【感想】場所

アニー・エルノー, 堀茂樹 / 早川書房
(5件のレビュー)

総合評価:

平均 3.8
2
1
0
0
1

ブクログレビュー

"powered by"

  • ぽんきち

    ぽんきち

    アニー・エルノーは2022年のノーベル文学賞受賞者。授賞理由は「個人的な記憶のルーツや疎外感、集団的抑圧を明らかにする勇気と鋭さ」とされている。
    エルノーはオートフィクション作家と呼ばれる。オート(自己)フィクション(作り話)とは矛盾しているようであるが、自己を投影させつつ、虚構を通して自身の経験をより象徴的な形で語る形式と捉えればよかろうか。

    若干身構えつつ読み始めたが、驚くほど平易で、奇をてらうところもない。
    教員免状を取り、”ブルジョア階級”に属すようになった「私」。小さな町でカフェ兼食料品店を営む両親。その間に一本の線を引いてゆくような作品である。
    「私」が試験を終えてまもなく、父は亡くなる。葬式を終え、「私」は父を主人公にした小説を書こうとするが、劇的なこともないその人生は小説にはそぐわない。それで「私」は、父の人生を淡々と綴ることにする。
    そっけないほど技巧を伴わず、近況を告げるかのように。
    内容もさることながら、父の人生をそのような距離感で描くということそのものが、「創作的」だったと言えるのかもしれない。

    父の父は農夫で文盲だった。父は農夫や工員を経て、自身の店を持つに至る。
    取捨選択も哀歓もあり、ようやく手に入れた店は父にも母にも大切なもので、母は父の葬儀の日以外は店を開け続けた。
    その父と母との間に生まれた「私」は、成績優秀で、自身の力で人生を切り開いていくことになる。両親が勝ち得た店につなぎとめられることもなく、知識階級へと上がっていくのだ。
    両親はそれを喜びつつも、自分たちがいる場所を、娘は捨てて去ったのだということも知っている。
    そして「私」は、今や、両親を見下していた人々が属している階級になったことを、ある種の痛みを伴って自覚している。とはいえ、両親がいた場所に戻りはしないし、また戻ることもできないのだ。

    扉には、ジャン・ジュネの
    「あえて説明してみようか。書くのは、裏切ってしまったときの最後の手段なのさ」
    というひとことが掲げられている。

    個人的な物語の体裁でありながら、多くの読者を得たということが、本作の普遍性を示していると言えるだろう。
    時間をおいて読むとまた別の感慨が生じそうな作品である。
    続きを読む

    投稿日:2024.03.07

  • 本好きのいち社会人

    本好きのいち社会人

    アニー・エルノーの本は、2冊目となるが、彼女の書く文章がやはりどこか好きである。

    この一冊は、彼女の父が亡くなった出来事から始まり、彼が生きていた時代、つまり作者である彼女の幼い頃を小説を通して"書く"ことで、思い返す、そんな話である。

    私が1番面白いと感じた点は、過去の回想シーンと、彼女の書くという行為によって思い出される記憶と、時間が進むにつれて、これらが交錯していく点である。

    また、物語全体を通して、階級の違いが描かれ、とても納得できる部分が多く、客観的に読むことができたように感じる。
    続きを読む

    投稿日:2023.04.01

  • けい

    けい

    フランスの階層をまたがった親子の話。まず、フランスが階層社会だということに驚いた。しかし、日本とは違い、文化や教養面で階層の差がつく。親のいる下の階層から勉学によって上の階層に上がった娘は、親(主に父親、下の階層の人々)との間にある時から溝を感じつつも、突き放すでもなく取り入るでもなく客観的に見ている。
    自分も、子供の頃は親や先生が絶対的存在だったが、自分が大人になってみると、もっと広い視野を持ち、親世代、老人世代の考え方や行動に疑問を感じることが増えてくる。そういうことと似た側面がある。
    続きを読む

    投稿日:2022.12.04

  • cookingresearch

    cookingresearch

    このレビューはネタバレを含みます

    2022年 ノーベル文学賞受賞者アニーエルノーの1984年発行でルノードー賞受賞作。
    シンプルな情熱は1991年発行。
    物語は著者の父親の生涯を描いたようなもの。しかし、編年体で何をした何がおこったということよりも、フランス社会の階層、貧困、そのなかでの幸せ、人間関係、暮らしをその地域特有の問題としてではなく、人間の普遍的な問題として捉えている。そして著者であるエルノーは大学にすすみ、文学で大学に職を得ることで、父親との精神的距離が遠くなる。父の操る言葉は決して上流階級のそれでも、文学的レベルが高級なものでもないが、それがなんだというのだろうか。生活にねざした言葉であり、劣等感に起因するおかしな言い回しでさえ愛おしくなる。
     著者は冷静に父をみながらも、父の視点でものを見ている。
     このような視点の多重性がこの作品の良さなのかもしれない。
    小品なので2時間もあれば読めてしまいます。

    レビューの続きを読む

    投稿日:2022.10.13

  • lacuo

    lacuo

    あえて説明してみようか。書くのは、裏切ってしまったときの最後の手段なのさ
    ジャン・ジュネ

    11
    父にロザリオを持たせ、両手を組み合わせた

    38
    彼は、怠け者でも、酒飲みでも、道楽者でもない、まじめな工員だった

    141
    自分が教養あるブルジョワたちの社会に入った時、その入口の手前に置き去らなければならなかった遺産を、明らかにし終えた。

    これが、この小説の一番大事な箇所かな。

    ---------------------------------------------------------------------

    これ読んでると、
    フランスの階級社会を、現実に生きてきた人の話、だということが分かる。

    すぐに連想したのは、ピエール・ブルデューのこと。

    彼は、フランス南西部のピレネーザトランティク県(べアルン地方)のダンガンで生まれた。

    父は郵便局員だった。
    エリート階級に生まれたフランスの一般的な知識人の出自とは、大きく異なっていて、彼はそのことを常に意識してたと思う。
    この小説を書いた、アニー・エルノーのように。

    ブルデューは、出身階層による大学進学率の格差を、社会階級ごとに不平等に配分されている文化的な財と能力を意味する「文化資本」の概念を導入することによって説明した。

    ---------------------------------------------------------------------

    あとがき

    154
    フランス社会の階層構造
    サルトルの言葉
    「われわれ、フランスの作家は、世界中で最もブルジョワ的な作家なのである」

    フランス文学は、知的に洗礼された都会の裕福な階級による、その階級のための、その階級の文学という色彩が伝統的に際立っている。ジャン・ジュネのような、特別枠に置かれた、例外的な作家はいるものの。

    『場所』や『ある女』は、ブルジョワ文学とは異なる、もうひとつのフランス、である。
    続きを読む

    投稿日:2022.10.10

クーポンコード登録

登録

Reader Storeをご利用のお客様へ

ご利用ありがとうございます!

エラー(エラーコード: )

本棚に以下の作品が追加されました

追加された作品は本棚から読むことが出来ます

本棚を開くには、画面右上にある「本棚」ボタンをクリック

スマートフォンの場合

パソコンの場合

このレビューを不適切なレビューとして報告します。よろしいですか?

ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。

レビューを削除してもよろしいですか?
削除すると元に戻すことはできません。