【感想】「修養」の日本近代 自分磨きの150年をたどる

大澤絢子 / NHK出版
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    大澤絢子
    1986年、茨城県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業、東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程修了、博士(学術)。龍谷大学世界仏教文化研究センター、大谷大学真宗総合研究所博士研究員などを経て現在、日本学術振興会特別研究員(PD)・東北大学大学院国際文化研究科特別研究員。専門は宗教学、社会学、仏教文化史。著書に『親鸞「六つの顔」はなぜ生まれたのか』(筑摩書房)、共著に『知っておきたい 日本の宗教』(ミネルヴァ書房)、『近代の仏教思想と日本主義』(法藏館)、監修書に『親鸞文学全集 〈大正編〉』第1―8巻(同朋舎新社)、論文に「演じられた教祖――福地桜痴『日蓮記』に見る日蓮歌舞伎の近代」(『近代仏教』第29号)などがある。


    しかしながら、幸之助は何か一つの宗教を 篤く信仰することはなく、特定の宗教を深く学んだわけでもなかった。むろん、ことばの正確な意味での宗教者でもない。多様なかたちで宗教と関わる一方で、特定の宗教に深入りはせず、人間一般、とりわけ働く人々の生き方の理想を説き、企業という集団を導いた。そうした彼のような存在を、一体どう捉えたらよいのだろうか──。

    手がかりとなるのが、「修養」という考え方だ。宗教と付かず離れずの関係を保ちながら、自分を 磨き、高めようと努力する人々の営みは、この修養の思想や実践を通して、明治以降の日本社会のなかで連綿と続いてきた。修養とは、主体的に自己の品性を養ったり精神力を鍛えたりすることで、人格向上に努める思考や行為をさす。自分の努力によって能動的に自己のより良い状態を目指そうとする「自分磨き」の志向と言ってもよい。修養という用語自体はそれ以前からあったが、あるべき自己を目指して努力するとの意味を持つ近代的なことばとして、明治になってから生まれ変わり、普及した〔*2〕。以後、「自分をいかに磨き、高めるか」は、日本人の心をつかんで離さない一大テーマとなっていく。

    修養は、宗教と緩やかに関わりながら日本社会に浸透してきた。日本で最初に修養について語り始めたのはキリスト教徒たちであり、 坐禅 や 読経 など、仏教の修行と結びついた修養法も多々ある。幸之助の活動やその思想形成もまた、この修養と宗教の関係という視点から読み解くことで実態がよく見えてくる。

    なぜ、その頃から修養がブームになったのか。大きなきっかけの一つは、十七歳のあるエリート学生の自殺である。明治三十六(一九〇三)年五月、旧制第一高等学校(一高)の学生だった藤村 操( 一八八六─一九〇三)が日光の 華厳 の滝へ身を投げた。当時、日本にはまだ高等学校が七つしかなく、彼はエリート中のエリートだった。彼が飛び込んだと思われる場所にあった木には、「 巖頭 之感」と題のついた、遺書のような文が刻まれていた。死の真相は明らかでない。だが、エリートとして将来が約束されていた彼の自殺は社会に大きな衝撃を与え、立身出世や社会的成功だけが良いのではないという価値観に目が向けられていくこととなる。職業や金銭ではなく、人生をいかに生きるかを悩む藤村のようなエリートの若者たちは「 煩悶 青年」と呼ばれ、そのような青年層の不満の解決策としても、修養論は積み重ねられていった。

    Self-Help は、道徳的な行いや振る舞いを重視する、品行主義と呼ばれる立場にとって決定的に重要な一冊だ。品行主義において偉業や立身出世とは、何よりも個々人の品行に関わる美徳──すなわち、努力、勤勉、節約、忍耐、注意深さなどの産物だとされる〔*7〕。ある人が成功しているのは、その人が努力を重ね、勤勉であるためだ、と考える。反対に、ある人が成功していないのは、その人の努力が足りないから、怠惰だから、ということになる。 Self-Help では、努力や勤勉、節約や忍耐、注意深さといった徳目を伸ばすことが、個々人の重要課題とされる。これらの実践によってのみ、偉業や立身出世は 叶えられるというわけだ。重要なのは、個人以外の何もあてにせず、対人関係は無視されるということである。他者と上手く付き合い、便宜を図ってもらうとか、成功者に値するためのパーソナリティを作るとかいうことには関心を寄せない〔*8〕。あくまで個人の努力や忍耐、勤勉さ自体が重視される。

    『成功』が創刊されたのと同じ明治三十五(一九〇二)年から、実業之日本社は成功譚を売りに急成長を遂げていく。きっかけとなったのは一冊の本だ。同年十一月、実業之日本社はアメリカの鉄鋼王アンドリュー・カーネギー( 一八三五─一九一九)の The Empire of Business の翻訳『実業の帝国』を出版する(写真3-1)。 訳者は金沢電気 瓦斯 株式会社の社長・小池靖一( 一八五三─一九二八)である。カーネギーが社会の公益のために自分の資産を故郷であるスコットランドの大学に寄贈したり、イギリスやアメリカに図書館を設立したりしていることを英米の新聞や雑誌で知った小池は、その姿勢が他の富豪とは異なることに興味を持った。そこで The Empire of Business を取り寄せて読んだところ大いに感銘を受け、自ら一部を訳して来客に見せるようになったという。その客の一人が増田義一だった。増田は小池の抄訳を一読してすぐさま、これを出版しようと言った。この本はきっと、世の実業家たちの大きな助けになるから、と〔*7〕。

    新渡戸の『修養』(一九一一年)と『世渡りの道』(一九一二年)は、数ある修養書のなかでも指折りのベストセラーである。『修養』は、昭和四(一九二九)年までに百三十七版となり、『世渡りの道』も一九二六年までに七十二版、一九二九年までに八十六版を数えている〔* 12〕。どちらも、彼が『実業之日本』に毎月寄稿していた文章を整理してまとめ、実業之日本社から刊行されたものである。英才を育成する第一高等学校(一高)の校長にして東京帝国大学の教員という、正真正銘のエリート・新渡戸の修養論は、大衆文化のなかで発信されたものであり、彼が働く青年たちに説いた修養は、金持ちになるための成功法や処世術とは、明らかに異なっていた。

    『実業之日本』の読者は、「商店の店員や下級会社員」といった、働く青年が多かったとされる〔* 28〕。ここで説いていることを、「一種の宗教の様に信仰して居る」( 同号)読者がいると増田に教えられた新渡戸は、実際に自分が受け取った読者からの切実な手紙によっても、この雑誌の影響力の大きさと、読者たちの真剣さを痛感していたのだ。

    新渡戸は、キリスト教や聖書のことばだけでなく、神道や儒教や和歌、天皇の 御製 や戊申詔書までも引用し、それらを場合によって使い分け、時にそのうちのいくつかを結合しながら、働く青年に向けて修養を説いた。学歴エリートとは言えない農山村の青年たちでも抵抗なく受け取れるよう、伝統的な用語や表現(「古い皮袋」)を用いて、そこへ新しい価値観(「新しい酒」)を注いでいったのである〔* 43〕。

    幸之助はまた、講談本からも多くを学んだ。店番をしながら、カナがふってある『 太閤記』や『 猿飛佐助』『八犬伝』を読み、武士の気質、英雄の振る舞い、常識や義理人情を知ったという。後に彼は、自分の経営的な考え方や見方は奉公時代に読んだ講談本から得たものが大きいと語っている〔*3〕。新渡戸に学んだ一高のエリート学生が古典や哲学書を読み、知識を蓄えながら人格の向上を目指したのに対し、幸之助は働きながら講談本を読み、実生活で役立つ生き方を学ぶことで自己形成をしていったのだ。

    幸之助は、研究所の設立からの数年間だけでも二百回以上の講演や懇談会を重ね、自らの考えや願いを訴え続けた。この時、彼は宗教に期待をかけていたという。精神文化(心)と物質文化(物)の面をそれぞれ担う宗教と産業という両輪が上手く回らなければ、人間の本当の繁栄も平和も幸福も生まれない。PHP運動は宗教ではないが、人々の精神性を豊かにするような正しい宗教の興隆運動を併せて行うべきだとの思いが、彼にはあった〔* 54〕。宗教の低調は人々の心の貧困を招くため、PHPの実現には宗教の興隆が必要だと考えた。そこで彼は、PHPの立場から宗教を応援しようとさまざまな宗教の関係者に働きかけ、翌年には宗教をテーマにした「修養研究会」を開催している。この研究会では、天理教の見学、キリスト教・仏教の指導者たちと懇談、宗教講座などを開催し、西本願寺や東本願寺で講演も行った。

    昭和二十四(一九四九)年三月に放送されたNHKの仏教講座に出演した幸之助は、PHP運動のねらいを宗教の復興だと語っている。前年、幸之助は西本願寺(浄土真宗本願寺派)の当時の 門主 と対談し、京都市内でも餓死者が出るほど困窮した終戦直後の状況を踏まえてこう訴えた。「宗教家はもっと積極的に働きかけ、人々を救うべきではないか」と。それに対し門主は「生死観を極めるのがわれわれのやるべきことだ」と答え、幸之助はその時代性の欠如に 愕然 とし、強い不満を抱いたという〔* 55〕。平和も幸福も繁栄も宗教が取り組むべき問題だと考えていた彼は、物と心のうち心の方を安定させるものとして、宗教に期待するものが大きかったのである。

    幸之助は、禅や神道、天理教や 大本教、 金光教や弁天宗、キリスト教に創価学会、 立正佼成会 などさまざまな宗教と付き合った。松下家の宗旨は浄土真宗本願寺派だが、多数の寺院・神社で総代や会長を務めた。 創業当時から松下電器では、守護神として龍神(白龍大明神)を祀っていた。事業部制の採用直後には、本社の白龍に加え、各事業部に黒龍大明神、青龍大明神、赤龍大明神、黄龍大明神も祀った。松下電器の会社としての菩提寺は高野山 西禅院である。昭和になって新築した兵庫県西宮の幸之助の本宅には善女龍王を、ラジオ事業部などには下天龍王を祀り、現在のパナソニックグループの百を超える事業所にもいずれかの龍神が分祀されている。龍神を祀るにあたり、幸之助は以前から親交のあった…

    これらの新入社員研修には、通過儀礼(イニシエーション)的な意味合いが含まれている〔* 22〕。学生から社会人へとステップアップするにあたっては、生活スタイルや考え方を改めることが求められるが、集団研修での行進や坐禅、禊は、それまで異なる人生を歩んできた者同士が同じ経験をし、同じ会社で働く同志としての精神性と一体感を育成するためのツールとなる。日常生活とは異なる特別な体験だからこそ、その時間を共に過ごした者同士の結束力が芽生え、研修で自分の成長や自己変革を感じたならば、特別な体験をした者同士という、通常の人間関係よりも強い連帯感も生まれるだろう。社員研修での宗教との関わり方は信仰とは別物であり、坐禅や禊を取り入れた研修でも、何らかの信仰に入るよう求められるわけではない。あくまで、精神面の向上や集団の連帯感を作り上げるためのきっかけなのだ。

    オンラインサロンには、プラットフォーム事業者のサービスを利用したサロンと、主宰者が独自にサロンを開設しているケースがあるが、特に後者ではトラブルも発生している。会員制の非公開コミュニティだからこそ、オンラインサロンは詐欺の温床になる可能性もあり、国民生活センターでも近年、オンラインサロンの利用に関する注意が呼びかけられている〔* 63〕。 例えば、サロンに人を紹介すると報酬が得られるといった勧誘や、「稼ぐ方法」を教えるとの文句で高額なセミナーを契約したものの、実際には稼げず、解約もできないといったトラブルだ。会員のみに投資情報や儲け話を教えたり、紹介料として報酬がもらえると誘い、金を騙し取ったりする詐欺もある。金儲けのノウハウを伝えるツールや儲ける手段として、各自の努力や精神的向上を促すオンラインサロンが利用されているのだ。

    集団に属するメンバーの自助努力や集団内で精神面を向上させようとする志向がトラブルに巻き込まれる要因となる例として、「マルチ商法」と呼ばれるネットワークビジネスを挙げよう。会員が新規会員を勧誘し、さらにその新規会員が別の会員を勧誘する連鎖によって多階層のネットワークを構築していくビジネスだ(二〇〇〇年に訪問販売法が改正され、すべてのネットワークビジネスは事実上、連鎖販売取引=マルチ商法となっている)。ネットワークビジネスでは、自助努力が強調され、何でも前向きに考えればそれは実現し、〇〇すれば人生はうまくいくといったポジティブ思考と結びついている〔* 64〕。何事もプラス思考の「強い自己」の確立や、成功者となるにふさわしい人格形成とそのための努力が、高収入や高い地位といった物質的な成功につながる、と謳う。こうした思考は、第二章で取り上げたニューソートに由来し、儲かるか儲からないかは自分の努力次第である、という究極の自力信仰が、ここにはある〔* 65〕。だが、前向きな態度のみが成功をもたらし、誰でも成功の可能性があるという考え方は、成功しない場合はすべて自己責任、自分の努力不足の結果であるとする思考につながり、ネットワークビジネスの内部に存在する不平等を隠蔽してしまうこともある。

    儲け話で会員を募るタイプのオンラインサロンでも、誰でも努力すれば必ず儲かると教えられ、会員はそれを信じ、儲けという成功に向かって努力する。しかし、修養の基準が曖昧であるように、何を、どこまでを努力と呼ぶかは人それぞれだ。思うように儲からない場合、ほかのみんなが儲かっているのに儲からないのは自分の努力が足りないせいだと思い込み、努力を止めることができず、努力のループからいつまでも抜け出せなくなるおそれがある。努力できない自分を認めることができず、成功できない自分の存在価値を否定することにもなりかねない。クローズドな…

    ネットワークビジネスに対しては、しばしば、「宗教なのではないか?」と指摘されてきた。信奉者のネットワークに自ら加入し、その信念を内面化し、勧誘によってさらに仲間を増やそうとする様子は、宗教セクトと似ている。ネットワークビジネスが宗教のように見えるのは、参加者全員が成功するという、現実ではあり得ないことをグループ全体で信じていることが最大の理由とされ〔* 67〕、その組織に加入・所属することで常識の改変や自己変革を行おうとする集団は、外部から宗教めいた存在だと受け取られる。

    宗教ではないからこそ、人々はオンラインサロンに安心を感じて集い、オーナーを頂点とするコミュニティが形づくられるのだ。

    みがかずば 玉もかがみもなにかせむ 学びの道もかくこそありけれ 明治天皇の皇后・美子(後の昭憲皇太后)が、ベンジャミン・フランクリンの徳目の一つである「INDUSTRY ──Lose no time; be always employed in something useful; cut off all unnecessary actions.(勤勉──時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし)」を詠みかえて和歌にし、そこへさらに手を入れて東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)に下賜した一首だという。日本で最初の校歌とされるこの歌を友人たちと卒業式で合唱(節をつけて繰り返して 唱う)した翌月、私は某生命保険会社に入社した。リーマン・ショック直前の二〇〇八年四月のことである。
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    投稿日:2023.12.13

  • masamikita

    masamikita

    かなり徹底的な調査がなされている本で、読み応えがあります。
    新渡戸稲造がキリスト教徒の立場で、どのように幅広い層の人々の修養を助けていったのか、松下幸之助や、ダスキン創業者の鈴木清一のエピソードも知らないことばかりで興味深かったです。続きを読む

    投稿日:2023.10.22

  • whitesheep11

    whitesheep11

    150年といえば、今年は日本に鉄道が新橋〜横浜間に開通してから150年のメモリアルイヤーだ。




    「自分磨き」が昔から好きな日本人。




    明治から現代に至る自分磨きをテーマにして書いた本は珍しい。




    明治の初めからキリスト教、仏教などの宗教が自己啓発に大きな役割を果たしていた。




    今でも、自己啓発というと「宗教臭」がすると思う人がいるのは、今に至る過程で宗教の果たした役割が大きいからなのか。




    掃除やミスタードーナツで有名なダスキンは、宗教的な要素を取り入れていると知って驚いた。




    ダスキン社内の勉強会や会議必ず全員で「経営理念」「般若心経」を唱和する。




    そして、給与を「お下がり」、ボーナス「供養」と呼んでいる。





    最終章では、オンラインサロンを取り上げている。その理由は、人材育成に会社が主導するよりも、個人で主体的に行うようになる傾向にある。




    2021年の時点で、30以上の企業がオンラインサロンに参入している。




    市場規模は、2019年に47億円、20年に74億円、2025年には183億円になると見込まれている。




    著者は「満たされない気持ちを抱えて、心の隙間埋めるように、人は自分を磨き高めるための方法を探し求め、それを提供してくれる存在にすがりつくのだろう」と指摘している。




    そうなると、「笑うセールスマン」の喪黒福造が「あなたの心の隙間をお埋めします」と近づいてくると、ついすがりついて最後には痛い思いをすることになる。




    「自分磨き」はこれからも終わることがなさそうだな。




    中国で話題になっている自分磨きしても意味ないから何もしないという「寝そべり族」の発想が世界に拡散しない限り。
    続きを読む

    投稿日:2022.12.14

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