな物語がまさかの結末を迎える物語は、ファンタジーの舞台背景を絶妙に活かしたある意味で究極の納得感を感じさせる中に終わりを告げます。『母さんのいない生活に少しずつ慣れていく予感がして、そのことが悲しかった』という切ない結末が描かれる物語。そんな物語には、『スピカ、って真珠星とも言うんだよ』と登場する春の夜に一際白く明るく輝く乙女座の一等星・スピカが絶妙にマッチするのを感じました。
そんな五つの物語は、上記した通りそれぞれの短編中に星座や星の名前が登場します。それは、単に物語の描写の一つというよりも一歩踏み込んで主人公が置かれた立ち位置を絶妙に描写していきます。例えば一編目〈真夜中のアボガド〉では、『脳内出血で死んだ』という弓のことを想う姉の綾が弓の同棲相手だった村瀬と月命日を共にする日々が描かれていきます。『恋人がいきなり死ぬ』経験をした村瀬、『双子の片割れが死んだ』経験をした綾という二人が『つらい気持ちでいるのは自分だけじゃない』という体験の共有の中で会話していく中に、そんな星座や星の名前が印象的に登場します。『あれが双子座の星だよ。あの星は弓ちゃんと私』と、『カストルとポルックス』を思い夜空を指差す綾。『まわりの星よりひときわ強く光りを放っているふたつの星』が、実際に正しい星々かどうかはわからないという綾。しかし、この描写が登場する短編の場面は、そんな正誤に関わらず、とても印象深い余韻を残してくれます。他の短編でも『あそこに見える星、あれってアンタレス?』、『スピカ、って真珠星とも言うんだよ』、そして『お盆の頃はペルセウス座流星群の時期なんだよ』と夜空の星々が印象的に語られるこの作品。全く異なる内容の物語が不思議と一体感のある物語として繋がっていくのを感じさせる、とても上手い構成の物語だと思いました。
“星は光を放ちますが、当然ながら同時に影も生まれます”と語る窪美澄さん。そんな窪さんは”人間も似たような存在で、善悪併せ持った多面体。だからこそ、登場人物のこの人が悪い、あの人は悪くないと決めることはしたくありませんでした”と続けられます。そんな窪さんの想いの先に生まれたこの作品では、姉妹、妻子、そして母親というかけがえのない存在をそれぞれの理由の中に失い、それによって致命的に傷つき、また戸惑いの中にいた主人公たちが、新しい環境の中でそれぞれに新しい人たちとの繋がりを通じて新しい人生への一歩を踏み出す様が描かれていました。そして、そんな彼らを見守るように天上の空に輝く星、星座の姿が印象深く描かれるこの作品。
新しい人生に歩み出す人たちの姿をそれぞれに見る極めて読後感の良い結末の中に、窪さんの優しい眼差しを感じた、とても印象深い作品でした。続きを読む投稿日:2022.07.23
窪美澄さんは好きな作家さんで、何冊か読んでいます。
この本は直木賞受賞ということで期待が大きすぎたせいか、あまり刺さりませんでした。可哀想な話が多くてもう少し希望が欲しかった。投稿日:2024.05.28
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