なでし子物語
伊吹有喜(著)
,関美穂子(イラスト)
/ポプラ文庫
作品情報
ずっと、透明になってしまいたかった。でも本当は「ここにいるよ」って言いたかった―― いじめに遭っている少女・耀子、居所のない思いを抱え過去の思い出の中にだけ生きている未亡人・照子、生い立ちゆえの重圧やいじめに苦しむ少年・立海。三人の出会いが、それぞれの人生を少しずつ動かし始める。言葉にならない祈りを掬い取る、温かく、強く、やさしい物語。
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商品情報
- シリーズ
- なでし子物語
- 出版社
- ポプラ社
- 掲載誌・レーベル
- ポプラ文庫
- 書籍発売日
- 2014.12.02
- Reader Store発売日
- 2022.07.05
- ファイルサイズ
- 1.4MB
- ページ数
- 458ページ
- シリーズ情報
- 既刊3巻
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この作品のレビュー
平均 4.4 (42件のレビュー)
-
あなたは嫌なことがあった時、どのような対処法を持っているでしょうか?
生きていれば良いことも悪いこともあります。それらが半々なんて思えない、自分にはどうして悪いことばかり起こるのだろうか…そんな風に…落ち込んでいく時ほど辛い時はありません。”理不尽なことで上司に叱られた”、”子どもがいつまでも泣き止まない”、そして”漠然と、この世から消えてしまいたいと感じる”、辛い瞬間というのは誰にでもあるものです。そんな時、あなたならどうやってその状況に対処するでしょうか?”家族や友人に愚痴を聞いてもらう”、”趣味に没頭する”、そして”やけ食いする”、誰にでも何かしら、そんな辛い思いから抜け出す方法を持っていると思います。そういったものがなければ、この世を生き抜いていくこと自体難しいとも思います。そんな風に考えると、この世を生きていくのは本当に大変なことだと思います。
さて、ここに、辛いことがあった時に次のように対処するという一人の小学四年生の女の子がいます。
『いやなことをされたり言われたりしたら、目を閉じてうつむくことにしている』
その女の子は『学校でグズとからかわれ』たり、『先生に当てられて答えられなくても』、『目を閉じてしまえばいい』と考えます。『頭のなかで時折カラカラと音がして、それが気になると相手の言葉が頭に入ってこない』という女の子。この物語は、そんな女の子が『でも、うつむかない。もう、うずくまらない』と確かな歩みを取り戻していく瞬間を見る物語です。
『泣いていたらいつも抱き上げられ、背中を撫でてもらえた。とてもあたたかい、大きな手だ』、『手を広げてその人の首に抱きつくといい匂いがした』と記憶を辿るのは主人公の間宮燿子。そんな燿子は『あれはおとうさんかな』、『神様かもしれない』とも思うものの『二人とも同じ空の上の人だ』と現実を認識します。『目を閉じれば、いつだって背中を撫でてくれた手を思い出す』こともあって『つらくなると目を閉じる』という燿子。『学校でグズとからかわれた』り、『仕事から帰ってきたおかあさんが泣いても』、『目を閉じてうつむくこと』で、『そうしていればやがて終わる』と考えます。そんな母親が先月の初めから帰ってこなくなりました。『これまでにも何度かあったので、一人で母を待った』という燿子。『風呂をわかしているときに眠ってしまい、気が付いたら部屋中に煙が立ちこめ』気を失った燿子。『目覚めたら病院にいて、大人にいろいろ聞かれ』、『それからしばらく施設というところに』滞在した後、『よく知らない』『おじさんの家に連れていかれた』というそれから。そして『今朝、その人ともう一人の男に連れられ』、『新横浜という駅から新幹線に乗り、降りたあと車でずいぶん走』った山の中へと連れて行かれ、『どこかに捨てられるみたいだ』と燿子は感じます。車から下ろされた瞬間『大きな門が目の前にそびえて』いるのを見て息を呑んだ燿子。『待っているようにと言って、二人はどこかに消えた』と一人になった燿子は『笹飾りのトンネルの向こうに小さな子どもが立ってい』るのを目にします。『背丈は燿子の肩ぐらい、幼稚園児ぐらいに見える』という子ども。後を追うと『緑の木立のなかに』あるお堂のような建物に入った子どもを『おそるおそる、あとを追う』燿子は、その子を『小さな神様』だと思います。『ゆっくりと神様が振り返』るのを見て『やっぱり…人じゃない』と思った瞬間、『神様が手にしたピンク色の花を唇に押し当ててき』ました。『お菓子?お菓子の花だ…』と思う燿子が『顔を上げると、小さな神様がお菓子の花を食べながら笑っていた』という光景。そして次の瞬間『白髪の老人に抱き上げられていた』という展開。『どこかの織姫様のお供だろ、お嬢ちゃんは。お母様はどこに行った?』と訊く老人に、横から背の高い女性が耳打ちします。抱き抱えられたままお堂を出た燿子が『屋根瓦の星の印』を指し『星だらけ…空の…上みたい』と言うと『これは花だよ。この家の紋、撫子だ』と笑いながら言う老人。『ここは峰生の常夏荘。静岡県は天竜川の奥深き場所。よう帰ってきたな、お嬢ちゃん』と続ける老人は『間宮のお嬢ちゃん。ここがお父さんのふるさと、天竜の源、峰生だよ』と言いました。『あたりを見回す』燿子。そんな燿子の峰生での新しい生活が描かれていきます。
『お堂に消えた子ども。背中に流れ星を付けたその姿は小さな神様のようだ』といった、まるでファンタジーを思わせるかのような〈プロローグ〉に引き続いて展開するのは昭和五十五年の静岡県の山奥にある峰生という地を舞台とする物語。第一話に入って一気にファンタジー感は消え去りますが、そこに描かれる世界は『この撫子を紋にする遠藤の一族は、江戸の昔から山林業と養蚕業でも栄えてきた』という現代ではイメージが難しくなった昔ながらの山村の慣習が色濃く残る世界でした。『代々、得た富を峰生の里の発展に惜しみなくそそいだことから、いつ頃からかこの集落の人々は遠藤の本家の当主のことを「親父様」、その内向きを取り仕切る女主人を「おあんさん」と呼んでいる』というなんとも時代を感じさせる設定。その中に描かれる物語は今の時代にあっては新鮮ささえ感じさせるほど独特な魅力に溢れています。そんな物語の舞台となるのが、かつて山城があった地に『八年の歳月をかけて造られた豪壮な建物群』が『撫子の別名にちなんで』名付けられたという『常夏荘』でした。『使用人が住む長屋、多くの蔵などが建ち並び、明治の昔は四十人近い人間が暮らしていた』とかつての栄華が思い起こされる『常夏荘』。しかし、この物語で描かれる『常夏荘』は、『今はほとんどが閉めきられ、使っているのはほんの一部だけ』と寂しい状況が説明されます。現代であっても山村に赴くと、かつての栄華を思い起こされるような建物を目にすることがあります。場合によっては重要文化財に指定されるなど、その栄華が今後も語り継がれていくだろう建物もあります。そんな『常夏荘』を今も所有し、使用人も抱える遠藤家には、名家ならではの悩み事がありました。それが『栄えているが、跡継ぎに恵まれない』というその悩み。この悩みが、名家の安定した維持を難しくしていく中で、この物語の舞台設定が形作られていきます。
この作品は〈プロローグ〉と〈エピローグ〉に挟まれた十章の物語から構成されています。その物語は、遠藤家の『おあんさん』と呼ばれる照子と、使用人である間宮勇吉の孫娘である燿子という二人の視点を交互に切り替えながら進んでいきます。複数の人物に視点を切り替えながら進む物語は多々ありますが、峰生のお屋敷を取り仕切る役割の照子と、使用人の小学生の孫というあまりに対照的な立場の二人の視点を交互に切り替えるというのは珍しいと思います。しかし、読み進めれば進めるほどにこの二人を選んだ人選の絶妙さに魅せられていきます。それは二人の立場が極端に異なるからこそ見ることのできる、知ることのできる世界がそこにあるからです。そんな孫の燿子は、父親を早くに亡くし『学校の授業がまるでわからない、頭のなかで時折カラカラと音がして、それが気になると相手の言葉が頭に入ってこない』という中、『何をしても他の子より遅れてしまう』という状況にありました。さらに、そんな燿子を見て『頭のねじが取れてるんだ』と言った母親は男を作って出て行ってしまいます。そして祖父の家で暮らすようになったものの『丸一ヶ月たった十月になっても、クラスの誰も名前を呼んでくれない』という学校生活。『授業がここでもよくわからず、そして最後は給食の食べ方が汚いと言われ』苦しむ燿子は『目を閉じよう。目を閉じればすべてがおわる。目さえ閉じれば、みんながあきらめて放っておいてくれる』と思い、その辛い状況に対処していきます。幼い頃から辛いことがあるとずっと『目を閉じる』ことで凌いできた燿子。人は辛いことがあった時、どう対処するか、その方法をそれぞれに持っていると思います。そのどれが正しい、間違っているということは一概には言い切れないと思います。そのやり方で辛いことから逃れられるなら対処法として間違ってはいないのだと思います。しかし、状況が変わらないことを見て見ないふりをして、ただただ『目を閉じる』ということでやり過ごそうとするのは、単に逃げていることと同じです。それでは、何も前に進みません。そんな燿子にようやく『今の、じょうきょうを変えたい』という気づきの瞬間が訪れます。『グズじゃない。変わるー。変われる、のだろうか』というその瞬間。そして、伊吹さんは、とっておきの『魔法の言葉』を家庭教師の青井の言葉を借りて燿子に語りかけます。
『どうして、って思いそうになったら、どうしたらって言い換えるの』
確かに『「どうして」嫌われるの?』と言ってしまうとそれは自分自身を責める内向きの言葉となってしまいます。しかし、『「どうしたら」嫌われなくなるの?』という言い方にするだけで、その言葉は外へと向いていきます。『「どうして」と自分を責めない。「どうしたら」と前に進もうとする』というその考え方の違い。何かにつけて臆してしまい、勉強も苦手だった燿子。そんな燿子の心の中にスッと入っていった『魔法の言葉』の説得力こそが、文庫455ページの長編の中で苦しみ続けた燿子の未来に光を見せてくれるものでした。『どうして』と『どうしたら』。たった二文字の違いですがそこには大きな差があると思います。燿子だけでなく、読者にもとても大切なプレゼントとなる言葉だと思いました。
独特な世界観の中に描かれる物語は、主人公・燿子が苦しみながらも健気に生きていく姿を見るものでした。『つらくなると目を閉じる』という燿子。『どうしていつも、自分だけ残されてしまうのだろう。消えるなら一緒に消えたい。透明になりたい』とさえ思う燿子。そんな燿子が『どうして、どうしてって嘆き続ける人生より、どうしたら、どうしたらって、必死でもがいて戦う人生が私はいい』と顔を上げる物語。それは、伊吹さんが、ゆっくりと、じっくりと、そして丁寧に生きていくことの大切さを私たちに伝えてくれるものなのだと思いました。
とても優しく、丁寧に、そして心の機微を感じさせてくれる物語。急いで読むと、その柔らかい世界が一瞬にして崩れ落ちてしまいそうな繊細さにあふれた物語。独特な世界観と共に、魅力あふれる登場人物の描写が強く印象に残った作品でした。続きを読む投稿日:2021.04.07
めっちゃ良かった!
続きが読めるなんて幸せ!
リュウカくん可愛いし、ヨウヨもこれからどんな大人になっていくのか楽しみ。
投稿日:2024.02.08
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