【感想】スウェーディッシュ・ブーツ

ヘニング・マンケル, 柳沢由実子 / 東京創元社
(13件のレビュー)

総合評価:

平均 4.3
4
5
1
0
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ブクログレビュー

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  • シュン

    シュン

     マンケル作品として個人的には初となる『イタリアン・シューズ』を読んでから5年。スウェーデン・ミステリーの代表格的存在である刑事ヴァランダー・シリーズは第一作と最終作しか何故か読んでいないという体たらくでお恥ずかしい限りなのだが、作者の遺作となる本作は『イタリアン・シューズ』とセット作と言いながら、さらに厚みを増して、なおかつ描写の丁寧さ、深さを考えると人生を振り返る作者と本作の主人公フレドリック・ヴェリーンは、分身ではないかと推察される。しかし、ヘニング・マンケルには『流砂』というノンフィクションの遺作が遺されていて、これが彼の<白鳥の歌>として死後に出版されている。

     故に本書はフィクションとしては最後の作品である。『イタリアン・シューズ』を継いでの物語となるのだが、作者自らはそれぞれ独立作品として読んで頂いても一向に構わないという立場で本作に臨んだらしい。時制が一作目と矛盾したりするなど、確かに連作と見るには不確かなところもあるらしいのだが、読んだ印象としては登場人物たちも、舞台となるフィヨルド地方にしても両作共通する地平にあると見て構わないというところだ。

     内容もまた『イタリアン・シューズ』の正当なる続編と見て良いと思う。但し、本作には謎の火災により島の家が全焼するといういささかショッキングな導入部があり、その犯罪的要素から鑑みて本書は『イタリアン・シューズ』に対し、ミステリーとしての性格を多分に孕む。そもそも刑事ヴァランダー・シリーズがミステリーと言いながら相当に人間の心を描いてしまう純文学的小説としての要素を孕んでいる作品であるように思う。

     本書では、主人公フレドリック・ヴェリーンには存在すら知られていなかった実の娘ルイースが登場する。前作『イタリアン・シューズ』の終盤にも登場する娘だが、彼女との改めての関わりの時間が生まれてゆく様子、彼女の秘密などをパリを舞台に描くシーンが挿入されるなど、前作に比べるとバラエティに富んでいる。

     しかし、老いたるフィヨルドという舞台は相変わらず静謐過ぎて、孤独を際立たせる舞台である。その中で病や老いによって知人が死んでゆく。全体に初冬から真冬までの時間を設定した一人称小説であるのだが、その中で大きな流れとしての時は過ぎ、家族というこの物語の中では変則的な人間関係、そこに入り込む新しい女性キャラクター、リーサ・モディーンというジャーナリストと年齢差を往還する二人の微妙な恋愛感情なども、どことなくリアルで危うい。

     大きな物語としては、家が焼けることで生まれる疑惑。解決しない捜査活動は地味でありながら、フィヨルドの孤島の家が結果的には数棟全焼するに及ぶ。緊張を孕んだフィヨルドの村と美しい冬の景色、そして老齢の主人公の孤独がきんと響いてくるヒューマン・ノヴェル。ヘニング・マンケルでなければ作り出せない空気感と危うい人間関係の紋様を読みながら、この小説の持つ不思議な魅力に強く惹かれつつ、美しい言葉で満ちた一ページ一ページを味わった。

     どの作品も優れた小説であり、完成度も高いように思うが、何よりもデリカシーと感性に満ちた一人称文体が味わい深い。ストーリーに派手な動きがなくても、しっかりとしたページターナーと言える辺り、名手ならではの作品である。ヴァランダー・シリーズの未読作についても、じっくり時間をかけて味わってゆきたいと思う。
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    投稿日:2024.03.05

  • 黒い☆安息日

    黒い☆安息日

    このレビューはネタバレを含みます

    ヘニング・マンケル最後の長編小説。マンケル自身ががんの末期であることを承知の上で書かれた小説と考えて読むと色々と考えさせられる。

    本作は「イタリアン・シューズ」の続編(時系列のずれはあるけど実質そういうことだろう)で、主人公の外科医崩れフレデリックは相変わらずのクセが強いちょっと根性がヒネくれたクソジジイである。

    家が火災で燃え尽きる場面から物語が始まる。前作のタイトルにもなった、イタリアミラノの凄腕靴職人が作ったハンドメイド革靴も金属製のバックルを残して燃え尽き、それ以外の家財もほぼ焼き尽くされて途方にくれるフレデリック。しかも警察からは保険金目当ての自作自演放火と疑われだす始末。

    可哀そうだと思うが、前作や本作での主人公の行動を読むと「バチがあたった」と思わなくもなく(ちなみに主人公は犯人ではない)、それくらい彼の言動はひどい。まぁその非道さがまた読み処でもあるのだが。

    色々あって(そこは読んでもらいたい)、「だがわたしは、もはや暗闇をおそれてはいない」と言い切るラスト。フレデリックが言ってると思うと「うっさい、もうええわ」と思うのだが、自分の寿命を悟ったマンケル自身の言葉と考えると、なんだか哀しいような良かったなぁと思えるような。

    70歳になった時、あるいは死期を悟った時の俺は、こんなことを言えるのだろうか。「死にたくないし、苦しいのも痛いのもイヤだ」と無様にうなされてるだけのように思うけど…。

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    投稿日:2023.12.26

  • hosinotuki

    hosinotuki

    このレビューはネタバレを含みます

    放火犯は誰かというミステリーでもあるが、小島に住む孤独な元医師の老人フレドリックの回想と老人性生活への欲望と娘との関係改善に至る日記でもある。
    しかしこの主人公はかなり自分勝手な男で30才も年下の新聞記者へのアプローチには正直気持ち悪さが先に立ち彼女がそれをそこまで嫌がらないのが不思議。作者が男性なので仕方ないのかなあ。
    犯人は分かったけれど動機がはっきりわからなかったのは残念。

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    投稿日:2023.08.11

  • ipod-oh

    ipod-oh

    自分と同じ年齢のマンケルの思いが、重なる。
    アーキペラーゴの中の、霧の中に静かにボートに乗って消えた。イエテボリで友人のヨットに乗って同じような岩礁に行きサンドウィッチと白ワインを飲んだ。年に似合わない生々しい思いを抱えて、私も消える。続きを読む

    投稿日:2023.08.08

  • キムチ27

    キムチ27

    北欧ミステリの帝王マンケルの最期の作品。
    2015年執筆というか絶筆・・67歳という若さで、あっという間に去ってしまった。
    子育て期は忙し過ぎて、文字がないと生きていけないほどなのにかぎあいモノ、まして社会派ミステリは読解しうる脳のキャパがなく読めなかった・・のでマンケルを手に取ったのは60歳になって。
    直ぐ虜になった。

    この作品、前作「イタリアン・シューズ」の続編の呈に感じられるが、フレデリックは70歳・・似ていて非なりのフレデリックである。
    「・・シューズ」が続いた題名の意・・訳者柳沢さんも考え込んだとある。予測たがわず、加齢オシャレなイメージの前作と異なり、土臭い武骨な路線を狙ったとあった。

    突然の火事の後ほうほうの体のなかで履いた右だけの長靴で始まり、サイズ違いから再注文して、やっとゲットするまでの一年がドラマの舞台・・だからこの題名。
    「私は・・」の語り一人称の設定と思いきや、時折、リーサとの場面で「この2人は・・」と書かれていて何かしらの意図があるのか、わからなかったが。

    フレデリックと、この30歳以上年下のリーサ(始終、想いを募らせ。。る様が面白いというか)、そしてふぃっと現れ、不機嫌に消える娘ルイース。
    それに狭いながらも小島に住む人々の癖のある個性が出たり入ったり。

    フレデリックの家の火事の後、放火の嫌疑をかけられ・・しばらくして複数の放火が起き・・放火犯は自ら消えてしまう~鎖をぐるぐるに巻き付け?、船がだれにも見つからない方向に向かった姿は消えた。

    サスペンスともいえるけど、かなり時間をかけてゆっくり味わった作風は最後の日記とも受け取れた。
    中を流れる河はエイジズム、冬の訪れる気配を秘め、決してそれを恐れぬ強いいすら感じさせる【行動作家 マンケル】の星の輝きにも似ていた。
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    投稿日:2023.08.02

  • 湖永

    湖永

    祖父母から受け継いだ小島の木造の家で一人暮らすのは元医師フレドリック。

    秋の夜、就寝中に強烈な明るさで目をさましたときあたりは灰色の煙が充満していた。
    なんとか逃げ出したフレドリックだったが、家は全焼する。
    警察の調べで火事の原因が放火であると判明するが、保険金目当てではないかと疑いをかけられる。

    いったい誰が…真相は…となるが
    その間、港の店主が亡くなったり、駐車場の持ち主も…。
    そしてそのあとも2件の火事で家が全焼となる。
    火事では幸いに死者は出ていないが、誰が何の目的でとなるのである。

    犯人の目的もわからないが、その間のフレドリックの周辺のジャーナリストや娘とのことが多く心を揺さぶる。
    70歳のフレドリックの心のうちも老境に差し掛かっているが故になのか、回想も多く悲哀を感じる。

    真実は、彼だけが知っているというのも辛いではないかと思った。



    フレドリックが、ずっーとゴム長靴のことを気にしていたのが、なんだか妙にひっかかった。
    実用的なものの代表格のゴム長靴に最後まで拘り続けていたなぁと。
    これをタイトルにした意味を考えた…。
    火事で家が燃えた日から家が再建されるまでの一年間、ゴム長靴はずっと不在のままなのに物語にあり続けるという意味を。

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    投稿日:2023.07.21

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