【感想】謎の独立国家ソマリランド

高野秀行 / 本の雑誌社
(199件のレビュー)

総合評価:

平均 4.4
103
47
18
4
0
  • 身も心もソマリランドに没入した著者の熱意に感染する

    ソマリアひいてはアフリカのイメージが根底から覆される。
    2013年度のノンフィクションでもっとも話題となった本書だが、評価されているのは単に取材力の凄さや飽くなき冒険心ばかりではないだろう。

    覚醒植物のカートの副作用に苦しみ、護衛ではなく拉致同然の取材に前払いで身代金を払ってるだけでないかと疑問を持ちつつ、行く先々では何でも超速かつ身勝手なソマリ人から要求される金の無心に辟易しながらも、最後には身も心もソマリランドに没入し、なんとか日本読者に愛する祖国(?)を理解してもらいたいという著者の熱意がたまらない。

    500ページを超す大著だが、最初は「リアル北斗の拳」の南部と「海賊が跋扈する」東部に隣接する奇跡の民主主義国家にして「地上のラピュタ」に興味を引かれ、最後はわが国の国家のありようにまで思いが至る、そんな本だった。
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    投稿日:2017.10.07

  • 命の価値はラクダ何頭?

    ソマリアと言えばアフリカの角と海賊、一般常識としてはこれで十分だろう。映画「ブラックホーク・ダウン」を見てればもう少し詳しくなってとんでもない無政府地帯だと知っていたり、ケニアのデパート襲撃事件の犯行組織がソマリア南部に本拠地を置くイスラム過激派アル・シャバーブでアルカイダとなんかつながりがあるらしいとかこれで十分ソマリア通・・・のはずだ。

    1992年以来20年ほど中央政府が存在せず内戦状態だったソマリアで昨年連邦議会が発足し、大統領が選挙で選ばれ久々に国としての体裁が整ったのだがその国名はソマリア連邦共和国。ソマリ人が85%を占めるほぼ単一民族国家が連邦制をとった理由はこの本を読めばよくわかる。ソマリア国内には謎の民主国家ソマリランドや海賊国家プントランド、ガルカイヨと言う都市の半分が勝手に名乗ったガルムドゥッグそしてリアル北斗の拳の世界南部ソマリアと中央政府は無くても地方政府?は乱立しているのだ。それぞれ氏族によって支配されているので戦国時代と考えれば分かりやすいだろう。高野は勝手にイサック奥州藤原氏のソマリランドとかハウィエ源氏の義経系ハバル・ギディルと頼朝系アブガルなど氏族名に日本名を割り当て分かりやすく整理してくれている。分かりやすいか???

    ソマリ人は一般のアフリカ人とは一戦を画している。とにかく行動が早い。何せインターネット回線が3日で引けるらしい。ホテルのフロントもテキパキしている。そしてウルサい。好きな事を話しては興味が無くなると次へいく。自己主張が強く交渉にも強い。なぜかそんな彼らが内戦を自分たちの氏族代表の話し合いで解決し、武力解除し民主的な選挙によって作り上げたのがソマリランドだ。ソマリ人のイスラムの掟では人が殺された時には男の場合ラクダ100頭分、女だと50頭分の金が支払われ解決する。金で解決すると言うとひどい話の様だが、これは復讐の連鎖を防ぐための仕組みらしい。しかし、大規模な内戦ではどちらが何人とか数える事も出来ず新たな解決方法が考えだされた。対立する氏族間で20名ほどの若い女が嫁入りするのだ。最初はいじめられていても孫が生まれればその内関係が強くなってくる。とは言え離婚も多いらしいのでほんまに機能するんかいと突っ込みたくなるところだが。

    プントランドの海賊も元はと言えば氏族間での構想で捕虜をとり金で解決するという伝統があったらしい。そして氏族社会である以上海賊たちもどこかにつながっていてソマリアの一大産業になってしまっている。高野が試しに海賊を計画した所話は簡単に進むのだがその相談相手はプントランドの議員に立候補を考えるジャーナリストとその友達であっという間にホテルの隣の部屋にいる海賊を連れてくる。初心者用一般コースだとボート1台に海賊7人、月に3回アタックするとして計1万8千ドル。バズーカ砲のレンタルが月2〜3千ドル、マシンガンなら1台5千ドル。身代金交渉の通訳代(8%なぜかここだけ歩合制)に食費や酒(ムスリムなのに船酔い対策で飲む)等々で4千ドル。ドキュメンタリーも撮るとして初期費用が5万ドルほど。身代金の平均は100万ドルほどで(人質には価値が無く積み荷が石油のタンカーなどが狙い目、なにせラクダ100頭だから)成功すると大量に両替が行われるので何となく分かるらしい。成功しても地元の有力者に40〜45%を召し上げられてしまう。と言う事で海賊はイスラム過激派とは何の関係もない事がわかってしまった。ものすごい取材力である。

    しかしプントランドの旅では警護、車、取材に協力してくれるジャーナリストなどから次々と金を巻き上げられるはめにあう。もはやぼったくりバーで夜間はホテルに缶詰と取材をしているのだか軟禁されているのだかあまり大差はない。とにかく協力者はよってくる、金を払いさえすれば。

    リアル北斗の拳の世界モガディシュは意外な事に一番上品なソマリ人たちの街だった。街にはネットカフェや家電店にレンタルビデオ屋もあり洋服店のスタイルも日本と変わらない。民主的なソマリランドのソマリ人がウルサく、荒っぽく、人の話を聞かないのに対し、内戦下のモガディシュで迎えてくれたのは人当たりもよく、人の話もちゃんと聞いてくれる。モガディシュのテレビ局の支局長は20そこそこの若い女性ハムディで高野が町を離れる際に地図を用意してくれ、しかも自分からは請求もしない。そしてホテルに来て料理までしてくれたりする。おもてなしの心はソマリアにもあったのだが、一方で街を歩く外国人ジャーナリストはいつ誘拐されてもおかしくない状況でもあり、高野は別の取材で実際に襲撃され乗っていた装甲車に銃弾を受けている。

    この本から得られるのはアメリカの視点では決して見えない独自のルールに基づいて生きている人たちだった。
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    投稿日:2017.04.14

  • 欧米を真似るのでなく、超えていく民主主義の姿

    外務省のページでは「1991年5月…自称し独立宣言」としか出てこない国に飛び込んで見聞したレポート。数次にわたる訪問を通して現地のパワーバランスなどの深部に迫っていくとともに、日本人にも理解しやすく解説していく。
    旧ソマリアで独裁者がベテランを遠ざけて重用した若手が、内乱を経て北部に帰着し、氏族の長老とともに議論を重ね、リアルな利害を調整した超民主主義社会を実現しているのがすごい。民主的な議論とリアリズムとが対立するように捉えがちなのを反省した。
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    投稿日:2021.08.09

ブクログレビュー

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  • ふーこ

    ふーこ

    この人の本まじでおもろい。
    行動力と探究心がカンストしてるだけで、基本怠惰で捻くれ者の早稲田卒のおじさんだから親しみ深いし同じ穴の狢って感じがする。故にシンプルに憧れる。この人の本全部読む。
    あと金なさすぎて海賊雇おうとする件くそやばすぎておもろい。
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    投稿日:2024.04.04

  • さささ

    さささ

    このレビューはネタバレを含みます

    「およそ真実の探索者は、塵芥より控え目でなくてはならない。」 (ガンジー 『ガンジー自伝』)

    読み終わると冒頭のこの一節が本当にその通りだなと痛感する。
    これまで生きていた中でなんとなく"常識"として自分の中に埋め込まれてきたことが一歩外に出ると全然そうでなくて、ソマリアの人はソマリアの仕組みで生きてる。だからこそ外から介入があるとその仕組みは維持できなくなる恐れがある。そんな中で自分たちで上手く築き上げてきた奇跡のような国(認められてないが)がソマリランド。

    ソマリランドとして平和を維持できているのが、農業や産業が盛んな南部ではなく、"何もない"北部なのが皮肉だけどリアルだなと思った。
    「ソマリランドは貧しくて何もない国だから、利権もない。利権がないから汚職も少ない。土地や財産や権力をめぐる争いも熾烈でない。」
    という言葉が印象的だった。

    逆に、内戦が厳しいモガディシュでは
    「"トラブル・イズ・マイビジネス"でトラブルを起こせば起こすだけ、カネが外から送られてくる。モガディシュはトラブル全般が基幹産業なのである。」

    高野さんが現地に入り込み生活する中で知ることを共有してもらうことで、メディアではなかなか切り取られないリアルを少し知れた気がする。

    明るくない内容もあるけど、高野さんの軽快な語り口調と愉快な登場人物のおかげで、すごく読みやすい。

    毎度思うけど、高野さんの人物描写は面白おかしく魅力的に登場人物を描いていて、私が高野さんの著書を好きな理由の一つ。今回も「まじか?!」と思うエピソードもありつつ、魅力的なソマリアの人たちをたくさん知れてとてもおもしろかった。

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    投稿日:2024.03.18

  • ポレポレ

    ポレポレ

    このレビューはネタバレを含みます

     2009年と2011年のソマリア--ソマリランド、プントランド、当時の暫定政権が一部を統治していた南部ソマリア--取材旅行をまとめた本。遠慮が無くカネにうるさく氏族を中心に考えるソマリ社会に著者同様に驚き呆れることの連続だった。
     本書では主にソマリランドを中心に話が展開する。2度の内戦を経験しながら他のソマリ地域より平和で民主的な「国家」たり得ているソマリランドの歴史と政治体制は興味深い。氏族主義が浸透しているからこそ氏族単位では扱いきれない政治からは距離を置きつつ、氏族の長老たちが政治家たちを監視するシステムは画期的だが合理的だ。本書で幾度も触れるソマリ人の実利を重んじる性分にも合っているのだろう。
     プントランドにて著者が半ば本気で海賊行為を立案し試算してみたり、言動や考え方が知らず知らずのうちに“ソマリ化”していたりとクスリと笑える箇所も多数。また、次の表現は本書で特に言い得て妙だと思った。

      (前略)私が思うに、国際社会、もっと端的に言えば国連というのは、「高級な
     会員制クラブ」みたいなものではないか。
      人類普遍の理念に基づいた公平な組織と勘違いされることもあるが、実際には民
     主主義とも人権とも直接関係がない。
      なにしろ、このクラブは5人の理事の権限がひじょうに強く、理事の一人が反対
     すれば、どんな素晴らしい提案も却下されてしまう。そこからして反民主主義的
     だ。それに理事の一人である中国自体が人権や民主主義とは無縁だし、会員にも非
     民主主義国家がたくさんある。
      それはしょうがない。なんせ、第二次大戦の戦勝国によって任意に作られた会員
     制クラブなのだから。公平や正義を期すほうが無理である。(後略)
      ※第7章8

     2020年代のソマリ地域--ソマリランド、プントランド、ソマリアはどのようになっているのか、著者には引き続き取材してもらいたい。

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    投稿日:2024.02.24

  • まいまゆ

    まいまゆ

    ソマリランドが奇跡の国だということがよく分かりました。読み進めていく内に、ソマリ人に愛着をもっている自分がいました。カートは一度体験してみたいです。

    投稿日:2023.11.14

  • まるまるまるこ

    まるまるまるこ

    ソマリアのソマリランド、プントランド、南部ソマリアについて書かれた本。
    ソマリランドの内容を、日本の戦国時代になぞらえて書かれていたので、わかりやすかった。文章も小気味よくテンポ良く読めた。
    紛争あったり、海賊あったり、大変だなーとこっちは勝手に思ってしまうが、住んでいる人たちはそんなことあまり思ってなさそうで、バイタリティ溢れている。
    南部ソマリアで出会った、ハムディはかっこいい!
    女性で若いので、何かと大変なこともあるかと思うが、本当に剛腕すぎる!!
    テーディモの探検にも行ってほしい!
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    投稿日:2023.03.03

  • rafmon

    rafmon

    本が分厚くて、読み応えがたっぷり。ソマリ愛溢れ、しかも全く未知の世界、文化。ソマリアというと紛争地帯で治安が悪いイメージだが、その中に存在するソマリランドという平和な民主主義を保つ独立国家。冒頭から沢木耕太郎の深夜特急でも読むようなワクワクが止まらない。その疾走感で突き抜ける読書。ソマリ人の早さ。カートをキメた明晰さ。

    ソマリランドから海賊国家プントランドへ。旅を続ける中で、国や文化、氏族主義などの制度を学び、発見する著者。まるで文化人類学の領域。果ては、海賊ビジネスに手を染めようとしたり、地元メディアに登場したり。大麻みたいなカートを食いまくる様は写真の著者からは想像つかない。

    そして、モガディショの剛腕姫との出会い。危険な南部ソマリアのホーン・ケーブルテレビ・モガディシオ支局長のハムディ。垢抜けて性格も男前な彼女は、別著『恋するソマリア』のカバーに写真があるが、想像通り。これは著者の表現力が素晴らしい。

    色々と意識散漫だが、とにかくあちこち、著者と共にスリリングに楽しめる内容。
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    投稿日:2022.01.20

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