【感想】街道をゆく 3

司馬遼太郎 / 朝日新聞出版
(11件のレビュー)

総合評価:

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ブクログレビュー

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  • ジャクソン

    ジャクソン

    今回は東北と九州と関西と。司馬さんの周りにいる方々は癖があり、ユーモアたっぷりに描かれている。全く適していない東北での稲作の広がりと、それによる東北への差別的意識は序盤ながらも印象深いエピソードの一つ。東北に住んだ身としてはこれは今にも繋がる話であり、その差については十分認識しており、なんだかいたたまれない気持ちになる。九州パートは言わずもがな、幕末の下りを描く司馬さんの熱量は素晴らしい。続きを読む

    投稿日:2024.01.02

  • jun55

    jun55

    以下抜粋~
    ・(下北半島について)
    もしフィンランド人はハンガリー人がこの大地を最初に発見したとすれば、かれらはこの大空間に放牧することを考えて狂喜したであろう。
    もしかれらが北欧の地に水稲を植えていれば、かれらはおそらく餓死し、こんにち国家をつくるだけの人口を残さなかったにちがいない。

    ・要するに上代以来の弥生式水田農業を神であるとし、それを取り入れることが奈良朝時代にあっては「王化」であるとし、江戸期ではこの農業をもって厳然たる政治の基盤としたために南部もそれに従わざるを得なかったということの悲劇である。

    ・もし南部氏が、「水田はほどほどにして牧畜を盛大にする。士民はその肉を食って生を養う」という一大政治決断をしたとしたがどうであろう。必ず失敗したにちがいない。牧畜によって牛肉で生を養うなどということは、幕藩体制の経済に対する問題にはとどまらず、大きく日本全体の文化意識そのものに対し、重大な挑戦行為になったにちがいない。
    穀物を神と仰ぐという弥生式農民の信仰が神道の根幹をつくり、さらには上代依頼明治までの天皇の神聖とも重大な関係があった。

    ・津軽家に領土を横領されたという歴史をもつ南部藩の場合、その環境を木柱や石柱というような簡便なもので済ませるというにはあまりにも思いが深刻だったにちがいない。

    ・薩摩には敵に対する優しさの話が多い。
    →島津氏が、朝鮮ノ役のときに、帰国後、高野山に敵見方ともにその無名戦士を平等に供養した。(例がない)
    →戊辰戦争のときも旧幕府方に対するあつかいは、「どちらが勝利者かわからない」といわれたほどに薩摩側は寛大で態度も鄭重だった。
    ・敵に対して優しいクマソタケルのほうが、よか男としては上だという。いかにも薩摩の人間美学ならそうあるべきかと思える。

    ・(浄土真宗等)諸勢力の拡大は、戦国における地方統一というあたらしいタテ社会の建設をめざしている諸国諸郷の大小の領主にとっては恐怖であった。かれら講の連中はヨコに結び合い、聖典と信仰を共有することによって一種、無階級の社会的気分をもつにいたっているだけでなく、主君というのは未来永劫の契りである阿弥陀如来で、現在いだいている主君というのは「じつは一世の契りにすぎない」とおもっていた。
    「一向念仏はまかりならぬ」と島津氏が言い出したのは天文年間までさかのぼれるそうだが、この行政的禁忌に刑法的裏付けがきまって薩摩藩独特の戦慄的な「念仏禁止」が行われたのは、江戸初期、幕府の切支丹停止と併行した時期である。
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    投稿日:2023.05.04

  • kazubook21613

    kazubook21613

    本書の中では「肥薩のみち」と「河内みち」がよかった。単純に自分とあまり縁がない所なので面白く読めました。

    米を通して日本のあり様を深く思索しているのだが、はるか古代から球磨川流域は水との戦いがあったことを知りちょっと驚いた。数年前の大水害は、現在でもなおその戦いが続いているのを物語っている。もしかしたら、もっと激しい戦いになっているかもしれない。

    それにしても、西南の役を昨日のことの様に語る古老が50年前にはまだいたし、街中に鍛冶屋さんがあったんですね。これにも驚き。

    「河内のみち」は司馬さんの地元らしく、筆致も何となく柔らかく、散歩感覚で楽しく読めました。
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    投稿日:2023.03.18

  • koba-book2011

    koba-book2011

    「街道をゆく3 陸奥のみち・肥薩のみちほか」司馬遼太郎。初出は1972年。朝日文庫。



     こちらの年齢のこともあるでしょうが、小学生から舐めるように読んできた司馬遼太郎さんの中で、ずっと読んでこなかった「街道をゆく」。その魅力を発見したのが40代の読書最大の快楽と言ってもいいくらいですが、これも面白かった。
     1972年ですから、なんと50年前の日本国内の旅行記ですから、もはや描写自体が貴重な民俗学的資料と言えるほど。



     とは言ってもこのシリーズは旅行記というよりも、論考的エッセイです。実は「街道をゆく」をいちばん正統に?受け継いでいるのは「ブラタモリ」なんだろうなあと思いますがそれは閑話休題。

     この本のいちばんは「陸奥のみち」。当方があまり東北地方と縁遠かったこともあり、全編を通す司馬さんの考察、「弥生時代からの日本全体の稲作至上主義が、地理的に気候的に東北の一部には不利だった。でもそのイズムの序列におかれてしまったので、いくつかの悲劇と現在(と言っても1972年)まで至る一種の後進性がある」という内容に恥ずかしながら目が鱗。もちろんそれが全てを説明できるものではないでしょうが。

     青森、八戸、津軽、盛岡、といった地名が、初めて立体的に腑に落ちて迫ってくる感じで、非常にワクワクしました。



     ちょっと皮肉めいているのは、カップリングが「肥薩のみち」。これはつまり稲作至上主義でいうと、圧倒的な勝ち組なわけです。むしろここからそのイズムが北上していったと言っても過言ではない。そして強者だったが故のオリジナリティを日本史の中で保ってきた面白さ。
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    投稿日:2022.10.29

  • akikobb

    akikobb

    「陸奥のみち」のみ読了。日本の稲作信仰の強さ、津軽と南部の関係、都道府県は決して平等ではないんだな、など。面白かった。

    投稿日:2022.10.23

  • W. Yuriko

    W. Yuriko

    肥薩のみちだけ読んだ。これまで沖縄や本郷界隈のしか読んだことがなかったけど、肥薩のみちともなると司馬遼太郎本領発揮といったところで、幕末から明治維新にかけての歴史的考察を合い交えながらの旅行記で他の街道をゆくシリーズとは一線を画している。続きを読む

    投稿日:2021.09.20

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