【感想】戦後史の解放II 自主独立とは何か 前編―敗戦から日本国憲法制定まで―(新潮選書)

細谷雄一 / 新潮選書
(4件のレビュー)

総合評価:

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  • ナショナリストと愛国者

    我々はイデオロギー、時間、空間などに無意識のうちに束縛されている。戦後史の始まりには日本国憲法の起草があった。どのようにしてこの憲法が定められたかについても束縛された視点からは一面の真実しか見えてこない。この束縛から逃れ視点を解放しようと言うのが本書の目指すところだろう。細谷氏は「今の日本には、希望が足りない」と言う。戦後の日本人が感じてきた希望を追体験しようとするのが本書のもう一つの試みだ。

    ジョージ・オーウェルは「否定的な感情」を元にしたイデオロギーを「ナショナリズム」と定義して攻撃した。「いかなるナショナリストも、可能なかぎり、事故の勢力単位の優越性以外のことは、考えたり、話したり、書いたりしない」、今の世界はナショナリストにあふれている。オーウェルは攻撃的なナショナリストに対し「自分では世界中で一番いいものだと思うが他人には押し付けようとは思わない、特定の地域と特定の生活様式に対する献身」を「愛国心」と定義した。戦後の日本を形作る上で国際協調を基本とするリベラルな国際国家の路線に舵取りをした、幣原、吉田、芦田をオーウェル的な愛国者と位置づけ再評価しようとしている。

    歴史的事実として8月15日に終わった戦争は存在しない。東アジアでの戦後各地域形成の原点であり、10年がかりの一連の複数のプロセスだ。終戦時、外地には日本の総人口の1割に当たる688万人が居留しており、うち321万人が民間人だった。ポツダム宣言を受諾した大東亜省が送った方針は「居留民はできうる限り定着の方針を執る」である。日本政府は外地居留民を保護する意思と能力を欠いていた。その結果もっとも大きな困難に直面したのがソ連軍と対面することになった満州などに暮らす200万人だった。居留民にとっては日本に帰国してからが戦後の始まりだった。

    日本軍が居なくなった後の力の真空では中国の国共内戦、朝鮮戦争など一連のプロセスが続く。「われわれが慣れ親しんでいる戦後史とは、そのような大日本帝国崩壊に伴う混乱と戦争を忘却することによって、あるいは無意識のうちに戦前と戦中の日本軍の活動との関連性を切断することによって成り立っている。」

    対日占領ではアメリカのマッカーサーが圧倒的な存在感を示しており、またGHQがアメリカ政府の意向に沿って対日占領政策を進めていることに、ソ連政府は意義を唱えようとしていた。ソ連の狙いは日本への要求の引き換えにウラン鉱山のあるブルガニアとルーマニアをソ連の勢力下に置くこと。アメリカとソ連のそれぞれの思惑があったにせよ、戦後日本の再出発は東欧の犠牲の上に成り立っているとも言える。

    戦後日本が後継首相を選ぶにあたって、何よりも重要なのは、対日占領を実質的に仕切っているアメリカ政府の協力が得られる人物かどうかとなった。その中で選ばれたのが、幣原、吉田、芦田と言った元外交官であった。主権を回復し吉田が退任した後には外交官出身の首相は一人もいない。幣原と吉田に共通していたのは戦後日本が再出発し、新国家を建設する上で、国際社会=英米からの信頼を回復することを何よりも重視していたことである。その幣原の目標は天皇制の維持であり、当初は憲法についても改正は必要なしと言う意見だった。

    日本の占領を円滑に進めるためには天皇制の維持が得策と判断したマッカーサーだが民主化はそのためには絶対的な条件となる。一方、幣原が招集した憲法問題調査会は国際情勢の潮流を理解せず、明治憲法をそのまま維持することを優先したためその憲法改正案はGHQに拒否され、GHQ案に基づいた憲法が起草されることになっていく。

    戦争放棄はマッカーサーの三原則が元には有ったが、マッカーサーは幣原が提案したと述べている。実際には幣原はマッカーサーに対し戦争放棄のアイデアについて話をしたが憲法に含めることまでは考えていなかったようだ。「戦争放棄を宣言することで、天皇制に批判的な国際社会を懐柔せねばならない」だった。GHQに押し付けられた憲法案に不満を持ちつつ幣原がこれを受け入れたのは国際条約交渉においては限られた条件の中で大局的に判断をするしかないと言う国際感覚が働いたからだ。

    幣原と対照的に描かれるのが近衛元首相だ。「近衛の自害は、大日本帝国の抱えていた宿痾とも言える無責任と弱さを象徴するかのようであった。はたして誰に戦争責任があるのか。なぜ、戦争を開始する必要があったのか。それを十分に自覚せず、その責任を十分に感じていない近衛の認識は、当時の多くの国民によっても共有されるものであったのだろう。日本は独裁と専横のもとで戦争に向かったのではない。むしろ近衛が示すような無自覚と無責任、そして絶望的な弱さから戦争に向かったのである。」
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    投稿日:2019.04.28

ブクログレビュー

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  • 小田 浩彦

    小田 浩彦

    ◆日本の敗戦は、それまでの「大日本帝国」という巨大な領土を持つ国家が日本列島のみを領土とする小さな「日本国」へと一気に縮小する過程であり、東アジア地域に「力の真空」を作り出し紛争の火種となった。

    日本の占領はアメリカが主導したが、その陰には日本と東欧を「交換」したモスクワ外相会議があった。
    核開発の観点からルーマニアとブルガリアのウランを欲していたソ連は、これら地域の支配を黙認させる代わりに日本統治をアメリカに譲り渡したのである。

    ◆日本国憲法の起草において、松本や実際の起草者である宮沢俊義は国際情勢を把握しておらず、連合国内での天皇訴追や責任追及の動きや世界における日本の敗戦の意味を全く理解していなかったために保守的な改憲案しか出せず、自らの手で憲法を作る機会を自ら逸した、と批判されている。
    宮沢俊義は今では「八月革命説」と護憲派で知られているが、戦前は戦争を讃えて反英米の論陣を張り、戦後も改憲不要論をとって松本改憲案のような保守的な改憲案を出している。八月革命説以降の「変説」は自らの失敗(憲法を自ら起草するチャンスを失ったこと)を覆い隠して大衆に迎合するものではないか、と批判している。
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    投稿日:2019.04.21

  • トグサ

    トグサ

    三浦 瑠麗(国際政治学者・東京大講師)の2018年の3冊。
    国際政治の視点を交え現代史を振り返る。

    投稿日:2018.12.31

  • yujiohta

    yujiohta

    卒論作成へ向けて。
    以下、本書より。

    戦後日本社会が抱えた明るさは、あまりにも深い傷と、悲しみと、そして挫折を覆い隠すためのものでもあった。
    戦争を経験した日本人は、多くを語らなかった。そして、彼らが「上を向いて歩こう」としたのは、必ずしも希望に溢れていたからではなかった。「涙がこぼれないように」するためだった。上を向かなければ涙がこぼれてしまうのだ。人には自分の涙を見せたくない。自分は強く、明るくいたい。だとすれば、上を向いて歩こうではないか。悲しみの海の中では、希望への強い意志を抱いていなければ、すぐに深い海の底に沈んでしまうであろう。(中略)
    本書は、戦争が終わり、占領を経験し、豊かさを目指した戦後日本の歴史を、国際社会の動きの中に埋め込むことで、新しい歴史像を提示することを目的としている。われわれは、色鮮やかな物語に溢れている戦後の歴史を語る際に、あまりにも狭い視野の中にそれを無理矢理位置づけようとしてはいないか。たとえば、「冷戦史」という米ソ対立の緊張と抗争のなかに戦後の日本を位置づけようとすれば、人々が感じたあまりにも多くの小さな、しかし大切な物語を見逃すことになってしまう。あるいは、戦前のファシズムから戦後の日本が社会主義や共産主義を拡大しようとする歴史として眺めるのであれば、それは人々がより豊かになり、より安心を感じ、安定を得ていった生活の姿を見逃してしまう。一つのイデオロギーに押し込もうとすれば、豊かな戦後史の物語はとたんに色あせた、単調で退屈なものとなってしまう。
    先ほど紹介したように、「上を向いて歩こう」という昭和を代表する名曲の作詞家であった永六輔は戦前に生まれ、歌手の坂本九は真珠湾攻撃の二日前に生まれた。その歌が、冷戦が終わった今でも歌われ続け、愛されているのだ。「上を向いて歩こう」という曲は、それが発表された「一九六一年」という年を越えて長寿を保ち、そして日本の国境を越えて世界で愛されている。冷戦や階級闘争というイデオロギーからでは、その歌の魅力を十分に感じることはできない。たった一つの歌でさえも、われわれが通常歴史を考える際の境界線をはるかに超えた、五つの大陸まで延びる広がりを持っている。
    また同時に、われわれは通常あまりにも国境の内側のことに目を奪われるため、国内の問題がいかにして国際的な問題と連動しているのかという視点を見失ってしまう。たとえば、終戦の過程はもちろんのこと、憲法の起草作業、自衛隊創設等、戦後史の多くの重大な出来事が、国際政治に翻弄されている。さらには、戦後の高度成長を支えてきた多くの人々が、実は戦前の教育を受けて、戦争を経験していたという事実を見逃してしまう。
    このようにして、われわれは知らないうちに、「イデオロギー的な束縛」「時間的な束縛」「空間的な束縛」の中から歴史を語ろうとしてしまう。それによって見えなくなるものがあまりにも多く、それによってゆがめられる事実があまりにも多い。だとすれば、そのような束縛からわれわれの視点を解放することで、より広い視野を手に入れて、より豊かな歴史が語れるのではないか。
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    投稿日:2018.07.29

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