【感想】絶望の裁判所

瀬木比呂志 / 講談社現代新書
(73件のレビュー)

総合評価:

平均 3.0
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  • みずからの基本的人権をほとんど剥奪されている者が、どうして、国民、市民の基本的人権を守ることができようか?

    裁判官といえば真面目ながらやや世間知らずというのが世間一般のイメージかも知れない。では裁判官はどういう人がなるのかというと司法試験に合格した人が司法研修所に入所し司法修習を受ける。裁判官、検察官、弁護士のいずれであっても原則として同じカリキュラムを受け終了後、判事補(裁判官)、検事2級(検察官)、弁護士(弁護士会への登録)のいずれかを選ぶ。これが日本の法曹のキャリア・システムだ。最近では優秀な学生の多くが弁護士を希望している。

    瀬木氏が批判しているのは主にこのキャリアシステムといっていいだろう。学生が社会に出ずに研修だけを受けすぐに裁判官になる。そして裁判官として出世するためには官僚制のウチワの理論が優先し、裁判官として優秀かどうかはあまり関係がないからだ。一般的な裁判官の評価は事件処理の数とスピードで決まる。そして最も労力がかかるのが判決文の作成なのでできるだけ和解に持ち込ませようとする。判決文を書かなければ後から批判されることもない。実質的には裁判というより前例に基づいた事件処理だ。

    前例ではなく自分の考えを主張する様な人はほとんど高裁長官にはなれない。官僚制度は最高裁の事務総局を中心としている。最高裁長官は滅多に開かれない大法廷にしか関与しないので実際の仕事は裁判官を統制、管理することになる。1980年代以降は全員が事務総局系で4/9名が事務総長経験者である。また14名の最高裁判事のうち裁判官出身者の6名はこれまた近年ではほぼ全員が事務局系だ。事務総局局長は長官の言うことに黙って従う歯車でしかないが、現場の裁判官に対しては強大な権力を持つ。こうしてイエスマンが出世するヒエラルキーが出来上がって行く。

    瀬木氏の見るところ裁判官によくある性格は四つに分類される。人間としての味わいを持つ個性豊かな人物は多くて5%、頭がよく人当たりもよくしかしあまり中身のないエゴイストが45%、出世主義者の俗物が40%、分類不能の怪物が10%だという。2番目のエゴイストタイプはまだましな方なのだ、そして怪物と俗物が出世して行く。例えば1976年に司法研修所事務局長と教官が「女性は法律家、裁判官にふさわしくない」との差別発言をし国会でも問題になったがこの事務局長はその後事務総長を経て最後に東京高裁長官となりもう一歩で最高裁入りするところだった。

    セクハラ、パワハラも数多く瀬木氏自身も早期退官して大学教官への転身を決めた時、事務総局人事局は承認があるまで退官の事実も、大学に移ることも口外するなと告げて来た。講義準備の有給休暇を申請すると認めようとせず、有給休暇を取るなら早く辞めろという。審理中の裁判があったのにも関わらずだ。瀬木氏は日本の裁判所は実は制度の奴隷を拘束するソフトな収容所ではないか、「みずからの基本的人権をほとんど剥奪されている者が、どうして、国民、市民の基本的人権を守ることができようか?」と言っている。

    日本の刑事司法はかなりの部分検察官の主張の追認となっている。問題点は2つあり異常なまでの検挙率の高さはよく知られているが、もう一つは拘留状の問題がある。きちんとした審査が行われている逮捕状と違い拘留状はほぼフリーパス。痴漢冤罪についてある弁護士は「相手の女性に名刺を渡してともかくその場を立ち去ること。(これで拘束には逮捕状が必要になる)その場で現行犯逮捕、拘留されてしまったらおしまいだよ」と言った実例も紹介されている。連続20日間に拘留に耐えられる人は法律家でさえ多くない。疑わしきは罰せられる。

    ではどうするか?瀬木氏の意見は法曹一元化で優秀弁護士を裁判官に任官させることと、事務局は純粋な裏方として法律家以外に任せることだ。しかし検察以上に普通の人が興味を持たない裁判官、どうやってやるかが問題の様な。
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    投稿日:2014.05.15

  • そして国民は途方に暮れる

     第1章から第3章までは、裁判所にかかわらず官僚機構という閉鎖社会では、さもありなんと思いますし、それは国家公務員でも地方公務員でも、あるいは老舗大企業や銀行も同じなのかもしれません。
     問題は第4章からです。筆者は解決策として法曹一元化を唱えています。ただもっと根深い問題は、我々自身があまり関心がない、当事者意識がないということですよね。裁判を起こしたことも、起こされたことも、経験がない人が大多数でしょう。とは言え、いつ痴漢えん罪を被るかもしれませんし、民事訴訟で言えば、悪いこと?犯罪の意識がなくても、明日にでも関係者となるかもしれません。無関心ではいられない問題です。
     付箋だらけ、いや電子書籍ですから、ハイライトだらけになってしまった一冊ですが、私が昔から気になっていた点が論じられていなかったのが残念でした。
     それは、憲法に基づいている制度ではありますが、最高裁判所裁判官の国民審査についてです。これって完全に儀式ですよね。皆さんはどう考えますか?
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    投稿日:2018.09.21

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  • 昨今亭新書

    昨今亭新書

    普通に読んでも面白い新書、そして刺さる人には刺さる人生の指南書。

    まず一般的な感想を。約30年間裁判官を務め、その後民事訴訟法の研究者に転身した著者の経歴を活かし、日本の裁判所と裁判官の闇を暴く告発本。我々が裁判官という人種に対して抱く清廉潔白なイメージとはかけ離れた非常識な言動や、官僚的というだけでなくむしろ旧共産主義国のような裁判所の極端なトップダウン型の思想統制の数々はいちいち衝撃的。

    そのような情報価値はひとまず認めた上で、おそらく読者の多くは著者の語り口にマイナスイメージを抱いたのではないかと思う。テーマがテーマだけに仕方がなかろうが、1〜4章あたりでは著者が実際に体験した上司からのハラスメントや事務総局の締め付けへの恨み節(と捉えるしかない記述)がネチネチと繰り返し綴られる。そして著者の裁判官への人物評も、尊敬に値する価値観や人生観に欠けるだとか、本当の教養を備えていないといった具合でいかにも高踏的な印象を与える。ともすれば「著者が裁判官に向いていなかっただけでは?」と本の内容自体を疑いたくなる人もいるかもしれない。

    かくいう私も途中までは、著者に対し懐疑的な気持ちを抱きながら読み進めていた。が、第5章から終章にかけて、どうしたことか一転して瀬木比呂志という1人の人間のファンにさせられてしまった。
    第5章の章末にて、著者はトルストイの短編『イヴァン・イリイチの死』を引く。イヴァン・イリイチは帝政ロシアの官僚裁判官であり、一見すれば成功したエリート、だがその価値観や人生観は全て借り物、著者の表現によれば「たとえば、善意の、無意識的な、自己満足と慢心、少し強い言葉を使えば、スマートで切れ目のない自己欺瞞の体系」というものだ。さも悪い人物のようだが、官僚、役人の中でこれはかなり上質の類型だと著者は述べる。そして著者自身すら若いころには「いくぶん自覚的なイヴァン・イリイチという程度の存在」であったのかもしれず、闘病や研究、執筆を通じてどうにかイヴァン・イリイチ的な拘束を脱して1人の人間に立ち返ることができたにすぎないと。
    私はこの人間分析に深い感動を覚えた。私だけでなく現代の若者、ことに「センスのある人」に見られようと必死で自身を飾り立て、「人と違う自分」を演出しつつもどこか虚しさを感じているような人は共感を禁じえないのではないはずだ。
    自分こそがイヴァン・イリイチなのではないか。そしてそれは、ことによればイヴァン・イリイチにも満たない、自分自身を俗物と信じて疑わない凡庸で素朴な人間よりもずっと醜悪な在り方なのではないか。
    また瀬木氏についても、裁判官という基本的にはお堅くてつまらない人間、無趣味で仕事ばかりを生き甲斐にしている人間たちの中にさえ醜悪なイヴァン・イリイチの影を、即ちいびつな自己愛を感じ取ったがために「絶望」に至ったのではないのだろうか。
    もちろん、裁判官には没個性さがある程度は要請される面もあるし、他の人よりも多くの時間を仕事に割くのであるから、イヴァン・イリイチを超える本当の人間性を培うことは非常に難しい。結果としてイヴァン・イリイチに落ち着き、自身をひたすら慰撫する人間が出来上がってもそれを非難するのは酷である。他の知的エリートについても概ね同様だろう。
    しかし若かりし頃の瀬木氏や今の私のように、自分自身がイヴァン・イリイチであることに我慢がならないナイーヴな人間にとってそれは絶望に他ならない。そしてその絶望からの恢復を果たし、今なお旺盛な執筆活動を続ける瀬木氏は私のような人間にとって尊敬すべき先達といえる。

    ここまで穿った読み方をする人はそうそういないだろうが、少なくとも私は、瀬木比呂志という1人の人間の半生を通して、自分自身の人生を生きることの大変さ、それでも気高く生きたいと思える格好良さまでをも教えられた気がした。瀬木氏の他の著書もちかぢか読んでみようと思う。もちろん『イヴァン・イリイチの死』も。
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    投稿日:2023.10.18

  • kun92

    kun92

    裁判所に絶望して退官された本裁判官。
    いろいろ日本に司法の絶望について書かれた本はあるが、著者の属性は貴重であろう。

    結果的に内容がちょっとウザくなっても

    いずれにしろ、日本の裁判が、ヒラメ裁判官による、組織優先の状況になっていることは間違いなさそうだし、そもそも、学生上がりで世間を何も知らないバカが、試験に合格して至高感のまま任官される組織が、人を判断できるわけもないのはその通りだろう。
    しかも、法に基づくわけでもないのだから。
    滅入るな。
    検察も酷いし。

    そういう、司法による救済が期待出来ない世界に生きているわけだ。

    じゃあ対抗出来るのは、権力と暴力しかないよね。
    その取り合いが色んなことを歪めてるんだろうなあ、と思った次第。
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    投稿日:2023.09.10

  • テムズの畔にて

    テムズの畔にて

    日本の裁判所の構造が、最高裁判所事務総局といういわば司令部による一元統制、上位下達のシステムとなっており、地裁・高裁など現場の裁判所に自由な裁量がなく、また、統制強化により、言うことを聞くヒラメ裁判官だけが昇進し、裁判そして裁判官のレベルが落ちているという指摘。そして、その解決策として法曹一元化として、弁護士・検察官・裁判官の垣根を低くする取り組みを主張する。

    筆者は、裁判官を世間知らずと喝破し、学者の世界を称賛するが、実はこの本で指摘する内容は、どこの行政官庁、大企業、一流大学にもある問題では無かろうか。それが、人を裁く裁判所組織で起こっているから特殊かもしれないが、本質は変わらないと思う。ただ、皆が仰ぎ見る裁判所も普通の組織と変わらないよ、ということを示してくれたことには一定の価値がある。
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    投稿日:2023.07.02

  • テクノグリーン

    テクノグリーン

    瀬木比呂志著『絶望の裁判所(講談社現代新書)』(講談社)
    2014.2発行

    2016.12.14読了
     元裁判官が暴く裁判所の実態といったところだが、悪罵の限りを尽くした内容になっていて、果たしてそういう事実があるにしても、どこまでが真実でどこまでが誇張なのか計りかねる内容。自分で自分の書いた本を絶賛したり、感情的な評価としか思えない文章もちらほら。「これが元裁判官の文章?」と思ってしまう。
     とにかく前職が嫌で嫌で仕方なかったことはよく分かった。

    URL:https://id.ndl.go.jp/bib/025194437
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    投稿日:2022.10.16

  • yamuyamu0227

    yamuyamu0227

    元裁判官である著者が裁判所や裁判官の悪い面を書き連ねた本。
    本来独立した存在であるはずの裁判官が当事者の方を見ずに、上役の方ばかりを見て仕事をしているというような批判です。
    最近何かに付けて裁判裁判とニュースで見かけますが、それが本当に信頼の置けるものなのかは国民として注視すべきでしょう。
    マスコミは役人の悪口は殆ど書かないから本書で学習して市民として裁判所の仕事を監視する契機にされたい。
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    投稿日:2022.02.28

  • 三十路くん

    三十路くん

    裁判所の問題点をボロカスに恨みつらみを込めて色々暴露してる。けども、よくよく考えてみたら別に裁判所だけでなく民間企業だろうが役所だろうが、どこでも似たようなことは起きてるよな。


    とまぁこれは作者の価値観についての一方的な暴露なのでどう考えるかは読者自身が考える必要があるとして・・・だ。
    してだ・・・。
    暴露するだけ暴露ってあとは自由に研究するって、ちょいおま、それはどーなんだと思わないでもないが、まぁ他人の人生なんだから好きにすればいいかとも思う。

    できればそこまで暴露するなら改革をしようとする意思を見せてほしかったけど投げっぱなし感がある。もちろん暴露するだけでも十分意義はあると思うが・・・
    続きを読む

    投稿日:2021.11.10

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