【感想】悲しみとともにどう生きるか

柳田邦男, 若松英輔, 星野智幸, 東畑開人, 平野啓一郎, 島薗進, 入江杏 / 集英社新書
(10件のレビュー)

総合評価:

平均 3.9
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ブクログレビュー

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  • エリナ

    エリナ

    いろんな視点から「悲しみ」について書かれており、とても良い本でした。
    大小あれど悲しみのない人生なんて存在しないと思います。そんな悲しみに寄り添ってくれる本でした。

    投稿日:2024.03.12

  • Go Extreme

    Go Extreme

    第1章 「ゆるやかなつながり」が生き直す力を与える(柳田邦男)
    2.5人称の視点
    第2章 光は、ときに悲しみを伴う(若松英輔)
    読むと書くと同時にはできない
    悲しみは、愛しみとの出逢いである
    第3章 沈黙を強いるメカニズムに抗して(星野智幸)
    沈黙を強いるものへの抗い
    第4章 限りなく透明に近い居場所(東畑開人)
    第5章 悲しみとともにどう生きるか(平野啓一郎)
    分人主義
    犯罪被害者へのケアが不十分
    第6章 悲しみをともに分かち合う(島薗進)
    グリー不ケア
    豊かに深く生きるヒント
    悲しみの物語→希望の物語
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    投稿日:2022.06.29

  • ☆ベルガモット☆

    ☆ベルガモット☆

    このレビューはネタバレを含みます

    残酷な犯罪が報道されて胸を痛める中、その被害にあわれた方達への想いをどう扱えばいいのか私自身困っていたところこの本を見つけた。
    世田谷事件という妹家族を喪った入江さんの「悲しみ」について思いを馳せる会「ミシュカの森」における講演や寄稿をまとめた本。

    柳田邦男さん
    自死した息子の心と「よだかの星」のよだかが重なった体験から、「大人も絵本を読もう」という活動をされているそうです。人生で様々な喪失感や悲しみや辛さを経験するほどに、数えきれないほど新しい気づきを絵本からもらった、という言葉に同感。
    被害者に寄りそう二.五人称の視点の重要性は、痛感させられました。二人称だと感情が入りすぎる、三人称では冷たくなるということは日常でよくあることなので気を付けなければとも思いました。
    「意味のある偶然」は身近な家族の死に想いを馳せるときに私も感じたことです。自分が必死になってもう一度生き直さなきゃと切実に思う気持ちを大事にします。
    精神のいのちは、肉体が消滅しても消えないで、人生を共有した人の心の中で生き続ける、という言葉にも救われました。
    若松英輔さん
    クリスマスは、「親切と、許しと、恵と、喜びのとき」であり、日頃近くに感じない人との間にも見えないつながりがあることを思い出すときだそうです。
    いかに生きるのかとは、いかに死を迎えるのかという問題でもある「生死一如」についても丁寧に述べていました。
    「本の言葉は読まれることによって、生き生きとよみがえるものです。読むということは本当に想像的なことです。読むことが世界をつくっている。…書くことによって何を考え、感じていたのかを知るのです。
    星野智幸さん
    世の中の言葉の大きな流れが二項対立となっていることへの危機感、誰かの正直な発言に軽蔑と攻撃の対象とすることは発言できない抑圧された自分に向くべき感情、他人に読まれることへの意識と外の価値基準が置かれた既存の言葉や物語を選んでいる、など鋭い視点で今の社会の置かれた状況を指摘しています。
    どこまで自分の言葉を発することができるのか、悲しみを否定せずに力となり、懐の深い共同体になるにはどうしたらいいのか余韻が残る対談でした。
    東畑開人さん
    今一番気になる方です。居場所、の定義がまず興味深い。語源は、「居どころ」といい、「尻」という意味もあり、お尻をつけていられる場所、弱点を預けるできる場所とされる。
    ケアはニーズを満たすところ、その反対がセラピーでニーズを少し変更する、心の痛いところを一緒に触っていく、手を出すことを控えることだという。。
    自由な空間で横のつながりのアジールと管理的なアサイラム、自分が属している集団を思い浮かべながら居心地の良さの差を感じていました。
    他者が飲み込める物語として書くことには癒しがある、幻滅の物語の始まり、傷づいた分の怒りについての文章にも気づきがありました。
    対談での遺族業界の話は衝撃でした。
    平野啓一郎さん
    当事者と「準当事者」という立ち位置の存在で関わることで問題を捉え直すことの重要性を指摘しています。
    死刑制度は犯罪抑止にならないという例として拡大自殺を挙げ、最近の事件には当て余るかもしれないと思いました。犯罪被害者へのケアは不十分であることは大いに頷けます。「赦し」と「罰」は同じ機能を果たすというところは何度も読み返しました。
    共同体としての責任に自殺があり、社会的な償いとして死刑という考え方を問い直すべきともあり、考えさせられました。
    一人の人間は複数の属性の集合体であり、どこかにチャンネルが開かれているというセンの言葉に対して、平野さんの「分人」という言葉を用いています。自らの他者性、対人関係や場所ごとに自分を分けて相対化することはとても楽になるような気がしました。人生の経過とともに分人の構成は変わるらしく、円グラフ作成を描くことでバランスを見るのも面白いなと思いました。
    対談での自己責任論についてはまだまだ議論を聞きたいと思いました。
    島薗進さん
    小林一茶の俳句 
    露の世は露の世ながらさりながら
    悲嘆を込めた俳句を他にも紹介されました。
    グリーフケアの歴史や諸外国の様子、日本での状況を説明しています。集合的な悲嘆と宗教文化の深い関わりで伝承されいたが、ともに分かち合う新しい形を求めている。独自の展開に期待を込めている。

    それぞれの対談は本で受け取る内容とまた違った認識がもてるのではないか、ミシュカの森の活動に注目していこうと思います。

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    投稿日:2022.02.20

  • nabecho

    nabecho

    このレビューはネタバレを含みます

    入江杏さんは、「世田谷事件」で妹一家四人を喪った。そして、「悲しみ」について思いを馳せる会「ミシュカの森」を開催するようになった。本書は、そこに参加した6人の講演や寄稿を収録したものである。

    NOTE記録
    https://note.com/nabechoo/n/nd275aff67b46

    はじめに、入江さんだったと思うが、「悲しみの共通の水脈の広がりに気付かされた瞬間、悲しみは生きる力に向かっていったように思う。」と言っていた。人生に悲しみはつきものだ。この不条理の世界で。たぶん人は皆、悲しみから逃れられない。皆悲しいんだ。だからこそ、「ゆるやかにつながり合うこと」「悲嘆を共に分かち合うこと」が大切なんだろう。辛さを分け、心を癒し、そして生きる力に変わる。希望への道。

    悲しみと真剣に向き合ってきた経験から語られる7人の言葉は、どれも寛容で、広く優しく包み込んでくれるようだ。学びは多い。特に、柳田邦男さんの二・五人称視点、平野啓一郎さんの準当事者、また「分人」の考え方が新鮮で、人としての器を、視野を、広げてくれる。とは言っても、簡単ではないな。少しづつでも、こういう意識をもって、社会の悲しみと向き合う。多くの人がそうなれば、社会は変わる、か?

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    投稿日:2021.11.23

  • dokutoku

    dokutoku

    このレビューはネタバレを含みます

    殺人事件の遺族が主催するミシュカの森で死刑反対を語る平野啓一郎氏~家族を失う。喪失感に浸る。対応すべき現実がある。喪失と立ち直りの間で揺れる時。グリーフケア、さりげなく寄り添い援助する。事件や事故の報道。死者が出る。遺族の気持ちは図りしれない。第三者でいてはいけない。我々の社会で起きたこと。準当事者、二・五人称で受け止める。遺族というカテゴリー。そこは共通だが、それとは違う属性がある。遺族もいろいろ、思いもいろいろ。一律に見てはいけない。ケアに答えはない。ささやかな6人のメッセージ。示唆されたままに受け止める。

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    投稿日:2021.10.04

  • 佳蓉

    佳蓉

    あることを軸に、いろんな人が自分の視点や体験から死生について語った会の記録? この会に行きたかったなぁー!豪華! それぞれの登壇者の著書を読もう。

    投稿日:2021.09.02

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