【感想】ストーリーが世界を滅ぼす―物語があなたの脳を操作する

ジョナサン・ゴットシャル, 月谷真紀 / 東洋経済新報社
(41件のレビュー)

総合評価:

平均 4.0
17
7
8
3
1
  • 物語を完成させるのは私たち

    物語にはパラドックスが満ちている。
    人をなびかせる物語の力は、赤の他人同士を強く結びつけ、大きな団結を生む共感推進装置だ。
    では、かつてなく物語があふれている現在、私たちの共感の量はそれと同じだけ増えただろうか?
    実は、物語が生み出した共感は、「私たち / 彼ら」の境界線をぼやかすことではなく、それをくっきりと際立たせる。
    同胞の苦しみと困窮に強い共感でつながっているからこそ、敵を罰する動機が生まれ、それが正当化される。
    物語は、共感の数だけ非情さも生む。つまり、物語は共感を生むと同時に憎しみも生んでいるのだ。

    物語の持つ道徳主義も同じ。
    どんな物語にも誰もが同意できる道徳的なメッセージが込められていて、不道徳を称揚する物語など見つける方が難しいのだが、主人公が反社会的な敵役に対抗して集団をまとめるという道徳的な構造もまた、敵や脅威に対しては容赦なく抹殺しなければという筋に転嫁していく。
    こうなると共感や道徳が本当に良いものと言えるのか疑問に思えてくる。

    人間は物語なしに生きられない。
    そう、ドラッグと同じで、私たちの心を狂わせ、残酷に走らせているのは物語が原因だ。
    私たちをそれぞれ異なる現実の中に閉じ込め、社会に分断と不信と憎しみの種を蒔いているのも物語が原因だ。
    であるならば我々は、「どうすれば物語から世界を救えるだろうか」、「どうすれば物語から毒を抜き出すことができるだろうか」と著書は問う。
    結論は仰け反るほどしょうもないもので、罪を憎んで人を憎まずではないが、物語を憎んで語り手を憎まずって、なんじゃそら!?

    読んでて強く感じたのは、ストーリーテリングの能力を魔力だと言って過度に重要視しすぎている点。
    本書にも出てくる聖書には、殺人など残虐で不道徳な描写は満載だし、わが闘争など、その中で驚くほど明け透けに大衆動員のテクニックが披瀝されている。
    著者が"でかメガホン"と隠喩のように語るトランプ前大統領も、本人自身がまさか自分が大統領になれるなんて最後の最後まで半信半疑だったというのだから、物語の力は語り手からではなく受け手によって持たされるところが大きい。
    物語を完成させるのは、フィクションであれば作者ではなく、私たち読者なのだ。

    物語の危険性も誇張し過ぎで、言葉やイメージに過度に真を置いている印象が拭えない。
    先日読んだ『教養としての意識』の中でダマシオは、心や意識の存在を説明するのに、神経の活動という観点からのみに頼ろうとすることが、「意識は説明不能な謎である」という思い込みを助長してきたと語り、神経系のみに偏重した理論を「無益な試み」と切って捨てている。
    意識が、神経系を持つ生物にしか生じないのは事実だが、同時に意識がそれ以外のさまざまな身体部位との豊かな相互作用が欠かせないこともまた事実なのである。
    私たちの心が物語によって作られ、狂わされ、社会に不満や権力闘争を生んでいるという本書の主張は、一面的に過ぎる。
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    投稿日:2022.11.19

ブクログレビュー

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  • ms06f2

    ms06f2

    雰囲気のようなものに飲まれないで自分の頭で考えましょうという内容の本かと思いました
    興味深いけど難しい本

    投稿日:2024.04.02

  • 充実大豆

    充実大豆

    人間は物語から離れることは出来ず、物語に踊らされていることにも気付かず生きていることの危険性について。

    創作物に限らず、ニュースやSNSの投稿まで全ては物語であり、しかも人間は自分に都合の良い物語に解釈してしまう習性がある。
    『現実よりも痛快でわかりやすく描かれた物語に入り込み、退屈で道徳的にあいまいな現実の世界より仮想現実のほうが暮らしやすいからという理由でそこから出ようとしない。』

    善と悪がわかりやすい陰謀論で主人公になっている人や、SNSの投稿にやたらと怒ったりしている自分を思い出すと、物語の奴隷になっていたと思う。
    わかりやすい物語に振り回されている時が一番楽だけど、そのことを自覚する必要があり、その上で別の角度から考えることを繰り返さなければいけない
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    投稿日:2024.03.20

  • moyu

    moyu

    For sale: baby shoes, never worn
    世界で一番短い小説。
    全て語るのではなく、読み手に想像させる。

    人に影響を与える事で一番大きなパワーがあるのはストーリー、
    ストーリテリングが人を動かしたい人が身につけるべきスキルなのかも。


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    投稿日:2024.02.15

  • honnyomimann

    honnyomimann

    「物語」をテーマにした本.銃乱射事件,反ワク,テロ,ホロコースト,宗教,芸術…これら全部に「物語」が関わっている.
    物語は人間は互いに意思を疎通し協力し合うための強力なツール.物語は複雑な現実を単純化する.結果,人々は各々の限られた認知能力の中で誰が敵で味方かと言った世界観を共有することができる.だからこそ地球の覇者になれた.
    しかし昨今では物語が災いを招く事が往々にして起きている.陰謀論に取り憑かれ悪を懲らしめる正義というナラティブに侵された殺人犯による銃乱射事件.反ユダヤ主義を掲げたホロコーストなど.

    2024年1月,世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書は「誤情報」を最大のリスクとして報告した.
    これも”物語”がもたらす負の側面が与える影響を憂いてのことだろう.
    情報通信技術は物語を世界中に伝播するコストをほぼゼロにした.ポピュリズムの台頭,民族衝突,侵略戦争,感染症の世界的な流行,急進的技術革新など,人々を分断に陥れうる物語を生むさまざまな要因が今日散見される.また,この状況の中で自らの目的の達成を企む個人や組織,国家もいる.
    人間の認知空間は陸海空,宇宙,サイバー空間に変わる新たな戦場だという主張を読んだことがある.これはまさに物語を駆使する戦争.

    「誤情報」を無視できないリスクとせざるを得ない土壌が出来上がっているのは明らか.

    今に始まった事ではないが物語を語る者に全幅の信頼をおかず,
    また耳に入る物語を逐次疑い,批判する心構えがより一層必要となる.
    ただその検証は物語を語る自分自身にも当てはめないといけないし,あらゆる物語全てを疑うことは大変な知的体力を必要とする.簡単なことではない.

    また,似非科学信奉者やカルト宗教信奉者といった
    自分にとっては不可解な人がどうしていなくならないだろうかという
    疑問の答えも得ることができた.
    ・物語は人類にとって必要不可欠である
    ・宗教や似非科学は物語の一種である.
    ・ゆえに宗教や似非科学は人類に必要不可欠である
    ということなんだろう.
    「宗教や似非科学に類されない物語」だけを人類が受け入れる事ができれば,
    3点目は成立しないことになるが,それは現実されていないし,これは
    筆者が述べている「物語から毒性だけを抜くことはできないのか」という問いと,
    それは不可能だろうという答えとも一致する.

    現実の複雑さや退屈さ不合理さに対する許容度が高いか低いかは個人差(性格,知能力)があり,
    この許容度が低い人ほど,上述の物語に溺れてしまうんだろう.
    そうなってしまうと客観的エビデンスを伴った主張すら聞く耳を持たない状態になってしまい,
    真実かどうかであることより,自分が信じる観念的世界に対して耳触りが良いかどうかの方を優先してしまう.
    因果関係のないAとBを無理くり繋げて痛快で腹落ちする物語として認識してしまう.そうして世界の認識がさらに歪む.
    無論,自分自分もある分野に対してはそういう傾向があるはずであるという謙虚さはもたねばならない.

    全ての結果には,筋の通った原因がある
    悪は必ず懲らしめられる.
    xxxxは悪で,xxxxは正義である.
    努力は絶対に報われる
    自分が報われないのは,誰かの陰謀のせい
    これら公平世界仮説も人間の物語によって生み出された産物であり,現実世界とは一切関係がないものと割り切らないといけない.

    あと自分は美術館に行くのが好きだが,この本を読んで,「ああ自分はある種の物語を接種したいだけなんだな」ということに気づいてしまった.ちょっと覚めた.


    =========================================
    漫画家や映画監督,映像ディレクター,そしてスポーツ選手も「物語をつくる」ことで莫大な対価を得ている.

    物語=あらゆる情報を保存し伝承する手段

    ナラティブの最大の秘術として混乱を秩序に,狂気を意味に変える物語
    →一見筋の通った物語(ナラティブ)は本来あるはずの混乱や秩序が隠されている

    ”私たちが音楽,彫刻,絵画,舞踏を愛するのはストーリーテリングへの熱中が形を変えたものと言っていい”
    →美術館に赴きたい気持ちを抱くのは物語を欲しているから

    ”ストーリーテリングは人類にとって必要不可欠な毒”

    ”現実よりも痛快でわかりやすく描かれた物語に入り込み,退屈で道徳的にあいまいな現実世界より仮想現実の方が暮らしやすいからという理由でそこから出ようとしない,体験型ゲームに耽溺しやすい人間というものの性向を.私たちは個人レベルでもっと自覚する必要がある”

    ナラティブ…事実とフィクションの間に横たわる得体の知れない谷

    シオン賢者の議定書
    →筆者曰く「世界中の悪いこと全てをユダヤ人のせいにする陰謀論の書」らしい
    →そんなものあるんか...

    ”人間は物語を語る動物である”

    ”物語は古くから人類にとって恵みであり,災でもあった.

    物語への没頭→フロー状態,ゾーンに入る→自分自身をも含めた現実からの忘却
    →現実がうまくいかない人ほど,物語に没頭するということか…

    中国のグレートファイアウォール,情報統制,弾圧=マトリックスの世界
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    投稿日:2024.01.28

  • brazil-log

    brazil-log

    「ストーリーが世界を滅ぼす」 https://str.toyokeizai.net/books/9784492444696/ おおおおもしろかった!作為と虚構と事実。文明化は物語なしでは成立せず人間社会の発展も衰退も物語次第。自分の生活に物語が入り込んでいるのにわたしたちはそれに気づいていないとかあらゆるものに物語は付随しているし事実単体だけではなかなか認識されにくいとか。SNS上の発信とプラットフォーム運用側の違いについても明確に区別して説明できていたのもよかった。ニュースなどなくドラマがあるのみ、とか他者でなはく悪者は自分たちであるとか。めちゃ良書続きを読む

    投稿日:2023.12.21

  • 小野不一

    小野不一

    途中からトランプ批判全開で自語相違も甚だしい。アメリカ版宮台真司といったところか。★五つから一つに変更。

    ドンピシャリである。私の嗜好(しこう)に完璧な形でハマる一書だ。なんといっても視野の広さと硬質な文体がいい。
    https://sessendo.hatenablog.jp/entry/2023/12/08/133736
    続きを読む

    投稿日:2023.12.08

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