孤塁 双葉郡消防士たちの3・11
吉田千亜(著)
/岩波現代文庫
作品情報
われわれは生きて戻れるのか? ――原発が爆発・暴走するなか,地震・津波被害者の救助や避難誘導,さらには原発構内での給水活動や火災対応にもあたった福島県双葉消防本部一二五名の消防士たち.他県消防の応援も得られず,不眠不休で続けられた地元消防の活動と葛藤を,一人ひとりへの丹念な取材にもとづき描き出す.講談社 本田靖春ノンフィクション賞ほか受賞の迫力作.
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商品情報
- シリーズ
- 孤塁 双葉郡消防士たちの3・11
- 著者
- 吉田千亜
- ジャンル
- 教養 - ノンフィクション・ドキュメンタリー
- 出版社
- 岩波書店
- 掲載誌・レーベル
- 岩波現代文庫
- 書籍発売日
- 2023.01.13
- Reader Store発売日
- 2023.12.27
- ファイルサイズ
- 10.4MB
- ページ数
- 270ページ
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この作品のレビュー
平均 3.9 (7件のレビュー)
-
単行本既読。加筆があるとのことで文庫も手に取りました。
2019年の出版から3年が経ちますが、新型コロナのパンデミック、東京オリンピック、ロシアによるウクライナ侵攻…など、本当に目まぐるしい季節が過ぎ…ていきました。
気がつけば、あんなに「こんなことは一生忘れないだろうな」と感じた東日本大震災のことも、曖昧になって上手く思い出せなくなっています。
本書がさらに広く読まれて欲しい、そして忘れずに覚えていて欲しい、と願います。
自分自身も忘れずにいようと思います。続きを読む投稿日:2023.03.03
孤塁
双葉郡消防士たちの3・11
著者:吉田千亜
発行:2023年1月13日
岩波現代文庫
初出:単行本「孤塁」(2020年1月、岩波書店)
*上記にプラス「『孤塁』その後」という文庫独自章加筆
…SNSで知人の紹介文を見て読んだけれど、頭をガツンとやられた思いに。東日本大震災で英雄や子供たちの憧れの存在になったのは、自衛隊員だった。東京消防庁からかけつけたハイパーレスキュー隊も、自衛隊同様にその活動が大々的に報道された。一方で、地元の消防署の職員たちのこと、とりわけ原発事故が発生した双葉消防本部の活動はまったく報道がなく、避難所で住民から「双葉消防は何をやってんの?」と咎めるように言われた職員もいたという。
福島第一原発の10キロ圏内にある、双葉消防本部浪江消防署、富岡消防署、20キロライン上にある富岡消防署楢葉分署、そのラインに近い浪江消防署葛尾出張場、富岡消防署川内出張所。彼らは、日常の消防署勤務をしている時に、いきなり大地震に遇い、自宅は被災し、妻子を避難させ、津波の危険にさらされつつ、消火活動や救急搬送を担うべく、不眠不休で働いた。夜勤明け(徹夜明け)で自宅に戻り、遅めの朝食を食べたところで地震に遭い、眠ることなくそのまま消防署に戻って緊急出動。それからみんな1週間以上、ほとんど寝ずに活動し続けた。妻子は大丈夫だろうか?電話連絡すら許されない。
そして、原発の爆発。国が関連する機関はなにが起きたのか把握しているのに、地元の彼らには爆発が起きたことや、放射性物質をまき散らすベントが行われたことも知らされない。そんな中で、原発にも行かされる。火災もあったが、やはり多いのは救急搬送だった。道は塞がり、病院は満杯。1人を運ぶのに16時間かかった時のことも書かれている。みんな寝ていない。夜間に封鎖された道路があくまで、搬送中の救急車で眠る。
着用した防護服が目張りでテープされているため、息苦しくなって頭が痛い。病院や避難所に到着すれば、放射能に汚染されていないかと迷惑な存在として扱われ、最初にスクリーニングを受けないと中に入れない。服を脱ぎ捨て、シャワーを浴び、着替える。しかし、服もない。Tシャツもだめで脱がされる。真冬だというのに防護服(タイベック)を3枚着込んで救急活動。
防護服を着て公共交通で移動すれば、そんなもの着て大げさにして脅す気か、などと怒鳴られることも。避難を呼びかけているのに、街を回ればまだまだ人がいる・・・
揚げ句の果ては、原発での給水作業の要請を受ける。原発事故の際は、原子力災害対策特別措置法により、自衛隊が派遣されることになっているのに。消防士の任務として消防法に書かれているのは「火災の予防と警戒、鎮圧」「人命救助と救急搬送」であり、原子力災害では「住民避難誘導・広報」を担当するはずなのに・・・訓練も受けたことのない原発建屋への給水作業をするとは。
鳴り響く線量計。警報音が鳴る間隔がだんだんと短くなってきて、やがて鳴りっぱなしに。その状態で作業を続ける。1ヶ月前に研修を受けた際に、東京電力で「事故は起きません」と笑って言われたばかりなのに。どの瓦礫が高濃度に汚染されたものか、見ただけでわからない。
何日かすると、やっと衛星電話を使って家族の無事を確認する許可が出た。時間は、1人30秒。並んで電話をかけたが、連絡がつかない職員もいた。その電話で、妻の妊娠を知った職員もいた。具合が悪いので病院にいくと、つわりだったという。「これは絶対に死んではならないな」と思った。
著者は、双葉消防本部で当時活動していた125名のうち、現在(2018年10月)も活動している66名から話を聞き、当時の活動の様子を記している。ある特定のことやものを対象にした活動のストーリー的リポートではなく、地震発生から数日間の活動、そして数ヶ月後の様子などを、断片的にリポートしている。断片的だからこそ、真実と逼迫感があり、彼らの心髄が見えてくる。しかし、彼らには、決して自衛隊や東京消防省隊員に対するような英雄視は向けられず、賛辞もない。
*****
双葉消防本部に東京電力から「10条通報」があったのが、地震から1時間足らずの(3.11)15時42分。原子力災害対策特別措置法10条に基づく特定事象が発生している、という意味。16時45分には「15条通報」の電話。東電や学者からは「どうしてもうまくいかないという時に、15条通報」と聞かされていた。少なくとも10条から半日の間はあると思っていたのが、僅か1時間後に来た。
全国から緊急隊が集まってきた。群馬県100名、福島県8隊、滋賀県、埼玉県、静岡県、岐阜県隊など、数百人規模で続々と参集し、田村市で合流、あと数時間で双葉郡も応援が受けられるはずだった。ところが、明け方4時になると、双葉郡内には緊急隊は来られない、イチエフから10キロ圏内に屋内避難指示が出ているため活動が出来ない、という理由だった。双葉消防本部125人の消防力を超えた災害が発生しているのに、なんのための緊急隊なのか。
東京で行われた会見で「ベントを行う予定」が伝えられていた。地元自治体・住民への広報についても「すすめている」と回答していた。しかし、ベントの準備が行われていること、すぐにでも実施される可能性があることは、地元自治体を含め、消防も住民も誰も知らなかった。そもそも、ベントとは何かを知る人もほとんどいなかった。
イチエフの状況をより正確に知る必要から、オフサイトセンターへの派遣が2名増員される。その1人、鈴木直人(38)は、命ぜられたとき「もう帰れねーな」と思った。爆発後に浪江消防署も富岡消防署も楢葉分署も、原発から20キロまで撤退するが、自分は4.9キロの所へと近づくからだ。
長男の卒業式が終わり、卒業証書を義父に見せに行く途中で地震、すぐに娘の自転車で浪江消防署へ。「こういう時に消防士は家族を守れないんだな」と渡邉正裕(38)。
富樫正明は、1ヶ月前、茨城県東海村の研修センターで原子力災害訓練に参加。
「放射能汚染の除去や住民避難はどうやるんですか」「オフサイトセンターのライフラインは大災害が起きても確保できるんですか」といった質問をした。
「富樫さん、事故は絶対に起きませんから大丈夫ですよ」と繰り返され、諭された。
堀川達也(33)は、救急搬送で病院に着くと、スタッフ達が数メートル離れた場所から放射線量計をこちらに向けて、少しずつ近づいてくる。「汚染した人」と見ていることを感じた。
4日目、125名いる双葉消防本部にはとにかく食べ物がなかった。出勤する職員に優先的に食事を回し、若手はカチカチになったおにぎりなどを食べる。食事担当も若い職員だったが、工夫のしようがないほど食材がなく、塩にぎりしか作れなかった。賞味期限切れのいちご味の食パンを見つけ、甘い物があるぞと若手3、4人で分け合う。
佐藤圭太は、4日ぶりに靴を脱いだ。ふくらはぎまである編み上げ靴。出勤時には放射線防護で靴の上からビニールカバーをつけるため、蒸れて仕方なかった。脱ぐと、足が真っ白に水ぶくれ。
4月22日。町に人がいなくなると、当然、住民からの救急・救助要請はパタリとなくなった。双葉消防本部は、消火活動に必要な水利の点検・確保や道路状況の確認のほか、放射線量の定点観測や墓地の枯草の刈り払いなど、本来の消防業務ではない活動も行った。
避難所で活動服を着ていると、避難している人から、こんな時に仕事も服もあってええの、みたいなことを言われた人もいる。
9月から始まった応急仮設住宅への「ふれあい巡回訪問」で、黒木マーカスカツフサのもとにある女性が来てこういった。「私の母が、双葉消防の服を着た方に助けていただいた」。津波襲来直後、双葉町の諏訪神社という小さな祠に、津波にのみこまれた高齢の女性が下着姿で逃れていた。双葉消防の上着を着た男性が、上着と靴を脱いでその女性に貸してくれたという。そのお礼を言いに来たのだった。
その時にいた双葉消防の職員は1人だけ。黒木の先輩で、双葉消防本部で唯一、津波に流された人だった。先輩が戻ってきたのは暗くなってからだが、数年前に職員が来ていた古い活動服姿だった。服と靴を女性に貸し、先輩は3キロほど裸足で歩いて自宅へ。昔の服に着替えて署に戻っていた。その先輩は、それを誰にも言うことなく既に退職していた。続きを読む投稿日:2024.04.17
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