その世とこの世
谷川俊太郎(著)
,ブレイディみかこ(著)
,モンドくん(絵)
/岩波書店
この作品のレビュー
平均 4.4 (16件のレビュー)
-
本書は、「図書」連載「言葉のほとり」(2022年3月号~2023年8月号、岩波書店)に、奥村門土さん描きおろしの挿画を加えて書籍化した、谷川俊太郎さんとブレイディみかこさん、お二人の往復書簡を収録し…たものになります。
とは書いたものの、私、ブレイディみかこさんの著書を読むのは初めてで、タイトルはよくお見かけするから知っているのですが、中々、読んでみようという気にまでならなくて、本書については、猫丸さんのおすすめがあったことと、谷川さんと往復書簡するのだから、さぞ凄い方なのだろうなと思っていたら、その通りでした(笑)。
ということで、まずはブレイディさんについて、書いていこうと思いますが、何度も実感させられたのは、27年間英国生活をされている、ご自身の実体験に基づいた多種多様な知識や視野の広さで、それは『ブリティッシュ・ユーモア』から端を発した、世界に於ける、様々な表と裏が存在することの正常性であり、中でも私の心にいちばん刺さったのは、『正邪の双方あってこそ人間』のフレーズで、それは、お母さんを亡くされた彼女が、気分を変えるためのウィーン旅行で初めて知った、若かりし頃のヒトラーの面影からも感じられて、ヒトラーも生まれた瞬間からヒトラーでは無かったことを、何となく予想出来たのではなく、史実で知ることによって(ウィーン美術アカデミーでの、エゴン・シーレとは対照的な顛末)、初めて腑に落ちた、この説得力も伴ったスッキリ感が、なんかいいなと思わせる感覚に、改めて彼女が保育士をされていたことを実感いたしました。
また、それとは別に、今度は表と裏のような対照的ではあるけれども、それを問題視した彼女ならではの独自の考察も印象的で、それは、ドバイの実情から地球温暖化の未来へと思考を広げた結果、社会の貧富の差は『上と下』ではなく『内と外』に分かれるのかもといった点や、皮肉や風刺も感じさせる『忘れられない幽霊とすぐに忘れてしまう人間』、更には、『常軌と常机』といった言葉遊びの巧みさまで、そこには文筆業を生業としている彼女ならではの視点の面白さが、とても新鮮でした。
そして、谷川さんの詩が元となった、タイトルの『その世とこの世』について、この世は、まさに今生きている世界だけれども、その世に関して、谷川さんの詩の内容は勿論ですが、ブレイディさんの『音楽の「これだ」って感じる瞬間』や、『自分が本来いるべき場所っていうか、行ったこともないのになぜか知っている場所』に、特に共感を覚えて、音楽を聴いている時に、ふと感じる「これだ」感というのは不思議なもので、根拠も無いのに、なぜ「これだ」と思えるのか、おそらくそこには、この世ではない別の世界の入り口があって、一度入り込んでしまうと、そこから現実に帰りたくないと感じてしまう、なぜならば、そここそが自分が本来いるべき場所だからであり、しかも、なぜか知っている場所にもなり得る、そんな神秘的な要素が人間にはあるということが、不思議でありながらも魅力なんだと思わせた、それは谷川さんがよく仰られる、詩と音楽との密接な結びつきがあるからこそ、このタイトルなんだろうなとも感じられた、そこには、まるで世界の謎を一つ解いてくれたかのような、大きな歓びを感じました。
続きまして、谷川さんですが、ブレイディさんとはまた異なる広い視点の中にもあった、確固たる自己的存在感の印象が強く、それは、ディーリアスやビートルズを挙げながらの、『好き嫌いの判断を、知的な良し悪しの判断よりも信用している気配』での、その世への前触れとも思える感覚や、「漱石調」の詩の、『時に先立つものはと考えて そんなものは何であれ 言葉の上にしかないと思った』に於ける、言葉への多大な信用性を示しながら、未だ変わらず、それを拠り所にしているところに、彼の生涯現役の精神性が宿るのを感じながらも、後半の詩に見られた、日常のすぐ目の前にあるものをそのまま掬い取ったかのような、生々しくもあっさりとした臨場感には、老後の未知なる世界を垣間見たようでもあり、そこに却って、私は心強く感じられるものがありましたが、高橋源一郎さんの『ブレイディさんのお便りに、ちっとも応えていない』には、確かにと、私も思わず笑ってしまった親しみやすさも、さすがのお人柄だと感じました。
そんなお二人の対照性として、谷川さんが現場に擬えたものを掲載すると、谷川さんは『言葉にしかないような気がする』、ブレイディさんは『言葉の上だけでなく、具体的事実として存在している』がありますが、実は共通性も二つありまして、一つは『自分と他者を明確にされていること』、もう一つは『自然の成り行き任せ』といった、これまた対照的であるのが、人間の複雑さを表しているようで面白いですよね。
前者について、谷川さんは『自分以外は全て他人である』ことを、元奥さんにも感じ取ったことによって、一抹の寂しさも醸し出しているように思われたのが、私にとっては痛みとも思え、ブレイディさんは、母の介護で初めて、母であっても別の体をした人間に過ぎないことを実感させられたことから、『自分は他者じゃないという認識の基盤になると思う』へと辿り着いたことが印象的でした。
また後者について、谷川さんは、その年になって初めて体験することであっても、それが『自然の成り行き』に感じられた点に見られた、そこまでの長き人生の歩みを経ることで、ようやく訪れた人間の神々しさとも思え、ブレイディさんは、生きる為の原動力となっている言葉、『なんとかなる精神』で、一見、運任せのような言葉にも思えますが、彼女の場合、これまた実体験にとても説得力があり、その空港での二つのエピソードには、確かになんとかなるものだね、と驚かされた、実際にやろうとは中々思えない、逼迫感の伴った破天荒ぶりも魅力と感じ、このように対照的でありながら似通った共通点もある、お二人の往復書簡には、独自の視点による新たな世界の姿や、人生にとっての大切な一欠片を、そっと見せてくれた、まさにお手紙ならではのプライベート感がありながら、今の世界を生きていくために大切なこともたくさん教えてくれて、下手な自己啓発本よりも、きっと得るものが多いと思います。
それから、最後に奥村門土さんの絵については、本編の谷川さんの詩の世界を、独自のタッチで描いている点に惹き付けられて、「まどろみから」の、海とも宇宙とも見える魚たちの絵も印象的でしたが、「これ」の、老練さを感じさせるタッチには、この若さでこんな風に描けるんだなといった、ここにもあった、まるで『自然の成り行き』で、そうなりましたみたいな印象に驚いたと思ったら、もしかして、表紙のこれも・・・最初は写真だと思い込み、読んでいる間もそう思っていたのが、読み終えて、改めてよくよく見ると、なんと、これも絵だったことに仰天し、モンドくん凄いなーと、感嘆せずにはいられなかった、まさに三世代の異種表現コラボレーションでございました。続きを読む投稿日:2024.02.25
このレビューはネタバレを含みます
ところどころに刺さる言葉が。そしてそこはかとないユーモアが。二人のお人柄なのでしょうか。
レビューの続きを読む
p93プレイデイさんの「幽霊って元気ですよね」に吹き出しました。しかしその理由(?)言われてみると確かに。
…生きてる人間は日々起きてくるアレヤコレヤに対処するだけでだんだん一杯になって行き、余程のことでなければそんなにねちねちじっとりと恨んだり妬んだりを持続できなくなってくるように思います。特に年取ってきたら(笑)
何事にも体力がいるというのは本当に実感しかない今日この頃で。それどころじゃない、からそんなことどうでもいいになってくるというか。
p132谷川さん「生きる上で意味のない笑いがもしかすると訳ありの涙より強力である証」という言葉もこの一遍の中では流れるように読めてしまう一節ですが、なかなか大事な真理のような気がしてならない箇所です。
奥村門土さんという絵描きさんを知りませんでしたが本書で知ることができたのも良かった。上手い下手より感性で描いていると感じます。お若い人なのですね。
谷川さんの最後の詩に絶対的な個というようなものを感じます。孤独ともちょっと違う。孤独には感情が入る余地を感じますがこの詩には乾いたものを感じます。(ビールとか妻とかウェットを感じさせる言葉は出てきますが)
他人ではないのは自分だけ、というのは言葉にすれば当たり前なのだけど誰とも取替えのきかない、どんなに親しくても愛していても信頼していても成り代わることは不可能な絶対の一つと考えたらなかなか壮絶なものがあります。(かけがえのないという言葉はありますが、その言葉はここではウェットに感じられます)
アタマで意識することはあっても、実感としてそう感じることは日常ではなかなか稀なのではないでしょうか。日々そんなふうに感じていたら生きるのがしんどくなってしまいます。
この詩を読んで、谷川さんはまさに本書でいう「その世」へ向かいつつあるのかもと感じました。
トランスヒューマンなどという考え方が若い人の中に生まれているんですね。
驚きました。肉体が存在することの苦しみ、身に沁みるというよりは体に沈むと表すほうが馴染むと感じること、幽霊は足がないけどおばけは足があることなどの本書の考察(?)を通じて体がなくなって心と思考だけの存在になるというトランスヒューマンについて考えてみたけれども、自分にはとりとめなさすぎて想像できませんでした。
逆に死なないことの苦しみもあるのではと思いましたがどうしたっていつか死ぬ生身の私では想像できなかった。
自分の生きてる間には多分実現しないだろうなと安心して思考停止しようと思いました。
続きを読む投稿日:2024.03.31
新刊自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
※新刊自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新号を含め、既刊の号は含まれません。ご契約はページ右の「新刊自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される「増刊号」「特別号」等も、自動購入の対象に含まれますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると新刊自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約・新刊自動購入設定」より、随時解約可能です続巻自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
- ・優待ポイントが2倍になるおトクなキャンペーン実施中!
※続巻自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新巻を含め、既刊の巻は含まれません。ご契約はページ右の「続巻自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される特別号等も自動購入の対象に含まれる場合がありますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると続巻自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約自動購入設定」より、随時解約可能ですReader Store BOOK GIFT とは
ご家族、ご友人などに電子書籍をギフトとしてプレゼントすることができる機能です。
贈りたい本を「プレゼントする」のボタンからご購入頂き、お受け取り用のリンクをメールなどでお知らせするだけでOK!
ぜひお誕生日のお祝いや、おすすめしたい本をプレゼントしてみてください。※ギフトのお受け取り期限はご購入後6ヶ月となります。お受け取りされないまま期限を過ぎた場合、お受け取りや払い戻しはできませんのでご注意ください。
※お受け取りになる方がすでに同じ本をお持ちの場合でも払い戻しはできません。
※ギフトのお受け取りにはサインアップ(無料)が必要です。
※ご自身の本棚の本を贈ることはできません。
※ポイント、クーポンの利用はできません。クーポンコード登録
Reader Storeをご利用のお客様へ
ご利用ありがとうございます!
エラー(エラーコード: )
ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。