成人式とは何か
田中治彦(著)
/岩波ブックレット
この作品のレビュー
平均 3.5 (4件のレビュー)
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2022年度から成人年齢が引き下げられますが、多くの自治体が今後も「20歳での成人式」を方針として示しています。
本書では、過去の村落共同体の時代からある成人の儀式(通過儀礼)の歴史から、どのようにし…て「20歳」という基準が設けられ、また「成人の日」やその日に執り行われる式典がどういった家庭で国民に受け入れられてきたのかが、端的にまとめられています。
過去にあった「荒れた」成人式についてもその原因を単純に「家庭のしつけや学校教育の崩壊」ということで片づけることなく、当時の社会(それまでの社会からの変遷)が新成人にどのような影響を与えていたのかを分析しており、面白く読むことが出来ました。
今まで、あまり成人式に興味関心がありませんでしたが(自分自身も地元の市が主催する成人式には参加しませんでしたし、今後の式典も20歳が対象でも18歳が対象でもどちらでもよい、と思っていましたが)、あらためて「大人」とはなにか、「成人」とは何かを考えるきっかけをもらったように思います。
税金を使って式典を開催するわけですから、単なる「娯楽」にはならないような1日を新成人に過ごしてもらうことが望ましいと思いますし、そのためには式典だけではなく、そこに至るまでの課程(学校教育や社会の雰囲気を通して子供に伝えるメッセージ)が大事なのだな、と改めて感じました。続きを読む投稿日:2021.12.11
田中治彦著『成人式とは何か』(岩波書店)
2020.11.5発行
2022.2.8読了
2022(令和4)年度から成人年齢を18歳に引き下げる改正民法がいよいよ施行される。法務省が令和4年1月に公…開した全国の自治体を対象とする調査によれば、回答した自治体(1176自治体)のうち、成人式の対象年齢について既に方針が決定していると回答した自治体は83.7%(984自治体)で、そのうち、対象年齢を20歳とする自治体が94.7%(932自治体)、18歳を対象年齢とする自治体はわずか0.22%(2自治体)であるという(注1)。
著者は長年青少年教育の研究をされてきた学者であり、本書では戦前の成人儀礼にまで遡って成人式の略史を述べたあと、成人年齢が18歳に引き下げられた社会における成人式の在り方について見解を示している。
結論を先に述べると、著者は「20歳を祝う会」ではなく、18歳成人式を行うべきだと主張している。確かに解題のとおり、教育学だけでなく民俗学や社会学といった視点も加えて多角的な分析が行われているのだが、「そもそも成人式は必要なのか」「成人とは何か」という論点については踏み込みが甘いように見受けられた。教育学者という立場では成人式の廃止を主張することは難しかったのかもしれない。
というのも、現代人は間違いなく幼稚化が進行しており、大人のいない社会になりつつあるからだ。例えば、思想家の内田樹は、成人年齢の引き下げを、未成熟化な子どもを操って長期政権を安定させようとする政略だと言っている。むしろ成人年齢は引き上げた方がいいとまで述べている(注2)。
成人年齢の引き下げは与党だけでなく民主党、共産党、社民党などの各党も公約に掲げていたことであり、長期政権の安定化を計るための政略との指摘は当を得ないと思うが、幼稚化する現代人の成人年齢を紙の上で引き下げたとしても、実質的には何も変わらないだろうとは思う。
成人式は「成人の日」に合わせて行うのが一般的だが、法律の位置づけとしては1月の第2月曜日が「成人の日」となっており、年によって「成人の日」が異なっている。ついでに言えば、2022(令和4)年度の「成人の日」は1月9日である。もともとは1月15日が「成人の日」であったが、2000(平成12)年の法改正により、今日の位置づけとなった。
「成人の日」の直接の由来は、11月22日の「青年記念日」である。「青年記念日」は大正9年11月22日に青年団の代表者が皇太子(のちの昭和天皇)から令旨を賜った日を記念して制定された日のことであり、極めて国家色の強いものだった。
現在の成人式は戦後に形作られたもので、戦前は徴兵検査が成人式の代わりを果たしていた。徴兵検査はまたの名を壮丁検査といい、壮丁とは満20歳に達した男子を指す。徴兵検査で甲種合格を果たすことは名誉であり、一人前の成人として社会的に認知されるための通過儀礼の役割を果たしていた(注3)。
明治維新前の公家や武士の社会では元服が成人式の役割を果たしていたが、ムラ社会でも「若者組」と呼ばれる通過集団が存在していた。15~30歳の男子はムラの中の合宿所にあたる寝宿に入り、労働や神事といったムラの運営を担う。漁村では海難救助といった仕事も引き受けていた。若者組に加入することによって初めて一人前の男子として社会的に認められ、かつ、婚姻の機会も与えられる仕組みになっていた。
三島由紀夫の『潮騒』は純愛小説として紹介されることが多いが、あの小説は漁村における若者組の生態も描いており、成人儀礼に対する三島由紀夫の執着を感じさせる作品である(注4)。
このように過去を辿っていくと、現在の成人式にはもはや「祝う」意味合いしか残っておらず、大人として責任を引き受けるという意味合いは皆無といってよい。成人式は男性中心主義の典型的なイニシエーションがその起源だったわけだが、現在はむしろ女子のファッションショーと化しているのは興味深いところである。
実際、成人式関連業界にとって成人式の売上は小さくないものらしく、色々と批判を浴びながらも成人式が続いているのは成人式関連業界の運動の影響もあるそうだ。18歳成人式が浸透しないのも、晴れ着で成人式に参加するという慣例を維持したい業界の思惑がある。しかし、子どもの貧困やヤングケアラーという言葉をあげるまでもなく、行政が主催する以上は「誰一人取り残さない」式典の在り方を検討するべきだろう。
世の中が複雑になり、目指すべきロールモデルやメンターを提示できなくなった現代は、一人前の大人とは何かが不明確になっている。仕事を得ても、結婚しても、子どもを作っても、どこかで割り切れないものを抱えている。
世の中が何となくざわつき始めると、何かにすがって安心したくなるのが民心というものだ。こういう時代は、単純で明快なビジョンが好まれる。だから、注意しなくてはならない。
本書でも一つのビジョンが示されているが、これも参考程度と考えておいた方がいいかもしれない。おそらく、だれかに提示されて目指すような性質の話ではないのである。
※本書では18歳成人式を推奨しているが、成人式の将来性として、高校の卒業式との統合を示唆している。その理由として、①高校には18歳人口の9割以上が在籍していること、②高校三年生には受験、就職活動という「現実的試練」が存在すること、を挙げている。しかし、中卒者の取扱いについては一顧だにされておらず、賛成できない。
(注1)成人年齢引下げを見据えた環境整備に関する関係府省庁連絡会議成人式の時期や在り方等に関する分科会 『成人年齢引下げ後の成人式の実施に関するフォローアップ調査』 令和4年1月、オンライン、「法務省」、インターネット、https://www.moj.go.jp/content/001363537.pdf(2022-2-14にアクセス)
(注2)内田樹 『悩める人、いらっしゃい―内田樹の生存戦略』 2016年、自由国民社
(注3)この点、三島由紀夫が徴兵検査で第二乙種合格にとどまり、一人前の成人としての名誉にあずかれなかったことは、後年の強烈なコンプレックスを誘発する遠因になったのだろう。
(注4)そのほか、一定の重量の石を持ち上げることによって成人に達したか否かを判定するムラも存在した。吾峠呼世晴著『鬼滅の刃』で竈門炭治郎が挑む「巨石切り」も一種の成人儀礼と見ることができるだろう。続きを読む投稿日:2022.02.16
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