【感想】毛皮を着たヴィーナス

ザッハー・マゾッホ, 許光俊 / 光文社古典新訳文庫
(2件のレビュー)

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ブクログレビュー

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  • Wisteria

    Wisteria

    無慈悲なヴァンダと空想家ゼヴェリンの痛々しい光景が目に浮かんできて、読んでいて辛かった。しかし、最後の終わり方はなかなかすっきりしていて、ハッピーエンドだと思う。

    投稿日:2023.04.19

  • ikawa.arise

    ikawa.arise

    マゾヒズムの語源となったマゾッホの代表作。若く美しい未亡人に恋をした男が、女の奴隷になることを懇願する。男女二人の特殊な関係を描いた物語。約260ページ。ストーリーはシンプルで短い会話文も多く、あっさり読み終わる。

    19世紀のオーストリア、貴族であり地主の息子である二十代半ばのゼヴェリンは文学や芸術を愛好するディレッタントとして一地方の温泉地に滞在している。逗留先の借家の上階には若く美しい未亡人のヴァンダが住んでおり、やがてゼヴェリンはヴァンダに夢中になっていく。

    ゼヴェリンはヴァンダとの結婚を望みながらも、同時にヴァンダの奴隷になることを懇願する。そのようなゼヴェリンの特殊な傾向を説明にするにあたって、十代の頃におばによって鞭で打たれたエピソードをヴァンダに語る。一方のヴァンダは自らの「男女間は長続きするようにはできていない」という考えや、あるがままの欲望に従って生きたいという想いを伝えたうえで、ゼヴェリンに一年の「お試し期間」を提案する。

    当初はゼヴェリンの願望に近い、疑似的な「主人と奴隷」の関係だったが、ヴァンダの意向によって逗留先の温泉地からフィレンツェに移動して移り住む過程のなかで、二人の関係は当初ゼヴェリンが思い描いたものから変質していく。物語は、このように二人の馴れ初めからその関係が結論に至るまでの日々を描いていく。

    本作はゼヴェリンとヴァンダの物語から五年ほどが経過した後、ゼヴェリンと知己になったある男がゼヴェリンによる手記を読む形式をとっているが、冒頭と結末にしか登場しない語り手を意識する機会はほぼない。

    物語の主な舞台は先のとおり一地方の温泉地とフィレンツェの二か所であり、それぞれがおおむね前後半に相当する。ヴァンダとの馴れ初めから、二人の関係が決定してフィレンツェに出立するまでの前半部は、大半が二人の会話のみによって成り立つ。一方、二人の関係性が変質するフィレンツェでの後半部では、それまでより会話が減って出来事が増え、二人以外の登場人物も描かれるようになる。全体を通して登場人物はかなり少ない。

    "マゾ"という言葉から象徴的にイメージされる、身体を縛られて鞭で打たれ、踏みつけにされるというステレオタイプな場面は、全くそのままの形で提示され、この点は元祖から変わりがないのだと妙に感心する。一方、物語内ではゼヴェリンとヴァンダがセックスするシーンは一度もなく、直接的に性的なシーンは描かれない点は意外でもあり、巻末解説では訳者によってゼヴェリンの童貞説すら唱えられている。

    作品内で主に気になったのは、二人の関係性の変化とゼヴェリンが奴隷を志願する動機の二点。奴隷となることはゼヴェリンが望んだことながら、二人の関係が決定して以降は、ゼヴェリンの予期せぬ関係性へと変化していくあたり、ミルグラム実験のような人間の立場が心理に与える影響を思わせられる。ゼヴェリンの奴隷願望に関しては、物語をそのまま読むなら若い頃のおばとの関係が要因のようにもみえるが、早くに亡くなった母親への想いが関係しているようにもみえる。ただ、実はこのあたりの幼少期のトラウマ的な背景などは一切関係なく、単に「肉食系」でゼヴェリンへの興味もあくまで限定的なヴァンダを繋ぎとめるための苦肉の策という気がしなくもない。

    総じて傑作とまでは思えなかったけれど、マゾの語源となった作家の代表作として納得でき、冒頭の通りあっさり読み通せる内容のため、一度読んでおいても損はない作品だとは思えた。ゼヴェリンの動機や人間性に同情できる点が多ければ、本書への感想はまた違ったものになっていたのかもしれないが、全体的にゼヴェリンの行動がマヌケに見えてしまうことが、良し悪しは別にして本作を客観的かつ気楽に読める要因につながっている。あと、訳者解説にある、本書の男女の関係が実際に著者によって、本書刊行の前後にそれぞれ別の女性と実行されていた(ただし現実では子どもも普通に生まれている)という点も面白かった。
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    投稿日:2022.08.17

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