この作品のレビュー
平均 3.5 (32件のレビュー)
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【感想】
市場調査会社・YouGovが、成人のアメリカ人を対象に「非常時に自らの手で飛行機を緊急着陸させる自信があるか?」とアンケート調査を行った。結果、アメリカ人の32%が「自信がある」と答えた。別…の調査では「さまざまな動物と素手で戦って勝てると思うか」とアンケートを取った。結果、8%のアメリカ人がゴリラ、ゾウ、ライオンに素手で勝てると答え、グリズリーにすら6%のアメリカ人が「勝てる」と豪語した。
ここまで来ると、自己肯定感が高い/低いという問題ではない。何故飛行機のパイロットや猛獣ハンターでもないずぶの素人が、「自分にはできる」と思い込んでいるのか。彼らは何を根拠に自らの力を過大評価しているのか。
そうした「過信」「錯誤」「バイアス」といった人間の判断ミスについて論じるのが、本書『イェール大学集中講義 思考の穴』だ。筆者のアン・ウーキョンはイェール大学に在籍する心理学教授である。筆者は心理学という学問を「思考の不具合(人間の行動を惑わせ、エラーやバイアスを起こす誤った判断)」への対処、決断を下すときの正確性の向上、論理的思考力の向上に活用できると考えており、その自説の根拠を様々な研究結果と共に本書で示していく。
本書の冒頭では、人間の認知バイアスである「過信」について、筆者が大学の講義で行った実験の様子が面白おかしく語られる。
筆者は学生たちに、BTSの「Boy With Luv」のミュージックビデオから切り取った6秒の動画を見せて、「正確に踊れた人に賞品をあげよう」と言った。切り取った部分は、振り付け的には特に難しくない箇所を選んでいる。この動画を10回流し、ダンスの指導用に制作されたスローバージョンの動画も流した。
予習後、10人の自信満々な学生が立候補し、講堂の前にやってきた。そして曲が流れ出したが、結果は散々なものだった。立候補者は腕を激しく振り回し、跳んだりキックしたりするが、そのタイミングはみんなバラバラだ。誰かはまったく違うステップを踏み、何人かは3秒で踊るのをあきらめた。たった6秒の振り付けを覚えることさえできず、しかも学生たちは「自分なら完璧に踊れる」と思い込んでいたのだ。
この過信を「流暢性効果」と呼ぶ。これは、容易に理解できることは簡単そうに思える、という心理効果だ。BTSのミュージックビデオでは、メンバーは軽快にダンスを踊り続ける。音楽に合わせて一糸乱れないその様は、あたかもリズムに合わせればそのまま勢いで身体が動き出す、と言わんばかりの軽やかさだ。これを見ると、メンバーたちがダンスを習得するまでに膨大な時間と努力をかけていることを忘れ、「自分にもできそうだ」と錯覚してしまうのだ。
この「容易に理解できる=簡単」という図式は、知識についても同様に当てはまる。陰謀論がその典型だ。陰謀論は社会に存在する容易に吞み込めない出来事を「闇の組織の仕業だ」と単純化することで、世界を強引に説明しようとする。人は「理解できない」を嫌うため、複雑な因果を一つにまとめあげる陰謀論は、共感と納得を産むのだ。
バイアスがダンスといったものに働くなら実害はないが、物によってははるかに深刻な問題を実生活で引き起こすおそれがある。過信して適切な準備を怠れば、猛獣と遭遇したときに逃げようとせず、戦って命を落とすかもしれない。Qアノンから聞いた話を信用しすぎたばかりに、連邦議会の議事堂を襲撃してしまうかもしれない。大切なのは、流暢性効果を始めとするバイアスの存在を知り、それから逃れようの無いことを理解しつつ、できるだけ多くの推論によって慎重に判断を下す、真摯な姿勢なのである。
――そのようなバイアスは、しばしばひどい結果をもたらすものだが、そのプロセスをつかさどるのは、私たちが自分を取り巻く世界を理解するために絶えず使い続けている能力である。よって、ひどい結果をもたらすからといって、そのプロセスを簡単に止めることはできない。そのプロセスは、私たちに必要なものなのだ。(略)自分の思考にバイアスは生じていないと思い込んでいたり、そういうバイアスに苦しめられるのは自分と違って頭の回転が遅いタイプの人だけだと思っていたりすると、思考のバイアスを克服するのはますます困難になる。
――――――――――――――――――――――
【まとめ】
1 流暢性効果――自分にはできると思い込む
大学の講義でとある実験を行った。
まず、BTSが歌う「Boy With Luv (ボーイ・ウィズ・ラブ)」のミュージックビデオから切り取った6秒の動画を10回流し、このダンスの指導用に制作されたスローバージョンの動画も流した。その後、6秒のダンスを踊りきれたら賞品をあげると伝え、ダンスに挑戦する志願者を募った。
ひとときの名声を得ようと、10人の勇敢な学生が講堂の前方へやってくると、ほかの学生たちから大きな歓声があがった。声をあげた学生のほとんどが、自分も踊れると思っているに違いない。しょせんはたった6秒のダンスであり、それほど難しいはずがない。
そして曲が流れ出すと、志願者は腕を激しく振り回し、跳んだりキックしたりするが、そのタイミングはみなバラバラだ。誰かはまったく違うステップを踏み、何人かは3秒で踊るのをあきらめた。その姿に、みなが大笑いした。
頭のなかで容易に処理できるものは、人に過信をもたらす。そうして生まれる過信のことを「流暢性効果」と呼ぶ。他人が簡単に成し遂げている様子を見ると「自分にもできそうだ」と信じ込んでしまい、その技術の習得にかかる努力や難しさを過小評価する。
流暢性が錯覚をもたらすのは知識にまつわるものにも同同様だ。人は新たな知見を得たときに、それが見出された経緯を知る(=頭の中で関連性がリンクし、理解しやすくなる)と、その知見が事実だと信じる気持ちが強くなる。例えば、「ジョン・F・ケネディを暗殺したリー・ハーヴェイ・オズワルドはCIAのエージェントだった」という陰謀論は突飛すぎるように思えるが、「CIAは大統領の共産主義への対処を憂慮していた」との説明が加わると、見かけの説得力が増す。
私たちが認知バイアスから逃れられないのは、認知バイアスのほとんど(おそらくはそのすべて)が、脳の高度な適応のメカニズムの副産物として生まれたものだからだ。そうしたメカニズムは、ヒトという種が何千年にもわたって生き残るなかで、私たちの役に立つように進化を遂げてきた。その働きは、そう簡単に制止できるものではない。
例えば「ヒューリスティック」について。ヒューリスティックとは「経験則や直感による判断」という意味であり、自分が回答を知らない場合や正しい答えが無い場面において、迅速に決断を下すために用いられる。太古の昔、野生動物と共に暮らしてきた我々には、身に危険が迫った時に咄嗟の行動をとるような本能が備わっている。ヒューリスティックは緊急事態での思考時間を短縮してくれる重要な能力なのだ。
流暢性効果を克服するための手段の一つは、単純に「ただ試してみる」ことだ。ダンスを頭の中で思い描くだけでなく、実際に踊って練習してみれば成功の確率が高まる。
中には、試す前に計画を立てることが必要なもの(仕事、試験勉強など)も少なくない。その場合にも流暢性が原因で過信が生じる。人は何かを完了させるのに必要な時間と労力を少なく見積もりがちだからだ。一つのタスクをより小さいタスクに分解する、見積もりより50%多くの時間を確保しておく、などの行動を取ることで、計画への過信を防ぐことができる。
また、自分の知識を書き出すと過信が軽減されうると実証した研究もある。政策や社会問題について確固たる意見を持つ人は少なくないが、持論への説明を求めると、自分が実は深く理解していないことに気づき、謙虚になることがわかっている。
2 確証バイアス
確証バイアスとは、人が「自分が信じているものの裏付けを得ようとする」傾向のことを指す。
参加者を無作為に抽出し、うつ病に対する遺伝的感受性の有無を伝えた後、それが参加者の心理的傾向にどう影響を及ぼすかの実験を行った。事前に唾液検査を行ってもらい、参加者を「遺伝的感受性がある」Aグループと「遺伝的感受性がない」Bグループに割り当てた。実際には唾液検査に意味はなく、完全ランダムにグループを割り当てただけだ。その後AグループとBグループに、過去2週間に現れたうつ症状を回答してもらった。結果、Aグループのほうがはるかに高い割合で「うつ症状があった」と回答した。
つまり、結果を無作為に2グループに分けて伝えたにもかかわらず、遺伝的にうつ病になりやすいと告げられた人たちは、そうでないと告げられた人たちより強いうつ的症状を報告したのだ。確証バイアスは、人の未来の行動だけではなく、過去に行った行動の因果さえも錯覚させる強力なバイアスなのだ。
この実験で明らかにされたのは、確証バイアスに潜む深刻な問題だ。それは「悪循環」である。暫定的な仮説を裏付ける証拠ばかり集めていると、それが正しいと確信する気持ちが極端に強くなっていき、裏付けとなる証拠をさらに求めるようになる。また、自分の力を過信すれば、失敗は無視して成し遂げたことだけを選りすぐって思い浮かべ、結局は自分の能力を過小評価するときと同じようなまずい状況に陥りかねない。
確証バイアスを打ち破るコツは「正反対のことを自問する」ことである。ある法則や質問に対して、両方の可能性を追求する。また、習慣となっているいつもの行動について「あえて少し違うことをしてみる」ことで、予期せぬ可能性を模索してみるのも手だ。
3 関係ないところに原因を見出す
どんな出来事にも、それが起こる原因となりうるものは無限にある。とはいえ、原因として妥当に思えるものの数は絞ることができる。
人が因果関係を認識する際に共通して使う手がかりは次のとおりだ。
・類似性…原因と結果は似ているはずだと思い込む。両者の大きさや特徴はマッチしており、結果が原因とあまりにもかけ離れていると感じると、明白な原因を原因として受け入れられないことがある(たとえば、病気を説明するものとして細菌の研究が初めて発表されたとき、多くの人はそれを信じ難いと感じた。細菌のような極小のものに、人間に害を及ぼしたり人間を殺したりできるほどの力があるとはどうしても理解できなかった)。
・十分性と必要性…原因が十分条件もしくは必要条件を満たしていると、ある事象が起こると考える。ある事象が起きた原因がひとつ明らかになると、その他の要素は自動的に考慮されなくなる。
・親近性…最後に起こったことが原因だと思ってしまう。
・可制御性…自分でコントロールができたのに、と考えてしまう。私たちが結果をある原因に帰そうとするのは、それによって未来に取るべき行動を知りたいからなので、自分でコントロールできないことは基本的に非難しない。逆に、自分にコントロールできると思える要素が介入している場合、(同じ結果だとしても)自分の行動を責めてしまう。
4 脳が勝手に解釈する
実は、賢い人のほうがバイアスのかかった解釈にとらわれやすい。というのは、彼らは自分の意見に矛盾する事実をごまかす術をたくさん心得ているからだ。
死刑に対する見解の変化を確かめる実験が行われた。参加した大学生の一部は死刑を支持し、死刑が犯罪を抑止すると考えていた。参加者は、死刑が犯罪率を上げるか下げるかを調べた10の(架空の)研究を通じて明らかになったことを読むよう指示された。10の半分は死刑には抑止効果があり、もう半分は抑止効果がないとする調査だ。参加者はひとつの研究について読み終えるたびに、死刑に対する意見がどのくらい変わったかを回答した。
結果は、抑止効果があると示した研究を読むと、死刑に賛成の学生も反対の学生も死刑を容認する気持ちが高まった。反対の結果となった研究を読んだ後も同様に、どちらの学生も死刑に反対する気持ちが強くなった。
つまり、自分がもともと持っていた意見と相容れなくても、新たに得た情報の影響を受けたのだ。参加者各自のもともとの意見によって、変化の度合いに違いは見受けられたものの(例:死刑に抑止効果があるという情報を得た後、もともと死刑に賛成だった学生の死刑支持の気持ちが高まった度合いのほうが、死刑に反対だった学生の死刑容認の気持ちが高まった度合いを上回った)、まったく変わらないということはなかった。
ただし、この実験には続きがある。参加者により詳しい研究内容を読ませたのだ。すると、事態は一変した。詳しい情報を得たおかげで、賢明な参加者たちは、自分のもともとの考えと矛盾する結果を却下する言い訳(例:データが不完全、実験に可変要素が多すぎる)ができるようになり、自分の信条や姿勢と相容れない意見を否定したのだ。死刑の支持者は、死刑の犯罪抑止効果を貶める研究の詳細を読むと、死刑を支持する気持ちをいっそう強くした。死刑に反対の人は、抑止効果を認める研究の詳細を読んだ後に、反対する気持ちをいっそう強くした。要するに、自分のもともとの信条に相反する証拠は、対立を深める結果を招いたのだ。
なぜ事実やデータを、自分の考えに一致させようと歪めて解釈するのか。
まず、動機となる要因が重要な役割を果たしていることは疑いようがない。たとえば「面目を保つ」、つまりは(実際には違っても)自分は正しいと周囲に示す必要性から動機が生じることがある。また、自分と同じ信条や思いを共有する家族、派閥、政党のために、その信条や思いを守りたいとの欲求が生まれることもある。このように、何かに突き動かされて事実を都合よく解釈する、というのは説明として成り立つ。
加えて、特定の何かを信じる動機がない場面でも、自分の中に存在する思い込みによって、目にしたものや体験したことに色がついてしまう。
ただ、解釈にバイアスがかかることは絶対に止められない。バイアスは、私たちが自分を取り巻く世界を理解するために絶えず使い続けている能力である。止められないという認識を持つことが、思考の穴にはまらないための最初の一歩だ。続きを読む投稿日:2024.01.08
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いち例として「保有効果」と「損失回避」の236ページは納得した モノを買うと「手放したくない心理」が働く 自分はバーゲンには行かないけど、バーゲンで必要以上…にモノを買う人は二重のワナにかかっているかもしれないので汚部屋にならない様に気をつけよう続きを読む投稿日:2024.05.11
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