【感想】てのひらの闇

藤原伊織 / 文春文庫
(94件のレビュー)

総合評価:

平均 3.7
20
32
31
6
1
  • 「読みながら感じる」そんな一冊

    朝5時。六本木の路上で横たわり、雷とともに雨が降り始めるシーンから物語は始まる。ドライな描写と、主人公の言葉でありながらどこか醒めたような表現。バブルな時代を背景に藤原伊織が描くハードボイルドの世界観が繰り広げられる予感がする。

    舞台は飲料メーカーのタイケイ飲料。そこの宣伝担当課長 堀江雅之はふと20年前に起きた一つの事件を思い出す。当時は中堅のCM制作プロダクションのディレクターだった堀江は同僚の代打としてタイケイグループ提供のワイドショーをまかされる。その中で展開される生コマと呼ばれる90秒の番組内CMを手掛けることになった。やり直しがきかない生放送という緊張を堀江は感じていたが、女優であり番組のサブキャスターを務める加賀美順子のリハはパーフェクトだった。リハの途中、加賀美は少女のようなしぐさで堀江のジャケットについた糸クズをそっとつまみ、堀江の手の中におしこんだ。手を広げると、赤い糸クズが一本てのひらに残っていた。
    そして本番をむかえた。順調に進んだ生コマの最後で加賀美はよりによってライバル会社の社名とともに商品を紹介してしまった。堀江は責任を取る形でCM制作プロダクションを辞めたが、一週間後にタイケイ飲料の宣伝部長だった石崎にスカウトされる。
    それから20年、早期退職を目前に控えた堀江に会長になった石崎から奇妙な依頼をされる。趣味で撮った8mmの映像を自社のCMに使えないか、と。そこにはマンションのベランダから落ちる子供を救った男の姿が映っていた。しかし、堀江はその映像に違和感を感じ、自分自身で検証した結果、その映像は意図的に作られたものであることを確信して会長である石崎に告げる。その夜、石崎は自らの手で命を絶った。
    堀江は残された時間で石崎の死の真の意味を解き明かすために動き始める。

    当時、藤原伊織は大手広告代理店に勤める兼業作家だった。つまり、この作品は知識と経験から言えば藤原伊織が一番得意とする分野であり、隅々まで知っているからこそ表現が難しい作品だったのはないかと想像する。
    だからこそ、これまでの藤原作品と比較すると各キャラクターが個性的に仕上がっている。そして、男と女の機微を上質な会話の中に鏤められている。例えば、堀江が、亡くなった石崎と懇意にしていた女性 佐伯貴恵と初めて会うシーンでは、
    "「あなたはいま喪服に近いいろの衣服を身につけていらっしゃる。それにアクセサリーのたぐいがいっさい見あたらない。私はファッションにあまり詳しくないですが、近ごろ、若い女性のそういう装いは比較的めずらしいんじゃないでしょうか。ごく親しい知人の死を悼むような際以外には」
    彼女はかすかに声をあげ笑った。「私はもう若くはありません。でも、すいぶん観察力がおありなんですね」
    彼女を見たとき、昨夜の大原を思いうかべたのだ。真珠のネックレスひとつで彼女の姿は一変した。"
    と。堀江と佐伯の間の距離感を表現しながら、部下である大原に改めて意識が芽生えた一瞬をこの短い文章に閉じ込めている。
    時代背景が変わっても芳醇な小説は決して色褪せることはない。知識を増やし、経験を積むということは、こういう小説を「感じる」ための修練なのかも知れない。
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    投稿日:2015.03.17

  • なんて魅力的な登場人物

    『テロリストのパラソル』に続き読んだ本作品。結論から言うと想像の上を行く内容でした。
    主人公と主人公を取り巻く人々の個性が際立って、頁を捲る手が止まらない!そんな感覚を覚えました。
    ハードボイルドが苦手な私ですが、これってハードボイルドにジャンル分けされるのかなぁ?
    とにかく藤原ワールドにハマりまくりです。
    電子書籍化されていない作品もあるようですが、全部制覇しなくちゃと久々のワクワク感でいっぱいです。
    続きを読む

    投稿日:2015.07.22

  • 魅力的な登場人物

    他の人のレビューにもありますが、主人公をはじめとする登場人物がなんと素晴らしいことか。
    実は購入したのはかなり前で、読むのをなぜか躊躇していた作品だったのです。
    しかし、読み始めてすぐに目が離せなくなりました。
    そして一気読みの読後感は、主人公はもちろんですが、相棒とも言える女性部下、さらには主人公を取り巻くすべての人々が魅力的であり、このような作品に出会えて本当に幸せな気分。
    主人公の堀江と部下の大原のコンビ作品、他にも読んでみたい、そんな気持ちにさせてくれるこの作品。絶対にお薦めします」。
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    投稿日:2017.02.10

ブクログレビュー

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  • yuki

    yuki

    主人公は堀江だけど、裏主人公というか惹かれるのは石崎会長。主人公周りの設定なんかはシリウスの道に近しい雰囲気で、ヤクザが深く関わってくるのは蚊トンボを思わせる。ただ蚊トンボより設定がわかりやすい。

    投稿日:2024.02.14

  • notitle

    notitle

    いろいろとできる人間ではある。喧嘩もできるし、人を庇う嘘も咄嗟でついたし、アナログとデジタルの一瞬の違いも見分けられた。
    だが、それらを「できる」と思うか「できてしまった」と思うかは人それぞれで、いつの場合でも、本人がどう思っているのかがすべてだと思う。

    だから、てのひらに闇があったってあなたはできることがいろいろあってすごいねなどと他人を評価してはいけないのだろうと思う。
    本人は、いろいろできるかもしれないが自分のてのひらには闇があるのだと思っているかもしれず、そのどちらなのかは簡単に知れないと思うからである。

    そういう探りを入れず、興味もなく、自分がしたいからこうすると行動するのは、関わる人間からすれば邪魔だったり、好ましかったりするが、それもやはり人それぞれだろうと思う。たまたまこの主人公堀江は、少しの人間から気に入られたし、多くの人間から嫌われたようだった。

    自分のしたいことが、相手にとっても歓迎されることだといいなと思いながら行動する。人間は思うことばかりだなと思うが、何も思わないなら人間ではないとも思う。
    続きを読む

    投稿日:2024.02.05

  • シキモリ

    シキモリ

    主人公・堀江や坂崎の人物造詣は短編集「雪が降る」に収録された「紅の樹」がベースになっているのは明白だろう。コマーシャルビジネスの世界を舞台に様々な思惑が入り乱れ、主人公を取り巻く周囲の人間模様も多種多様。突っ込みどころもそれなりに多い作品ではあるが、海外作品ではお目に掛かれないジャパニーズ・ハードボイルドならではの人情劇やそれに伴う叙情感はやはり魅力的。ラストシーンの清々しさも特出すべき点だが、登場する女性陣が揃いも揃って男性陣にとって都合の良い人物設定で、時代性を考慮しても流石に違和感を禁じ得なかった。続きを読む

    投稿日:2022.12.25

  • ree

    ree

    面白かった。テロリストのパラソル以来に藤原伊織を読んだ。政治家の佐藤の処遇とCGの理由だけが自分にしっくりこなかった。カッコいい男といい女達が際立つ話だった。

    投稿日:2022.07.14

  • bambino

    bambino

    主人公が中年男性でサラリーマンであること、そしてその目線での物語の進行であること が、私が藤原伊織氏を好む大きな理由ですが、本書もまたサラリーマン社会での事件を主人公の目線や思考を丁寧に描きつつ解決へと進めて行く過程がとてもスリリングで引き込まれました。主人公の生い立ちは特異なものですが、そこに起因する思考も丁寧に書いてあるので、その点も含め私のお気に入りの作品です。続きを読む

    投稿日:2022.06.11

  • こごと

    こごと

    このレビューはネタバレを含みます

    任侠のかっこ良さとミステリが融合した作品だった。
    人間の高潔さとは何か、少し理解出来た気がする。

    加賀美母娘にはびっくりした。
    確かに父のように接してくるとは言ってたけども本当に義父のつもりだったのか……!と思った。
    そしてどれだけモテるんだ会長。

    おもしろかった。

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    投稿日:2021.06.02

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