イーロン・マスク 上
ウォルター・アイザックソン(著)
,井口耕二(訳)
/文春e-book
作品情報
今年一番の話題作! マスク自身が語り尽した初の公式伝記
世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』評伝作家だからこそ描けた。
いま、世界で最も魅力的で、かつ、世界で最も論議の的となるイノベーターの赤裸々な等身大ストーリー-。彼はルールにとらわれないビジョナリーで、電気自動車、民間宇宙開発、人工知能の時代へと世界を導いた。そして、つい先日ツイッターを買収したばかりだ。
イーロン・マスクは、南アフリカにいた子ども時代、よくいじめられていた。よってたかってコンクリートの階段に押さえつけられ頭を蹴られ、顔が腫れ上がってしまったこともある。このときは1週間も入院した。
だがそれほどの傷も、父エロール・マスクから受けた心の傷に比べればたいしたことはない。エンジニアの父親は身勝手な空想に溺れる性悪で、まっとうとは言いがたい。いまなおイーロンにとって頭痛の種だ。このときも、病院から戻ったイーロンを1時間も立たせ、大ばかだ、ろくでなしだとさんざどやしつけたという。
この父親の影響から、マスクは逃れられずにいる。そして、たくましいのに傷つきやすく、子どものような言動をくり返す男に成長し、ふつうでは考えられないほどのリスクを平気で取ったり、波乱を求めてしまったりするようになった。さらには、地球を救い、宇宙を旅する種に我々人類を進化させようと壮大なミッションまでをも抱き、冷淡だと言われたり、ときには破滅的であったりする常軌を逸した集中力でそのミッションに邁進するようになった。
スペースXが31回もロケットを軌道まで打ち上げ、テスラが100万台も売れ、自身も世界一の金持ちになった年が終わり2022年が始まったとき、マスクは、騒動をつい引き起こしてしまう自身の性格をなんとかしたいと語った。「危機対応モードをなんとかしないといけません。14年もずっと危機対応モードですからね。いや、生まれてこのかたほぼずっとと言ってもいいかもしれません」
これは悩みの吐露であって、新年の誓いではない。こう言うはしから、世界一の遊び場、ツイッターの株をひそかに買い集めていたのだから。暗いところに入ると、昔、遊び場でいじめられたことを思いだす??そんなマスクに、遊び場を我が物とするチャンスが巡ってきたわけだ。
2年の長きにわたり、アイザックソンは影のようにマスクと行動を共にした。打ち合わせに同席し、工場を一緒に歩き回った。また、彼自身から何時間も話を聞いたし、その家族、友だち、仕事仲間、さらには敵対する人々からもずいぶんと話を聞いた。そして、驚くような勝利と混乱に満ちた、いままで語られたことのないストーリーを描き出すことに成功した。本書は、深遠なる疑問に正面から取り組むものだとも言える。すなわち、マスクと同じように悪魔に突き動かされなければ、イノベーションや進歩を実現することはできないのか、という問いである。
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商品情報
- シリーズ
- イーロン・マスク
- 著者
- ウォルター・アイザックソン, 井口耕二
- ジャンル
- 教養 - ノンフィクション・ドキュメンタリー
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春e-book
- 書籍発売日
- 2023.09.13
- Reader Store発売日
- 2023.09.13
- ファイルサイズ
- 12.2MB
- ページ数
- 360ページ
- シリーズ情報
- 既刊2巻
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この作品のレビュー
平均 4.2 (44件のレビュー)
-
【感想】
世界をまたにかけるお騒がせ男、イーロン・マスク。最近はTwitterの買収と運営で朝令暮改のゴタゴタを起こしている彼だが、本書はそんなお騒がせ男初の「公式伝記」となっている。上巻は子ども時代…、スペースX設立、テスラでの自動車開発がメインのお話で、2019年頃までの様子が語られる。下巻はスターリンク開発とTwitter買収の2本柱といったところだ。
イーロン・マスクと聞いて私が想像したのが、天才的なイノベーターでありながら人格に問題を抱えており、奇抜なアイデアと誇大妄想を次々と繰り出すカリスマ、という人物像なのだが、本書ではまさにそのとおりのエピソードが次々と語られていく。その破天荒な内容が面白すぎて、あっという間に読み終えてしまった。ぜひ下巻も読み進めていきたい。
下巻の感想
https://booklog.jp/users/suibyoalche/archives/1/4163917314
●子ども時代
イーロンは幼少期を南アフリカで過ごしているが、治安の悪さも相まって、殴り殴られの壮絶な時代を過ごした。
12歳のとき、ベルドスクールという荒野のサバイバルキャンプに放り込まれている。配給される水も食料も少ないが、人の分を奪うのは自由であり、むしろそうしろと勧められていた。かつて死人が出たこともある危険なキャンプで、自分より体の大きい子どもをぶん殴って何とか生き延びたという。
イーロンの幼少期は暴力の連続だった。学校では誕生日の関係からクラスで一番幼く、体も一番小さかった。さらに、人間関係をうまくこなすことができなかった。共感は苦手だし、ほかの人に好かれたいとかも思わないし、気に入られようとすることもない。だから、どこに行ってもいじめられ、顔を殴られた。イーロンいわく、「殴られると人生がどう変わるのかは、殴られたことがある人でないとわからないでしょう」と語っている。
しかも、父親のエロール・マスクはそれ以上にイーロンの心を痛めつける存在で、同級生に殴られて病院送りになったイーロンに対して「大馬鹿野郎、ろくでなし」と罵りまくり、殴った方の肩を持った。こうした経験から、イーロンは幼い頃から恐れや喜び、共感といった感情を遮断するすべを学んだと言う。
イーロンは、自身がアスペルガーであることをおおっぴらに語っており、母親もそれを認めている。
母「子ども時代、実際にそう診断されたわけではないのですが、でもアスペルガーなんだと本人も言っていますし、まちがいなくそうだと私も思います」
だが、感情の琴線が壊れている彼だからこそ、普通では考えられないほどのリスクを平気で取れるし、ひたすら冷静に計算し、熱い情熱をもって突き進むことができる。その性格のおかげで、私たちも大きな夢を見ることができるのだ。
多くの天才の例に洩れず、イーロンも、放っておくとどこまでも好き勝手し続ける子どもだったという。当然周囲と仲良くやっていけるわけがなく、10歳になるまで友達がいなかった。反面ビデオゲームや読書が大好きで、父が持っていた百科事典2セットを通読したというエピソードを持っている。そのうちダンジョン&ドラゴンズやコンピューターゲームにのめり込み、プログラミングを学んでいった。18歳で南アフリカを出てカナダに渡り、クイーンズ大学、ペンシルバニア大学で学んだ後、地図ソフトウェアを開発する会社を立ち上げた。事業は成功し、3億7000万ドルで会社が買収され、イーロン自身は27歳にして2200万ドルを手に入れている。
●スペースXの設立から成功まで
マスクは小さい頃からロケットと電気自動車に情熱を燃やしていた。ペイパルCEOを解任された後の集まりで、「火星を開拓する。人類を複数惑星にまたがる文明にすることを人生の目標にしたんだ」と語り、仲間から「頭のおかしいやつだ」と思われていたらしい。
そもそも、何故火星なのか?イーロンは過去のインタビューでその理由をいくつか挙げている。
一つは、か弱い地球になにかがあっても、ほかの惑星に住むようになっていれば人類の文明と意識は生き残れると思っているからだ。小惑星がぶつかるとか、核戦争で気候が大きく変わるとかで、地球が住めなくなることも十分に考えられる。
「他の惑星に行けたほうが、人類意識の寿命はずっと長くなるはずです」
もう一つは、精神的な動機だ。
「米国というところは、文字どおり、純粋に探検の精神の国なんです。冒険者の地ですよ」「宇宙に出ていく以上に壮大な冒険はちょっと思いつきません。火星に基地を作るのはものすごく難しいでしょうし、おそらくは途中で死ぬ人だって出てしまうでしょう。米国に移民してきた時代と同じように、です。それでも、火星に行くと想像しただけで元気になれますし、いま、世界はそういうことを必要としているのです」
要は、新時代を切り開くべき意欲が人間には必要で、そこから逆算して「火星移住」というミッションが適する、ということらしい。荒唐無稽さはあるが、こうしたビジョンを堂々と語り実現に走れるのがイーロンの強さだ。
イーロンは2002年にスペースXを立ち上げ、ロケット開発に着手していく。
ロケット開発では、イーロンの仕事のやり方を象徴するエピソードがいくつも語られる。
そのうちの一つが「スケジュール感」だ。マーリンエンジンを開発していたとき、エンジン部門のリーダーが期間を半分にして持ってきたスケジュールを「なんでこんなに時間がかかるんだ?もう半分にしろ」と言った。当然反論すると、イーロンは「今後もエンジン部門のリーダーでいたいか?」と問いた。もちろんと答えると、「じゃあ、やれと言われたらやれ」と冷たい命令が返ってきた。
だが、結局イーロンの言う通りには短縮できなかった。これ以外にも彼はことあるごとに非現実的な期日を設定してきたという。その他、「とにかくやってから言え」「無理と言うな」「なんとかしろ」などと、ボスという立場を悪用したパワープレイで周囲を振り回すのだが、実際に上手くいくことも多い。
初のロケット「ファルコン1」の打ち上げは失敗に終わった。2回目の挑戦は宇宙にこそ到達したが軌道に達することはなかった。そして3回目も失敗。イーロンの資産はほとんど残ってなかった。
イーロンは打ち上げ失敗のわずか1、2時間後に声明を出した。「スペースXはあわてることなく前に進み続けます。スペースXは軌道に到達するという目標を達成します。そこに疑問が入り込む余地はありません。私はあきらめません。絶対に」
イーロンのカリスマ的資質が存分に発揮された場面だ。ここで社内の雰囲気が「失敗だ、もうだめだ」から「やってやるぞ」に一気に変わったという。
そして運命の4回目。テスラでの事業不振のこともあり、資金は底を尽きている。正真正銘のラストチャンス。これを、イーロンは見事やってのけた。ファルコン1は民間が独自開発したロケットとして初めて、地上から打ち上げて軌道に到達したのだ。イーロン以下、わずかに500人で一から設計し、製造もすべて自分たちでやってのけた。
●テスラでの(地獄の)電気自動車生産
イーロンが創業資金を投資したテスラだが、当初の彼の立ち位置は一投資家にすぎなかった。しかし、設計や技術判断に深く関わるようになると、イーロンの影響力がどんどん大きくなっていく。根本的な設計以外――見た目や軽微な変更にもガンガン意見し、そして反対意見を聞こうとはしない。変更を繰り返すにつれて設計が複雑になっていき、各国にある工場の生産が遅れ、キャッシュがどんどん飛んでいった。
テスラ初の製品であるロードスターの生産を前に、財務状況は悪化するばかりであった。生産の第1ラウンドに必要な材料は1台あたり11万ドルで、キャッシュは数週間で底をつきそうだった。
2008年秋には状況がさらに悪化し、友だちや家族からお金を借りないと給料が払えないほどになった。このころイーロンは、毎晩、ぶつぶつぶつぶつ独り言を言っており、手足を振り回して叫ぶこともあった。それを見るのはとても怖かったとタルラ(2人目の妻)は言う。
「心臓発作でも起こすんじゃないかと心配で心配で。夜驚症と言うんでしょうか、寝ているのに突然叫びだし、私にしがみついてきたりするんです。恐怖ですよ。彼は追いつめられていて、私はびくびくでした」「内臓に来てしまって、叫んでは吐いてました。私はトイレで横から彼の頭を支えてあげました」
その後スペースXの成功もありキャッシュフローは改善、2012年6月に、モデルSのラインオフが行われた。
イーロンはテスラでも「設計と製造の一体化」を推し進めている。イーロンは、技術者のキュービクルを組立ラインの脇に置いた。こうすれば、設計上の問題で組立がうまくいかなかったとき、文句の声も聞こえるし、火花が飛んだら見えるからだ。技術者を集め、一緒に組立ラインを見て歩くのもよくした。組立ラインを巡りながら、この部品はなくせないのか、小さくできないのかと、幹部でも組立ラインの溶接工でも、全員に同じメッセージを送った。こうすることで日々、改善のアイデアが得られるからだ。
イーロンはフリーモントの組立工場にデスマーチを強いた。モデル3が週に2000台しか生産できていない現状から、2ヶ月後の6月末までに週5000台まで増やす。狂気の改善作業の始まりである。
イーロンが工場内をうろつき、赤ランプを見ると突進する。なにが問題なんだ?部品が1個行方不明なんです。その部品、責任者はだれだ?そいつをここへ呼べ。センサーのひとつが誤報続きで。制御卓を開けられるヤツを探してこい。設定は調整できないのか?そもそも、そんなセンサーがなぜ必要なんだ?
こんな調子で、1日に100回は指揮官決定を下したと言う。スペースXの現場では、「エンジンの始動やエンジンの爆発防止など、絶対に必要なもの以外、センサーはなくせ」と技術陣にメールで指示。「今後、エンジンにセンサー(など)を取り付けた者は、それがまちがいなく必要でないかぎり、クビになるものと覚悟しろ」と脅迫している。
当然、そんな独裁体制を築いていれば、反対する者も出てくる。「生産スピードを上げるために安全性や品質を犠牲にしている」と。生産品質のシニアディレクターは退職。CNBCのテレビ番組では、「モデル3に設けられている強気の生産目標を達成するため、手抜きを強いられている」という現職員と元職員の言葉が紹介された。プラスチック製ブラケットが割れていたら絶縁テープで補修するなど、おざなりな対応を求められるという言葉もあった。ニューヨークタイムズ紙も、1日10時間働けと圧力をかけられているという作業員の声を報じた。「常に『何台できた?』と問われるんです。とにかく作れ、もっと作れ、なんですよ」
これらの報道にも一片の真実がある。テスラの負傷率は業界平均の30%増しだったのだ。
結果的に、2018年5月末には週に3500台を生産できた。そして6月末には、公約通り5000台を達成したのだった。
●イーロンの性格
本書ではイーロンの人間性について多くが語られるのだが、端的に言えば「共感性のない自己中」である。彼自身、「チームメンバーに愛してもらうことなど仕事ではない。そんなのは百害あって一利なしだ」と、のちにスペースX経営陣を集めた会議で語っているくらいだ。
マスクは何日も徹夜して仕事を続ける仕事中毒者なのだが、厄介なことにそれを他人にも強いる。感謝祭までにXドットコム(ペイパルの前身)を公開すると発表したときは、11月末までの数週間、イーロンはいらついた様子で毎日事務所をうろつき、みんなをいらつかせた。もちろん、ほぼ毎晩、机の下で寝て泊まり込みだ。感謝祭当日も仕事で、真夜中の2時に退勤したエンジニアを11時には電話で呼び戻したりしている。
テスラのバッテリー工場では、「モデル3を週に5000台作る。作れなければ会社が死ぬ」と社員に発破をかけた。その時工場は週に1800個のバッテリーしか作れなかった。ラインの増設には1年かかる、と幹部が抗弁すると、その幹部をクビにし、言うことを聞く人間を指揮官に任命したという。
そんな状態だと、当然人間関係はさんざんである。会議中に開発者に人格攻撃を行い空気をめちゃくちゃにする。テスラでは開発中の車の原価を聞くなりブチ切れて、責任者のエバーハードを解任し、後に名誉毀損で訴えられている。元妻のジャスティンはストレスから精神薬を飲んでおり、結婚生活は破綻していた。ショットウェルというマスクと20年以上も一緒に仕事をしてきた女性は、「イーロンはくそ野郎じゃないんですが、でも、おりおり、そう思われてもしかたがないことを言ったりします。自分の言葉が相手にどう受け取られるのかを考えないからです。ミッションを成功させたい、それしか頭にないんです」と語っている。
テスラの元CEOマイケル・マークスは、イーロンの性格について次のように答えている。
「マスクはスティーブ・ジョブズと同じタイプだと思っているんです。とにかくクソなヤツはいるものだ、と。ところが、ふたりともすごい成果をあげています。で、つい、考えてしまうわけです。もしかして、あの性格と成果はセットなのか?と」
――セットであればマスクの言動は許されるのか?
「これほどの業績に対して世界が払わなければならない対価が、くそ野郎でなければ達成できないなのであれば、そうですね、たぶん、それだけの価値はあると言えるのではないでしょうか。私はそう思うようになりました」「でも私自身がああなりたいとは思いませんね」
また、イーロンはリスク大好き人間である。「船に火をかけて、ほかの人々の逃げ道をなくす」と称されているとおり、向こう見ずな賭けをガンガン行う。
例えば、2010年にスペースXが無人宇宙船を打ち上げたときの出来事。打ち上げは年内を予定していたが、最終検査で2段目エンジンのスカート部に小さな亀裂がふたつ見つかった。
「NASAの関係者は、みんな、何週間か延期になるなと思いました」とガーバーは言う。「ふつうならエンジン全体を交換する話ですから」
「スカートを切ったらどうだろう」と、イーロンが技術陣に問うた。「文字どおり、ぐるっと一周切ってしまうんだ」
亀裂2カ所が入ったところを切り落とせばいいんじゃないかというわけだ。スカートを短くすると推力が落ちてしまうとの指摘もあったが、今回のミッションに十分な推力は得られるはずだとマスクは計算した。結論は1時間足らずで出た。大きなはさみでスカートを少し切り落とし、翌日の大事なミッションは予定どおり進める、である。
NASAはもうイーロンの決断を受け入れるしかなかった。信じられないという顔だった。
そして、宣言どおり打ち上げを成功させたのだ。
●仕事の流儀
イーロンの哲学の一つに、「独立のエンジニアリング部門をなくし、エンジニアは製品マネージャーと同じチームにする」というものがある。設計と製造の分離は機能障害をもたらすというのだ。一理あるが、加えて、チームは製品マネージャーよりエンジニアに率いらせるほうがいいとも考えている。この哲学はロケット開発では通用したが、ツイッターでは通用しなかった。
ロケットを作る工場の間取りでも、設計、エンジニアリング、製造を一箇所にまとめている。イーロンはこのとき「組立ラインの人間が設計者や技術者の首根っこをつかまえて、なにを考えてこんなことにしたんだと言えるべきなんだ」と説明している。
また、イーロン流ルールは「コスト削減」において最大限発揮される。彼はとにかくコスト削減にうるさい。というのも、ロケットに使う部品と自動車で使う部品の材料はほぼ同じなのに、ロケット部品を買おうとすると10倍の値段がかかるからだ。
そのため、ロケット業界や自動車業界で部品はサプライヤーから買うのが普通だが、イーロンは、できるかぎり内製しようとした。上段エンジンのノズルを制御するアクチュエーター1基に12万ドルと言われたとき、イーロンは、「そんなに難しいものじゃない、せいぜいガレージのドアオープナー並みだ、5000ドルで作れ」と技術者に命じた。結局、洗車機で液体の混合に使われているバルブを改造して流用し、上手くいったという。
イーロンは「要件はすべて疑え」と口を酸っぱくして言う。「要件」だからしなければならない、「要件」だからこうなっている、という理屈が大嫌いで、それを口にした瞬間全て突っ込まれると言う。そして次に「部品や工程はできる限り減らしてシンプルにしろ」と言い、口答えは許さない。
テスラSを開発するとき、国の規制で貼らなければならない、エアバッグに関する警告のラベルを「これはばかやろうだ」と言って取っ払ったことがある。当然国はそれを認めず、何年もの間リコール警告を食らい続けているという。ここまで来ると法を無視した暴走だ。
しかし不思議なのは、イーロンが雑に「〇〇にしろ」と言うとき、決して当てずっぽうで言っているわけではないことだ。例えばテスラのモデルSのバッテリーパックを開発する際、航続距離の目標を達成するには何個のバッテリーセルが必要かとイーロンが聞いた。責任者は「8400セルです」と答えたが、「だめだ、7200セルでやれ」と一蹴された。いつものイーロン流改善案だ。しかし、やってみたらピタリと7200セルでうまく行ったという。こうしたイーロンの「予言」が正解を示すケースは少なくない。恐らく、彼自身CEOでありながら、設計・開発のありとあらゆることを熟知するまで首を突っ込み、現場と一体になって会社を回していく「プレイヤー」だからだろう。
イーロンが好きな言葉に「本気」がある。モデルSの生産ラインが順調に動きはじめたころ、この信念をいかにもな電子メールにしたためて従業員に送っている。題名は「超本気」だ。
「いままでほとんどだれも経験したことがないほど密度の高い仕事をする心づもりをしておくこと。弱い心では業界に革新をもたらすなどできるはずがない」続きを読む投稿日:2023.09.24
ジャーナリストである伝記作家により書かれたイーロン・マスクの伝記。テスラの創業者であり成功後にスペースXの CEOとして宇宙事業にも取り組んだと思っていたが、テスラよりも先に宇宙事業をしていたことはこ…の本で知った。アスペルガー症候群であり感情の起伏が激しい中、大きな成功と気分の落ち込みを繰り返しながらも常に前へ前へとチャレンジを続ける熱意がすごい。大きな成功も多いが、倒産ぎりぎりの苦境もあり、その人生はとても興味深い。まわりとうまくやっていけない性格であるため、人がまわりから次々と去っていくが、それでも新たな支援者が生まれ、人との繋がりが生まれ、複雑な人間関係ができては壊れていく。強烈に印象深い人物であることがわかった。面白い。
「自分が世界を変えられると本気で信じるクレイジーな人こそが、本当に世界を変えるのだ(スティーブ・ジョブズ)」p11
「(イーロンの専門は物理学)エンジニアの真髄は、物理学の基本原則まで問題を深く理解することにあるとマスクは考えていた。並行してビジネスの学位も狙う(ビジネスを勉強しないと、その勉強をした人の下で働くことになりそうだと思ったから)」p81
「CEOになんてなりたいと思ったことはありません。ですが、CEOでなければ、本当の意味で最高技術責任者とか最高品質責任者とかになることもできないと学びました(Zip2での経験)」p99
「マスクは最初から過酷な仕事人だった。ワークライフバランスなどははなも引っ掛けない。Zip2でもその後の会社でも、昼間はもちろん夜もほとんど仕事ばかりしているし休みは取らない。周囲にも同じことを期待する」p100
「チームメンバーに愛してもらうことなど仕事ではない。そんなの百害あって一利なしだ」p100
「YMCAでシャワーを使い、事務所の床で寝る生活からわずか3年で、100万ドルの車を買うことができました」p103
「マスクはまた、会社から追い出された。3年で2回。ビジョナリーだが、周囲とうまく折り合えないからだ」p130
「「CEOのアントレプレナーは、実のところ、リスクを取るタイプではありません」とロエロフ・ボサは言う。「リスクを小さくしようとする人々ですから。リスクで育つタイプではなく、リスクを大きくしようとか絶対にしません。調整可能な変数を見つけ、リスクを最小化しようとするんです」だがマスクは違う。「彼はリスクを大きくしようとします。船に火をかけて、ほかの人々の逃げ道をなくすんです」マクラーレンの事故も、いかにもマスクらしいとボサは言う。どれほど走るのかを知りたくて、アクセルを床まで踏み込んでしまうわけだ」p130
「(カードゲーム)ほかはみんな慣れているし、カードを記憶したりオッズを計算したりが得意なわけですよ。イーロンは毎回必ずオールインして負けていました。で、負けるとチップを買って、倍賭けするんですよ。何回負けたかわからないくらい負けたあと、オールインで勝ことができました。そうしたら「うん、これでよし。ここまでにする」って言うんです。これが彼の生き方なんですね。チップをテーブルに載せ続ける。賭け続ける」p131
「彼が作った2社、スペースXとテスラを見ればわかります。シリコンバレーの常識としては、どちらもクレイジーな賭けです。ですが、うまくいくはずがないとみんなが思った会社がふたつともうまくいったわけで、であれば、「イーロンは、ほかの人にはわからないなにかをリスクについてわかっているのだろう」と思わざるをえません」p131
「(南アフリカでマラリア発症)マスクは10日間も集中治療室にとどまったし、完全回復には5ヶ月もかかってしまう。危うく死にかけた体験からふたつのことが学べたとマスクは言う。休むと死ぬ。もうひとつ、南アフリカはいまだ私を破滅させようとしている」p135
「技術は必ず進歩すると限ったものではない。進歩は止まるかもしれない。後退することさえあり得る。月には行けた。でも、スペースシャトル計画は中止となり、進歩は止まった」p140
「後ろ向きなやつや、そんなこと無理だと思うやつは、次の打ち合わせに来なくていい。なにかをなし遂げる人しかいらない」p164
「(できる限り内製する)バルブ1基に25万ドルと言われたことがある。そんなばか高いものが買えるか、自分たちで作れとマスクは指示。数ヶ月かかったが、コストはごくわずかなものになった。上段エンジンのノズルを制御するアクチュエーター1基に12万ドルと言われた時も、マスクは、そんなに難しいもんじゃない、せいぜいガレージのドアオープナー並みだ、5000ドルで作れと命じた。結局、洗車機で液体の混合に使われているバルブを改良すればロケット燃料にも使えることが判明する。燃料タンクにかぶせるアルミニウム製ドームは、2回目の注文で値段が大きく下がった。結局、ほんの数年で、スペースXは、ロケット用部品の70%を内製するようになる。原因のひとつは、軍やNASAが仕様や要件を山ほど定めていることにある。大手の航空宇宙企業は、この仕様や要件をきっちり守る。マスクは逆で、要件はすべて疑えと指示する。これは「要件」だからしなければならないと口にした技術者は、マスクにとことんやり込められる。その要件は誰が作ったのか、と」p168
「エンジンを試験するとか燃料タンクの認証を取るという話になると、マスクに「なぜやらなければならないんだ」と尋ねられる。「それが要件だと軍の仕様で決まってるんです」って答えると「それは誰が書いたんだ? どういう理屈でそうなってるんだ?」って突っ込まれます。要件はすべて、勧告として扱え。それがマスクのやり方だ。疑う余地のない要件は、物理学の法則に規定されるものだけだ、と」p168
「「気が狂いそうな切迫感をもって仕事をしろ」とマスクはよく言う」p170
「マスクは公私いずれも他人とうまく付き合えるタイプではない。相手と対等な関係を結ぶスキルは持ち合わせていないし、まして誰かに敬服することなどありえない。自分以外に力を持たせるのが嫌いなのだ」p177
「(大衆車を最初に作ることに反対)最初の電気自動車はなにをどうしても高くなる。みすぼらしい車にそこまで払ってくれる人なんていない。自動車会社を立ち上げるなら、まず高級車を作り、そこから大衆車へ広げていくべきだ」p189
「自閉スペクトラム症であることはまちがいなくて、ほかの人々とつながることが本当にできないのだろうと思います」p244
「マスクの資産はもうほとんど残っていない。テスラではキャッシュの流出が続いている。スペースXは3機連続で打ち上げに失敗した。それでもマスクはあきらめない。文字どおり全財産を賭けるのだ。打ち上げ失敗のわずか1、2時間後、マスクは声明を出した。「スペースXはあわてることなく前に進み続けます。スペースXは軌道に到達するという目標を達成します。そこに疑問が入り込む余地はありません。私はあきらめません。絶対に」p260
「2回目の打ち上げ失敗をマスクの脇で見ていたワイアード誌のカール・ホフマン記者は、どうしてそんなに楽観的になれるのか尋ねてみたという。「楽観的? 悲観的? そんなことは知らん。やる。やり遂げる。地獄なんぞものともせず必ずやり遂げると神に誓うんだ」それがマスクの答えだった」p261
「(タルラ)心臓発作でも起こすんじゃないかと心配で心配で。夜驚症と言うんでしょうか、寝ているのに突然叫び出し、私にしがみついてきたりするんです。恐怖ですよ。彼は追いつめられていて、私はびくびくでした」p265
「実費生産契約のぬるま湯に何十年もどっぷり浸かってきた結果、航空宇宙業界は締まりがまるでなくなっていた。たとえばロケット用のバルブは似たような自動車用バルブの30倍もする。だから、部品はなるべく航空宇宙以外の企業から買えとマスクは指示した。NASAが国際宇宙ステーションで使っている留め金は1個1500ドルもする。スペースXは、トイレの個室に使われている留め金を改造し、わずか30ドルでロック機構を作ってしまった。ファルコン9のペイロードに使う空冷システムが300万ドル以上かかると言われたときも、マスクは、住宅用エアコンはいくらかと大声で尋ね、6000ドルぐらいでしょうかと答えさせている。当然、民生用エアコンを購入し、ロケットに積んでも大丈夫なようにポンプを改造することになった」p299
「今回のファルコン9用施設の改修は費用が1/10しかかからなかった。スペースXは宇宙を民営化するとともに、そのコスト構造も根本的に変えてしまった」p299
「リスクを報告し、エンジニアリングデータを見せれば、本人がさっと判断して、責任を我々から自分の肩に移してくれる。イーロンはそういう人なんです」p306
「イーロンにはいろんな側面があって、一瞬あとに何を言い出すか、何をやらかすか全くわかりません。なんですが、それがすっとひとつにまとまることがあるんです」p323
「これを不可能とする第一原理はないんだ。ものすごく難しいのはわかっている。なんとかしろ」p337
「オープンAIもイーロンの投資によって成功した」p350
「(テスラの自動運転)オートパイロットで人がひとり死ぬと、人間のミスで100人が死ぬ以上の騒ぎになるのが現実である」p358
「(マスクは作業員に厳しい)そこの作業員に優しくするのは、自分の仕事をきちんとこなしている何十人もの作業員に対して優しくないことに等しいんですよ。問題箇所を修正しなければ、ちゃんとしている人々を傷つけることになるんです」p394
「(2018年スペースXの業績)56回の打ち上げに成功し、失敗はわずかに1回。着陸も問題がなくなり、ブースターは再利用できる。スペースXが軌道に届けたペイロードの合計は、すでに中国や米国さえも抜いて世界一だ」p415
「(グライムス)晩ご飯を食べに行った先でマスクが突然だまり、じっとなにかを考えはじめたことがあった。1分か2分もそうしていただろうか。そして、ペンはないかと問われた。ハンドバッグからアイライナーを渡したところ、エンジンの熱シールドを改良するアイデアをナプキンに書き留めた。「私といても心がどこかほかに行ってしまうことがあるのだと悟りました。たいがいは仕事上の問題ですね」」p445続きを読む投稿日:2024.04.28
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