【感想】行為主体性の進化

マイケル・トマセロ, 高橋洋 / 白揚社
(1件のレビュー)

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  • 行為主体性の進化に伴う「注意」や「経験」の変化

    2度目の満票MVP受賞発表で、愛犬のデコピンと息のあったハイタッチを交わした大谷選手。
    気持ちが通じ合った瞬間のような一コマだが、本書でもある通り、状況を客観視できるのは人類が獲得したスキルの一つ。
    犬と人間、同じ環境を共有していても、本来であれば「おのおの異なる世界のもとで、異なるシャボン玉に包まれながら生きている」。
    トカゲの場合なら、トカゲが知覚する必要のあるもの以外は、存在しないも同然。
    環境に適応しているとはそういうこと。
    だから『白亜紀往事』の恐竜と蟻の共生なんて起こりようがなく、お互いに知覚すらできないはずだ。
    著者はこれを「経験的ニッチ」と呼び、行為主体性の進化に伴い、経験的ニッチも根本的な変化が起こってきたと語る。
    もしハイタッチをした相手がチンパンジーや代理人の子どもだったらどうなるか?
    仮に大谷がわざと、ハイタッチの手をズラして空振りさせたとしたら、人間の子どもなら「自分の役割を果たしていない」と抗議するだろう。
    しかしチンパンジーなら抗議の意思を示しさえせず、あっちを向いて勝手な行動を始めるだろう。

    これまで生物の行動を説明する際、刺激と反応といった用語のみで語られることが多かった。
    だが、行動制御の起源を辿っていくと、段階的に進化してきた様々な行為主体性が、それぞれのステージで新たな経験を生み出していったことがわかる。
    爬虫類は、意思決定を下す目標指向的行為主体として活動し始めることで、能動的に外界に働きかけて自己の目標を追求し、基準値を維持する過程で、好機や障害からなる状況という観点から世界を経験するようになった。
    次の哺乳類は意図的行為主体として活動を始めることで、外界を感知するだけでなく、心理的な実行層の働きを通じて、自己の行動や知覚を意識し経験できるようになった。
    こうした行為主体性の進化をもたらしたのは、生態的なニッチの新奇性や不確実性の増大、社会的ニッチの出現で、刺激と反応に基づいた行動では対応できない状況の出来が、選択圧として機能した。
    また、生物のある行動が「生得的な」なものか「学習された」ものなのかがよく議論されたが、単純に言い切れないほど複雑な混合であることも示される。

    謎に満ちた意識も、行為主体性の進化の観点から捉えると像を結びやすい。
    意識的経験を生むメカニズムを理解するためには、注意を理解する必要がある。
    刺激のみに駆り立てられれば、注意のプロセスは働かない。
    目標指向的な行動をとるようになってはじめて、目標に関連する状況に注意を向ける必要がある。
    しかしトカゲなどの爬虫類が持つ注意は、視覚や聴覚に依拠した外界の状況に対して向けられたもので、哺乳類のように自己受容感覚に依拠した、内的に自己の行動や知覚に対して向けられたものではなかった。
    さらにその次の大型類人猿になると、それまでの哺乳類が自覚的に意識できなかった、自己の行動実行に関する意思決定や認知制御にも注意が向けられる。
    行動する意図が生み出されてはじめて複数の計画を比較検討し、柔軟に行動が制御されるようになったが、自分がそうしていることを意識するという心理プロセスは働かなかった。
    初期人類になると注意の対象は、自分だけでなく、自己の目標に関連する状況や、ペアを組むパートナーの視点や役割をも考慮されるようになる。
    共同注意、つまり共通する目標を追求するため、パートナーとの間に注意の共有が起こるのだ。
    相手の視点に立ったり、身振り手振りでパートナーの視点を共同注意へと向けさせたりできる。
    互いの視点をシミュレートし整合させるという認知スキルを持たない大型類人猿が、他個体との協同生活を営むように進化できなかったのは、協力し合おうとする動機がなかっただけでなく、「あなたは私が知っていることに気づいている」というような、入れ子式の再帰的な心的連携能力を欠いていたためだ。
    この自己の視点の中に他者の視点を入れ子状に組み込むことによって、初期人類は社会的に新たな心理を生み出した。
    それは、公正さや社会道徳といった規範的な態度である。
    相手も自分の注意や経験を共有していることを知っていて、自分が知っていることも相手が知っているという再帰的な認知の入れ子構造により、すべては互恵的になり、お互いへの経緯や責務が生まれ、より規範的になる。
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    投稿日:2024.02.29

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