少年動物誌
河合雅雄(著)
,平山英三(画)
/福音館書店
作品情報
さまざまな動物たちの息づかいが、人間の生活のすぐそばに感じられた丹波篠山を舞台に、豊かな自然の中でくりひろげられた少年と動物たちとの交流を描きます。神社の夏祭りで買ったモルモットがどんどん増えていくなか世話する『モル氏』、冬枯れの田んぼから、あらんかぎりの力で飛び立とうとするタヒバリを、ひたすらねらいつづける『タヒバリ』など、少年が思う存分自然に親しみ、動物たちの生命を生き生きと感じる10編の短編集。
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この作品のレビュー
平均 4.5 (3件のレビュー)
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霊長類学者で児童文学作家である河合雅雄が動物と共に過ごした少年時代の自伝。
同じような動物大好き少年記には、イギリス人作家のジェラルド・ダレルのコレフ島シリーズがある。
https://booklog….jp/users/junsuido/archives/1/4122059704#comment
コルフ島シリーズは、ダレル一家が生活費の心配がなかったこともあり、太陽と海の明るさ暖かさのもと、大好きなものに囲まれた少年の幸せ幸せな日々で読んでいる方も幸せになるが、こちらの「少年動物誌」は大家族の生活も掛かっているし、動物とも可愛いだけでなく獣害に合って退治することもあるし、動物退治のときには子供の残酷さが出てきたり、実に生々しくも、そのぶん「当たり前にいた当たり前の生活」という臨場感があった。
河合雅雄は兵庫県で生まれ育ちで七人兄弟の三男。
かなり泥臭い田舎の小学生男子の日々が書かれるが、Wikipediaで読むと弟の一人が心理学者の河合隼雄であったり(小説内では「速男」)、他の兄弟たちも医療系でかなりアカデミックな一家で驚いた…。
本書は児童向けとはいっても読み手を信頼するかのようにあえて簡単な言葉は使わず、動植物も漢字で書いている。自然の描写がどこも素晴らしい。
<カナカナが鳴いている。海底のような重い闇が、薄墨を流したように満ち、いっさいの物音が凍結された静寂の中で、その声は奇妙に明るく、透明な音を交錯させている。P90>
<ぼくらはカッと輝る太陽の光をまともに受け、機関車岩の横に立っていた。水は青黒く、どこまで不快賈予測もつかない。むこうの淀みにときどき渦が巻き起こり、機関車岩に当たって吸い込まれるように消える。P126>
<アヤメの花がゆっくり動き、煙ったようにかすんでいる細かく濃密な雨の中で、鮮やかな紫が揺れる。かすかな音がして、真っ黒なカラスヘビが相次いで、アヤメのしげみから滑り出してきた。体をくねらすたびに波の輪が生まれ、おたがいに干渉しあって複雑な陰翳を池の表に刻んだ。(中略)またもや一匹、こんどはすこし大きなカラスヘビが現れた。こいつは鎌首を上にもたげ、いかにも誇らしげに周囲を見回しながら、スピードをあげて泳ぎきり、ビャクシンの横の紫蘭の葉陰に入って、少し一服した。驚いたことには、三十匹あまりのカラスヘビが、こうしてつぎつぎにアヤメの陰から現れ、池を横切っていったのである。(中略)霧雨で靄が降りたように霞んだ水面を黒い影がうねり、赤い斑紋が花火のように閃いて、怪しい幻想的な雰囲気が醸し出された。ぼくと道夫はまるで夢を見ているような気持ちになり、呆然とこのふしぎな光景に見入っていた。P158>
<ぼくは波の上にたゆたっていた。(中略)光をすっかり奪われた太陽は、腐ったオレンジのようで、すっぱいにおいが漂ってくるようだった。(中略)鯨だった。鯨には目がなかった。目なし鯨がガバと口を開けると、海水は滝のようにその中へ流れ込み、無数に張りめぐされたヒゲの網目を通って、真っ黒な地獄のような穴へ、ごうごうと音をたてて落ち込んでいった。鯨は、いきなり猛烈な勢いで飛び上がった。(中略)腐ったオレンジの太陽をごくんと飲み込むと一回転し、まっさかさまに海の中へどうと落ちた。陸地のように巨大な鯨の落下のあとには、でかいクレーターができ、そのクレーターに向かって、まわりの海水はいっせいに突進を開始した。ぼくは一瞬のうちにクレーターの底にいた。そして、五体が引き裂かれそうな勢いで、海水に吸い込まれていった。P166抜粋>
動物が大好きで身近にいるということで、人間の根源の残虐性も現れてくる。虫を見つけて潰して殺してしまう衝動、鳥の餌のために田んぼの蛙を石で狙い撃ったら止まらなくなってしまう、夕食のため川のウナギを捕るために自分も水に潜り窒息しそうになりながらもウナギの頭に噛みつく血まみれの勝負、鳥の巣を襲った蛇を恨み蛇を見つけ次第に残酷な仕打ちをする。そして目の前の動物の無惨な死骸を見て我に返る。食べるだけではない、死ぬこと殺すことも日常なのだ。
雄と雌のモルモットをもらってきたら増えてしまって増えてしまって!喧嘩はするし糞は片付けても片付けても追いつかない。小遣い稼ぎに売ってみたらかなり売れたがそれよりもっともっと増えていく。餌集めは大変だし、そろそろ重荷になってきた。でも今日も餌取りにいかなくちゃなあ。
/『モル氏』
「ここは不思議の森だよ、フフフ、よくきたね、小僧」
多くの鳥たちがねぐらにする榎の大木、お供物の油揚げを食べに来る狐、お仕置きで閉じ込められた馬屋で聞いたバンドリの声。
/『裏藪の生き物たち』
墓場に虫捕りに行き、子供の残酷な心が現れてきたり、珍しいと思った虫の名前が平凡で面白くない気持ちになったり。
/『森と墓場の虫』
弟の道男(河合迪雄)と一緒に川に魚を獲りに行く。晩御飯のおかずになるんだ、真剣勝負だ。大ウナギは滑って捕まえられない、それなら自分も水に潜って頭に噛み付いて食い千切るんだ!魚もたくさんいた、でも魚籠がない、だったら口に入れろ!大量だ!だがお尻を蛭に噛まれて血を流しながら帰ったよ。
道男と一緒に潜水具を作った。防毒面に長いホースをつけて深く深く潜るんだ。実際に川の深みで試したら死にそうになった。でもぼくは満足だった。だって確かに見た大きな影、あれはきっと伝説の川の主のおばけ鯉なんだ。
/『水底の岩穴にひそむもの』
もらったばかりのジュウシマツの番いと孵化直前の卵をシマヘビに丸呑みにされてしまった。現場を押さえた兄弟はシマヘビの腹を切り裂き救出しようとするが出てきたのは半分溶けたジュウシの姿だった。それからぼくたちは蛇を見つける度に酷い殺し方をした。
その後ぼくたちは<蛇渡り>を見た。幻想的で異様なその情景にぼくたちはすっかり毒気を抜かれてしまった。
/『蛇わたり』
熱が出て寝込んでいるぼくは、目なしの鯨が太陽を飲み込む夢、妖怪の鎌鼬に体を斬られる夢を見た。夢現のぼくの耳にカサカサという音が聞こえている。白イタチだろうか、白イタチはぼくの鎌鼬を追い払ってくれた。またカサカサという音が聞こえる。熱の引いたぼおっとした体で裏庭を見る。イタチだった。本当にいたんだ。
/『イタチー落ち葉の精』
大切な蝶の標本を壊されたぼくは鼠退治に熱中した!弟と一緒に追い詰め退治していたら、すっかり鼠捕りに慣れてきた。だが相手は忍者のチュウ公。とんでもない隙間に隠れたり逃げ出したりする。しかし鼠には恨みがある。追い詰めた鼠にホルマリン注射をぶっ刺すことを思いついたんだが。
/『クマネズミ』
お堀のおばけ鮒を捕まえた兄弟。だがしっかり蓋をした盥から消えている!裏庭を見てびっくりした、おばけ鮒が寝そべっているではないか!イタチなんだろうか?イタチがおばけ鮒を逃したんだろうか?それから数日後、庭の灯籠の火を灯す場所に浮かんだ赤。金魚だ!これもイタチなのか?イタチが火を灯すところに赤い金魚を置いたのだろうか。この謎は解けていない。
/『おばけ鮒と赤い灯』
兄のお古の空気銃を手に入れた。憧れのマタギに近づいた!弟たちと一緒に狩りに出る。でも烏を狙ったら弾を跳ね返されてしまったんだ。屈辱だ。タヒバリは小さな鳥だがこれを狙うしかない、でもいつかもっと大物を捕まえるんだ。
タヒバリを養うために餌の蛙を取りに行く。田んぼに石を投げると蛙に当たって面白くなってずっとやっていた。だが田んぼ中の蛙の死骸に我に返ったんだ。
そのころタヒバリも巣立っていたから、安心した。
/『タヒバリ』
熱に寝込んでいるぼくは、弟の捕まえてくれた雀の雛を育てることに夢中だ。雀は人間の近くにいるくせになかなか懐かない。芸もしない、餌を食べさせるのも一苦労。
そんなことをしながらぼくと弟は、在所の子供たちとの戦いに備えてくっさいくっさいくっさい虫を集めていた。刺激臭のある強烈な悪臭を放つゴミムシ(ミイデラゴミムシ)、黄色い分泌物を出すクソジ(カメ虫)、角のさきから恐ろしく甘く据えた匂いを出すパピ子(ナミアゲハの幼虫)、こいつらの匂いときたら、吐き気がするし石鹸で洗ってもとれないし、毒ガス兵器としては最高だ。
もともといた犬、鶏、シマリス、十姉妹、文鳥、ブルーインコ、カブトムシ、おけら、クワガタムシ、池には魚、エビ、ドジョウ、メダカ、そして餌の死んだ蛙や魚。
他の家族が目を顰めたって構わずマサオと弟は動物園建設に邁進する。さらにお小遣い稼ぎで食用カタツムリの養殖もすることにした。
そんなところにやってきた三匹の異様な幼鳥。くさい。肉食だから糞も臭い。そしてその怪鳥たちが脱走したことから、魔魅動物園に大惨事が〜〜〜!!
そしてぼくの大事に育てていた雀の雛とも悲しい別れをすることになる。
/『魔魅動物園の死』
人間も生物の一種で自然の一員であり、生物はお互いに助け合って自然のまとまりを作り上げている。
言葉、名前を大事にすることは、お互いの存在を認めること。
人間にはイマジネーションがとても大切で、自然から遠ざかることはイマジネーの広がりが制限されてしまう。
…などということ。
/『自然の中のこどもたちーあとがきにかえて』続きを読む投稿日:2023.01.18
「さまざまな動物たちの息づかいが人間の生活のすぐ傍らに感じられた丹波篠山。その豊かな自然の中でくりひろげられた少年と動物たちとの交流を、生き生きと描き出した珠玉の短編集。」
「河合さんは、日本のサル…学第一世代の人である。ーサルを「ただの動物」として観察するのではなく、「一頭一頭が個性をもち複雑な社会を構成する生き物」として接する事で、初めて見えてくるものがたくさんある。河合さんんはこのような見方を「共感法」として整理した。この用語は彼がひとりで考えだしたものではないかもしれないが、しかし日本のサル学の看板として胸を張って強調したところに、サルに対する河合さんの優しさがほの見える。
ー『少年動物誌』は、自身の少年時代の自然とのふれあいを、温かくみずみずしい感性で振り返った印象的な著作である。彼の著者は学術書から絵本まで、膨大かつ多岐にわたっているが、その中で一冊といえばぼくはこれを挙げたい。書き手の優しさが、読み手の心に沁みてくる。河合さんの慈父のごときほほえみが思い出される。」佐倉統(さくら・おさむ)東京大学大学院教授の言葉(『ベスト・絵エッセイ2022』日本文藝家協会編 光村図書 「河合雅雄さんを悼む」佐倉統/文 p192より)続きを読む投稿日:2023.05.07
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