【感想】地下室の手記

ドストエフスキー, 江川卓 / 新潮文庫
(183件のレビュー)

総合評価:

平均 3.9
45
62
34
9
3

ブクログレビュー

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  • K

    K

    このレビューはネタバレを含みます

    何よりもまず、読めて嬉しい。
    最初は「こんな難しいの読めっかな〜〜( ; ; )」とか言ってたけど主人公が22が4にバチギレしてるあたりから笑いが止まらなくなった。
    それで面白半分でスルスル読み進めたあたりで、主人公の自己弁護からの更にその自己弁護への自覚を語るレベルの病的な自意識過剰とメタ認知にちょっと共感を覚えてしまって、それからはもう虜だった。

    「こいつは私だ」と思ってしまった。
    本当に、身の程知らずなことだけど。(心の俳句)
    私も自意識過剰でプライドが高くて腰抜けだから彼の気持ちがよく分かったんだ。
    私みたいな10代の読書好きの少女(?)が自意識過剰でないわけないからね。
    自意識過剰は若者の専売特許だ!
    まあ、主人公は40にもなって自意識過剰なんだけど。あいつ最高だよ。

    ♢♢♢

    本編を通して感じたのは、頭が良すぎて考えすぎるが故に他者が簡単に信じている幸福とか自然の法則さえも疑ってしまい、そもそも人間が絶対に満足できる幸福なんてなくってそもそもどこか矛盾してるんだって俯瞰して、でもそれと同時に俯瞰して発見した自分自身のみじめさに耐えられなくて必死でそれを取り繕ってどうにか「らしさ」を演出してしまうような、他者を見下しながら他者に必死で弁解をするような、どうしようもない主人公の無限ループする自意識の苦しみだった。
    自分を見てる自分がいて、頭の中がバカにするのとされるのとでもうめちゃくちゃになってしまう感覚、本当に、おこがましいとは思いつつめちゃくちゃ「わかる」……。
    苦しいよね。苦しいんだよ。私も苦しい。
    頭の中がやかましいんだよ。私は誰に向かって言い訳なんかしてるんだろう?ってね。
    ああ、これってもはや感想じゃない。私信だよ。

    二部で主人公の実際の生活とか他人との関わりについての話になったときの主人公が情けなさすぎて面白かった。
    友達っていうか知り合いにめちゃくちゃ邪険にされとるやんけ。泣ける。

    そのあとがもっとダサい。
    風俗で説教しておいて帰って泣くな。
    その説教すらも本心から出た言葉じゃないの泣ける。
    さらにその後リーザに「君を辱めたくてやったんだよ!」って自分から告白しちゃう、その道化ぶりにも涙が出る。
    リーザにお金を握らせたのは「お前に高潔に生きろみたいな事言ったけど所詮はお前は金で男に抱かれたんだぜ!」ってことなのかと思った。
    でもリーザはそれを拒否した。
    金を与えられたことに彼女が屈辱を感じたのなら、それは彼女が卑屈になっていないということだから、少なくとも魂の誇りみたいなものは思い出せたのか……?と私は解釈した。
    ちょっと好意的すぎる解釈かな?
    でも、常に作り物みたいな理屈と言い訳に苦しめられてる主人公の汚い動機による行動が一人の女の子の有り様を少し高潔にしたのなら、それはすごく奇妙で皮肉で美しいことだとも思うんだ。

    そして、終わり方が神がかっている。
    主人公は手記を「ここで終わりにする」と書いているくせに、結局終わらせられず、読者に彼の手記の続きは明かされないまま終わる。
    つまり、私たちはそこに彼の手記と、彼の濁流のような思考の広がりを見ることができる。
    手記が続いてると明かすことで主人公のどうしようない滑稽さを徹底して演出し、ものごとを俯瞰しているがゆえに苦しんでいる主人公の手記を、小説を読んでいる我々が本当に別の次元から俯瞰してみせる、大胆で立体的な構成になっている。
    手記という設定だからこそできる演出。
    私はもうクラっときたよ。最高。

    主人公のキャラクターを、そんな、そんなメタ的な演出まで使って完璧に作り上げるんですか。
    解釈一致です。
    そう、彼がスッキリと手記を終わらせるなんてできるわけがないんだよ!
    こんな形でキャラクターを完成させるとは思わなかった。彼は最後の釈によって完全に完成したのだ。この尿漏れのような醜い手記のもつれた終わり方。本当に素晴らしい。
    彼は、手記を、終わらせられない‼️
    なんてキャラクター造形が一貫してるんだ。
    そしてそれを……あんな注釈でスマートかつ大胆に表してみせるなんて!
    私は酔いしれた。未成年だけど酔った。

    ♢♢♢

    自分の行動の意図を常に他人に弁解してなきゃいけないような気持ちになることって本当によくあるよね。大好き。クソわかる。

    なんというか、主人公がずっと「体育の授業でペア作れなかった時の私」をやっていたな。
    本当に、あの針のむしろに座ってるような気持ちを思い出した。

    脳みそではもう情報の洪水が起きてて自分がどんなに滑稽なのか自分でよくわかってるはずなのに自分の素直な感情なんてものはとうてい無くて信じられなくて、とにかく他人に何かを取り繕わなきゃいけない気分になって平静とかもっともらしい態度とかを装ってるけど内心は冷や汗ダラダラでパニックになって一人で大騒ぎしてるのに周りはそんなこと知りもしないで私のこと変な人間って思ってる…………っていう、このつらすぎる羞恥と自意識がこの本に書いてあったように思えた。

    気に食わないやつとすれ違いざまにぶつかろうとしてどうにか準備したのに何度も失敗するところとか、ちょっと成功してバカみたいに喜ぶところとか、他人との交流を求めずにいられないところとか、レストランでうろうろするところとか、本当に他人と思えなかった。
    本当に他人と思えなかった。

    私はドストエフスキーの作品を読むの実は2回?1.5回?くらい失敗してて、だからTwitterでこの小説の一文を見かけて気になりだしてタイトルをリマインダーに登録したはいいものの別に積極的に読もうとはしてなかったんだ。
    いつか読みたいとは思ってたけど罪と罰とかが先になるかもなんて思ってたくらいだった。
    でも私は最近ずっと気持ちがめちゃくちゃで、大学をサボって夕方に駆け込んだある日の市立図書館で、本当にたまたま、ちょうど目線の高さにあったこの本を見つけた。
    かつて読んだ別の本に「なんでもない時にドストエフスキーにチャレンジしたら全く読めなかったけど、入院した時にはスルスルと読めた。ドストエフスキーはどん底にいるときに読むものなんだ」というようなことが書いてあったのを覚えていたから、私は手を伸ばす気になった。
    というか、今の私の惨憺たる気持ちをじっくり味わわせてくれるような、そういうどん底で巡り合って共に過ごせるような小説を求めてたんだ。面白くて明るい小説や、優しいだけのぬるま湯みたいな小説なんてごめんだった。
    だから「まあせっかくだし」って思って、読み通せるか不安になりながらも借りたんだ。

    そしたらこんな素晴らしい出会いが待ってた。
    いい読書体験ができた。
    っていうか「今」読めてよかった。
    幸福な頃の私ならこの本はきっと読めなかったか、読めてもここまでは感じ入ったりしなかっただろう。
    大好き。大好き。会えてよかった。

    本当に、あの日の私がたまたま図書館で出会って、たまたま立ち読みした本の記憶に背中を押されて、自分の最低な現状もあってそれを借りて、なんかすごく運命みたいって思えてる。
    この小説の主人公なら運命なんて!運命なんて!って言うかもしれないけど。(彼は安易にものを信じて馬鹿みたいに喜んだりはしないのだ)

    私はこの本が大好きだ。
    難しかったし、理解しきれてるわけはないけど、それでも読めてよかったと心から思う。
    読書の楽しみってこういうことだったって久しぶりに思い出した。
    「すごいものを読んだ」「理解できないけど最高だった」というこの高揚感。
    こんな気持ちになれる読書体験は滅多にないから、全く私は幸せ者だといえる。

    主人公はあんなに苦しんでるのにそれを読んで私が嬉しくなるなんてだいぶおかしいけど、まあ人間の本性なんてそんなものだよねってことで、私の手記ならぬ感想を終わらせたいと思う。

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    投稿日:2023.11.18

  • 山内くん

    山内くん

    自分の中に主人公がいるし、主人公の中に自分がいる……、、。
    個人的には1週回って笑えた所もあった。
    同族的な所も勿論感じるが、新しい感覚というか、考え方、そういうものにも出会えたと思う。
    読んでよかった。続きを読む

    投稿日:2023.10.03

  • こーへい

    こーへい

    虚栄と自己正当化を極めたことで生まれる他者への敵意(そこはかとない同族嫌悪も感じる)、なのに湧き出る人恋しさ。極端ではあるけど、たぶん多数の人が通ったり留まったりしている心理状態だと思うんだよなあ。自分を顧みるきっかけにもなったし。書き手自身が鬱屈した自分を客観視して分析している描写もあるのが面白い。続きを読む

    投稿日:2023.08.21

  • モゲラ

    モゲラ

    他人と正常な関係を持てないことを他人のせいにするしか自分を守る術を知らない哀しい男の物語。
    醜悪だが、多かれ少なかれ誰もが持つ側面でもあるからこそ、共感性羞恥を感じる人も多いのだろう。

    投稿日:2023.08.08

  • lily

    lily

    このレビューはネタバレを含みます

    地下室の住人の捻くれたものの見方への嫌悪感と尊大な自尊心への共感性羞恥に心が掻き乱された。
    ただ、リーザと夜を共にしていながら「こんな世界にへたばっているんだな」と講釈を垂れる男の存在はは現実世界の夜の住人からも聞くし、この地下室の住人が特別醜い人間というわけでもないのでしょうね。
    それにしても、リーザがどうにも従順すぎると感じたのはこの本が随分前に書かれたものだから?

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    投稿日:2023.05.01

  • むちこ

    むちこ

    このレビューはネタバレを含みます

    【ある本に記載されていた《1800年代のロシアにおける投獄中の労働内容》】と【職場の大先輩が話した《現代の日本自衛隊の精神強化訓練》】がキッカケとなって読む事になった『地下室の手記』(ドストエフスキー)。

    以上2つのキッカケ内容というのが、どちらにも「穴を掘って埋めて掘って埋めて…という作業が連続するシーンがある」という事であり、

    前者は「一人の人間を潰して破滅させる最も恐ろしい罰」として、

    後者は「精神強化訓練」として…という事になっているそうです。

    この2つを知った出来事が直近の間で起こり、「こりゃなんかあるな!」と思って手に取り読んでみたら、

    「引きこもりニートの暗い話!そしてどこにも投獄中の労働なんて書いてないやんけィ!!!」という感想に至りました。

    本の中で紹介された本とその内容に誤りがあったのは今回が初めてで、わかった時には笑ってました。

    じゃあ今回の目的である内容は一体どこに載っているのか?と調べてみたら、

    『死の家の記録』との事。

    これはこれでまた読んでみようかと思いますが、

    なんせ暗そう。

    それまでにポジティブ系の本読んでエネルギーをためよう。

    今回は【教科書に載るぐらい有名な作家の本を自分で読もうと思って手に取った本の第1号】という記念となりました。

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    投稿日:2023.04.18

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