多田駿伝~「日中和平」を模索し続けた陸軍大将の無念~
岩井秀一郎(著)
/小学館
作品情報
戦後日本人はなぜこの男の存在を忘れたのか。
「圧倒的な事実で迫る昭和秘史」――古川隆久・日本大学教授推薦
昭和13年1月15日、首相官邸において「大本営政府連絡会議」が開かれた。蒋介石率いる中華民国との和平交渉を継続するのか、それとも打ち切って戦争に突き進むのか、日本側の最終決断がいよいよ決せられようとしていた。近衛首相、廣田外相、米内海相らが居並ぶこの会議で、たった一人「戦線不拡大」を訴えたのが、参謀次長・多田駿だった。
「声涙(せいるい)共に下る」――多田は、日中間で戦争をすることが両国民にとっていかに不幸なことであるかを唱え、涙ながらに日中和平を主張したという。しかし、その意見が受け入れられることはなく、以後日本は泥沼の日中戦争に嵌っていくことになる。
陸軍屈指の「中国通」として知られ、日中和平の道を模索し続けた多田駿。だが、これまで評伝は1冊もなく、昭和史の専門家以外にはその名を知る人はほとんどいない。
「多田駿とは何者か?」著者はその疑問を解くために、厖大な数の文献を読み漁り、遺族を訪ねて未発表史料を発掘しながら、その足跡を丹念にたどっていく。
戦後日本人が忘れていた一人の“良識派”軍人の素顔がいま初めて明らかになる。
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この作品のレビュー
平均 4.6 (5件のレビュー)
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1937年の盧溝橋事件後も戦争の不拡大を主張した中国通で知られた陸軍中将・多田駿参謀次長の名前を覚えている人はそう多くない。結局,不拡大の方針は採られず,近衛文麿は「国民政府を対手とせず」の声明をだし…てしまったからだ。また東條英機とも対立し,太平洋戦争前には予備役に編入されたことも関係するのかもしれない。盟友の石原莞爾は有名だが,それとの関係で言及されることもほとんどないように思う。
実はこの多田駿のご子息である多田顕先生は,千葉大学から大東文化大学に移って,また日本経済思想史研究会でもご一緒させていただいたこともあり,よく存じ上げていた(1996年に逝去)。ご自身のお話はほとんどされたことはなかったように記憶しているので,お父上がこのように立派な軍人さんだったとはまったく知らなかった。
本書は多田駿の事績に留まらず,それを支えた思想にまで踏み込んだ本格的評伝である。続きを読む投稿日:2017.08.17
このレビューはネタバレを含みます
多田駿の名前は参謀次長として聞いたことはあるが、ぞの前後での活躍は見た覚えがなく、どのような人なのか気にはなっていたが知りようがなかった。
レビューの続きを読む
だからこの新鋭の作家によって、まさに伝記が発刊されたのを…知り、喜ぶと同時に地味なこの人の伝記におもしろいところはあるのだろうか、と余計な心配もした。
この本の一番の読みどころは、まさに次長時代の話で。蒋介石国民政府を相手にせずの近衛声明に表された交渉打ち切りに最後まで反対したところだろう。政府、外務大臣、海軍、陸軍大臣、参謀本部内の拡大派を相手に立ち向かったが敵わず、その後の南京攻略など対中戦争が激化泥沼化したが、唯一の反対派が陸軍参謀本部だったのだ。海軍の米内大臣も強硬派だったのだ。ここは大事な事実で、今までの陸軍悪玉海軍善玉論の小説、解説書では出てこない話である。初めてこの本で明示されたのではないだろうか。
また、石原莞爾とも先輩後輩で仲が良かったなども興味深いところである。
この作家は、多田駿の孫を探し出して話を聞き、遺品や遺稿など所蔵品を多く見ているので素晴らしい力作になったと思う。今後も大いに期待したい。続きを読む投稿日:2020.09.05
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