バカと無知―人間、この不都合な生きもの―(新潮新書)
橘玲(著)
/新潮新書
作品情報
正義のウラに潜む快感、善意の名を借りた他人へのマウンティング、差別、偏見、記憶・・・・・・人間というのは、ものすごくやっかいな存在だが、希望がないわけではない。一人でも多くの人が「人間の本性=バカと無知の壁」に気づき、自らの言動に多少の注意を払うようになれば、もう少し生きやすい世の中になるのではないだろうか。科学的知見から、「きれいごと社会」の残酷すぎる真実を解き明かす最新作。
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商品情報
- 著者
- 橘玲
- ジャンル
- 教養 - ノンフィクション・ドキュメンタリー
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮新書
- 書籍発売日
- 2022.10.15
- Reader Store発売日
- 2022.10.15
- ファイルサイズ
- 1.1MB
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この作品のレビュー
平均 3.7 (139件のレビュー)
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【感想】
本書は、2017年新書大賞である『言ってはいけない―残酷すぎる真実―』の筆者である橘玲さんによって書かれた。構成は『言ってはいけない』に非常に似ているが、より「令和版」にアップデートされてい…る。SNSの普及、コロナによる行動様式の変化、キャンセルカルチャー、フェミニズムの広がりといった、新時代に起きている様々なムーブメントを、進化論、遺伝学、脳科学の見地から論じる一冊である。
筆者は、人間には次のような「進化的合理性」が備わっていると言う。
①人間も動物であるため、生存競争のためには他者を押しのけなければならない
②同時に、人は徹底的に社会化された動物なので、共同体の一員として他者と協力をしなければならない
③その結果、表向きは協力するふりをして、裏では足を引っ張り、自分のステイタスをこっそりあげる戦略を駆使するようになった
問題は、脳や生理学的反応が原始的なまま高度情報化社会に暮らさねばならないことである。数十人程度の集団で生活していた原始時代は、当たり前のように性差による分業、外集団の排除、仲間内でのマウンティングが行われていた。しかし、時代が進み他者との結びつきが広範になったものの、体のほうがこの変化に適応できず、齟齬が生まれている。
もっとも影響的なのは「権利意識」だろう。人権や平等性を社会が強く意識しだしたのはここ50年ほどであるが、白人/男性(マジョリティ)と黒人/女性(マイノリティ)間の不平等さが明るみになるにつれ、公平さを取り戻そうと世界がリベラル方向に傾き始めた。それが、太古の昔から進化していない「脳」と衝突し、不都合な問題が起こっているというわけだ。
――ひとびとが誤解しているのは、これを(陰謀論)なにか異常な事態だと思っていることだ。そうではなくて、ヒトの本性(脳の設計)を考えれば、世界を陰謀論(進化的合理性)で解釈するのが当たり前で、それにもかかわらず理性や科学(論理的合理性)によって社会が運営されている方が驚くべきことなのだ。
本書は決して、「生物学的にしょうがないのだから、問題(差別や偏見)を是正するのは諦めよう」と言っているわけではない。ただ、「こうすれば社会はより良くなる」というリベラル目線での「きれいごと」に対して、「生物学的に困難があるし、それを推し進めれば歪みがより広がるのではないか」と提起しているだけだ。個人的には、そうした観点を持つのはとても重要なことだと思う。不平等を野放しにしてはいけないが、不都合なデータは事実として真摯に受け止めて、それをもとに解決策を探るのが建設的だと思うからだ。
―――――――――――――――――――――――――――――
【まとめ】
1 正義は気持ちいい
現代のような「とてつもなくゆたかな社会」では、一人で生きていくのにさほどの困難はないから、集団からの排除が生存の危機に直結することはない。問題は、人間が良い出来事よりも悪い出来事を強く記憶するよう設定されているため、ちょっとした人間関係のトラブルでも「異常事態」と認識してしまうことだ。
脳の基本的な仕様は、「被害」を極端に過大評価し、「加害」を極端に過小評価するようになっている。被害の記憶はものすごく重要だが、加害の記憶にはなんの価値もない。これが人間関係から国と国との「歴史問題」まで、事態を紛糾させる原因になっている。わたしたちは当然のように、被害と加害をセットで考えるが、被害者と加害者では同出来事をまったく異なるものと認識している。この大きな落差を理解しないと、自分が「絶対的な正義」で相手は「絶対的な悪」というレッテルを押しつけ合って、収拾のつかないことになる。
脳科学の研究では、ルール違反をした者を処罰するときに脳の報酬系が活性化することが確認されている。この実験が意味するのは、「正義」は脳にとっての快感であり、ひとびとは嬉々として集団の和を乱す者を罰するようになるということだ。
加えて、近年の脳科学では、「(自分より下位の者と比べる)下方比較」では報酬を感じる脳の部位が、「(上位の者と比べる)上方比較」では損失を感じる脳の部位が活性化することがわかっている。脳にとっては「劣った者」は報酬で、「優れた者」は損失なのだ。
脳にとって上方比較は損失なのだから、その不快感から逃れるには、自分より優れた者を蹴落とせばいい。そこに「正義」を紛れ込ませると自分の行為を正当化できる。罵詈雑言を浴びるのはルールを破った自業自得で、自分は社会のために「正義の鉄槌」を下している、というわけだ。
この快感は、テクノロジーのちからによって、匿名のまま、なんのリスクも負わず、スマホをいじるだけで手に入るようになった。これほど魅力的で安価な「娯楽」はほかにないからこそ、多くのひとが夢中になるのだ。
2 バカにつける薬はない
ダニングとクルーガーが大学生の知能と自己認知の関係を探った研究では、「能力の低い者は、自分が能力が低いことに気づいていない」という結果が出ている。これは「ダニング=クルーガー効果」と言われている。
ダニング=クルーガー効果によれば、バカは自分の能力を大幅に過大評価し、賢いものは若干過小評価する。なら、「文殊の知恵」は成り立つのか。
研究結果によれば、話し合いでプラスの効果が生まれるのは、二人とも一定以上の能力があるときだけだった。バカと賢いものの組み合わせでは、馬鹿に引きずられ、間違った選択を下す方向に傾く。これが「平均効果」である。
これがなにを意味しているかを考えると、次の二つの結論に至る。
一つは、集合知を実現するには、一定以上の能力を持つ者だけで話し合うこと。これなら欠けた知識を持ち寄って、それを一つにまとめることで、個人の判断より正しい選択をすることができる。
もう一つは、それが無理な場合は話し合いを諦めて、優秀な個人の判断に従った方がよい選択ができること。
つまり、バカは決定の場から排除する必要があるのだ。
3 自尊心と社会的グループの関係
人間には、幼い時代から「公平」「不公平」の概念がある。しかし、それを意識するのは、自分の取り分が他の子より少ない(損をした)ときだけだ。
逆に、自分にとって損な選択でも、それが他の子にとってもっと損(自分が相対的に得)ならば、代償を払ってでもそちらを選ぶことがわかっている。
地位をめぐる競争では――その社会が生存に必要な水準を満たしているのであれば――絶対的な利益にたいした意味はない。子どもたちの不合理な反応は、認知能力が発達していないからではなく、おそらくは遺伝的にプログラミングされたヒトの本性なのだ。
アイデンティティ(自尊心/自己肯定感)は、自分が属している集団と、集団内の地位によって決まる。ここから、次のようなシンプルな社会モデルができる。
まず、マジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)の2つの集団に社会を分割しよう。一般的には、マジョリティ(強い集団)のメンバーは自尊心が高く、マイノリティ(弱い集団)のメンバーは自尊心が低い。そして各集団を地位によって分けると、「マジョリティの上位層/下位層」「マイノリティの上位層/下位層」という4つの特徴的なグループができる。(ここでは中間層は無視する)
1970年代のアメリカの研究では、白人(マジョリティ)と黒人(マイノリティ)の被験者に対して、それぞれの人種に対する肯定的な評価と否定的な評価が伝えられ、この評価が自尊心にどのような影響を与えるかを調べている。
結果、白人(マジョリティ)に対する肯定的な評価は、地位の高い白人よりも低い白人に大きな影響を与えた。同様に地位の低い白人は、否定的な評価に対して強く反発した。
「誰もが死に物狂いで自尊心を引き上げようとしている」とすれば、この結果は当然だ。社会的・経済的に成功している白人は、自らのちからで高い自尊心を獲得したと思っているので、人種への否定的評価にさして影響されず、より客観的に事実を受け入れることができる。それに対して地位の低い白人は、自尊心を高めてくれる(人種に対する)肯定的評価を歓迎し、自尊心を低める否定的評価を拒絶する。
さらに興味深いのは黒人(マイノリティ)に対する評価だった。黒人に対する肯定的な評価は、地位の低い黒人よりも高い黒人に大きな影響を与えた。それに加えて、地位の高い黒人は、否定的な評価にも強く反発したのだ。
なぜこのようなことになるかというと、自尊心の低い黒人は、もともと自集団への評価も低いので、ネガティブなコメント(「黒人の犯罪率は顕著に高い」など)を「当然のこと」「しかたない」と受け入れるかららしい。それに対して自尊心の高い黒人は、自集団にも高い評価を期待するので、ネガティブなコメントに強く反応し拒絶するのだろう。
これはジェンダーをめぐる争いでも同様の説明が可能だ。マイノリティ(女集団)のなかで自尊心の低い女は、性役割分業を受け入れる専業主婦になり、夫の地位や収入を自らのアイデンティティにする。それに対して自尊心の高い女は、男女平等を目指す積極的な活動家(フェミニスト)になり、ジェンダー差別を容認するような発言や表現を糾弾し、自尊心の低い「アンチ・フェミ」の男と衝突する。
もともと自尊心が高いものは自らの能力を誇示しようとし、逆に自尊心の低いものは、周囲に同調することで失われた自信を取り戻そうとすることが、研究でわかっている。
一般的に、アメリカ人は自尊心が高く、日本人は自尊心が低い。これは個人主義的な文化では自尊心が高いことが評価されるが、集団主義的な文化では、周囲とうまくやっていくことが重要なので、それが自尊心に反映されるからだ。(ただし、日本人は「顕在的」な自尊心は低いが、「潜在的」な自尊心は高いことがわかっている)
一方で、個人的な自尊心と成功の度合い――世間でよく言われている「自尊心が高いと成功しやすい」というのは、研究で間違いであることがわかった。判明したのは、「うまくいくと自尊心が高まる」という当たり前の結果だった。
4 性差はやはり身体的
生まれたばかりの赤ちゃんでも、男の子はモビール(車などの動くもの)のようなモノに興味を示し、女の子は母親や看護師などのヒトを見つめる。進化論的には、男の脳が動く(動物を仕留める)狩猟に最適化し、女の脳が(共同体の女たちと子どもの世話をしながら行なう)採集に最適化しているからだ。
こうした主張は一部で「性差別的」とされ、重箱の隅をつつくような批判がなされている。しかし、男と女では体のつくりから違っている。
網膜にはM細胞(大細胞)とP細胞(小細胞)があり、M細胞はモノの動きに、P細胞は色や質感の状態に反応する。男女の網膜を調べると、男の方が厚い。これは網膜に大きくて厚いM細胞が広く分布しているからで、それに対して女の網膜は小さくて薄いP細胞に占められている。
幼い子にクレヨンで好きな絵を描かせると、男の子が冷たい色でロケットや車などの「動き」を表現するのに対して、女の子は暖かい色で人物を書こうとする。親や教師が「男の子らしい」あるいは「女の子らしい」絵を描くようにジェンダー圧力を加えたからではなく、網膜と視神経の生物学的なちがいから好みに性差が生じている。男と女では、見えている世界が違うのだ。
5 差別を是正することの難しさ
人は「偏見を持つな」と言われるほど、無意識に偏見について考えてしまう。これは「シロクマ効果」と呼ばれている。それを意識によって抑制するのだが、これは意志力を消耗させるので、作業が終わったとたん、抑え込んでいた偏見が表に出てきてしまう。こちらは「思考抑制のリバウンド効果」と呼ばれている。
人種や性別などの属性ではなく、一人ひとりの個性で評価・判断すべきだという「カラー/ジェンダーブラインド」は、いまやリベラルな社会の黄金律になっているが、これを徹底するとすべてが「自己責任」になる。「黒人だから」とか「女だから」などの属性をいっさい考慮してはならないからだ。
その結果近年では、マイノリティの側から、「ブラインド戦略は(白人や男など)マジョリティに都合のいい責任逃れだ」との批判の声があがるようになった。社会のなかで制度的な不利益を被っているグループが存在する以上、「黒人」「女」「性的少数者」などの属性から目をそらしてはならないというのだ。しかしそうなると、個人としては違いがないにもかかわらず、集団としての違いは重視する必要が出てくる。非常に複雑であり、上手くやっていくには難しいだろう。
「愛は世界を救う」は間違いだ。正しくは、「愛は世界を分断する」。それは愛が憎悪を生むというわけではなく、愛によって他人への共感や絆が生まれると「身内びいき」になるからだ。
被験者の鼻に愛と絆のホルモンである「オキシトシン」を噴霧した後、トロッコ問題を解かせた。トロッコの犠牲者には様々な人種を設定してある。すると、被験者は自分に似た人種をより強く助けようとした。
これは、決して外集団に対する敵意が増したわけではない。内集団への「愛と絆」が増したことで、結果的に排他的となったからだ。続きを読む投稿日:2023.01.07
正義のウラに潜む快感、善意の名を借りた他人へのマウンティング、差別、偏見、記憶……人間というのは、ものすごくやっかいな存在だ。しかし、希望がないわけではない。一人でも多くの人が人間の本性、すなわち自分…の内なる「バカと無知」に気づき、多少なりとも言動に注意を払うようになれば、もう少し生きやすい世の中になるはずだ。科学的知見から、「きれいごと社会」の残酷すぎる真実を解き明かす続きを読む
投稿日:2023.11.14
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