【感想】回想十年(下)

吉田茂 / 中公文庫
(2件のレビュー)

総合評価:

平均 4.0
1
0
1
0
0

ブクログレビュー

"powered by"

  • supermichael211

    supermichael211

     「負けっぷりを立派に」。痛快ではあっても作りもののTVドラマ「半沢直樹」と、この言葉をもとにした現実のドラマ「吉田茂」とでは違うという論評を読み、原典にあたってみました。

     「負けっぷりを立派にするということは、何もかもイエス・マンで通すということではない。また表面だけはイエスといっておいて、帰ってから別の態度をとるという、いわゆる面従腹背などは、私の最も忌むところであった。要は出来るだけ占領政策に協力するにある。しかし時に先方に思い違いがあったり、またわが国情に副(そ)わないようなことがあったりした場合には、出来るだけわが方の事情を解明して、先方の説得に努めたものである。そしてそれでもなお先方の言い分通りに事が決定してしまった以上は、これに順応し、時来って、その誤りや行き過ぎを是正しうるのを待つという態度だったのである。」

     初めて首班指名を受けた吉田茂が、鈴木貫太郎大将を訪れ、「戦争は、勝ちっぷりもよくなくてはいけないが、負けっぷりもよくないといけない」と言われ、これを指針にしたそうです。占領期間が短期に終了したことについて、米国人の寛容も一方でありとしながらも、「日本側のいわゆる負けっぷりがよく、帰国した進駐米軍将兵が、日本および日本人について好意的報告をしたことなども大なる貢献をなしたことと思う」と述懐しています。また、同じ土俵での「倍返し」ではなく、「戦争で負けて外交で勝った歴史もある」と、戦いの場を別にしたのも、TVドラマと現実のドラマとでは異なるものと思います。

     出典の「上」巻だけを読む予定が、引き込まれて全巻読んでしまいました。時間軸での「回想」録ではなく、憲法改正、安保、皇室、財政、外交などの項目ごとに、経緯とその時の事情・考え方が書かれています。ソ連の介入で危うく北海道が分離・東独化しかけたこと(マッカーサー元帥が察知してこれを排除)、憲法改正もソ連介入排除のため急ぎ作らざるを得なかったこと、天皇・マ元帥の存在がさまざまに良い影響を及ぼしたこと、などや、そのほかにも現在に至る戦後体制を作った背景や思想が記述されています。

     「外交は権謀術数に非ず」と言い切り、大局的にものごとを捉え、洞察力と胆力に優れながらも、ちょっとお茶目なこうした人物は、いまや見出すのは難しいのではないでしょうか。現代の体制の原点がここに書かれており、「これを読まずして、戦後史を語るなかれ」と言いたくなるほど、素晴らしい出来の一冊(三冊)です。
    続きを読む

    投稿日:2021.07.12

  • japapizza

    japapizza

    下巻は、ドッジライン、朝鮮戦争特需、一兆円予算、三度の行政整理など。読み物として一番面白かった。上記のほかに、教科書に登場する歴史上の人物の思い出話が並んでいるからである。

    「予算閣議で色々な議論をきいていると、全く問題の複雑さと困難さに、どう片付けていいやらと思うときさえある。講和、独立、それは待望に待望を重ねて、やっと実現する。誠に結構なことだが、さて自らの責任と努力で国際社会に乗り出し乗り切っていくということは如何に難しいことであるか。賠償、対外債務の支払、安全保障、治安の確保、こういったことは、独立国として過去を清算し、将来に生きてゆく上に、どうしても考えなくてはならない。一方国内経済の開発、発展のために産業投資や、公共事業も必要だ。これも多いに越したことはないが、他方社会保障や遺家族援護などの民生関係の経費も多いに越したことはない。勿論財源としての税金は、軽いに越したことはない。こういったそれぞれの主張を皆立てるわけにはいかない。どう按配して纏めるか、それは結局、大蔵大臣の裁量に任せるより外はない。そういうわけで、私は池田君を信頼し、同君を支持した。閣僚の不満は、私が代わって説得し、抑えた。」

    「外交は小手先の芸でもなければ、権謀術数でもない。国力を土台として最新の経営、不断の努力を以て、国運を開く外に正しい外交の道はない。小手先の芸や権謀術数によって国の利益を図ることは、一時は成功するやに思われても、長い目で見れば、その間おのずから失うところが、得るところを相殺し、却って永く不信の念を残すに至るもので、その事例は殊に近代の歴史に少くない。むしろ大局に着眼して、人類の平和、自由、繁栄に貢献するの覚悟を以て、主張すべきは主張し、妥協すべきは妥協する。そして列国の間に相互的信頼と理解とを深めてゆかねばならぬ、いささかも面従後言の挙に出て、信を外に失うべきではない。これが真の意味の外交である。」

    「国家群の結合において、一国が他国を隷属せしめ、いわゆる衛星国的存在たらしめるごとき形をとることは、古来から幾多の例がある。しかしそれは必ず永続きせず、遠からず崩壊するというのが、東西の歴史の教えるところである。」

    牧野伸顕
    「…義父の牧野全権について思い出すことは、平和会議における人権平等に関する提案である。これは平和条約と当時に新たに生まれる国際連盟の規約の中に、人種平等の原則を謳うべしと要求して問題となったことであるが、これは牧野全権の発意に基くものだと私は解している。…この提案に対しては、英、米、仏など主要国代表は賛意を表したにも拘らず、白濠主義を唱えて有色人種排斥をやっていたオーストラリアの猛然たる反対を蒙り、それがさらに米国の世論に飛火した形で米国代表の態度も一変して、一時は険悪な空気まで醸したものであるが、南阿連邦のスマッツ将軍などの斡旋によって妥協がつき、日本はこの案の不採決を忍ぶ代わりに、膠州湾の問題においいては、その主張が大部分支持されることとなったのである。」

    田中義一
    「私の官界生活中、これほど仕えるに楽な上役に出会ったことがない。鷹揚というのか、太っ腹というのか、小事に拘泥しない、おおらかな気質であった。事務的な仕事はほとんど次官任せで、第一、外務省に顔を出すのは、時たまのことである。顔を出した時を目がけて、大臣の判をもらいに行くと、田中さんは右手に印判を握ったまま、書類の内容などには眼もくれず、ただ『大丈夫か』と聞く。私が『大丈夫です』というと、ポンと判をつく。大丈夫か、大丈夫です、ポン、この段取りをくり返すだけで、山と積まれた書類も忽ちのうちに片づけてしまう。誠に事務簡捷である。」

    幣原喜重郎
    「田中さんと幣原さんとは、およそその気質、人柄を異にし、全く対照的であった。田中さんの方は極めて大雑把で、事務は他人任せであったのに対し、幣原さんはあくまで緻密で、慎重な事務家である。それにもともと外務省育ちであるだけに、省内のことなら如何なることでも掌を指すごとく知っておられる。…次官は何もしない、というよりする仕事がない。省内の口さがなき連中は”幣原次官、吉田大臣”などと失礼なことをいうことさえあった。」

    斎藤博、白鳥敏夫
    「もちろんアメリカ、イギリス側にも、それぞれ記録係がいて、各国ともそれぞれ記録をつくるわけである。ところが会議の期間中、いつとはなしに、日本側の作った記録が、英米のそれらに較べて、一層正確で、よく出来ているということが、英米の全権団に伝わり、後にはわざわざ日本側の記録をもらいに来るというまでになってしまった。…
     両君はともに日本に生れ、東京の大学を卒業したので、外国生れとか、外国で教育を受けたとか、いうわけではない。従って両君の英語は飽くまで独力で勉強したものである。それを思うと、勉強の仕方、心の持ちようでは、外国語に不得手だと一般に思われている日本人でも、英米人の間に伍して、決して彼らに負けないほどの仕事振りを、英語を以て示すことができるという実例になると思う。」

    寺内正毅、山本権兵衛
    「思うに、前の寺内元帥といい、またこの山本伯といい、当時一般には癇癪持ちで頑固親爺として恐れられていたもので、なるほどその容貌なり語調なりは一見誠に激しいものが感じられたのは事実であるが、これらの明治、大正の先輩政治家の多くに共通した特色は、人を叱ったり、怒鳴ったりする場合には、必ず後輩を扶掖指導するという温い思いやりが込められていたことであって、自己保身と名利に汲々たるもの多き今日の政治家の態度と想い合わせて、感慨に催さざるを得ない。」

    チャーチル
    「…私が感銘深く受取った一つは、”グッドウィルとペイシェンス(善意と忍耐)”という言葉を挙げ、『これあるによって、これまで幾多の戦争が回避され、またこれなきのために、多くの不幸な事変が国際間に起こったことは、歴史の証するところである。』」
    続きを読む

    投稿日:2018.10.08

クーポンコード登録

登録

Reader Storeをご利用のお客様へ

ご利用ありがとうございます!

エラー(エラーコード: )

本棚に以下の作品が追加されました

追加された作品は本棚から読むことが出来ます

本棚を開くには、画面右上にある「本棚」ボタンをクリック

スマートフォンの場合

パソコンの場合

このレビューを不適切なレビューとして報告します。よろしいですか?

ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。

レビューを削除してもよろしいですか?
削除すると元に戻すことはできません。