14歳から考えたい 優生学
フィリッパ・レヴィン(著)
,斉藤隆央(著)
/すばる舎
作品情報
優生学とは、ひとことでいえば、優れた血統をのこし、劣った血統をなくすことで、人類全体の質を向上させようとする思想です。それは、ナチスドイツだけのものではないし、過去のものでもありません。かつては世界の多くの国でおこなわれ、いまも根強くその考えはのこっているのです。(本書「訳者によるまえがき」より)前世紀、世界各地で政治をまきこむ運動となった優生学。その短くも変化にとむ歴史をひもとき、優生思想の呪縛がいまだに私たちをとらえてはなさない実態を明らかにする。自分をとりまく「世界」がどんな難題をかかえているか。それはなぜ起こり、どうしたら解決できるのか。知るだけで自分も世界も変わる。オックスフォード大学出版局「ベリー・ショート・イントロダクション」シリーズ第2弾。
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商品情報
- シリーズ
- 【ベリー・ショート・イントロダクション】
- 著者
- フィリッパ・レヴィン, 斉藤隆央
- 出版社
- すばる舎
- 書籍発売日
- 2021.10.14
- Reader Store発売日
- 2021.11.06
- ファイルサイズ
- 3.4MB
- シリーズ情報
- 既刊5巻
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この作品のレビュー
平均 3.8 (6件のレビュー)
-
優生学は、英語ではeugenicsで、ギリシャ語の「eu」=「よい」、「genos」=「誕生」から来ている。
端的に言えば、優れた血統を残し、劣った血統をなくすことで、人類全体の質を向上させようとする…思想である。
ナチスドイツに強く結びつけられる思想ではあるが、ナチスが最初に考え出したものでもないし、実のところ、今でもなくなっているわけではない。
「優生学」というと危ない思想のように思われるかもしれないが、過去には立派な科学と考えられており、現在でも「優生学的」なものは根強く残っている。
「よい」ものを選び取って「悪い」ものを捨てていくと言ったら、一瞬、問題がないように聞こえてしまう。だがこれを振りかざして「選別」を始めてしまうととんでもないことにつながりうるわけである。
そんな「優生学」の入門書。
原著はオックスフォード大学出版から出ている"A Very Short Introduction"のシリーズの1冊。現在までに700冊ほど出ているシリーズで、歴史、政治、宗教、哲学、科学、時事問題、ビジネス、経済、芸術、文化のトピックスを、難解なものも含めて、コンパクトに解説している。
邦訳も複数の出版社から出ている。分野が多岐に渡ることもあるのだろうが、各社それぞれのシリーズに入れられている。岩波書店は「1冊でわかる」「岩波科学ライブラリー」、丸善出版は「サイエンス・パレット」など。
すばる舎では「14歳から考えたい」を冠してこれまでに4冊出ている。本書の内容からすると、「14歳」には若干ハードルが高いようにも思うが、意欲的な中高生にも読んでほしいという願いも込めてのタイトルだろう。他の本は未読だが、本書に関しては注釈も丁寧で参考文献も豊富である。
閑話休題。
優生学の起源をたどると、20世紀の初頭、科学と社会政策の組み合わせにたどり着く。「優生学」という言葉の生みの親は、チャールズ・ダーウィンのいとこにあたる統計学者、フランシス・ゴールトンである。19世紀末、人間の遺伝の操作を動物の育種になぞらえ、それによって人類を改良しようと夢見たのだ。
それまでに、遺伝の仕組みが解明されてきており、知能や気質、犯罪傾向、遺伝病などを、生殖を操ることでコントロールできると考えたわけである。
このいわば人間の「健全な育種」には、「積極的な」ものと「消極的な」ものがあり、積極的優生学は健康で社会に「有益な」ものの間の生殖を促す一方、消極的優生学は望ましくない生殖を阻むことを目的としていた。前者は妊婦検診、税制上の優遇措置、家族手当や教育の向上などで、遺伝疾患を持たないもの同士の生殖の増進を目指した。後者は、施設への閉じ込めや断種、極端な例では安楽死までを含んだ。
右派・左派を問わず、優生学は広く世界の多くの国々に受け入れられ、積極的優生学と消極的優生学が共存することも多かった。
国や民間からの資金援助で研究も盛んに行われた。ロックフェラーや鉄道王ハリマンの未亡人、ケロッグ(シリアル食品)、カーネギー財団などが巨額の資金を投じた。
成績不振の子供を助ける目的で生まれた知能テストは、優生学の枠組みの中で、いつしか知能の低いものを選別する仕組みとなってしまった。
もてはやされる一方で、遺伝を単純に考え過ぎるなど、優生学への批判もあった。
「生まれ」か「育ち」かという問題もある。
何より優生学への逆風となったのは、やはりナチスドイツのユダヤ人や障害者に対する極端な政策ではあったろう。
時を経て、優生学は「黒歴史」となりつつあるが、考え方そのものがなくなったわけではない。これは根深い問題なのだ。
「よい」ものを選ぶこと自体には大きな問題はなさそうにも思えるが、では「よい」とは何か、と考えると実は意外に難しい。
価値基準は「文化」に左右される。人種や宗教、慣習、生育環境、さまざまなものがヒトの価値判断基準を形成する。
好ましいか好ましくないかの軸は普遍的ではなく、必ず分断を生む。そしてその皺寄せはたいてい立場の弱いものに向かう。
津久井やまゆり園の事件のように、優生学的な考え方を元にした極端な事件には、さすがに大方の人は賛同はしないだろう。
だが、出生前診断は消極的優生学につながらないのか、デザイナーベビーは積極的優生学そのものといえるのではないか。周囲を見回すと火種はあちこちにあるようにも見える。
国家があからさまに旗振りをするわけではなくても、きな臭い事柄はそこここに転がっているのではないか。
生きていく以上、選別や選択とまるで無関係ではありえない。
だがそれが、未来へつながるもの、あるいは世界につながるものであるのなら、少なくとも「無自覚に」「無邪気に」、よい存在、悪い存在の選別をすることの危険性を心に留めて置くべきではないか。
そんなことを考えさせる1冊。続きを読む投稿日:2022.08.01
「自分たちと異なる存在」を、「劣ったもの」として捉え排除しようとする、という意思がまず原初にあり、それを「宗教的にではなく」「科学的に」正しいこととして訴える、ということのために、遺伝の仕組みを捻じ曲…げて使ったのが、近現代社会における優生学、ということなのだなと改めて思った。
そもそも、遺伝の仕組みを誤って理解していること、社会ダーウィニズム・進歩主義の誤りの部分を目的としていることなど、優生学の考えの誤り、というのはときどき反芻しておきたい。
なお、読書感としては、「教科書だなー」という感じで、ところどころ原著の書き方のせいか翻訳のせいか、すっと入ってこない表現のところもある。ときどきリファレンスすると良いのかなと思う。続きを読む投稿日:2024.02.04
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