【感想】興亡の世界史 大清帝国と中華の混迷

平野聡 / 講談社学術文庫
(4件のレビュー)

総合評価:

平均 3.5
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  • モンゴル、チベットはいつから中国に組み込まれたのか

    中国の歴史上中華の統一を果たしたのは秦の始皇帝だがその範囲は北は万里の頂上、南は長江流域、西は四川盆地といったところで主に中原を中心とした範囲だ。漢の武帝の時代に張騫が西域を平定し、朝鮮、ベトナムまで支配下に置いたのが漢人帝国の最大領土になる。中国の領土が最大になるのはむしろ騎馬民族の隋唐帝国、モンゴルの大元ウルスそして本書の満州人の清の時代で、現代の中国はかなりの部分清の枠組みを引き継いでいる。

    東北三省、内モンゴル自治区とモンゴル人民共和国、新疆ウイグル自治区、青海省、そしてチベット自治区は歴史的には漢人支配ではなかった時期が長い。中華世界では対等な外国との通商は基本的には無かった、そこに西洋が入ってきて幕末から明治の日本と同様に清末の中華は西洋の国際的な枠組みに適応していった結果が今の姿につながっていく。

    女真族を統一し後金を建国し東北部を勢力下に置いたヌルハチに続き、モンゴルを破り皇帝であると同時にハーンの称号を継いだホンタイジは盛京(瀋陽)で清を建国した。満州という名前はヌルハチのマンジュ部から来ており文珠菩薩に因んだものと言われる。地名が先ではなく女真族が満州人となったのが先だ。

    15世紀にツォンカパが発足したチベット仏教のゲルク派はダライ・ラマ3世とモンゴルのアルタン・ハーンの会合を契機にモンゴル部族の中に拡がっていった。モンゴルは今日のチベット自治区一帯を征服しダライ・ラマ5世に寄進しここからポタラ宮の造営が始まる。ダライ・ラマはモンゴル語で大海の如き上人と言う意味である。ホンタイジがモンゴルのハーンとなったことで中華を取り囲む清、モンゴル、チベットという巨大な連合体が生まれた。北京に遷都した清の第3代順治帝はダライ・ラマ5世を相互対等の立場で招聘しその後いろいろあったが、続く雍正帝がチベット仏教を庇護する文珠菩薩皇帝としての名声を高めることになる。モンゴル、チベット、東トルキスタンは同君連合として清の間接統治下の藩部となった。

    満州人のアイデンティティを重視した清は中華に染まるのを嫌い今でもモンゴル語、ウイグル語、チベット語には中華の概念は翻訳されていない。雍正帝は自らを夷狄とした上で中華の優位を謳う華夷思想を批判した。雍正帝の使った中外一体とは中華も夷狄も上下の差はなく真の皇帝の元で臣民として平等だという思想であるが結局これが現代中国の版図の正当性を訴える元になっていく。続く乾隆帝の時代に最大の栄華を誇った清は19世紀にはアロー号事件、アヘン戦争を経て思わぬ転落を続けていくことになる。

    西洋の国際関係では冊封国は独立国となる。琉球は清と日本に対する二重冊封国だったが国際法の枠組みに先に適応した日本が取り込み既成事実を重ねていった。台湾についても清が化外の地=無主の地と捨て置いたのが日本が占領した根拠となった。そして朝鮮は朝貢国のままで清に事えようとして失敗した。伊藤博文は李鴻章との日清修好条約改正交渉の中で八重山、宮古を清に割譲すると提案し、大戦後も国民党の蒋介石が要求を取り下げなければ沖縄は日本に戻って来なかった可能性が高い。「固有の領土」というのは歴史上のある時点を切り取りそこに近代の国際法を当てはめたものだが辺境はその時々の国際関係に翻弄されている。

    夷狄=辺境の国家であった清が中華と一体したことがチベットやウイグルが中国の固有の領土という正当性の元になったのだが、実態としては自治区と言う名で辺境としての管理になっている。清があれほど強大ではなかったり、太平天国がもう少しまともで中華が清から分離独立していたりしたら満州やウイグルやチベットは今頃独立国だったかもしれない。
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    投稿日:2019.11.13

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  • 雷竜

    雷竜

     興亡の世界史21巻を数年前にデジタルで一括購入したのだが、残り5冊のうちの1冊を読みました。数年前に途中で放り出したままになっていたので、最初から読み直しました。
     考えてみれば清帝国というのは不思議な国です。日本の徳川幕府より少し長く存続したのですから、その秩序が長続きするような政治的正当性はいったい何だったのだろう。満州族という漢民族より少数民族で、しかも弁髪などを強制したわずか200万人程度の民族がなぜ広大な中国を維持できたのだろうか?しかもアヘン戦争やら日清戦争やらで負け続けたのですから、日本ならもっと早く変革が起こっていたように思う。
     結局のところ中華帝国というのは、社会が安定してくれていればいいのであって、国家に対する忠誠心や社会に対する責任感というものはそれほどないのかもしれません。現在の中国共産党による監視社会体制も秩序を維持していることは事実で、しかも経済的には発展しているわけですから、これを変革するということにはならないのだと思います。
     だから習近平体制は、コロナ政策や台湾政策で酷い失敗をしたところで、その体制は揺るがないですね。そんなことがわかる本でした。
     興亡の世界史21巻はあと4冊なのでここまできたら読み切りたいと思います。
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    投稿日:2024.01.29

  • gthfhs

    gthfhs

    このレビューはネタバレを含みます

    今の中華人民共和国の領土範囲のなぜが分かる良書。チベットや新疆が清王朝の時代にどのように中華に取り込まれたかが分かりやすく、現代中国が清王朝の支配範囲を意識している点を踏まえて読むとさらに面白い。

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    投稿日:2022.12.31

  • nobu2kun

    nobu2kun

    『#大清帝国と中華の混迷』

    ほぼ日書評 Day343

    モンゴル人による「元」と並び、非「漢人」国家である「清」。民族ではなく、文化圏としてのアイデンティティの確立を模索する中で生まれた「中国」という概念。単に、中華vs夷狄の対立概念とは異なるものという観点から、チベット仏教関連寺院や陵墓等の紹介多数。

    正直、「清」などと言われても、日清戦争や皇帝溥儀といったところしか思い浮かばないところからすると、初耳な話、興味深い指摘も多々あったが、基本的に文体が冗長にすぎる点はいただけない。

    また、Amazon書評でも指摘されていたが、本来、明時代は永楽帝期の人物である鄭和を、明の太祖とされる朱元璋の命を受け…といった基本的な史実の見当違いが複数見受けられるのは、そもそもレベルで著作への信頼性を失わせるもので、残念だ。

    https://amzn.to/3b5RNoA
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    投稿日:2021.02.17

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