【感想】来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題

國分功一郎 / 幻冬舎
(49件のレビュー)

総合評価:

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  • 行政という「怪物」は日本全国にいて、多くの人たちが泣き寝入りしているだろうことは想像に難くない。

    哲学者・國分功一郎の名前を知ったのは、2011年秋に刊行された『暇と退屈の倫理学』を手に取ったときだ。ちょうど哲学の勉強をしているということもあったけれども、とりわけ裏表紙に印刷された言葉に僕は惹かれた。そこにはこう書かれている――〈19世紀イギリスに「革命が起こってしまったら、その後どうしよう」と考えた人がいた。ウィリアムス・モリスだ。「わたしたちはパンだけではなく、バラも求めよう。生きることは薔薇で飾られねばならない」〉。

    「革命」という響きは耽美だ。ときに人を熱狂させるけども、往々にしてそのあとに多くの混乱をもたらすことも多い。例えば「アラブの春」後の、エジプトの混迷はそれを証明している。國分さんは革命によって〈余裕を得た社会〉は〈暇を得た社会〉だとする。革命前は〈痛ましい労働〉に耐えなければならなかったから、革命自体は歓迎されるべきものだ。けれども、〈「豊かな社会」を手に入れた今、私たちは日々の労働以外の何に向かっているのか?〉と國分さんは疑義を呈した。それはつまり、〈結局は、文化産業が提供してくれた「楽しみ」に向かっているだけではないのか?〉という疑問である。

    哲学は机上でうんうんと考え続けるイメージがあって、『暇と退屈の倫理学』でも既存の哲学のフレームワークを用いる。スピノザ、ハイデガー、パスカルたちの言葉を援用しながら、自身の考えを強化していく、という方法である。けれども僕は、この『暇と退屈の倫理学』を読みながら、このひとは机上からフィールドへと出ていくのだろうなと、漠然と思った。社会にコミットしようという意思が感じられたからだ。

    そんなことを思いながら、僕は國分さんのツイッターをフォローしていたのだけども、ある日、彼のツイートの中に「都道328号」というキーワードが頻出するようになって、おや、と思った。名古屋に住む僕には、初めはピンと来なかったのだけれども、どうやら國分さんは近隣に新しく造られる道路について語っているらしい。けれども、哲学者と道路とは、いささか奇妙な組み合わせである。いったいなにが、國分さんの身に起きているのだろう?

    その答えが書かれているのが『来るべき民主主義』で、副題には「小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題」とある。都道328号線というのは、今から五十年ほど前に策定された道路である。その計画が今頃になって頭をもたげて、住民を困惑させているという。なにせ、建設予定地にはすでに民家が建ち並んでいるし、市民の憩いの場所となっている雑木林もある。さらに言えば、すぐ横には生活道路もある。わざわざ200億円をかけて新しい道路を作るのであれば、そちらの道路を整備したほうが効率的だ。住民を立ち退かせ、緑を削ってまで作る意味がわからない(僕もそう思う)。

    しかし、行政はかたくなだ。一度決められたものを覆すということは、なかなかしない。國分さんが疑問に思ったのは、民主主義といわれる社会であるにもかかわらず、じつは我々には何の決定権も権利も委ねられていないという事実だ。我々が関与できるのは、議会へ我々の代表となる議員を送ることである。たしかに議会制民主主義はたいせつだ。けれども議会には、じつは私たちに身近な問題であればあるほど、その決定権がない。決定権を握っているのは、行政だ。本来であれば、行政はたんなる執行機関であるはずである。しかしその行政が絶大な決定権を握っている。これはおかしい。おかしいからこそ、住民をないがしろにした都道328号線のような事態が起きる。この国では行政が「リヴァイアサン」と化している。

    だからといって、國分さんは過激な机上の空論をこの本でぶち上げるわけではない。議会制民主主義を尊重しつつ、そこに「強化パーツ」を組み入れようと提案する。今のところ、最も効果が期待できそうなのは住民投票だから、その制度を改めてみてはどうだろう。逆にいえば、住民投票の実現には現状、ものすごく高いハードルがある。さらに行政側はプロフェッショナル集団だから、素人集団である地域住民を手玉に取ることなどわけもない。住民にとっては、とても不利な状態、つまり民主的な状態ではないから、そこに修正をかけようということである。

    しかし現実には、どうやらこれすらも難しいようで、住民投票は行政の暗躍(といっていいと思う)によって無効にされ、開票すら行われなかった。2013年10月、投票用紙の情報公開請求を訴える裁判の第一回口頭弁論が行われたということだが、決着を見る日は遠い。都道328号線の問題は、氷山の一角であるだろうことは容易に想像できる。行政という怪物は日本全国にいて、多くの人たちが泣き寝入りしているだろうことは想像に難くない。
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    投稿日:2014.01.07

  • 住民投票はポピュリズムに陥りにくい。

    町の雑木林を無くそうとする道路整備計画に対する住民投票は、単なる反対運動ではなかった。そして、その運動を叩き潰す策動が却って、民主主義とは何かという本質への問を招来します。主権が立法にあること自体の課題と、その乗り越えが具体的に思考される興味深い一冊でした。ただ難解だと思い込んでいたデリダの論が沁み入るのも素敵です。続きを読む

    投稿日:2015.06.18

ブクログレビュー

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  • 宮川 竜一

    宮川 竜一

    立法と行政の観点から、民主主義について改めて考えさせられた。実質行政権が決定権あるのではと言う点について、感覚としてはわかっていたが、明確に言語化して整理ができたと思う。
    民主的と民主主義の違いについて、感覚的、概念的と言った視点違いでの説明など、スッと腑に落ちる理解ができた。続きを読む

    投稿日:2022.11.09

  • irobana

    irobana

    そうだよね、めざすものなんだよね。
    何にでも当てはまる話。

    思想というのは、それほど普遍的なのだと教えてくれた。

    投稿日:2022.06.29

  • towa

    towa

    このレビューはネタバレを含みます

    民主主義とは何か、民主的とはどういうことか。
    本書では、小平市都道328号線をめぐる行政との経緯を追いながら、民主主義、特に議会制民主主義の構造と欠陥を紐解いている。
    著者の「制度を増やすことで人はより自由になる」という指摘が目から鱗だった。決定方法を増やすことで、民主主義を補完していく方法だ。
    タイトルにも使われたデリダの「民主主義は来るべきもの」という考えは、確かに現代にしっくり来るものだと感じた。

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    投稿日:2021.12.31

  • Taisei Mifune

    Taisei Mifune

    来るべき民主主義
    国民主権は主権者である国民が立法権を持つことだと定義されている。近代国家は統治の規範を公開性の高い法に求めてきたためである。しかし、行政府が立法府の定めた法の執行機関に過ぎないという前提が崩れ、行政府が立法府を超えた権力を持つ現在において、現状の国民の政治参加の方法は十分に民主的であるとは言えなくなってきている。さらに、民主主義国家では国民がいかにして立法に関与できるかのみが議論されてきたため、行政への国民の関与は制度的にほとんど認められていない。本書では、このような民主主義の欠陥に関して、小平市都道328号線建設反対の住民投票が無効化されたという著者自身の経験から論じられている。

    カール・シュミットの「敵/友」の区別とアレントの多数性を踏まえた、政治とは多と一を結びつける原理的に不可能な営みであり政治の最大の危機は「敵」がまるでいないかのように振舞う時にこそ現れる、という主張が面白かった。「真に人民を代表するのは我々だけだ。」というポピュリストのレトリックは正にこの危機を表していると思った。
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    投稿日:2021.02.06

  • quazism

    quazism

    ニュースで話題になっていた、小平市の道路新設工事に対して住民投票をやった話。投票率が50%に届かなかったら投票は成立せず、開票もされないという。問題を投げかけるという意味では有意義かもしれないが、著者への感情移入はできなかった。肯定派の意見も全く紹介されず、一方的なものの見方に終始しているように思えた。続きを読む

    投稿日:2019.08.12

  • norinabe398

    norinabe398

    このレビューはネタバレを含みます

    デリダの来るべき民主主義の結論は陳腐な気がしたけれども、哲学者である著者が住民運動に携わる中で、民主主義への疑問点を実感的につかんでゆく過程はとてもつたわってくる。確かに、行政は実際ほとんど決めていて立法府はあまり役に立たないように感じる。まああくまで、一つの見解である。

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    投稿日:2019.01.23

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