青い眼がほしい
トニ・モリスン(著)
,大社淑子(訳)
/ハヤカワepi文庫
この作品のレビュー
平均 3.9 (57件のレビュー)
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差別や暴力の本質を、自分はまだ理解できていなかった……。強者や多数派から弱者に向かうのは、その通りなのですが、そんな簡単な話でもない気がします。差別や暴力の本質は、その弱者の内に巣くい、川の水が上流か…ら下流に流れるように、弱者・マイノリティの中の、さらなる弱者に行き着くところが、本質なのかもしれないと、この小説を読んで思いました。
小説の序盤で語られる少女たちの疑問や願い。
なぜ白人の女の子みたいに、わたしは「かわいい」と言ってもらえないのだろう。
美しい青い眼さえあれば、みんながわたしを認めてくれるはず。だから青い眼をわたしにください。
少女たちの純粋すぎる疑問、そして切実な願いは、改めて差別の残酷さを浮き彫りにします。そして、こうした疑問や願いは実は知らず知らずのうちに、自分に牙を向けていることを、著者のトニ・モリスンは表現します。青い眼をほしがる少女に対しての表現で印象に残ったところがあるので、ここで引用。
奇蹟だけが自分を救ってくれるという強い確信に縛られていたので、彼女は決して自分の美しさを知ろうとはしなかった。(p70より)
この文章を読み、ほんとうに哀しくなりました。差別されるものとして自分自身を受け入れざるを得ない現実。内在化され、もはや奇跡が起こることでしか動かしようの無い自身への評価。著者は本来誰もが持つ人の美しさを知りつつも、それを知る由も無い少女をありのままに描くのです。
さらにこの小説は、少女視点で差別を描くなんて生易しいものではありませんでした。さっきの引用はまだ序の口です。著者は少女から、少女の周りの人間、さらに彼女の親と、それぞれに視点を移していきます。
始めはいきなり著者が語っている人が変わるので「読みにくいなあ」と思っていました。しかし、徐々にこの視点の切り替えの意味が分かってきます。著者は視点を自在に切り替え、それぞれの思いを写し取ることにより、社会に内在化された差別を暴いていきます。それは白人社会の差別でもあるのですが、黒人内でもヒエラルキーなどによる差別があることも、同時に暴くのです。
そして物語の後半には少女の両親に視点を切り替え、二人の人生を語ります。この切り替え、そして二人の人生が語られることによって、差別や搾取は現在浮かび上がってきた問題ではなく、歴史に、文化に、慣習に、そして生活に、もっと言うならば”国”と”人間”に根付いたものだということを、明らかにしていくのです。
そして青い眼がほしいと無垢に祈った少女の願いの果ては、あまりにも残酷なものでした。それは差別と目に見える暴力、見えない暴力が膿となって溜まり、弱いものから最も弱いものに向けて決壊したような印象を、自分は感じました。
人種差別を扱った映画や小説は、いくつか鑑賞したり、読んだ経験があります。そのときたまに出てくるのが、性的に搾取される女性たちや少女の姿でした。この本を読むまでは、それに特に深い意味を感じることもなく、ただ痛ましいだとか、かわいそうだとか思うだけでした。しかしこの本を読んでなぜそうした場面があり、そうした歴史があったのか、自分なりに分かった気がします。
白人と黒人という構図は、実は男性と女性とにも置き換えられるのかもしれません。白人社会の中での黒人、男性社会の中での女性、いずれも役割を押しつけられ、そして搾取される存在でした。
つまり自分が今まで見てきた性的な搾取は、社会の中で力が強いものが弱者を虐げる。そんな人間が本質的に持つ暴力性や残虐性を、人種だけでなく性的にも現していたのではないでしょうか。
そしてこの小説が暴いたのは、異なる人種間だけでなく、同じ人種間でも、階層、親と子、男性と女性とで差別があり、暴力があり、搾取があり、それは弱いものの中でも、さらに弱いものに向かうという現実だったのだという気がします。
この小説の裏表紙の内容紹介で「白人が定めた価値観を痛烈に問いただす」とありました。それは間違いではないのですが、個人的にはもっと深いところに、この小説の目的があるように思います。
あらゆる人間が持つ暴力性や残虐性。それは時に社会や文化に埋め込まれ無意識に発現し、弱いものからさらに弱いものへと襲いかかります。あらゆる人種にかかわらず、それを自覚させることが、この小説の目的だったのではないかと、自分は思います。続きを読む投稿日:2019.12.02
筆者に初めて触れたのは「ホーム」を読んだ時。朝鮮戦争から戻った兄妹の無残な、救いのない話。あたかも御須メルを文でなぞるような癒しと救いの魂を感じた。
先日フォークナーを久しぶりに読み、難解で捉えよう…のなかった偉大なノーベル賞作家に再度くらいついてみる気になったから。
読むという行為は「単に頁を捲り、その世界に触れる」だけでは無謀で、入念な下調べとプロット研究、筆者の成育、生活歴、家柄を知って・・成って行くと私には初めての足踏みをしつつかかる。
そこに浮き上がってきた、トニ・モリスン・・フォークナーと同じ、ノーベル賞作家、しかも扱うテーマが人種差別。
何も知識がなかったら、やはり食いつき辛かったと感じさせられた。
叙述が積み重なり、時系列を度外視した一見ばらばらの連作が集まってできている。
ピコーラという少女は12歳、物語を綴るのは筆者の分身と思しきクローディア。そしてピコーラの父チョリーと母ポーリーンの過去が掘り起こされて行く。表題になっている「青い眼が欲しい」と請われるソープヘッド・チャーチの身辺が浮かび上がる。
作品の舞台は1941年、太平洋戦争が始まろうとしている暗雲垂れこめた米世界。フォークナーがノーベル賞を受賞したのは1946年。アメリカ社会を分断した北軍と南軍のしこりが歪みを持ったまま、南北戦争の解決は南部貴族、プアホワイトなどを新たに生み出したまま世界大恐慌へ。追い打ちをかけるような相次ぐ天災の爪痕(スタインベックの作品によく書かれている)を持ったまま、なだれ込んだのがこの時期だ。
南部の貧困層(大半は黒人、それも奴隷層)を抱え込んだまま今に至っている。フォークナーの信奉者であるトニ・モリスンの想いが随所に表れている。フォークナーは南北分断の犠牲者が抱く虐げられた感情をそのまま負とするのではなく、乗り越えて行くために勇気が必要とうたったが・・その後続いた数々の事件を盛りスンはどう捉えたであろう。2019年に世を去るまで彼女の胸に去来した想いの原点がここに詰まっていることを静かに、重く、まるで霊歌の響きのように訴えている作品だ。
グリーンブックを見て感じたのは主役の演奏家の姿、瞳の毅然とした輝石のような煌めき。あのような方も、同時期に苦悩と差別と煩悶の中で戦い生きていたのだという感慨が再度蘇った。4半世紀かけないと世の光が当てられなかったことを噛み締める、そんな作品だった。続きを読む投稿日:2024.01.22
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