【感想】抵抗の拠点から 朝日新聞「慰安婦報道」の核心

青木理 / 講談社
(7件のレビュー)

総合評価:

平均 3.8
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  • 記者目線で見た、朝日"バッシング"

    元/現・朝日記者たちの内部からの声を紹介するインタビューが大部分を占める本で、混乱した内幕がかいま見える部分はおもしろい。おそらく想定される読者は、慰安婦問題への関心はあまり高くないものの一連の朝日バッシングに違和感を覚えたという人々ではと思う。

    前半部分では当時の経緯や同時代の他社の記事を参照し、批判された記事は時代の制約の中でごく一般的なものでしかなく、バッシングが過剰かつ異様なものであったことが端的に示されている。

    後半部分は、朝日の元/現記者たちのインタビューである。彼らの記者人生において、慰安婦問題はあくまで数ある戦後補償や人権侵害の問題の一つであり、この問題に限らず"弱者の目線に沿うこと"を報道の責務と取り組んできたことや、かつては当然とされた日本の戦争犯罪を扱う報道が現代では批判とバッシングに晒されることへの記者たちの危機感などが語られている。

    一方で、残念ながら本書は「慰安婦問題」そのものへの関心を持つ層からは高い評価を得られる本ではないと思う。

    まず第1に、朝日新聞第三者委員会による検証について、委員の人選や検証報告書の内容の妥当性についての言及がない。国連人権委員会における取り組みや慰安婦問題を専門とする研究者が一人も含まれなかった第三者委員会が、どうやって国際的な人権問題に発展した「慰安婦問題」の記事についてふさわしい評価を下せるだろうか?朝日新聞第三者委員会による専門家不在での検証は不十分なものだと思うが、その点について触れていない。

    第2に、本書は<朝日新聞「慰安婦報道」の核心>と題しながら、実際には記者から見た「慰安婦報道バッシング」という視点だけでこの問題を扱い、慰安婦問題や人権問題の研究者への取材はなく、近年の研究成果の紹介が一切ないことが気になった。河野談話以降も、政府の関与や被害実態を裏付ける多くの新資料の発掘があったことが、一般に十分に周知されていない現状で、紹介されるべき資料・研究は数多あるのに、と。

    第3に、その是非を巡って評価が割れ、批判に晒されている「アジア女性基金」や朴裕河の著書「帝国の慰安婦」について、それ自体の内容や批判に立ち入らずに、一方を穏健の立場・冷静な議論と断じている点は問題があると思う。例えばアジア女性基金は、「償い金」の受け取りを拒否した被害者には「謝罪の手紙」を渡さなかったことで「金を受け取らない被害者には謝罪の手紙を渡さないというのは、被害者への侮辱ではないか」という批判があるし、「帝国の慰安婦」については実証の部分での問題点が研究者からいくつも指摘されている。

    本書の中で青木氏自身、誤報訂正に際して良識的なコラムでは不十分であり、朝日新聞は慰安婦問題の変わらぬ本質を新資料を含めたスクープを報じ続けることで議論を展開させていくべきだったという主張している。それは、この著作にもそのままあてはまることだと思う。慰安婦問題の本質に触れるような議論や、それらに携わってきた研究者の声はこの本には一切含まれていない。本書のように、弱者の目線に添うことは報道の使命だと強調(無論それはその通りなのだが)する立場から朝日新聞を擁護する議論は、現在の「異常な」状況への抵抗の拠点にはならないだろう。
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    投稿日:2015.02.26

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  • raga-movie

    raga-movie

    ジャーナリズム精神の根幹として事実に愚直に向き合う姿勢が問われている。そこで怯んだり誤魔化したり忖度するようでは、問題の核心から遠ざかっていく。言葉は時に刃の如く他者を傷つけてしまう。しかし事実は決して反故にしてはいけない。強者はそこに正義や倫理を持ち出して都合の良い歴史を作ろうとする。そこで弱者は理不尽さを噛み締めながら虐げられる。私たちは報道における過ちを許すという寛容を失わず、知る権利を保持しよう。そして都合の悪い過去から学び得よう。続きを読む

    投稿日:2023.02.09

  • yokoichi26

    yokoichi26

    先に末尾にある慰安婦報道の年表を読んでからスタートしたら分かりやすかった。
    政治の劣化、マスコミの劣化とそれらに踊らされ続ける国民。当時の空気感を知らない自分が普通にこの本を読むと当時のバッシングがいかに的外れなものだったかって事実に驚くけど、もしかしたら今の時事問題にも同じような的外れ批判が蔓延ってるかもしれないよな、と自戒。
    青木さんの文章はクールで読みやすい。
    どんなニュースも報道も、考えて読む、って大事。
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    投稿日:2021.07.28

  • タカーシ

    タカーシ

    作者は他の作品でもそうだが、今回は「真偽」がテーマの一つということもあって、当時の状況を知る人たちやそれを俯瞰して見れる人などに聞きづらいことも含めて細かく聞いているので、とても深みのある内容だと思った。

    また最後に慰安婦関連の報道が年表になっているところ、その中でも問題になったとされる記事の引用が載っているところが、自分のようによくわかっていない者にとって、全体の流れを見渡す助けになった。

    それにしても戦後50年くらいたってやっと表立って報じられだしたんだなぁ、と考えるとついこの前のような気がして、言葉にしづらい暗い気持ちに包まれた。
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    投稿日:2021.07.13

  • sazuka

    sazuka

    慰安婦報道の核心、というサブタイトルがついているが、その固有問題をかたるというよりも、エスタブリッシュメントたる朝日新聞が、どのような色眼鏡で見られているかを解く本、であった。

    実際に慰安婦がらみで個人的バッシングを受けて職を失った元記者の取材がある。そこにあるのは、やはり慰安婦問題がどう、という話ではなく、「朝日の記者だから」徹底的に叩いて良い、という世の中の圧力。これは大変に気分が悪い。著者もそうだが、朝日新聞が全面的正義だなんて思っていない。いろいろ問題がある、ということは取材対象者を含めて誰もが思っている。なのに攻撃側は、もはやそういうことに関心がない。ただただ攻撃あるのみ。

    まったく未来志向ではない。ちょうど世の中は国立競技場の問題で揺れていて(もう飽きられているかな?)、第三者委員会が犯人を探しだした。反省も大事だけどさあ、何を作っていくかということに力をかければいいのに。だが、それでは許さないのがこの国の空気だ。これこそが日本の閉塞、世界から後れを取っている最大の理由だと思う。ああやだやだ。
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    投稿日:2015.08.07

  • lonesinker

    lonesinker

    日本軍「慰安婦」問題に関する「吉田証言」記事、および原発事故に関する「吉田調書」報道をとらえた、メディア総がかりの朝日新聞バッシングに対し懸念を抱くまっとうなセンスの持ち主ならば、青木理氏のごくごく真っ当なメディア批判に、解毒剤をあたえられたようにほっとするだろう。まことに「メディアの総転向」と呼ぶしかない、異常な状況である。
    前半の青木氏の冷静かつ明快なメディア批判に対し、本書の後半では、攻撃の矢面に立たされている植村隆氏をはじめ、朝日内部の人たちへのインタビューが掲載されているが、こちらはとてもすっきり、とはいかない。若宮啓文や市川速水は、「リベラルと言われていてこれか」と思う程度の歴史認識・政治認識しか示していないし、「権力に膝を屈したわけではない」と繰り返し述べているが、青木氏も指摘するように、本気だとしたら状況分析が甘すぎる。ましてやこの後、朝日新聞が設置した「第三者委員会」は顔ぶれからして、最初から権力者に腹を見せて取り入るための茶番だったとしか思えないからだ。本書発行のタイミングが合わなかったのだろうが、ほんとうはぜひ第三者委員会の顛末まで見届けてからの取材、分析が欲しいところだった。
    もう一点、メディアを巻き込んだ政権の朝日攻撃において、「女性国際戦犯法廷」NHK番組改編問題に関する朝日の報道とその後の顛末は、避けて通れない一幕であったはずだ。インタビューの中で触れられてはいるが、青木氏の分析において踏まえられていないのが残念。
    いずれにしても、「リベラル派」であった朝日の瓦解は、「メディア総転向」の引き金を引く歴史的事件として、「戦前史」に残る出来事となるだろう。より長期的、包括的な視点からの分析が必ず必要となるはずだ。
    最後に、タイトルの「抵抗の拠点」とはどこを指しているのだろう。本書からそれを見出すことは、私には難しかった。悲しく残念なことであるが。
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    投稿日:2015.04.09

  • Verfassungslehre

    Verfassungslehre

    2015年2月5日、図書館予約。3月28日借り出し。この国から知性、良識というものが、一体いつから失われたのかという危惧、もっと言えば危機感がある中で、この書が発売されたことは、まだ大丈夫と胸をなでおろす思いを感じつつ読み終えた。ナショナリズムとも言えないレベルの「知」の劣化は、いま人気の予備校教師が、東大を含む一流校志望者の知的水準の低下を指摘しているところで、ネット等で匿名をいいことに日常の不満を発散している連中は、おそらくはこうした書物を手に取ることはないだろう。瀧川幸辰も美濃部達吉に対し「国賊」等々の罵詈雑言を弄した日本人が、その後どういう目にあったかという「歴史認識」もないままに世俗的な欲望と嫉妬心だけを増殖しているようでは、世界はもちろん日本国内でも俗っぽい成功も手に入らないことに気づかないのか、諦めているのか…続きを読む

    投稿日:2015.02.25

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