【感想】研究者としてうまくやっていくには 組織の力を研究に活かす

長谷川修司 / ブルーバックス
(22件のレビュー)

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  • yonogrit

    yonogrit

    1100

    長谷川 修司
    1960年栃木県に生まれる。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。理学博士。日立製作所基礎研究所研究員、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻助手、同助教授、同准教授を経て、現在、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。専門は表面物理学、とくに固体表面およびナノスケール構造の物性。著書に『見えないものをみる ナノワールドと量子力学』(東京大学出版会)、『振動・波動』(講談社)などがある。


    研究も同じで、教授がある程度のアタリをつけて、この方向に研究を進めれば意味のある成果が出そうだと期待して研究を進めますが、必ずしもその通りになるとは限りませんし、むしろ、予想しなかった別の成果につながることが多いものです(それをセレンディピティといいます。)

     ここで言えることは、自分の研究に関連する分野の知識を全部勉強したあとでないと新発見するための研究ができないのかというと、そうではないということです。よく大学生で、 「現状でどこまでわかっているのか、当該分野の最前線までを全部勉強しないと、その先の未知なことは研究できないのではないか?」 と心配する人がいますが、そんなことはありません。今までに得られた知識を最前線まで全部勉強していたら、それだけで人の一生は終わってしまいます。最前線を勉強するにしてもほんの狭い範囲で構いません。指導者や先輩はある程度広い範囲の知識を持っていますので、指導者のアドバイスに従い、 とりあえずはあまり大きな心配をせずに、自分の研究に関係する狭い範囲の勉強だけして、研究をどんどん進める ことを学生には勧めます。そして、必要なら、まさに「走りながら」もっと勉強すればいいのです。

    「なーんだ、研究って結構いい加減なんだな」 「勉強では、立派に体系化された学問を順序よく学ぶけれど、それに比べて研究って結構行き当たりばったりなんだな」 と感じる読者もいるかもしれません。ある意味、その通りだと思います。

     よく、科学行政や大学改革の新聞記事などの中で「研究の効率化」という言葉を見聞きしますが、ありえない自己矛盾した考え方だと思います。天才学者が一生かけてコツコツ 研究 して構築した学問体系を、わずか半年間の 90 分講義 15 回程度で 勉強 できてしまうのを考えると、「勉強と研究の違い」がわかるでしょう。天才物理学者アインシュタインが 10 年以上もかかって研究して作り上げた相対性理論を、わずか半年間の講義で勉強できてしまうのは、学生たちがアインシュタイン以上の天才だからではありません。

    酒井 邦 嘉 著『科学者という仕事』には、 「研究もまた自分らしい個性の表現なのである。このように考えれば、研究者のめざすものは芸術家がめざす自己表現と何ら変わらない」 と書いてあります。芸術とはおよそ縁遠いと思われる自然科学やテクノロジーの研究で、それによって「自分らしい個性を表現する」とか「自己表現する」とか、突然言われても研究者でない人にはほとんど理解できないでしょう。しかし、ここまで本書を読んできた皆さんには、もう、この言葉に同意いただけるはずです。なんの研究をどんな方法でするのか、どこまで研究するのか、課題設定と課題解決のためのアプローチや求める答えは、研究者個人によって違います。基本的には、研究者の心の中から湧き上がってくる好奇心や探究心が原動力になります。他の研究者から見ると価値のない研究テーマであっても、自分にはとても重要なテーマだったりします。そこに、その人の個性や価値観が反映され、自己表現の手段となるのです。

    研究者の大きな魅力の一つは、 毎日コツコツ研究室で続けている自分の研究がひょっとして世の中を変えるかもしれないという夢 を抱けることでしょう。人間が今まで持っていたものの見方や考え方を根本から覆したり、空想だにしなかった技術が実現したりするかもしれないと考えると、夢が広がります。研究者は、 自分こそがそれを成し遂げるんだという大志 を持っているので、毎日、困難にぶつかってもへこたれずに研究を続けられるのです。

    私は、数学と理科が大好きで、図画工作や技術家庭科も大の得意でした。ですので、なんのためらいもなく理科系に進み、「将来は科学者か技術者になるしかない」とはっきり意識するようになりました。ロゲルギストという物理学者集団が書いていたエッセイ集の『物理の散歩道』というシリーズ本などを、高校2年生のときから背伸びして読み始めたものでした。湯川秀樹や 朝永振一郎というノーベル賞学者の名前が出てくる本に出会うのもまったく自然の成り行きで、次第に物理学への憧れを感じ始めました。自然界の仕組みを奥深いところから考えている学者が、私の目にはとても格好良く映ったのです。

    教養とは自分の専門や考え方を相対化できる能力 のことです。

    しかも図画工作や技術家庭科が好きだったこともあり、迷わず理論ではなく実験研究を志望しました。でも本当の理由は、素粒子・原子核物理学のような難しい分野は、前述した超優秀な同級生たちがこぞって目指している人気の分野なので、自分は彼らと競争してやっていく自信がとても持てなかったというのが本音です。

     私が学部4年生のときに原子核物理学という講義を担当していた有馬 朗 人 教授(後に東大総長、文部大臣、科学技術庁長官になった先生) が授業中に言った一言がいまだに忘れられません。 「俳句を勉強するといいよ。研究での不連続的なジャンプを生み出す直感力がつくよ。君たちは式を変形して論理的に考えていると新しい発見にたどり着けると思っているだろうが、実際はそうじゃない。不連続的な発想の飛躍が必要なんだよ」 という趣旨の言葉です。有馬教授は理論原子核物理学者としてだけでなく、俳人としても有名な先生です。講義でその言葉を聞いたときには、試験問題のように、与えられた問題に対して式を立てて、それを変形して解けば新発見につながると思っていましたので、この言葉に対して非常に違和感を覚えた記憶があります。

    論理的に一歩一歩考えて研究を進めるだけでは限界があります。そこでブレイクスルーを生み出すには、論理では説明できない何かが必要なのです。しかし、その不連続的な飛躍は、あとになって振り返ると論理的に説明できるものだったりします。なぜこのような論理で考えなかったのか、とあとから思うことが多いものです。  誰でも知っている芭蕉の俳句「古池や蛙飛び込む水の音」。春の草に覆われた古池の周りの静寂を表現するために、一匹のカエルが池に飛び込んだ時の「ポチャン」という音を持ち出すことによって、かえって静寂を際立たせるという発想の飛躍が、物理学の研究での飛躍にも通じるという有馬教授の言葉は、今になってみるととてもよくわかります。

     別のタイプの学生の例。高校や大学での勉強をするように、毎朝決まった時間から夕方決まった時間まできっちり実験したり論文を読んだりして研究に励んでいるのはいいのですが、研究室のコンパやスポーツ大会、あるいは午後のお茶の時間などで研究時間が削られてしまうと、それだけで、何か自分は怠けてしまったと、いたく落ち込んだり不機嫌になったりする学生もいます。研究は、言ってみれば100m競走ではなくマラソンのような長丁場の戦いなので、几帳面すぎたり生真面目すぎたりすると途中でへたばってしまいます。よく研究には「強い心」が必要だといいますが、そうではなく、心に余裕を持って、適当に息抜きしながら続ければ、「強い心」で頑張らなくてもそれなりの成果を残すことができると思います。

     私は修士課程のあと博士課程進学をあきらめ、電機メーカーの㈱日立製作所に就職する道を選びました。

     私が学校推薦書を書いた学生の一人に、素粒子物理学の理論で博士号をとる予定だが、ある電機メーカーから内定がとれそうだ、その会社では新しい電子デバイスの開発研究をやりたい、と言ってきた博士課程の学生がいました。理論素粒子物理学から電子デバイスというかけ離れた分野にチャレンジするというので最初は驚きましたが、じっくり話をしてみると、非常に頭の柔軟な学生だとすぐにわかる話しぶりで、感心させられました。会社の人事課での面接でもきっと高く評価され、専門がまったく違うけれど彼の大きな可能性を高く買われたのだろうな、と感じさせる学生でした。最後はやはり人間としてのトータルな可能性が勝負なのでしょう。研究で身につけた専門知識やスキルは二の次で、 研究で身につけた総合的な「人間力」が買われる のです。

    博士課程に進学して、一つのテーマで徹底的に研究を突き詰めてみるという体験が非常に貴重だという感想を、 40、 50 歳代になってから、同窓会やいろいろな機会で聞きます(私は上述のように博士課程を経験していないので、ただ相槌を打つだけです。

    逆に言うと、日常的にたくさんの論文を見て読んでいる研究者こそ、よく読まれる論文の特徴を知っていることになります。ですので、よく読まれる論文を書ける人は、たくさんの論文を「見て」読んでいる人だと言えます。人気の小説家は驚異的な読書家であることが多いと言われるように、多くの論文を読むことが良い論文を書く出発点でもあります。毎日、論文を、熟読しないまでもたくさん見ましょう。

    ですので、古い論文を図書室で探し出しては読みあさるという時期もありました。そのテーマは、表面物理学の研究の流行が別の方向になってしまって、いつの間にか忘れ去られてしまったものでした。図らずも、それを私が現代的なスタイルや良質の試料を使ってリバイバルさせたのです。

    研究テーマは大学院生たちにとって最も重要なことですが、それに関してときどき起こる問題は、「テーマの重なり」です。同じ研究室で同じ研究設備を使って、しかも似たような関心を持っている大学院生たちが研究していると、最初は離れたテーマで研究していた2人の大学院生の研究内容が、時間が経つとだんだん近づいてきて、テーマの重なりが出てきてしまうことがときどきあります。そのときの世の中の研究の流行や傾向にどうしても影響されますので、そのような事態になってしまうことがあるのです。

    目立った成果が上げられなかったとはいえ、その過程で学んだ論理的・分析的思考、情報収集と 咀嚼 力、プレゼンなどのコミュニケーション力、状況に応じて戦術を変えられる戦略性などなどを研究体験から学んでくれて、それらを就職後の仕事に活かしていると信じたいものです。 目標に達しなかった、失敗した、という経験ができるのは大学だけの特権 であって、社会に出てからは失敗は許されません。ですので、もし、研究がうまくいかなかった場合にも、その失敗からたくさんのことを学んで卒業してほしいと願っています(が、これは開き直りに聞こえるでしょう。

    2014年あたりから、プロテニスプレーヤーの 錦 織 圭選手が活躍して、テレビでもよく見かけるようになりました。彼は、松岡修造やマイケル・チャンとの出会いによって大きく成長したと言われています。  研究者の世界でも同じように、恩師との出会いが決定的に重要だと思います。私の場合、まさに指導教員であった井野教授であり、日立にいたときの研究グループのボスであった外村さんです。
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    投稿日:2023.09.18

  • fky

    fky

    相談相手が少ない「研究者」という独特な職業のこなし方を客観的にわかりやすく書いた本として、とても愛読している。

    たまに「PIは飲み会で学生にビールを注げ」のような「?」のアドバイスはあるが、「研究の独創性は自分で作る」「二番煎じでもいい」「レビューに備えて幅広い文献を引用する」など、申請書ではみられない、研究者の本音の部分が聞ける感じがとても良い。学生目線から教授目線まで網羅的に書かれている。基本的には「日本国内の」話に限っている。続きを読む

    投稿日:2023.09.17

  • tulips

    tulips

     大学での講義を受けると、必ずカッコイイ研究者に出会います。自身の研究を楽しそうに話す人、学生実験の考察に対して自分よりも何倍もの可能性を挙げる人。そして、1度は思います。自分もこんな素敵な研究者としてキャリアを築きたい、と。そんな方にお薦めしたい一冊です。
     内容は、筆者の実体験を元に、学生から教授までの軌跡がまとめられています。専門分野の極め方や研究発表のお作法など、攻略法や実践的なノウハウが豊富に紹介されています。その範囲は、研究外にも及び、アカデミックな世界の処世術まで書かれています。
     ノーベル賞を受賞するような研究は、世界でも一握りです。しかし、それの裏には沢山の研究が報告され、私たちの生活を着実により良くしています。筆者は、「研究者の大きな魅力の一つは、毎日コツコツ研究室で続けている自分の研究がひょっとして世の中を変えるかもしれないという夢を抱けること」と述べています。数十年後の世界を変える発見のため、研究者ライフを覗いてみませんか?
     学部時の講義は、目標を見つけるのが難しく、どこか流れ作業のように取り組んでしまいがちです。少し先の未来をこの本を通して知ればモチベーションがアップ間違いなしです。これまでの勉強とは異なる研究という営みをこの本と共に歩んでみてはいかがでしょうか?
    (ラーニング・アドバイザー/応用理工 SAITO)

    ▼筑波大学附属図書館の所蔵情報はこちら
    https://www.tulips.tsukuba.ac.jp/opac/volume/3256863
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    投稿日:2023.08.01

  • 恵

    博士課程の先輩がおすすめしてくれた本。
    研究者、大学教員を志したいと思った今に読んでよかった本。
    印象に残った言葉

    「研究」では、研究者自身の個性や価値観が色濃く反映され、大げさに言えば「自己表現」に繋がる。

    自己表現をする方法が欲しいと思っていた自分にとって、とても響いた。

    それと同時に、どれほどアカデミアに残ることが大変なのかがわかった。アカデミアに残って何をしたいのか?これを考えない軸を持たない限りは、きっと耐えられないのだろう。それでも、読んでて「この地位に行ってみたい、行ってこうしたい」ってことが思い浮かぶからもう少し頑張ってみようと思えた。
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    投稿日:2023.04.01

  • masaximum

    masaximum

    世の人に研究者はどう見えているのだろう?そもそも研究者になるにはどうすればよいのか。大学で研究する筆者が、その足跡から研究者として何を考えてきたか。がよくわかる。研究者になるには、いくつもの道があるが、さけて通れないマイルストーンがある。研究者はみなそのマイルストーンを事もなげに通りながら進んでいると思ったら大違い。結構大変なのだ。研究者への道筋が、もっとシンプルで分かりやすくなれば、若い学徒も増えていくだろうに。そう考える今日この頃。続きを読む

    投稿日:2022.09.17

  • nbook

    nbook

    22/3/12
    P7 重要なのはコミュニケーション力 プレゼンテーション力
    P9 トラブル回避のカギは密なコミュニケーション
    研究室内でこまめにコミュニケーションを取ることを怠らない
    研究者は魅力ある職業
    P33 芸術家と同じ自己表現
    何かを発見したり謎を解いたりした瞬間は世界中でまだ誰も知らないことを自分だけが知っているという事実に興奮します。
    発見した事実を独り占めにしているという優越感とワクワク感と達成感で体全体がジワーっと熱くなってきます。
    このような感激の瞬間は長い研究者人生の中でもそうめったに経験できるものではありません。研究者の日常は、ほとんど毎日、研究がうまくいかなくて悶々と悩むことばかりです。あるいは、研究費や奨学金の申請書を書いたり、目的としていた最終的な成果が得られなくともなんとか取り繕って研究の報告書を書いたりと、決して楽しいとは言えない仕事をこなすことが多いのも事実です。
    研究者自身の個性と価値観によって研究成果や研究スタイルがまったく違います。研究者は自分のやった研究によって自己表現する職業なのです。
    P36 使命感・大志
    P152 プロの研究者は組織に対して責任を持つ
    P155 プロの研究者は常識的な生活習慣の中で研究を着実に進める
    P163 所属研究室の強みを活かしつつ自分自身のオリジナリティを出す
    独創的なアイディアは多少窮屈なところからなんとか絞り出されたものが多いように見受けられます
    P165 異分野協同
    P175 研究室の若手スタッフは教授ではなかなか手や目の届かない箇所まで情報を得たり指導したりでき、教授とはある意味相補的な役割を演じることができます。これは非常に実りある成果を生み出すことになります。その意味でも、若手スタッフと教授との密接な意思疎通とコラボは欠かせません。
    P183 首尾よく研究費がもらえたら、その研究費で何を研究するかというと、さらに次の研究費申請書のネタとなる研究をする
    P233 やっぱり師との出会いは大切
    P233 はじめは教授の掌の上だが、そのうち、そこから飛び出そうともがくことを始め、やがて自分独自のテーマを持って飛び出していく。そのプロセスが研究者としての成長そのものです。
    P234 師を踏み台にして次の高みに登っていくことが独創性
    P236 雑用はいやがらず、積極的に外向きの気持ちをもって取り組むこと
    「心の師」を見つけられるかも
    P240 独自の「武器」を流行りのテーマから離れたところで磨いておく
    続きを読む

    投稿日:2022.03.13

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