【感想】宅間守 精神鑑定書――精神医療と刑事司法のはざまで

岡江晃 / 亜紀書房
(20件のレビュー)

総合評価:

平均 4.1
6
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5
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  • 用法・用量注意。リアル「深淵」です。

    「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」(ニーチェ)。
    この言葉に準えるなら、本書はまさにリアルな深淵。
    裁判所命令による鑑定のためそれほど時間・時期に余裕が取れなかっただろう事は十分推察できますが、その限度でこれだけの調査・面談・分析をよくぞ行ったと驚かされます。被告人宅間守の生活・生態が実像を伴ってイメージされる、それほどの情報量。

    被告人に殆ど同情の余地が無い(社会規範の認識は十分にある事は本書からも伺え、それでなお犯行に及んでいる)のは事実ですが。
    全体像として見ると怪物めいているものの、個々の「腹が立った」「イライラした」エピソードは、それを暴行や犯罪の実行に移すかどうかはさておき、何かしら身に覚えのある感情でもあるのもまた事実。
    報道内容や被告人の言動の数々を見ると、「これぞサイコパス(精神病質)」(※サイコパスのカテゴリはDSM4で既に削除済)と言いたくなるところですが、ロバート・D・ヘアの「診断名サイコパス」を振り返るに、サイコパスの脳波等には一般人との間に顕著な違いがある、最早人の姿こそしているもののある意味別種だ的な描写があったかと。しかるに、本鑑定で詳細に行われた調査分析によれば、中脳の一部に軽度の小さい腫瘍の存在が疑われるものの、それが精神状態に影響したとは認められておりません。知能発達の多少の遅れ、幼少時からの情性欠如(共感・思いやりの感情欠如)による人格障害が認められるものの、それ以外の生物的・物理的異常は無い。
    つまり、被告人の生態は、へだたる距離に長短あるものの、我々とあくまで地続きなのです。

    情性欠如したまま独我論な世界像を抱き、自己愛を延々肥大させて、何かしたい・欲しいとなったらそれが犯罪でも暴力・脅迫など手段を選ばず実行し、一寸たりとて我慢できない。その癖、それ故に離反される自分・抽象的思考に劣る自分が自覚できているために、他者への猜疑心も自己愛に比例するように肥大させて、断続的な精神科通院や投薬と勝手な断薬による離脱症状などでブーストがかかり、この被告人は精神的に常在戦場状態になっていたのだろうと推測しますが、素人の組み立てたストーリーなんぞより著者の鑑定意見の方が億倍有用でしょうから、これ以上の私論は割愛させていただきます。
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    投稿日:2013.10.22

  • 精神科にかかわる人もそうでない人も読んでほい。

    タイトル通りだが、難しい専門用語も出てくるので、「素人」には理解が難しところもあるかもしれない。自分は大変興味深かった。病院の相談員も一部登場。一度措置入院になっている経過があっても、地域関係機関とのつながりがなかった(と思われる)のは、宅間のどの診断にも当てはまりにくいことがあったのか。この事件がきっかけで医療観察法ができたわけだが、この法律があっても池田小事件を防げたとは思えないというのは筆者の語る通り。事前の段階で、長期入院という形ではなく、宅間のような人物を監視という形ではない形で、見守っていくにはどうしたらいいのか、考えさせられる。続きを読む

    投稿日:2013.12.08

ブクログレビュー

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  • yajjj

    yajjj

    2001年日本に衝撃を与えた附属池田小事件の宅間守。本書は精神科医である著者が裁判所に提出した精神鑑定書そのものである。そのため責任能力の有無という結論に向かっており結論は周知の通りである。詳細は書かないがこの人間の存在は読んでいて胸糞悪い気分になること請け合い。本書はあくまで鑑定書であり、社会は今後類似事件を未然に防げるのか、という期待には答えてくれないが議論を起こすに十分な社会的財産の公開である。著者は本書を刊行した2013年に逝去されている。続きを読む

    投稿日:2019.11.29

  • achaco

    achaco

    このレビューはネタバレを含みます

    『宅間守精神鑑定書』読了。
    まあ社会から抹殺されても致し方ない奴ではあるんだが(死刑にしろという意味ではない)、幼い頃から多動傾向があって、強迫神経症に悩まされていた(考えたことをテスト中でも紙に書いたり声に出さないといられない、野球でベースを守りながら漢字を空に書かずにいられないなど)のはなんだか可哀想な印象。
    さらに、ひとが自分を見てる、目が合った、噂されてるなどの被害妄想が強くなり、必ず「勝って」終わらないと気が済まず、負けたらそのことを何ヶ月も何年も考えずにはいられない、また常に詮索癖があり誇大妄想もあるのはきついものがあると思う。
    とはいえ、プロの精神科医がこれだけあらゆるテストをして面談をしても「いずれにも分類できない特異な心理発達障害があったと考えられる」としか判断できなかったってのはすごい。
    ただ、前頭葉機能になんらかの障害がある可能性はあるとか。
    人間は複雑だ。
    .
    あと今回初めて知ったのは、池田小の代わりに母校が狙われていた可能性もあったということ。
    「もうちょっと上のランクの、宝塚に××いうミッション系のエリート小学校、女子校やけど、エリート小学校があるんやけどね。それは知っとったけど、そのときは思い出せんかったんですよ。××小学校の存在をずっとキープしとったら、××小学校に行ってるかも知らん」
    けど、長くて急な坂を登って校門に入ってからもまた登って、校庭に出て、さらにまた登るから校舎にたどり着くまでに疲れるし校舎も広いから、宅間守の目的である殺人数か稼げないと思う。
    やはり山の上に学校を作るのはそれなりにメリットがあるのだな。

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    投稿日:2019.05.05

  • mizomi

    mizomi

    このレビューはネタバレを含みます

    私は全くの素人ですが、宅間守は臨床経験や鑑定経験を多く持つ著者 岡江氏でも、これといった具体的な診断を迷わせる人物であったことがよくわかった。
    この本は法廷ドキュメントでもないし、重大事件のノンフィクションにありがちな著者の私的感情も読者への煽りもない、ただの報告書である。
    読み進めると「宅間守はどうしてこんな人間に育ってしまったのだろう?」と思うことが多々あるけれど、お医者さん目線で観察され考察されたことが書かれているので淡々と読めた。
    専門的な難しいところもあるが、適度に補足もあり素人にも読めるように配慮されているのがよくわかる。
    が、内容が内容なのでスラスラとは読めない。ツライ描写もある。
    重複部分も多々あるが、鑑定というのはそれだけ慎重に何度も振り返って考え、導き出されているのだろうと感じた。

    この犯罪は許されることでは絶対ないけれど、宅間は社会に対して自分の適合のなさをある部分では自覚していたようなので(フォローするわけじゃないけど)とても孤独な人生だったのではないかなと思う。
    他人と繋がりを持ちたい気持ちはあるのに、周りが真っ暗の無人島に一人というイメージ。
    少しは理解者のような人も居たようだけど(案外電話する仲の人が数人居る)、気になることがあると頭にこびりついてしまって現状満足できない。
    どういう方法で誰とどういう関係を持ったらいいか、または修復したら良いか、立ち直ったら良いか、どうやっても普通のやり方がわからない、孤独な人という気がする。

    心理テストの結果や考察、あと、前頭葉の血流量の低下が関連がありそうで興味深かった。

    ここまで強烈な嫌がらせや行動やもちろん犯罪はしないけれど、正直感じ方が自分とほんの少し共通点があり怖くなった。

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    投稿日:2018.04.12

  • nyanko222

    nyanko222

    鑑定にまつわる全ての資料とその詳細な解説
    非常に興味深い内容,とても解りやすい


    最後には,鑑定主文と,大阪地裁の判決が掲載

    投稿日:2018.03.13

  • Keito

    Keito

    ひとりの人間の生死を、ある意味で託されるということに等しい行為の過程とその結末を、このように示してくれるというのは、それだけで非常に価値あることだし、死刑廃止だの存続だの死んだこともない人間の迷い言を一蹴するにも必要なことであると思う。だいたい、死刑が罰になること自体をまともに考えた人間がいたとするなら、野蛮だとか先進的でないとかそういうことばは出ないはずである。しかも、この死刑囚が示したように、「死んだら終わり」のどこが罰になっているというのか。ひとに罰を与えるどうのこうの言う前に、ひとが死ぬというそのことを考えた人間がそういう中にいるのか。
    判決文には殺した子どもの可能性を奪ったことに加え、子どもを奪われた遺族の悲しみが罪とされている。このことは事実だし、もっともなことである。おそらく、多くのひとがそう感じる。
    だが、この宅間守という人間にはそんなものは通用しないのだ。彼にとっては、それは罪ではないのだ。したがって、彼にとって、死刑は何の罰にもなっていない。ただ罪のない哀れなひとりの人間が、不当に殺されるのだと息巻くだけなのだ。罰は誰に対しての罰なのか。死刑が罰になるのは、死というものを考えたことのある人間だけである。
    死刑の本質は、死という現象が、人工的に与えられるという点にある。人間生まれたからには必ず死ぬ。誰だって死ぬ。死刑囚でなくても、英雄であっても関係ない。しかし、今こうして考え、生きているという点にかけて、死んでないということが保障される。どういうわけか、生きてしまっているのである。
    では死なないのはなぜか。それは死ねないからである。死んだら終わり、死ぬのは苦しい・怖ろしい、そういうことを言うひとがいるが、死んだこともないのに、どうしてそんなことがわかるのか。臨死体験、それはどこまでいっても生きた人間の体験でしかない。死というものは生きていないということでしか考えられないからだ。死ぬということば自体が生きていることを前提としてしまっている以上、死というものを捉えられないのは当たり前ではないか。
    ただ、死ぬということは生きていない、ということであるのは事実である。死んでしまったら、少なくとも決して「善く」は生きられない。ひとを殺すということは、少なくとも、他人が決して善く生きられないということに他ならない。他人が決して善く生きられないのなら、自分は決して善く生きられないのと同じことである。
    彼の罪は他人だけでなく、自分の善く生きる可能性を自らの手で抹殺したことである。彼の罪は、他人に自身の善く生きる可能性を奪われることによってしか贖われない。だから、この点において、彼の死刑が罰足りうるのである。
    そんなことも考えられずに、彼は死んでいったのである。人間として生まれながら、なんと皮肉なことか。彼はただ人間として死ぬのではなく、殺処分されたに過ぎないのである。人間として死んでいった陸田真志となんという違いか。
    罪や罰というのは、どこまでいっても人間的なものでしかない。人間でなければ、罪だの罰だの並べ立ててもなんの意味もない。宅間守は人間として死ねなかったのである。どこまでも自分がすべてだと息巻くのであれば、彼は生きるということにかけて、死ぬということにかけて、人間であるべきだった。俺のどこが悪いと叫んだその時、なぜ彼は自分の胸に手をあてなかったのか。そんなことをなぜ、他人に聞くのだ、と。そんなことを他人に教えられないとわからないのか。それがわからぬというのなら、人間などではないのである。
    彼の精神的特質が、そういったことを考えるにあたって、妨げていた可能性はおおいにありうる。そこで、精神鑑定の出番というわけだ。
    だが、精神鑑定や彼の通っていた病院含め、何の病気かを探すことに血眼になっているような気がしてならない。別に精神鑑定が悪いとか、診断したやつが悪いとか言うつもりはない。ただ、病気や育ちの問題だからということで、それが人間である限り、罪や罰が差し引きされるというのはとうてい思えない、というだけである。病気だからひとを殺してしまう、育ちに問題があったから誰かを傷つけてしまう、こんな短絡的な話がまかり通っていいのか。精神鑑定はそんなことをしたいのか。
    この精神鑑定というのは、人間であるかそうでないのか、死刑か殺処分であるかを鑑定するものであるはずだ。そうでなければ何を鑑定しているというのか。あてはまる病気を探したって既存の何にも彼にあてはまらななかったのが事実である。彼は病気かどうかの範疇を超えていたのである。
    鑑定人たちや彼に携わったひとは、幻聴が聞こえたかや、その時の気持ちを聞くよりも、誰かを殺すことで、一体誰が死んだことになるのか、ひとが死ぬとはどういうことか、そして、それのどこが彼の善く生きることとなりうるのかを彼に尋ねるべきだったと思う。
    もう今や刑が執行されてしまった以上、彼が人間として罰を受けて死んでいったのか、もう、誰にもわからない。
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    投稿日:2016.10.24

  • tanelog

    tanelog

    子育て中の身として、何をどう間違えたらあのような人格を持った人間が誕生するのか、知る必要があると思いました。

    残酷で目を覆いたくなるような表現が多数出てきます。読んでいてぐったりしてしまいました。

    彼が年上女性との婚姻中、女性から保護されている関係にあるうちは、暴力的な問題行動も落ち着いていたらしい。
    決して家庭環境だけが原因ではないのかもしれないが、
    仮に彼が胎児期から幼少期に、深い深い愛情を受け、自己肯定感を育まれていたら、このような人格形成には至らなかったのではないかと思われる。
    続きを読む

    投稿日:2016.02.20

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