【感想】クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界

ヤニス・バルファキス, 江口泰子 / 講談社
(10件のレビュー)

総合評価:

平均 3.3
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ブクログレビュー

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  • すいびょう

    すいびょう

    【感想】
    経済学書でありながら、SF小説。SF小説でありながら、思考実験のための哲学書。そんな不思議なテイストの本が、本書「クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界」である。

    本書のストーリーは、3人のユニークな登場人物によって進行していく。筋金入りのマルクス主義者で、傲慢な女神のように振る舞うアイリス。元リバタリアンで、リーマン・ブラザーズで働いていた2008年に、世界金融危機によって自分の世界までも崩壊してしまったイヴァ。そして、テクノロジーが世界を明るくすると信じて製品を開発していたものの、独善的な会社に裏切られた天才エンジニアのコスタ。

    コスタが「HALPEVAM」というシステムを作り上げると、ワームホールを通じて平行世界の自分と交信できるようになってしまった。その平行世界は「資本主義が倒れた世界」である。コスタは一人のコスタ(ややこしいので作中ではコスティと呼称している)と資本主義消滅後の世界の概要をやりとりし、アイリスとイヴァに報告する。2人がそれを読み、資本主義レスのシステムがいかなる過程で成立し得たのか、またそのシステムに問題点はないのかなどを議論していく。

    では実際、資本主義が無い世界はどうやって回っているのか?
    例えば「銀行」のあり方。コスティの世界では、生まれた瞬間に全市民が中央銀行の口座を開設される。これを「パーキャブ口座」というのだが、パーキャブ口座には、給与が振り込まれる「積立」、生まれた瞬間に国から振り込まれる信託預金の「相続」、毎月定額が国から振り込まれる「配当」の3種類がある。世界中の誰しもがこの「パーキャブ口座」を保有しており、一般的な商業銀行の口座は無くなってしまったらしい。
    例えばアメリカでは、FRBが全国民にパーキャプ口座を与えた。パーキャブの「配当」に振り込まれるお金は、パーキャプの別の口座に無料で振り込むか、税金の支払いにあてることができるため、みんな「配当」を使って決済を行っていった。そのうち、当局がパーキャブの「積立」に貯蓄を移し、1年間引き出されなければ、5%を税金から引くとアピールした。この簡単かつ高金利の申し出によって、商業銀行から金が流出し始めた。2020年になるころには、国が市民全員のパーキャブ口座を管理し、商業銀行のシステムを駆逐したという。
    市民の口座を一元的に管理することができるため、中央銀行はインフレ対策を比較的容易に行うことができる。平均物価が閾値を超えると、中央銀行はパーキャプの貯蓄に対する金利を引き上げ、支出の削減を促す。反対に経済活動が低迷している時には、金利を引き下げるか、パーキャプの「配当」に振り込むベーシックインカムの額を引き上げる、という仕組みだ。

    以上は銀行の例だが、他にも「会社」や「土地」といった様々な要素について、資本主義に頼らない運営方法が紹介されている。基本的には、私たちの世界よりも中央集権化(銀行、土地)と階層組織の排除(会社)が進んでいる。そして、これらの安全性を担保するものとして、テクノロジーによる情報の透明化が進んでいる、ということだ。

    ――――――――――――――――――――――――
    本書は、かなりラディカルな経済学書である。資本主義に代わる制度として様々なものが挙げられているが、結構荒唐無稽な案が述べられていて、上手く行かなそうなものも多い。当然こちらの世界の住人目線での反論も起こっており、イヴァは「資本主義者のテクノストラクチャーは、なぜみずからの優れた功績を否定するの?彼らは中国を経済大国に変えた。おおぜいのインド人科学技術者たちの明晰な頭脳をうまく活用した。アフリカ諸国の食糧不足を解消し、銀行口座を持てない人たちが、スマートフォンを使って送金や受け取りができるようにした。明らかな失敗もあったにしろ、株の取引を禁止してそれらの功績を台なしにすることは、本当に正しいことなの?」と、資本主義を完全に撤廃することへのもっともな疑問を投げかけている(そしてこの部分、作中でもうまく反論できていない気がする)。あくまで思考実験として、「もし資本主義が無くなったらこうなるかもね」というサンプルとして眺めるならば、中々面白い一冊だと思う。個々の仕組みの正誤に囚われず、Ifの経済学を味わうような読み方がオススメである。
    ――――――――――――――――――――――――

    【まとめ】
    1 もう一つの世界との交信
    舞台は2025年。コスタは「フリーダムマシン」を開発する。数百万人が同じバーチャル世界に棲息しながら、それぞれ違う体験ができるマシンだ。

    コスタは個々人の「経験の量子」である「CREST」を発見する。CRESTをフリーダムマシンの後継であるHALPEVAMに供給すれば、ユーザーリアリティの多元宇宙を作り出せる。そして、CRESTを自分の頭に接続することで、ほんの数ミリ秒のうちに人の欲望全てが味わえるような至福の体験ができる。

    コスタがHALPEVAMを起動させると、とある現象が起きた。CRESTにスクランブルをかけたエネルギーがどういうわけかワームホールを作り出し、別の世界の自分と通信することができるようになったのだ。

    その世界は、コスタが住む世界と、2008年の金融危機の頃までは全く同じだったが、その後はガラリと違う方向に枝分かれした。資本主義経済が消滅した世界である。


    2 資本主義が消滅した世界の社会のあり方
    ・階層組織が消滅した。会社はあるが、トップダウン式ではなく、やりたいプロジェクトに自らの責任で自主参入する。指示を出す上司はおらず、階層はフラット。給与はみな一律。
    ・株式市場がなくなったため、株を持てるのはその会社の成員だけ。1人1株のみ持てる。株は取引できないので、投資のためのものではなく、企業の意思決定に参加できる「参政権」のためのものに近い。
    ・生まれた瞬間に全市民が中央銀行の口座を開設される(パーキャブ口座)。口座には3種類あり、給与が振り込まれる「積立」、生まれた瞬間に国から振り込まれる信託預金の「相続」、毎月定額が国から振り込まれる「配当」がある。
    ・テクノ反逆者達が銀行、ビッグテック、各国政府に反逆し、情報の透明化と資本主義の打倒を企て、経済民主主義の確立を行った。


    3 そうは言っても、うまくいってるのか?
    ・株式取引の禁止は、社会の発展を止める行為ではないか?資本主義は確かにビッグテックに有利に働き権力の集中化を招くが、それが株の売買を禁止し、金融市場の流動性をストップさせるほどの犠牲に見合うのか?
    →未来の利益の流れを買う権利が、歯止めのきかないテクノストラクチャーを勢いづかせ、抑制なきものとする。そして資本主義が地球の資源を搾取しつづけ、地球環境に壊滅的な影響を及ぼす。

    ・1人1株で会社の意思決定権を誰にでも平等に与えるというルールは、個々人の貢献度合を無視するものではないか?企業は採用者を、必ず同等の権利を持つパートナーとして雇わなければならないのか?
    →仕事が単独基準(完全に個人によって生み出され、個人の仕事として測定されるもの。略してDC)なものについては、権利を与える必要はない。逆に、清掃員やレジ打ちであっても、職場でつくり出される最終的な成果物が、その職場の文化や、参加者全員が生み出す相乗効果を反映している場合には、同等の権利を与えなければならない。

    ・中央銀行は市民全員にパーキャプ口座――「積立」「相続」「配当」を与えたが、それはどのような経緯で生まれたのか。そして、成長を促すと同時にインフレを抑えるために、中央銀行はどうやってマネーサプライを調整してきたのか。
    →アメリカではまず、FRBが社会保障番号を持つ者にパーキャプ口座を与えた。現金としては引き出せなかったが、PINを使ってパーキャプの別の口座に無料で振り込むか、税金の支払いにあてることもできた。それゆえ、市民や企業と取引する者も、税金を支払う義務のある者も、事実上誰でも、FRBから「配当」に振り込まれる額を使った。
    次に、当局がパーキャブの「積立」に貯蓄を移し、1年間引き出されなければ、5%を税金から引くとアピールした。この簡単かつ高金利な申し出によって、商業銀行から金が流出し始めた。2020年になるころには、国が市民全員のパーキャブ口座を管理し、商業銀行のシステムを駆逐した。
    同時に、ビットコインと同じシステムをFRBの決済システムにも導入し、分散型のアーキテクチャシステムを作った。当局がこっそり貨幣を生み出すことは出来なくなった。
    数年のうちに現金と株式市場はほぼ消滅した。そして、法貨として残ったのは、中央銀行のお墨付きを得て、パーキャプ口座を流通するデジタル通貨だけになった。
    中央銀行は常に貨幣量を調整した。平均物価が閾値を超えると、中央銀行はパーキャプの貯蓄に対する金利を引き上げ、支出の削減を促した。反対に経済活動が低迷している時には、金利を引き下げるか、パーキャプの「配当」に振り込むベーシックインカムの額を引き上げた。

    ・資本主義のない中で貿易はどのように行うのか?
    →世界共通のデジタル通貨「コスモス(Ks)」を使う。IMP(IMFの後進)は貿易赤字と黒字に応じて、「貿易不均衡税」を課す。差し引いたKsは開発途上地域に直接投資される。また、貧困国への過剰投資によって現地の経済が不安定になるのを避けるため、「過大資金流入税」も課している。

    ・土地の所有権が地元当局に移転されている。土地は公営住宅と社会的企業に配される「社会ゾーン」、住宅地とビジネス用の商業スペースからなる「商業ゾーン」に分けられている。


    4 ユートピアでのトラブル
    ・資本主義は死んでも、家父長制は未だ健在
    ・2022年にとある金融業者が、パーキャブ口座の資金を引き出す権利と、中央銀行の将来の収益の一部を売買する権利を売り出し、バブルが発生。一時的に金融逼迫が起きた。
    続きを読む

    投稿日:2022.12.11

  • もってぃ

    もってぃ

    経済学とSF小説を組み合わせた内容。SF映画でよくあるパラレルワールドの世界の話。優秀エンジニアがパラレルワールドと繋げることに成功し、もう1つの世界の自分達とコンタクトを取れるようになる。もう1つの世界ではリーマンショックを機に資本主義が倒れ、別の世界ができていると言う内容。経済学者の観点から非常に内容に凝っており、資本主義じゃなければそのような世界があってもおかしくないと感じさせられた。

    しかし、内容が凝りすぎていて、経済用語・歴史に追いつけず、理解することが難しかった。正直読み飛ばしている部分は多い。経済学の要素が多く、小説(フィクション)の部分の内容は薄いと感じた。

    経済学に強い人は楽しめるのではないかと思う。
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    投稿日:2022.07.04

  • keyakishibuya

    keyakishibuya

    面白い,が,展開が込み入りすぎていてなかなか読みづらい作品だった.
    語りや伝聞の形式ではなく,折角なので「もう一つの世界」の実際の様子が描かれていたら,もう少し映像化して読めるのになぁ.

    投稿日:2022.05.18

  • masabox

    masabox

    翻訳モノなのですが、こういう感じのって一般的なのかな。面白いなと読み進めました。実際の歴史や政治、経済と絡めての現代の前後をスペクタルに描かれております。日本ではあまり流行らないのでしょうか。でも、書かれている主義主張的な部分がクローズアップされてしまうのでしょうか。それはさておき、こういう捉え方もあるって認識でも十分に面白いと思うのです。で、後書き的な部分を見やるに当該国でも稀有な作品らしく、そうなんだと少々納得。続きを読む

    投稿日:2022.04.06

  • Tomky juni6

    Tomky juni6

    このレビューはネタバレを含みます

    パラレルワールドと通信できる機械を使って、資本主義の滅んだ後の世界を見聞するというストーリー。
    破天荒な設定で物語を紡ぐためにSF仕立てにするのはナイスなアイデアですが、資本主義を相手にするにしては詰めが甘い気がする内容でした。

    資本主義が倒れたあとの「もう一つの世界」では、
    ・銀行がなくなり、残るのは中央銀行1行だけ
    ・株式市場がなくなり、社員は1人1株、議決権1票を持つ
    ・独占巨大資本がなくなり、GAFA消滅し、情報や資本の過度な集中から開放される
    ・格差がなくなり、中央銀行が国民全員に定額を給付
    ・上司がいなくなり、好きな相手とチームをつくり基本給は全員同額になる
    そうです。

    でも、日本の場合は非正規雇用の労働者(労働人口の40%)を正社員化する必要があるし、政治・経済を円滑に回すために不正を防ぐための公明正大なコンピューター・ウィルスが開発・流布されないといけないし、ベーシック・インカムはあっても所得の差は解消されないし…つまり実現性の観点からは追加検討の余地が大き過ぎ。

    SF仕立てにするにしても「そういう世界があっても良いかも」と思わせる程度のリアリティが必要と思いますが、本書のアイデアは騙されたくなる程度までには成熟されていないと感じました。
    そのため、この小説の好みは、作者バルファキスの提示するパラレルワールドに賛同出来るかに依りそうです。

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    投稿日:2022.03.03

  • まってぃ

    まってぃ

    このレビューはネタバレを含みます

    資本主義は欲望を作り出し、必然的に欲求不満を生み出す。
    最初から社会主義のシステムが完成されているのなら良いが、現実には資本主義から移行していかなくてはいけない。
    そこにハードルがあるのではないか。
    一方で、資本主義が万能でないことも確か。
    企業のあり方、銀行のあり方、株式のあり方、今とは違う形について考えることは実現可能かどうかは別として、現状を振り返るためにも必要。

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    投稿日:2022.02.15

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