【感想】猫背の王子

中山可穂 / 集英社文庫
(42件のレビュー)

総合評価:

平均 3.9
13
14
8
2
1

ブクログレビュー

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  • 降り注げ果汁

    降り注げ果汁

    このレビューはネタバレを含みます

     中山可穂先生の小説は「レズビアン小説」と称されることが多いらしい。今作で初めて先生の作品を読んだ私個人としては、この表現は間違いではないが、決してそれだけではないだろうと感じた。

     主人公の王寺ミチルは芯の通った人物で、ひたすら演劇に身を捧げている。ただぼんやりと人生を浪費し女を貪るようなキャラクターではない。もしかすると演劇界には同じような人物がいるのかもしれない……と思わせてくれる、血の通った主人公だった。

     また作者は文化的資本が溢れたところで暮らしていたのだろう、そして知的好奇心に溢れた人物なのだろうと伺える描写がいくつもあった。主人公たちが演じる作品はヒトラーの人生をなぞったものであったし、登場人物の中で最高齢である女性が暮らす館の描写は以下のように建築様式に明るくないと書けない文章であった。

    「バロック、ロココ、アールデコ、アールヌーヴォー、およそ目につく限りありとあらゆるスタイルがごった煮にされてひしめきあっていた」

     ……教養のない私にはどれもピンとこない。今日のうちに調べておこうと思う。二十代と明記されている主人公の視点でこのように描かれている点が美しいと感じた。主人公が家庭教師のアルバイトをしている設定も納得だ。

     また解説(文庫版)の山本文緒氏も以下のように記している。

    「中山可穂の小説のもうひとつの魅力に、芸術に触れる豊かさというものがあると思う。私は音楽も映画も絵画もワインの種類も、からきし芸術方面に乏しいので、彼女の小説にちりばめられた人生を豊かにするキーワードがわからなくて寂しい思いをした」

     この素直な一文により、私が読書中抱いていた文化的教養のなさからくる羞恥の心が幾分か救われたように思う。主人公の彼女が持つ知識が読者側に求められるスタンダードなのではなく、彼女が劇団の長を務めるだけの頭の持ち主であっただけなのだ、と。かっこいいぜ、王寺ミチル。名も知らぬファンとして、私を抱いてくれ。

     ところで、文字列の意味が理解できず作品に没入できないままでいるのも苦しいところがあるので、作中に出てくる音楽については何度かスマホを用いて調べた。

    「女の人を抱くときは、エルガーの行進曲のように典雅に。」

     この一節に差し掛かったタイミングですぐ、「エルガーの行進曲」をApple Musicのサブスクリプション(最近出たクラシック版で!)で検索してみた。

     聴き覚えのある行進曲だった。典雅というより勇敢な曲という印象を受けた。こんなに勇ましい抱き方をするのか。もっと官能的で落ち着いたクラシックかと思ったので、テンポの良い楽曲が流れてきて正直驚いた。これが彼女の中にある、少年らしさというものなのだろうか。


     次に、文体について。この作品は耽美な描写が多いにも関わらず、小気味良くすらすらと読める文体であることが私にとって嬉しかったし、この作家の作品をもっと読みたいと思う大きな理由となった。

     耽美な小説となると難しい熟語を用いられることが多い気がしていて、どうしても読む気になれないことが多かったのだが、この作品は日数でいうと二日でさらりと読めた。話自体が面白かったというのも勿論だが、私のように読み手に教養がなくとも話についていける名文揃いだと感じた。

     また私自身、中学の短い間演劇をやっていたことがあり、その点の感情移入がし易かったというのもあるかもしれない。舞台に立つ直前の緊張感、それまでの悪夢を見る日々、役に入り込む時特有の高揚感、これらの内容は演劇に携わったことのある人ならではの描き方だと感じた。作者は実際、小説を書く前は演劇に携わっていたそうだ。この方の劇も観てみたかった。

     またもう一度、舞台に立ってみたいと思う作品だった。演劇を愛し、賞を取るという目標を持ち、それでいて辛さに押しつぶされそうになって泣き喚くこともあり、睡眠薬を所持していて……か弱いところもある主人公。劇でも私生活でも周りの心を揺さぶり振りまわす。そんな主人公に憧れ、恋焦がれた。

     本作を薦めてくれ、貸してくれた友人に感謝したい。先ほど、自分用に通販で買った。これで返却してもまた読める!


     ここまで、この作品の虜になっている私の文章を見て、それでもまだ本作を「レズビアン小説」だと称する人物がいたら、花束で頬をぶちます。

    レビューの続きを読む

    投稿日:2024.02.14

  • りん

    りん

    ミチルみたいな人と一緒になっても、あったかい幸せは掴めない。そうわかっていても離れられない、依存させてしまうような魅力がミチルにはあるのだと思う。私も小説の中のミチルという女性に恋に落ちた。王子様みたいだけど乙女でもあって、クールなのに情熱も持っている。やっぱりこういう女性はずるいな。あとやっぱり仕事と恋愛はわけなきゃだめだ。
    中山可穂という作家さんを知って、好きになった1冊。
    続きを読む

    投稿日:2020.05.26

  • dai-4

    dai-4

    女たらしの女性の物語。過激な舞台の演出家でもある彼女が、主演女優の脱退やら、腹心の裏切りやら、憧れ女性との接近と離別やら、目まぐるしい日常を駆け抜けていく。イベントてんこ盛りで見どころ満載。キャラの魅力も手伝って、一気読みしちゃいました。以降続くシリーズ続編にも期待。続きを読む

    投稿日:2018.08.14

  • bwv232

    bwv232

    読み始めはそうでもないのだけど、一旦物語に引きずり込まれると、あっという間に終わってしまう。
    何となく中途半端に終わった様な気がする反面、
    綺麗なラストだったとも思ってしまう。
    まぁ、続編を読んでみよう。続きを読む

    投稿日:2017.05.06

  • 風花

    風花

    気になっていたけど機会が無かった、やっと読んだ。中山可穂の小説っていつも集中して読み続けてしまい気づいたら読み終わっている、そして作品中のフレーズや出てきた音楽が頭の中に残るような吸引力がある。これもそういう感じ。
     ミチルは実際にいたら勘弁だけど、演劇への直向きさがとても好きだ。「客電が消える」「わずか二、三秒のあいだの完全な闇と無音の世界が、永遠に続くかと思われてくる。」「何もいらない。芝居だけでいい。」
    この集中と、由紀さんを母のように求めつつ神聖視しているミチルの姿。この二つで、多少無理な展開や性格付けもチャラになるというか。
     私はミチルのように生きられないし生きたくないけれど、ミチルの芝居への熱情、ただ一瞬のためにすべてを積み重ねていく部分には共感した。

    読み返すとまた感想が変わりそうな作品。他人の感想を読まず自分の思いを大事にしたい作品だった。(ただ一つ。解説で山本文緒が「ストーリーを進めるためだけの適当な役は彼女の物語には出てこない。そして、感情的な人間とその物語を綴るには、著者本人の目と筆がクールでないとただのヒステリックな物語になってしまう。中山可穂は恐いくらいに冷静だ。」と言っていて納得した。)
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    投稿日:2015.08.24

  • bax

    bax

    【本の内容】
    自分とセックスしている夢を見て、目が覚めた―。

    女から女へと渡り歩く淫蕩なレズビアンにして、芝居に全生命を賭ける演出家・王寺ミチル。

    彼女が主宰する小劇団は熱狂的なファンに支えられていた。

    だが、信頼していた仲間の裏切りがミチルからすべてを奪っていく。

    そして、最後の公演の幕が上がった…。

    スキャンダラスで切ない青春恋愛小説の傑作。

    俊英の幻のデビュー作、ついに文庫化。

    [ 目次 ]


    [ POP ]
    主人公の王寺ミチルは潔く、どこかはかなくて、危険だ。

    この物語はその女の子にヒビが入り、パリンと美しい音を立てて、割れる。

    そんな物語だ。

    しかし破滅に向かっていくワケではない。

    劇団に対する熱い情念。

    女に対する淡い情念。

    自分に対する冷たい情念。

    とにかくそれら全てが力強い。

    何処にむかうにもとんでもなく力強いベクトルを持つ、この主人公は余りにも魅力的に見えた。

    他の登場人物にも惹かれる。

    初主演を演じるために必死に生きる女。

    裏切りと葛藤する男。

    捨てたはずのものに涙する女。

    魅力的な登場人物、女と女、女と男、夢と幻想、破滅と再生、なにもかもごちゃごちゃとなって不思議と光る物語だ。

    ストーリーが無いといわれればそれまでだが、それでも様々な魅力が活きていて、読ませてくれた。

    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]
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    投稿日:2014.08.26

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