みみずくは黄昏に飛びたつ―川上未映子 訊く/村上春樹 語る―(新潮文庫)
川上未映子(著)
,村上春樹(著)
/新潮文庫
この作品のレビュー
平均 4.4 (53件のレビュー)
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【読もうと思った理由】
そもそもの購入理由は、村上春樹氏のことをもっと知り、苦手意識を払拭するためだった。ただ、いちど購入後すぐ読了し、そこから長編小説の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド…」と「街とその不確かな壁」を読み、長年に渡る村上春樹氏の苦手意識を完全に払拭できてしまった。なので、本書の感想もブクログに書いていなかったが、当時読みたい本がかなり溜まっており、感想を書くことを完全に後回しにしていた。そして何ヶ月も経過すると、内容を結構忘れかかっている。今ちょうど自分の中で積読本の解消期間のため、再読するならこのタイミングしがないと思い、再読するに至る。
【川上未映子氏って、どんな人?】
(1976年8月29日〜)
大阪府生まれ。「乳と卵」で芥川賞、『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、『夏物語』で毎日出版文化賞など受賞歴多数。『夏物語』は英、米、独、伊などでベストセラーとなり、世界40ヵ国以上で刊行が予定されている。世界でもっとも新作が待たれている作家のひとり。他の作品に『すべて真夜中の恋人たち』、『あこがれ』、『ウィステリアと三人の女たち』、『みみずくは黄昏に飛びたつ』(村上春樹との共著)などがある。
【村上春樹氏って、どんな人?】
早稲田大学在学中にジャズ喫茶を開く。1979年、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。1987年発表の『ノルウェイの森』は2009年時点で上下巻1000万部を売るベストセラーとなり、これをきっかけに村上春樹ブームが起きる。その他の主な作品に『羊をめぐる冒険』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『ねじまき鳥クロニクル』、『海辺のカフカ』『1Q84』などがある。
日本国外でも人気が高く、柴田元幸は村上を現代アメリカでも大きな影響力をもつ作家の一人と評している。デビュー以来、翻訳も精力的に行い、スコット・フィッツジェラルド、レイモンド・カーヴァー、トルーマン・カポーティ、レイモンド・チャンドラーほか多数の作家の作品を訳している。また、随筆・紀行文・ノンフィクション等も出版している。後述するが、ビートルズやウィルコといった音楽を愛聴し自身の作品にモチーフとして取り入れるなどしている。
【本書概要】
ようこそ、村上さんの井戸へ——
川上未映子はそう語り始める。少年期の記憶、意識と無意識、「地下二階」に降りること、フェミニズム、世界的名声、比喩や文体、日々の創作の秘密、そして死後のこと…。初期エッセイから最新長編まで、すべての作品と資料を精読し、「村上春樹」の最深部に鋭く迫る。10代から村上文学の愛読者だった作家の計13時間に及ぶ、比類なきロングインタビュー。
【感想】
いや〜、しかし川上氏って、村上春樹氏の知識が半端なくすごいんだと、若干引いたのを再び思い出した。作品の内容を村上氏本人より、圧倒的に知り尽くしている。そう、僕が引くぐらいに。本当のファンの人って、こういう人を言うんだなぁってまざまざと感じた。僕もそういうタイプなので、村上氏の気持ちは凄くよく分かる。何のことかというと、一度その仕事が終了し、次の仕事に取り掛かると、以前に取り組んだ仕事のことは、どんどん忘れていく。過去書いた作品の登場人物のことで村上氏が「あれっ、誰だっけ?」というと「〇〇さんですよ」と言うツッコミが、川上氏から入る。インタビューはだいだいそんな感じで、アットホームな雰囲気で進められる。
本書は470ページ弱あり、本来であれば決して薄くない本だ。だが、ファンである川上氏が村上氏にインタビューをする形式なので、この上なく読みやすい。村上春樹氏のことを書いたエッセイ及び対談本は、この本を読む前に二冊(「職業としての小説家」と「村上さんのところ」それぞれの本の感想欄に感想も書いてます)既に読了しており、村上氏の人物像はけっこう把握出来ていた。
ただロングインタビューなので、とうぜん新しい発見や気づきも多い。再認識したことだが村上氏は小説に対しては、この上なく真摯に、そしてこだわりを持って取り組んでいる。職業としての小説家や村上さんのところにも、推敲に関して書いてあったが、本書でも推敲に関して触れている。
書き直しに関してだけは、唯一自慢出来ると、村上氏は話していた。また第一稿を書くときには、多少荒っぽくても、とにかくどんどん勢いに任せて片っ端から書いていくんだと。ただそれだと、話がとっ散らかって矛盾するけど、気にせず書いて後から調整すれば良いと。大事なのは自発性なんだと。なぜなら自発性だけは、技術では補えないからと言う。
実はこの話を学んでから、仕事で文章を書くときや、ブクログで感想を書くときにも応用している。村上氏の言う様に、まずは話の整合性など一切気にせず、思いつくままに書いている。ある程度、頭の中にある書きたいことを書ききってから、そこから推敲に移っていく。そうしないと、文章に勢いがまったく出ないのだ。なので、最初に頭の中で整理してから書いた文章を後から読んでも、まったく面白くない。
本書でもみっちり書いているが、文章を書くということに関して、村上氏は本当に好きなんだと断言している。自分が好きな文章を書いて、生活できている。最高じゃないかと。「好きこそ物の上手なれ」とは、物事を上達する秘訣だと、再認識できる本だと思った。けど、好きなことを仕事に出来ている人などほんの一握りじゃないかと、おっしゃる方が多いかもしれない。いま取り組んでいる仕事が好きになれない方は、以前感想を書いた「人間の建設」に、養老孟司氏と岡潔氏の考えを融合した考えを書いています。気になる方はご覧くださいませ。
実は本書で、めちゃくちゃ日常生活で使える技を教えてくれている。以下だ。
村上氏は本書で、文章を書くときのコツを伝授してくれた。それはたった2つしかないんだとか。一つは会話に動きを生み出すことだと言う。具体的に例を出してくれている。ゴーゴリーの「どん底」という小説で、乞食(コジキ)が話している。「おまえ、俺の話、ちゃんと聞いてんのか」って一人が言うと、もう一人が「俺はつんぼじゃねぇや」と答える。※つんぼとか乞食は今は差別用語で使えない言葉だけど、昔は使っても良かったと村上氏はフォローしている。
これが普通の会話なら「おまえ、俺の話聞こえてんのか」「聞こえてら」で済む会話だ。でもそれだとドラマにならないという。「つんぼじゃねえや」と返すから、そのやり取りに動きが生まれるんだと。単純だけどすごく大事な基本なんだと。実はこれが出来ていない作家が、世間には沢山いると村上氏はいう。
また2つ目は比喩表現だという。チャンドラーの比喩で、「私にとって眠れない夜は、太った郵便配達人と同じくらい珍しい」というのがある。これがもし、「私にとって眠れない夜は稀である」だと、読者は特に何も感じない。すっと、読者に読み飛ばされてしまう。でも、「私にとって眠れない夜は、太った郵便配達人と同じくらい珍しい」というと、「へぇー!」っと思う。「そういえば太った郵便配達って見かけたことないよな」みたいに。それが生きた文章なんだと。そこに反応や動きが生まれる。「つんぼじゃねぇや」と「太った郵便配達人」、この二つが村上氏の文章の書き方のモデルになっているんだという。そのコツさえつかんでいれば、けっこういい文章が書けると、村上氏は話していた。
この二つのコツを読んだときに、文章を書くこととコミュニケーションは、本当に似ていると再認識した。比喩は「たとえ話」とも言い換えられる。ある芸人が昔言っていたが、トークが面白い人は、もれなく「たとえ話」が面白いと。また「武士道」の感想でも書いたが、アインシュタインの名言で「6歳の子供に説明出来なければ、理解したとは言えない」というのがある。この名言の本当に伝えたいことは、難しい内容や専門知識を、いかに素人の人でも理解できるように、分かりやすい言葉に変換して伝えるということだ。分かりやすい言葉に変換するときに、例え話を活用すれば、より納得感が得やすい。
実はコミュニケーション本にも例え話を会話に活用することは、よく書かれている。なるほど。それを文章を書くときにも流用すれば良いんだ。今回めっちゃ良いことを教えてもらった。いきなり明日から実践投入していこうと思った。
また村上氏は文章を書く練習として、牡蠣フライについて書くことは、非常に難しいので練習になるという。具体的には、牡蠣フライがどんなふうに美味しいか、どんなふうに揚げるときにジュージューという音が美味しそうに響くかとか。それをできるだけ文章で、ありありと書き込む。それは村上氏にとって、文章を書くための大事な訓練だと言っている。
この部分を読んだときに、そりゃ、村上氏はいつまで経っても文章力がアップデートされ続ける訳だわと、感服した。牡蠣フライのことを具体的に文章に書こうとするなんて、年がら年中、文章のことをずっと考えてないと、そもそも思いつきもしない。つまり村上春樹氏は、何十年にも渡って、毎日どうやったら文章が上手くなるのかを常に考え続けているということだ。
以前「ヒエログリフを解け」の感想にも書いたが、天才と呼ばれる人は例外なく、一つのことに何十年も集中して取り組み続けている。ニュートンも、アインシュタインも、養老孟司氏も、そしてもちろん、村上春樹氏も。だからだろう、アインシュタインの以下の名言が染みわたる。「私は、それほど賢くはありません。ただ、人より長く一つのことと付き合ってきただけなのです。」
【雑感】
次は、「文学の淵を渡る」を読みます。この本は、大江健三郎氏と古井由吉氏の対談本だ。実は二人を知ったきっかけは、伊坂幸太郎氏が編者として携わったアンソロジーだ。(「小説の惑星」という本です。)実はこの二人とも短編を数本しかまだ読めていない。古井由吉氏と大江健三郎氏は、僕が今後、真剣に読んでいきたいと思っている作家だ。
大江健三郎氏はノーベル文学賞を受賞しているので著名だが、古井由吉氏はどちらかというと、知る人ぞ知る作家だと思う。この方は僕のような素人ではなく、プロの作家が次の新作を心待ちにしていた作家だったらしい。(詳しくは、平野啓一郎氏の「小説の読み方」の感想に書いています。)あの伊坂幸太郎氏が、古井由吉氏の「先導獣の話」を読んで、完璧な小説と絶賛していた。(「小説の惑星 ノーザンブルーベリー編」)
ただこの本、パラパラと読んでみたが、二人が過去に読んだ日本の作家の感想をメインで語っている。その作家が、僕がまだまだ手を出せていない近代の作家が多い。なので、近代の作家をある程度読んでから手を出す方が良いかなとも思った。だがそうなると、この本を読めるのが数年後になってしまう。それなら積読本解消のこのタイミングで、読んでしまおうと思った。続きを読む投稿日:2023.08.06
単行本で読んでいたが、文庫版のためのちょっと長い対談が読みたくて、文庫版で読んだ。村上春樹が文章以外にラジオでの活動、父親のメモワールを書いた経緯などが分かって良かった。
投稿日:2024.05.09
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